いざギルドへ行かん
診察室のベッドから移動して、
今は診療所にある宿直室でランスさんにお茶を入れてもらっていた。
「なるほどねぇ…おそらく何処かの国から旅をしていたものの、手荷物もロクにない状況で魔獣襲撃に巻き込まれた、と」
俺の前にお茶を置いたランスさんは、そのままテーブルの向かいに座って、自分もお茶を飲み始めた。
「だと思います」と返事を返しつつ俺もお茶を飲む。
異世界で初めて何かを口にするが、おそらく味覚のパターンはさほど違いがないのだろう。
警戒していたよりも普通のお茶だった。
「あの、ランスさん。
何か仕事とかってありませんか?
記憶もいつ戻るか分かりませんし、もしかしたら戻らないかも知れない。
だったら、安定した生活基盤を手に入れた方が堅実だと思うんです」
「まぁ・・・確かにその通りなんだが・・・」
ランスさんはバツが悪そうに眉尻をポリポリと掻きながら言った。
「ナバリくん、身分証明が出来ないじゃない?」
「あ…」
初歩的なミス!!!
「え、えっと、そーゆーのが要らない仕事…とか?」
「だとすると大概が夜の仕事か、人には言えないような仕事になっちゃうよ…」
ですよねぇ・・・
「まぁ、ない事もないんだけど…」
「え?」
「一応有るんだよ。
健全な表の仕事で、身分証が要らない上に即採用が約束されている仕事…。
ただ歩合制で、仕事が始まってからまともに使えるまで時間がかかるのが基本で、最悪仕事中に死ぬかも知れないんだよねぇ」
え、なにそれ。
若干怖いんだけど。
「まぁ、僕の知り合いも何人かその仕事してるんだけどね、今のところ仕事中に死んだ人は居ないよ!」
「そ、そうですよねぇ!あは、あははははは」
「はっはっはっ・・・まぁ行方不明は何人かいるけど・・・」
「おっさん、小声で何言いやがった」
「い、一応死んだって事じゃないからさぁ!
で、でも出身地も覚えてない状態で出来る仕事って、そりゃ限られてくるもんだよ少年!」
慌てて取り繕うようにランスさんは言うが、言ってる事は一理ある…。
これは、どうするべきか…。
「ちなみにそのお仕事って?」
「ああ、国民依頼遂行人員組合…通称「ギルド」に加入して、様々な依頼を遂行していくんだよ」
ギルド・・・なんか、中学くらいにハマってたゲームがそんな感じだったな。
「モンスターを倒したりするんですか?」
「ん?まぁ…そうゆう依頼もあるが、それ以外にもいろいろあるね。
子守や土木工事の人員募集、失くしものの探索や結婚式の司会とか」
幅広いなおい。
「急いでるなら、とりあえず今から
1番近いギルドまで連れて行ってあげようか?
一度見てみて、合わないようなら・・・ウチの診療所で暫く手伝いでもしてもらうかな」
「今からって、診療所は?」
「いやいや、大概このくらいの時間になると来る人居ないからね。
2〜3時間居なくても問題ないさ」
そう言うとランスさんは着ていた白衣を脱ぎ、軽くたたんだ。
〜〜〜〜〜
この世界には自動車はない。
同じくバイクや自転車もない。
では長距離の移動手段は何か。
それは「魔法」だった。
「魔法」の知識も忘れてしまったと言う程にしてランスさんに教えてもらったが、
各地区には大なり小なり「ターミナルサークル」と呼ばれる魔法陣があるのだとか。
その魔法陣の上に立って瞬間移動する。
例えば診療所があった地区「カナハ」。
何処かの地区から「カナハ」に行きたいなら、魔法陣の上に立って「ポジション カナハ」と言うと、
カナハの中心部の魔法陣に転移する。
魔法陣=ターミナルサークルは全て個別の名前があるので、「ポジション」の後にその個別の名前を言うといった具合だ。
「ポジション イロハギルド」
「ポジション イロハギルド」
ランスさんに続いて転移先の魔法陣を指定する。
「イロハ」って…なんか現代日本から来た俺にしたら、少し馴染みを感じる…。
このターミナルサークルの便利な所は、
個別名称が絶対に同じ物が無いようになっているとかで、
行った事が無くても、名前さえ知っていれば転移できる事にあるらしい。
ただ、デメリットとして、
使用者の魔力で転移する上に、距離が離れれば離れる程、消費魔力が増えるのだとか。
魔力とか言われてもパッとしないが、
事実、実際に転移した直後はなんと言うか…50m走を終えた直後のような疲労はあった。
100mまではいかない、何とも微妙な疲労だ。
「ナバリくんは、全然魔力がないんだね?」
「はぁ…はぁ…そうですね…魔法とか使った覚え、無いですから…」
本当に、初めて魔法とか使ったわ。
さて、
行き先の指定が「イロハギルド」とあったが、
やはり予想通りというか、
転移先はギルド敷地内、建物の入り口から見て左側にある少し小さめのターミナルサークルの上だった。
「さぁナバリくん。
ここがカナハから1番近いギルド。
下位ギルドの「イロハギルド」だ」
建物の外観は、一目見た感じだと3階建てで、
某夢の国の中心にそびえるお城を5分の1くらいにした様な、ある程度立派なものだった。
「これが…ギルドですか…」
「まぁ1階部分は一般の人も入れる大衆食堂の様になっているから、まずは入ってみようか」
ランスさんに連れられ、息も整い始めた俺はイロハギルドに入った。
外観からも思ったが、
1階は広いスペースが取られており、
入り口から入って左側は食堂…と言うより居酒屋の様で、
右側にはカウンターと幾つかの窓口。
その奥に壁一面の掲示板があり、何とゆうか、
やはりゲームで見た事がある様に、さまざまな張り紙がされており、雰囲気から察するにアレが依頼書なのだろう。
「とりあえず話でも聞いてみようか」
そう言ってランスさんは1人の女性に声をかけた。
女性はキチッとした制服の様なものを着ており、よく見ると同じ服を着た女性が何人かいる事がわかる。
「あら、ランスさんじゃないですか」と女性は言っていたので、顔見知りなのだろう。
暫くギルドの女性と話したランスさんはこちらに戻ってきた。
「それじゃナバリくん、僕はあっちの方で何か食べながら待っているから、彼女について行って話を聞くと良いよ」
ランスさんは俺の肩を軽くポンッと叩くと、居酒屋の方に歩いて行った。
「貴方がナバリ・ヤクモ様ですね。
私はギルドの案内係りのエルテと申します。
それではこちらにどうぞ」
エルテさんに案内され、少し進んだところにあった仕切りのある席に座った。