3度目の目覚め
目を覚ましたのは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
清潔感がある現代日本の病室ではない事はすぐに分かり、今までの一連の出来事が夢ではない事を再認識した。
それと同時に、気絶直前の記憶が帰ってきた。
炎と、煙と、瓦礫と、死体と、血。
改めて思い起こせば、手元にあったのか瓦礫に潰れた死体以外にも、
辺りには死体と思しき塊が散乱していたのを思い出す。
嫌な寒気が背中を走り、無意識に手が震えた。
俺の感覚でいえば、本日3回目の上体起こし。
とはいえアレからどれくらい時間が経ったんだろう?
部屋を見渡すと、
割と殺風景な部屋なのがわかった。
俺のいるベッドの横にはもう1つベッドがあったが、そこには誰も寝ていない。
俺から見て足が向いてる方の壁には2つ程の棚とテーブル。
おおざっぱに見た印象だと、余り儲かっているとは思えない小さな町の診療所の様に感じた。
「一応…病院って事なのかな…」
と言うよりは「保健室」に近い規模なのだが…。
ふと自分の身体を見てみると、死んだ時と同じく学ランのままであり、そのせいでやたら暑く感じている事にも気がついた。
つまりここは、少なくとも冬ではないわけだ。
さっきまでいただだっ広い草原はとにかく涼しかった為に、特に気にしていなかった。
「おや、気がついたみたいだね」
部屋に入ってきた白衣の男が、俺を見て声をかけてきた。
「えっと…ここは?」
「ここは見ての通り、しがない診療所さ」
数日前に剃って以降手入れをしていない様子の伸びた髭に、栗色の長髪を緩く結った丸メガネの男は、
手にしていた幾つかの書類をテーブルに置くと、俺の隣のベッドに腰掛けた。
「いくつか質問したいところだけど、
まずは自己紹介をさせてもらおうかな。
僕はランス・アルフォーン。
この診療所の医師で、担ぎ込まれた君の手当てをさせてもらった…と言いたいが、君自身特に怪我はしていなかったからね。
まぁ少し検査の為に採血させてもらったくらいかな」
若干申し訳なさそうに柔らかな笑みを浮かべるランスさんに、自然と警戒心は緩まる。
「隠 八雲です・・・」
そこまで言って言葉に詰まる。
自己紹介って…何を言えばいい?!
さっきからランスさんの言葉は日本語の様に意味が理解できるように聞こえる。
だが、明らかに音として聞けば日本語とは程遠い。
さらに言えば、俺自身もその言葉を自然と話している事から察するに、
あの自称菩薩様が言った通りに、ここは異世界なんだろう。
というか、そう思わざるをえない。
「言語知識はサービス」とか言ってたし。
それを受け入れたとしても・・・どう自己紹介すればいいんだ!?
「どうも、異世界から来ました」
いや、そんな事が言えるわけがない!!
「ナバリ・ヤクモくんか…名前以外に何か覚えている事はあるかい?」
「あ、えぇっと・・・すみません」
ランスさんの話に乗っておこう。
理由は今は置いといて、記憶が無いって事にしておこう。
「やっぱりか…まぁ、アレだけ凄惨な場面に出くわしたとしたら、少なからず記憶を無くしていてもおかしく無いからね」
凄惨な場面という言葉にハッとした。
そうか。
何故かは知らないが、目を覚ましたら倒壊した建物や死体の山が周りにあった。
という事は、何かしらの事件・事故に巻き込まれて生き残った人間と思われているとゆうことか。
「いったい、何があったんですか?」
「あ、ああ。
君は隣の地区の「ユリハ」と言うところで発見されたんだ。
どうやら、魔獣の襲撃があったようでね。
倒壊した家々の瓦礫が散乱する中、偶然無傷で発見されたらしいよ」
魔獣の襲撃か…それであんな事に…。
「君自身、ポケットの中に小さな革製の鞄と、鉄で出来ている様な板しか持っていなかったし、
鞄の中の紙には文字の様な物は書かれていたけど、誰も読めなかった。
ユリハの他の生き残りにも君の事を聞いてみたが誰も知らない様子だったから、ほんと目覚めなかったらどうしようかと思ったんだよ」
小さな革製の鞄と鉄の板?
・・・あ、財布とスマホか。
「えっと。その鞄と板はありますか?」
ランスさんに聞くと「ちょっと待ってね」と言って立ち上がり、テーブルの引き出しから俺の財布とスマホを取り出し、渡してくれた。
とりあえずスマホの電源を入れてみた。
あ、ついた。
充電は57%と、またえらく微妙に心もとない物だが、
そんな杞憂も、この世界に電波が無いことを確認した時点でどうでも良くなった。
この世界で重要だとすれば…カメラとライトくらいか?
まぁ無いよりマシかな。
財布の中には、物珍しくて思い取っといてある2千円札1枚と千円札2枚。
小銭は100円玉数枚と10円以下の物が数枚。
金額が減ってない事から、やはりこの世界のお金とは別物なんだろう。
「ナバリくん。その板はなんなんだい?」
ランスさんが興味津々だ…。
これは…大丈夫か?
この世界じゃオーバーテクノロジーです、なんて事は無いだろうか?
「えっと…これはぁ…ま、魔法の時計です」
くるしいー!!!
言い訳として苦しいぞ俺!!
「なるほど…魔道具の1つなんだね…。
どんな魔道具なんだい?」
食いついちゃったよ!!
「え、えっと、その…正確に時間が分かるのと、風景を瞬時に記録できます」
「瞬時に記録…カメラですか」
カメラはあるんだ…。
「しかしカメラなんて高級なもの…しかもそれ程までに薄く小さいものなんて…」
ランスさんは少し怪訝な顔をしている。
これは百聞は一見に如かず、だな。
おもむろにカメラアプリを起動しランスさんを撮影し、画面に映る怪訝な顔を見せてあげた。
「おお!本当にカメラなんですね!
しかも色も鮮やかで、早くて精巧だ!」
怪訝な顔はいつしか、
少年の様な輝かしい瞳をした驚きの表情になっていた。
その後、いくつかスマホの使えそうな機能を教えてみたが、
やはりと言うか…この世界じゃオーバーテクノロジーの様だ。
だがまぁそれも「とてつもなく貴重な魔道具」と言うことで信じてもらえた。
ただ、ランスさんの「スマホ」のイントネーションが「トマト」と同じで、何度訂正しても直らなかった…。