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のら猫パック 〜日の出ヶ丘公園の仲間たち〜

作者: 竹師郎

「ジョーイ、ジョーイ、大変なの早く来て!」

「どうしたんだい?」

茂みの奥から、白黒斑のジョーイが眠たい目を擦りながら顔を出しました。


「いいから早く早く」

ミルはもう一度大きな声で叫びました。


「何事だ」と、ジョーイは急いで駆け出しました。

『タリムの大木』の下には、白猫ミルとキズだらけでドロドロに汚れた仔猫の姿がありました。

茶縞模様の仔猫はガリガリに痩せていて、今にも死んでしまいそうでした。


「どうしたんだい、この子は?」

「分からないの」と、ミルは頭を左右に振りました。

「ぼうや、ぼうや」

ミルは仔猫の肩を揺すって呼びかけましたが、目を覚ましませんでした。

「このままだと危ないなぁ。集会場に運ばないと」


「どうしたんだい?」

騒ぎを聞きつけて、茶毛のボードとアジーがやって来ました。


「大変なの、この子を集会場に運んであげて欲しいの」

ミルは慌てて言いました。

「お願いできるかい、ボード」

「それから、ミルとアジーは長老と博士を呼んで来てくれないか」

「分かったわ」

ミルとアジーは急いで駆け出しました。


ジョーイとボードが仔猫を集会場に連れて行くと、長老の白猫ジンと、茶白斑で丸々太った博士のモクの姿がありました。

そして、黒猫アレイと橙毛のルルが、古タイヤのベッドに枯葉を詰めていました。


「これは大変だ。キコの実を飲ませてあげなさい」

ベッドに横たわる仔猫を見て、博士のモクは言いました。

ミルはそっと仔猫の頭を起こして、キコの実をニ粒飲ませてあげました。


ジョーイたち『日の出ヶ丘公園』の猫たちは、全員が集会場に集められました。


「お前たちも出てきなさい」

長老のジンは、寝床から顔を出して覗いていた三匹の猫に呼びかけました。

灰縞模様のジャンとゴルとレバは慌てて集会場に出てきました。


「さて、みんなもおったから分かっておろうが、タリムの大木のそばに倒れておったこの子をミルが見つけてのー」

長老のジンは、夜明け前の出来事をみんなに話しました。


「だいぶ体も弱っているみたいだから、ここにおいてあげましょうよ」

ミルはみんなの顔を見て言いました。


「そいつが『ひと語』が分からないんだったら、おいてやってもいいぜ」

「ジャン兄ちゃんの言うとおりだ。お前たちみたいにベットショップや人間の家で産まれて育ったやつは、猫の言葉『ねこ語』と、人間の言葉『ひと語』が分かるけど、俺たちみたいに産まれてからずっと野良しているやつには『ひと語』は分からないんだ!」

ゴルはまくし立てるように言いました。


「『ひと語』が分かっても、分からなくても、そんなの関係ないじゃない」

「それはお前が『ひと語』が分かるからだ」

ミルに向かってレバは言いました。

「かわいそうじゃない、おいてあげましょうよ」

ルルの隣でアレイも頷きました。

「お前たちも『ひと語』が分からないくせに、いい格好するなよな」

ゴルはルルを睨みつけました。


「そうじゃのう、このまま放っておくわけにもいかんし、しばらくここにおいてやろうじゃないか」

長老のジンはみんなの顔を見回しました。

「チェッ」

ジャン・ゴル・レバの三匹は舌打ちすると、自分たちの寝床に帰って行きました。


「それじゃ悪いが、この子を見てやってくれるかい」

ジョーイは頷きました。

「目を覚ましたら、またコレを飲ませてやってくれ」

そしてジョーイは博士のモクからキコの実をニ粒受け取りました。


古タイヤのベッドを陽の光が照らし、仔猫は目を覚ましました。

ベッドの周りには、ジョーイとミル、そしてルルの姿がありました。

「やぁ、おチビちゃん」

ジョーイは仔猫に呼びかけました。


「・・・」

仔猫は目をパチクリさせると、ジョーイの顔を見返しました。

「君のことだよ、ぼうや」

ジョーイは笑顔で言いました。


「どうしてぼうやの名前を知っているの?」

不思議な目でルルはジョーイに聞きました。

「ねこ語のパックのことを『ひと語』ではチビと言うんだよ」

「この子にも分からなかったみたいだから、きっとこの子は『ひと語』が分からないのよ」

ミルが言うと、ルルは頷きました。


「やぁ、パック」

ジョーイはニッコリ笑って、もう一度仔猫に呼びかけました。

「ぼくは、どうしてここにいるの?」

不安げな表情で仔猫は辺りを見回しました。

「君が倒れていたのを、ミルが見つけてくれたんだよ」

「あ、ありがとう」

仔猫はミルを見て言いました。

「元気になるまで、もうすこし寝っているといいわ」

「うん、でももう大丈夫」

仔猫はニッコリ微笑みました。


「パックはどうしてこんなところで倒れていたんだい」

ジョーイはパックに聞きました。

「僕はモニカを探していたんだ」

「モニカ?」

「モニカはひとりぼっちの僕にいつもやさしくしてくれたんだ」

やさしい顔でパックは言いました。


「そのモニカはどこの猫なの?」

「うんん…モニカは猫じゃないんだ」

ジョーイとミル、そしてルルはビックリした顔でパックを見ました。


「僕はいつも『ブルドの空き地』でひとりぼっちだったんだ。そこには毎日、人間に連れられた一匹の犬が散歩にやって来てたんだ」

「それが、モニカね」


「いつもモニカは僕のそばを通るとき、口に含んだ食べ物をこっそりおいていってくれたんだ。仲間のいないぼくには貴重な食べ物だったんだ」

「そうね、グループに属さない猫には食べ物の確保は大変だもんね。わたしもここに来るまではそうだったわ」

「でも僕は猫で、モニカは犬だから…」

パックは悲しい顔でミルを見ました。


「何を言っているのパック。あなたはモニカを追いかけてここまで来たんでしょ。その小さな体で…」

「ミルの言うとおりだよ。お前の体で『ブルドの空き地』からここまでやって来ることは並大抵のことじゃないだろ。どんな障害でも乗り越えられるさ」

まっすぐパックの目を見てジョーイは言いました。


「ある日、モニカの家が引越しするって噂を聞いたんだ。そして、モニカを乗せたトラックにこっそり乗ってやってきたんだけど、途中で落っこちちゃったんだ」

「それでそんなに体中キズだらけなのね」

「うん、そのあと大きな犬に追いかけ回されたんだ。自転車にぶつかって、溝にはまって…」


「そいつは真っ黒な体で額に白い斑点が一つなかったかい?」

「どうして分かるの?」

「そいつはダリル。この辺りの野良犬を仕切って悪さをする嫌なやろうさ」

ジョーイは言いました。


「ダリルにやられて、そして気がついたらここにいたのね」

ミルが言うと、パックは頷きました。

「パック、一緒にモニカを探そう」


「えぇー」

パックはビックリしてジョーイを見ました。

「ここにはジンもいればモクもいる。きっとモニカは見つかるさ」

ジョーイはそっとパックに頬を合わせました。

そして、ミルとルルはパックにニッコリ微笑みかけました。


「よう、パック」

パックが振り返ると、ジャン・ゴル・レバの三匹がニヤニヤしながら立っていました。

パックは少し嫌な顔をしました。

パックは日の出ヶ丘公園に来てから、彼らのことをあまり好きにはなれませんでした。


ゴルは笑って言いました。

「お前、犬に惚れているんだって。『ひと語』も分からないのに、『いぬ語』は話せるのかよ」

ジャンとレバは大きな声で笑いました。

「いいじゃないか!」

パックは駆け出しました。

 

集会場では、ジョーイとミルが朝ごはんを食べていました。

「やぁ、パック。一緒に食べるかい」

ジョーイは言いました。


「うんん…いらない」

「どうかしたの?」

心配そうにミルは言いました。

「なんでもないよ」

パックは強い口調で言いました。

「パック、困ったことがあったら何でも言うんだぞ。お前はもうここの仲間なんだから」

パックはやさしいジョーイの言葉に涙が出そうになりました。


そして、ジョーイに言いました。

「僕、『ひと語』も『いぬ語』も話せないんだ」

「知っているよ」

「だから、モニカに会っても話すことができないんだ」

「好きなんだろ」

ジョーイはニッコリ笑いました。


「そうよ、パックの気持ちはきっと伝わるわ」

ミルはやさしく言いました。

「パック、ここに座りな」

パックはジョーイとミルと一緒にダンボールのテーブルを囲みました。


「そろそろ来るころだよ」

ジョーイはミルに言いました。

「みんな集まるの?」

「来てからのお楽しみさ」

パックは不思議な顔でジョーイとミルを見ました。


それからしばらく、ジョーイとミルはパックに日の出ヶ丘公園の仲間たちの話をしました。


長老のジンが、かなりの豪邸に産まれながら野良の生活を選び、何十年もこの日の出ヶ丘公園にいること。そんな長老には野良犬のダリルでさえ一目置いていること。


博士のモクが、ペットショップでずっと売れ残り、そのお陰で『ひと語』だけではなく、いろんな動物の言葉を話せること。そして、人間界のルールにも精通していて何でも知っているので、ここでは博士と呼ばれていること。


フラフラといろんな場所に放浪する癖があるアレンが、二年前の冬に、駅前広場で凍えそうになっていたルルを連れてきたこと。放浪のたびにいらないものを拾ってきてはルルに叱られていること。


そんなルルが、ここに来てからは一歩も公園の外に出ていないこと。ここに来るまで相当嫌な思いをして、特に人間に対しては、かなりの恐怖心を抱いていること。


ジャン・ゴル・レバ兄弟のおじいさんが、長老の親友だったこと。産まれてからずっと野良の彼らはコンプレックスをいだいて、誰に対しても素直になれないでいること。


ミルとジョーイが幼なじみで、おなじペットショップで育ったこと。運よく友達同士の隣り合った家に引き取られたため、いつも一緒に遊んでいたこと。そして、それぞれの家がマンションに建て替えられることになって、一緒に捨てられたこと。


そんなことを話していると、茂みの奥から鈴の音が聞こえてきました。


「おやおや、新入りクンが入ったのかい?」

パックが振り返ると、そこにはきれいな毛並みの灰青毛の猫が立っていました。

リンリンと鈴の音を鳴らしながら近づいて来ました。


「やぁ、テイト。そろそろ来るころだと思ったよ」

ジョーイとミルはニッコリ笑いました。


灰青毛のテイトはパックの鼻先に顔を近づけ、パックの顔を覗きこみました。

ビックリしたパックは少しのけぞり、水の入った空き缶を倒してしまいました。


「いい顔だ」

テイトは言いました。

「紹介するよ。新しく仲間になったパックだ」

「テイトだ、よろしくな」

ニッコリ笑うと、テイトはパックに頬を合わせました。

「はじめまして」

照れくさそうにパックは微笑みました。


「待っていたんだよ、テイト」

ジョーイは言いました。

「何かあったのかい」

「モニカって犬を探しているんだが知らないかい?」

テイトは首をひねりました。

「少し前にこの辺りに引っ越して来たらしいんだが」

「俺の家の近所には来ていないなぁ」

パックは残念がりました。


そして、ジョーイはパックがモニカを探していることについて詳しくテイトに話しました。


「ダリルのやつ、こんな小さなぼうやにまでちょっかい出していやがるのか」

「よし、モニカを一緒に探そう」

テイトはパックを見て言いました。


「良かったわね、パック」

ミルはやさしく微笑みました。

「テイトは家猫のくせに毎日この公園に遊びに来るような変わり者だが、心配するな、頼りになるやつだから」

ジョーイは笑って言いました。


「それで、モニカはどんな犬なんだい」

テイトはパックに聞きました。

「栗色のふわっとした毛をしていて、胴が少し長い犬なんだ」

「大きさはどれぐらいだい」

「うん、大きさはミルより少し大きいぐらいだよ」

「クリッとした目で、耳は垂れていたんじゃないかい?」

テイトが聞くと、パックは頷きました。

「そいつはたぶん、ミニチュアダックスって犬だ」

「さすがテイトだわ」

ミルは言いました。


「隣の家に飼われている犬とよく似ているんだ。俺のご主人がよく言っていたんだ『お隣さんがミニチュアダックス買ったんだって』ってさ。あまりに羨ましそうに言うもんだから、その時はそいつに嫉妬したもんだよ」

テイトは笑って言いました。


「その辺りを探してみるよ」

そう言うと、テイトはタリムの大木の方へ歩いて行きました。

追いかけようとしたパックをジョーイが引き止めました。

「テイトに任せておけばいいさ」

ジョーイはそう言いながら、地面に地図を描き始めました。


小高い日の出ヶ丘公園を中心に、東にタリムの大木。西に大階段。南にトクラムの池。北にケズの岩山。


「テイトの住むタリムの大木の方はとりあえずテイトに任せておこう」

ジョーイは地図を描きながら言いました。


「トクラムの池の方はダリルがいるから危険ね」

ミルが言うと、ジョーイは頷きました。

「俺たちはまず、大階段の方を探してみよう」


日が暮れた頃、パックたちは疲れた様子で大階段をゆっくりと上がって来ました。

「ダメねぇー、どの猫も犬のことにはまったく興味がないんだもの」

「まだ始めたばかりじゃないか。きっと手がかりはあるさ」

「わたしたちが少しでも『いぬ語』を話せたら良かったんだけど…」

ミルは申し訳なさそうな顔をしました。


すると、パックは言いました。

「ねぇー、博士なら『いぬ語』を話せるんでしょ。お願いしてみようよ」

「パック、モクはあの体だから、たくさん歩くことができないんだ」

ジョーイは言いました。


パックは丸々と太ったモクの姿を思い浮かべました。

「元気をだせパック。きっとテイトが手がかりを掴んでいるさ」


パックたちが集会場にやって来ると、ゴルとレバが布袋の取り合いっこをしていました。

「また、アレイが拾ってきたのね」

ミルは言いました。


「やぁ、ジャン。テイトを見なかったかい?」

ジョーイはその光景を眺めていたジャンに聞きました。

「あいつ、こんな時間にも来ているのか」

「いや、来てないならいいんだ」


「テイトは帰ってないの?」

パックはジョーイを見ました。

「また明日になったらやってくるさ」

「パックも疲れたでしょ。今日はゆっくり休むといいわ」

ミルが言うと、パックは自分の寝床に向かって歩いて行きました。


翌朝、パックが集会場に行くと、ジョーイとミル、そしてテイトの姿がありました。

「おはようパック」

テイトは明るい調子で言いました。

「見つかったの?」

「今テイトと話していたところなんだ。ミニチュアダックスは人間界では人気のある犬で、この界隈だけでもたくさんいるみたいなんだ」

パックは残念そうにジョーイを見ました。


「なぁパック、モニカに他には何か特徴はなかったかい?」

パックは少し考えて言いました。

「モニカは赤い首輪をしてた。そうだ、その首輪から四つ葉のクローバーの飾り物がぶら下がってた」

「よし、それが分かれば何とかなるかもしれない」

「テイト、何か手があるのかい?」

ジョーイはテイトを見て言いました。


「人間界では迷子を探す時に『ビラ』っていうのを使うんだよ」

「ビラって何?」

ミルは言いました。

パックとジョーイも不思議そうにテイトを見ました。

「探している相手の特徴を紙に書くんだ。そして、それを配って回ったり、あちこちに貼りだして情報を集めるんだ」

「そうか!モクに『いぬ語』を使って書いてもらえばいいんだな」

ジョーイが言うと、テイトはニッコリ笑って頷きました。


「でも、紙はどうするの?」

「アレイは帰っているかい?」 

「ゴルとレバが見かけない布袋を取り合っていたから、たぶんアレイが拾ってきたんだと思うわ」

ミルは言いました。

「じゃぁ、アレイを呼んできてくれるかい」

「分かったわ」

ミルは急いで駆けて行きました。

 

「やぁ、テイト。僕に何か用事があるんだって?」

ミルがアレイを連れてやってきました。

「アレイ、この辺りで紙をたくさん手に入れられる場所を知らないかい?」

テイトは言いました。

「それなら、日の出ヶ丘小学校のゴミ捨場に行けばいいよ」

「そこにはいっぱいあるのかい」

「あぁ、いつも他の猫たちが残飯をめぐって言い争いをしているけど、紙を集めるだけなら誰も文句は言わないと思うよ。小学校の中は何処の縄張りでもないからね」

アレイは淡々と言いました。


「それじゃ、俺とアレイ、ジョーイで行こう」

「まって!僕も行くよ」

パックは慌てて言いました。

「紙の荷物は重たくなるから、パックはここで待っているんだ」

ジョーイはパックを見て言いました。


「私たちはサクラスの実を集めてインクを作って待っていましょう」

パックはしぶしぶと頷くと、急いでどこかへ駆けて行きました。

「どこ行くの、パック!」

ミルが呼び止めましたが、パックは聞きませんでした。


「パックを頼んだよ」

ジョーイはミルに言いました。

そして、大階段の方へ歩いて行きました。


ジョーイたちが大階段を半分ほど下りた時、パックの声が聞こえてきました。

「ちょっと待ってよー」

ジョーイたちが振り返ると、顔に大きなあざを作ったパックの姿がありました。


「どうしたんだい、その顔は?」

ジョーイはビックリして言いました。

「紙を集めるのに必要でしょ」

そう言うと、パックは布袋を差し出しました。

「ゴルとレバにやられたのかい?」

パックは何も言わず、もう一度、握りしめた布袋をジョーイに差し出しました。

ジョーイが受け取ると、パックは急いで大階段を上って行きました。


「モニカを見つけてあげないとな」

小さなパックの後ろ姿を見て、テイトは言いました。

「きっと見つかるさ」

ジョーイは笑って言いました。


小学校のゴミ捨て場には、すでに何匹かの猫がいました。

「今日はどうだい?」

アレイが一匹の三毛猫に話しかけました。

「あぁ、お前かぁ。今日は少ねえなぁ」

そして、三毛猫はジョーイとテイトを見て言いました。

「お前たち新顔にやれるもんはねーよ。帰んな」

「心配するなよ。君たちの食べ物に手は出さないさ」

「少し紙を貰いたいだけだよ」

そう言うと、ジョーイたちは手分けをして、布袋に紙束を詰め込みました。

そして、布袋がいっぱいになるころには、あたり一面に紙くずが散らばっていました。


「コラー」

ひとりの人間が窓から顔を出しました。

「バカやろう。お前たちがこんなに散らかすからだぞ」

三毛猫は強い口調で睨みつけると、走り去りました。

「俺たちも、早く逃げよう」

布袋を担ぎ上げると、ジョーイたちは急いで走り出しました。


そして、へとへとになって、ようやく集会場まで運んできました。

「大変だ、こんなに汚れてしまった。ご主人に怒られてしまうよ」

テイトは笑って言いました。

「迷惑かけたな。あとは俺たちでやるよ」

「すまいない」

テイトはそう言うと、帰って行きました。


「さて、モクのところに運ぼう」

ジョーイとアレイは布袋を担ぎました。


博士のモクの寝床には、長老のジンがいました。

「おや、なんだねそれは」

長老のジンは、布袋を見ると言いました。

「モニカ探しに使おうと思って、小学校で紙束を拾ってきたんだ」

「それで体がそんなに汚れているのか」

ジョーイとアレイは、自分たちの体を見ました。ジョーイの体はアレイのように全身が真っ黒に見えました。

「まさかお前たち、ゴミを散らかしっぱなしにはしておらんだろうなぁ」

ジョーイとアレイはお互いの顔を見ました。


「バカモーン」

長老のジンは、大きな声で叱りました。

「あれほど言っておろうが。人間に迷惑をかけると、この公園もいつまでも安全ではいられんかもしれんと」

「分かったら、その汚い体を洗ってきなさい」

ジョーイとアレイは慌ててトクラムの池に走って行きました。


「あやつらの力になってやってくれ」

長老のジンはモクに言うと、自分の寝床に戻って行きました。


ジョーイとアレイがきれいな体になって帰ってきました。

「モク、お願いがあるんだ」

「何でも言ってくれ」

「人間界に『ビラ』っていうのがあるのを知っているかい」

モクは頷きました。

「パックのために、モニカを探す『ビラ』を作りたいんだ」

「それで、あれだけの紙束を集めてきたんだね」

「ああ、でもこの辺りの猫たちは、犬になんてまったく興味がないみたいなんだ。だから、いぬ語でビラを作りたいんだ。お願いできるかい」

「それにはインクが必要だなぁ」

「それは大丈夫さ。ミルとパックがサクラスの実を集めているんだ」

ジョーイはニッコリ笑って駆け出しました。


しばらくすると、ジョーイはミルとパックを連れて戻ってきました。

すり潰したサクラスの実をいっぱいに詰め込んだ空き缶がいくつもありました。

パックはモニカの特徴を博士に話しました。

そして、たくさんの『ビラ』が完成しました。


「ありがとう、みんな集まってくれて」

集会場に集まったみんなの顔を見て、ジョーイは言いました。


「なんだよ、その紙束は?」

ゴルは紙束を指さしました。

「そうなんだ、みんなにコレを配って欲しいんだ。この紙束には、モニカの特徴がいぬ語で書いてあるんだ」

「みんなにモニカを探すのを手伝ってほしいんだ」

パックは頭を下げました。


「なんで俺たちがお前のために、そんなことしないといけないんだよ」

レバは言いました。

「これこれ、誰かが困ったときは、みんなで助け合わないかんと、いつも言っておろうが」

長老のジンが言うと、ゴルとレバは仕方なく黙り込みました。


「じゃあ、これをお願いね」

ミルはみんなに紙束を配っていきました。

「くれぐれもダリルの縄張りには近づかんように気をつけるんじゃぞ」

みんなは配る地域を相談して、それぞれ出かけて行きました。


「あぁ、何で俺たちがこんなの配らないといけなんだよ」

「そうだよなぁ、ルルは人間が怖いから配らなくていいなんて、不公平だよ」

「長老が言うから仕方ない、とりあえず外には行くぞ」

ジャン・ゴル・レバは愚痴を言うと、手にしたビラを寝床に投げ捨て、そのまま走って行きました。


「おいあれ、ダリルの子分のザズーじゃないか」

前を歩く茶毛の犬を見てゴルは言いました。「めずらしい、あいつも一人で歩くことがあるんだなぁ」

「ダリルと一緒のときは、いつもいばりやがって」

ジャン・ゴル・レバはニヤッと笑うと、そーっとザズーに近づいて行きました。


「ニャー」

ザズーの左側でレバは大きな声で叫びました。

ザズーがその声に振り向くと、ジャンとレバは勢いよく、右側からザズーに飛びかかり引っ掻きました。


「ウゥーワンワン」

ザズーは痛さにもだえながら、ジャンとレバを見て叫びました。


「アハハ…」

ジャンとレバは大笑いすると、急いで逃げました。

レバもザズーの頭を踏みつけると、二匹のあとに続きました。


「まだ追いかけてくるか?」

「うん、まだ諦めないみたい」

レバは振り返ると言いました。

「よしこっちだ、急げ」

ジャンは大川の河川敷を降りて行きました。

慌ててゴルとレバは後を追いました。


「ゴツン!」

「アイタタター」

一目散に走っていたゴルは、散歩中の犬にぶつかってしまいました。

「バカヤロー。どこみて歩いてんだ」

自分が回りをよく見ていなかったこともおかまいなしに、ゴルはまくしたてるように言いました。

「そんな犬ほっとけ。早く逃げるぞ」

ジャンが言うと、ゴルはその犬を睨みつけると駆けて行きました。


「ざまぁーみやがれ、ザズーのやつ。いつもダリルと一緒だからっていばってるからだ」

日の出ヶ丘公園に着くとゴルは言いました。

「スカッとしたぜ」

そして、三匹は寝床に戻って行きました。


「なんだよこの紙、邪魔なんだよ」

寝床には無造作に投げ捨てられたビラが散らばっていました。

「あぁー、そいつ!」

ゴルはその散らばったビラを見て叫びました。

「ゴル兄ちゃんが、大川でぶつかったやつじゃないかぁ」

「あぁ、あいつもこんな四葉のクローバーの飾りを付けていたから間違いないぜ」


「どうじゃった?」

集会場に集まったみんなに、長老のジンは言いました。

「ダメねぇ」

「まぁーまだ始めたばかりだから」

みんな沈んだ顔をしました。


「見つけたぜ」

みんなは一斉にジャンを見ました。

「えっホント!どこにいたの?」

パックはジャンを見て言いました。

「あぁ、大川大橋の下を人間と一緒に歩いてたよ」

「ほんとにモニカだった?」

「疑うのかよ」

ゴルは強い口調でパックを睨みつけました。

「間違いないさ。四葉のクローバーの飾り物をしてたよ」

「よく見つけてくれたのー。ジャン・ゴル・レバよ」

長老のジンは言いました。


「褒美にキコの実をあげたいとこじゃが、お前たちはわしの言いつけを守らず、ダリルの寝床に近づいたでなー。今回はキコの実はなしじゃ」

「そりゃねーよー」

ジャン・ゴル・レバは揃って大きな落胆の声をあげました。


「博士お願い!明日僕と一緒に大川大橋まで行って欲しいんだ」

パックはモクの寝床に駆け込むと、慌てて言いました。

「モニカが見つかったのかい?」

「うん、だから『いぬ語」の話せる博士に一緒に来て欲しいんだ」


「ダメだ」

モクはあっさりと断りました。

「どうしてさー」

予想していないモクの返事にパックはびっくりしました。

「博士の足が悪いのは知ってるよ。ジョーイたちも手伝ってくれるし、足のことは気にしなくてもいいよ。ゆっくり行けばいいんだから」

パックはもう一度お願いしました。


「これこれ、勘違いするなよ」

モクは言いました。

「誰も行かんとは言ってない。明日はダメだと言っているんだ」


「どうして?」

「パックも俺の足が悪いのは知ってるだろ?」

パックは頷きました。

「だからだ。少しでもモニカに逢える可能性の高い日に行きたいんだ」

「そんなの分かるの?」

パックは不思議な顔で博士の顔を見ました。


「ほんとは毎日行けたらいいんだが、すまないねーパック」

「ううん、いいんだよ。でも、どうしてモニカに逢える日が分かるの?」

「いやいや、確実に逢えるというわけじゃないが、人間というのは一週間の行動がパターン化しているものなんだ」

パックには博士の言うことがよく分かりませんでした。


「パック、今日は何曜日だ?」

「うん、土曜日だよ」

突然の博士の質問にパックはびっくりして答えました。

「そうだ、さっき人間の行動がパターン化しておると言っただろ。だから、来週の土曜日の同じ時間に行くんだ」

「そうなんだ、ありがとう博士。無理させちゃうけど、ごめんなさい。」

「謝ることはないよパック。長老がいつも言ってるだろ。困ったときはみんなで助け合うんだ。それが仲間というものだ」

そう言うと、モクは微笑みました。


そして、土曜日になりました。

「モク、これに乗ってくれ」

ジョーイはアレイが探してきた木製の台車を指差しました。


ジョーイがその台車に博士を乗せて押すと、ひよこ型の飾りがカタカタと音をたてました。

ジャン・ゴル・レバはニヤニヤと笑いました。


「それじゃ、気をつけて行って来るんじゃぞ」

長老のジンが言うと、ジョーイは頷きました。


ジャン・ゴル・レバを先頭にモクの台車をはさみ、パックにルル、ボードにアジー、アレイが列を作りました。

カタカタと音をたてて進むその光景は、大名行列のようでした。

ジョーイとボードが交代で台車を押し進め、ようやく大川大橋に辿り着きました。


「この辺りだよ、モニカを見たのは」

ジャンは言いました。

「じゃ、ここで待っていよう」

日の出ヶ丘公園の猫たちは、河川敷に並んで座りました。


しばらくすると、川上の方に犬の姿が見えました。

「やべぇよ兄貴」

ゴルはジャンに言いました。

「あぁーザズーだ」

レバは慌ててジャンを見ました。


「ワンワンワンワァーン」

ザズーが大きな声で叫びながら近づいて来ました。その後ろには、ダリルの姿も見えました。


「この前はよくもやってくれたなー。許さねー」

モクはザズーの言葉を、ねこ語でみんなに聞かせました。

「やべー、逃げるぞ」

ジャン・ゴル・レバは一目散に駆けて行きました。

「待ちやがれ、このやろー」

ザズーとダリルは、三匹の後を追いかけて行きました。


「大丈夫かなぁ?」

パックは心配になりました。

「あいつらの逃げ足は一級品だよ」

「おかげで、モニカ探しの邪魔を気にしなくて済むじゃないか」

ジョーイは笑って言いました。


「あれがそうじゃない?」

ミルは川下からやってくる散歩中の犬を見て言いました。

その犬の体は、ふわっとしたきれいな栗色の毛で覆われていました。

そして、真っ赤な首輪には緑色の四葉のクローバーの飾り物がありました。


パックは駆け出しました。

突然近づいてきた猫にびっくりしたモニカのご主人は、パックからモニカを遠ざけました。


「ニャーニャーニャー」

パックは一生懸命モニカに呼びかけました。

モニカもようやくパックだと気付き、ゆっくりとパックに近づきました。


モニカの嫌がらない様子をみて、モニカのご主人は手に持ったリードを緩めました。


「ワンワンワン」

モニカが何かを言いました。

パックが振り返ると、すぐ後ろに博士を乗せた台車が近づいていました。

「モニカもパックのことを覚えているみたいだよ」

モクはやさしい声で言いました。


「どうしてあなたがこんなところにいるの?」

「モニカ、君に逢いたかったんだ」

モニカとパックの言葉を、博士のモクは伝えました。


「僕はモニカのことが好きなんだ。だからここまで追いかけてきたんだ」

「うん、嬉しいわ」

モニカはニッコリ微笑みました。


「でも、私にはご主人さまがいるの」

パックは顔をあげると、チラッとモニカのご主人の顔を見ました。

「いつもやさしくしてくれるの」

モニカは言いました。


「モニカはいつも僕にやさしくしてくれた」

「そうね…いつもあなたはひとりぼっちだった」

パックは『ブルドの空き地』での日々を思い出しました。


「でも、あなたには大切な仲間がいっぱいできた」

パックの周りには、日の出ヶ丘公園の仲間たちの笑顔がありました。

「そして、あなたは強くなった」

モニカが言うと、モニカのご主人は手にしたリードを軽く引きました。


「ありがとう、モニカ」

モニカは振り返ると、ニッコリ微笑みました。

しばらく、パックはモニカの後ろ姿を見つめていました。

そして、モニカの姿が夕日の向こうに見えなくなりました。


「さぁ、行こうか」

ジョーイはやさしく言いました。


「うん。僕に押させてよ」

そう言うと、パックは博士を乗せた台車を押しました。夕暮れの河川敷に、カタカタと楽しい音色が鳴り響きました。


「助けてくれー」

ジャン・ゴル・レバがダリルに追われ、パックたちの前を通り過ぎました。

パックと日の出ヶ丘公園の仲間たちの笑い声が、夕日に向かって流れて行きました。

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