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大賢者様、家出中

作者: 品川恵菜

ポイント評価、ブックマーク登録してくださった方、ありがとうございます!

日間ランキング入りしました。


1月28日 日間文学一位!本当にありがとうございます!

「…やってしまった」


翼を畳み、俺は息を大きく吐き出し、振り返った。

もうそこには俺の家は見えない。

本当にやってしまった。

人生初の家出。

ここ最近は引き篭もり生活を送ってきたから、まさか俺がこんなことをするとは誰も思ってなかっただろう。

魔法で俺の影を作って置いてきたから、暫くは気付かれないだろう。

今更何もせずには帰れないし、俺は腹を決めた。

やるならとことん。

絶対に連れ戻しに来るだろうし、もしそうなればお咎めは半端ないと思う。

今戻ったら多分暫く監視付きの軟禁生活だな。

でも、今家族がしようとしていることは、俺は賛成できない。

間違っていると思ったから、行動した。

うん、そうだ。

自らの意思に従い行動せよなんてのは、みんな常日頃から言っているじゃないか。

そうと決めれば、即行動。

此処じゃすぐに見つかる。

俺は邪魔な翼を消し去り、自分をすっぽりと覆うローブを捲り上げると、足元に転移魔法陣を展開させた。


「さあ、贖罪をしに行こう」


暫く行ってなかった。

最後に行ったのはいつだったろう。

ああそうだ、アイツが死んでからだ。

アイツみたいな馬鹿はきっと、もう現れないんだろうなあ…。

ああ、思考に耽るのは俺の悪いくせか。


「〈転移〉、約束の丘へ」


馬鹿な友が名付けた思い出の場所に、足を運ぶ。

視界に輝きが生まれて、消えて。

そして目を開ければ、俺は黄色い丘に立っていた。

眼前に広がるピティオの花…友はヒマワリと呼んでいたその花は、遥か昔に成長を止めた俺の背と同じくらいの高さだ。

「チビ」と性懲りも無く俺を笑っては、俺の制裁を受けていた。

数多くの名を持つ俺に、恐れ多くも名乗り名を付けたのもまたアイツだった。

それが俺とアイツの腐れ縁の始まりな訳なんだがな。


「ダイチ、来たぞ」


悪戯めいた笑顔が印象的な、今も尚憎き悪友に呼びかけた。

勿論、返事はない。

大地ダイチ。生命のその全て、万物を育むもの。

その名を冠した英雄が眠る地で、俺は目を細めた。


『ヒナタ』


遠い記憶の中で、あいつが俺を呼ぶ。

異界の言葉で、日向。

太陽の温もりある場所。

そんな名前を、俺に与えた。


魔導の天使。黒衣の賢者。秘技の伝承者。知恵の英雄。幽玄の守護者。沈黙の観測者。

あらゆる名を持つ俺に、ただ一つ名が加わっただけだった。

しかし、それが俺の本当の名前になった。

このピティオを俺の花だと言い、その花言葉を教えてくれた。

俺には全然合わないと、馬鹿だと、俺はあいつに言った。

あいつはいつもの通りにむかつく笑顔でケラケラと笑っていた。

あいつ曰く、俺の元々の名前を呼ぼうとすると、チューニビョーという恐ろしい病が発動してしまうかもしれないらしい。

あいつの世界は全くもって不可思議だ。


そう、あいつは異界の人間だった。

あいつの生まれた世界の話を聞いた。

ほとんどの主要な国が、一つの大きな同盟に入っていて、世界規模のことをそこで話し合うのだという。

その中でもあいつの居た国は、戦争をしないと法で定め、自衛の為のものを残して、その為の戦力を放棄したのだという。

この世界ではあり得ないことだ。

戦がない世界など。


『それは、この世界でも可能だろうか』


自分の世界について語るあいつの傍で、俺は訊いた。

そうしたら、あいつはニカっと笑って言ったんだ。


『できるさ!だって昔は俺たちの世界でも、そんなの不可能だって思われていた時代があった。でも、実現した!だからさ』


その時のあいつの瞳は、羨ましくなるくらいに、きらきらと綺麗に煌めいていてー。


『諦めなかったら、きっと大抵のことは叶うんだぜ』


あいつの存在は、永い時を生きて、絶望しきっていた俺に、希望を与えてくれた。


なのに。


生きる力に満ち溢れていたあいつは、結局この世界に適応しきれなくて、徐々に弱り、そして死んだ。

弱っていくあいつの命を散らしたくなくて、必死にあいつを救う方法を探していた。

でも、間に合わなかった。


あいつは、その髪色から黒の勇者と呼ばれ、とある国に戦の最終兵器として召喚された、異界人だった。

異界の者をこちらの戦に巻き込んではいけないと、俺が介入して、俺の元に呼び寄せた。


自分たちの勝手な都合であいつをこちらに呼び出した奴らは、そんなの御構い無しに次の戦の算段を練っていた。

そんなの、許せなかった。

賢者として、観測者として、俺は現世への積極的な介入が許されていない。

けれども、魔法を司る者として、禁術指定されている魔法の行使に関しては、罰を下すことができる。

死にゆくあいつの手を握り、俺は絶対に罰を下してやると心に誓っていた。

けれども、あいつは言った。


国に縛られてはいけないと。

国籍、人種、性別、人格、宗教、思想。

平和とは、それらの垣根を全て越え、全てを受容し、共生していくことなのだと。

だから、国のすべてを罰してはいけない。

国を憎んではいけない。

それは、新たな引き金を引くだけ。

国にはいろんな人間が居て、いろんな考えを持っていて。

中には戦争に賛成する人も、反対する人も居る。

だから、国そのものを罰してはいけないと。

罰を受けるべきか否かは、もっと深いところにある。

憎しみは、連鎖するから。

目の前の敵には、守るべきものがあって、愛する人がいて、愛されている人がいる。

だから。


『憎むなよ、何も。俺が全部許すよ。だからさ、代わりに願ってくれねえか?前にお前が言ったように、この世界の平和を…』


すっかりやせ細ったあいつは、ベッドでそう言って笑った。

馬鹿なやつだ。

何処ぞの聖人よりも生易しいことを言う。

ならばお前をこうしてしまった責任は、一体誰が取るっていうんだ。

憎んではならない。代わりに願えと。

そんな残酷な言葉を残して、あいつは息絶えた。

世界でもっともあいつを救うことができる可能性のあった俺は、結局何もできなかった。

ならば自分自身を自分自身で討つしかないと。

そう鬱々と思っていた。

だが、あいつを失った悲しみから、狂いそうになっていた俺は、家族によって眠らされた。

そして俺は数年前に、何十年ぶりに目覚めた。


神から世界を管理する命を受けている、神の御使いたる、背に白翼を持つ俺の一族は、俗世と縁を切り、世界の裏側でその動向を見守っている。

俺たちは定期的に専用の棺で眠ることで、永く、ほぼ永遠に生きることができる。

本当は俺はあいつが召喚された頃に眠らなければならなかったのだが、あいつの保護という名目で、それを引き延ばしていたのだった。

あいつが亡くなったことで、俺の消滅を危ぶんだ家族が、強制的に俺を捕らえて棺に押し込んだのだ。

憎むことができぬのなら、あのままあいつと共に消滅するのも一興だと思っていた。

永く生きて面白みもなかった世界に、ようやくできた楽しみが、失われたのだから。


俺に責務があるのは知っている。

人間たちに神より伝えられた魔法が正しく運用されているかを監視するのだ。

ずっとずっと、見てきた。

戦の火種にも、人を救う手段にもなり得るこの力は、どうしていつの時代も誰かを傷付けるものになってしまうのだろう。


「…教えてくれ、ダイチ。俺は何を成せばいいんだ?ただ沈黙を守り見守るだけなど、誰にでもできる。俺であらねばならない理由などない。お前は知っているのか?諦めなければ可能だと、そう言ったお前は」


あいつの墓石に、そう声をかけた。


「お前は阿保だ。馬鹿だ。憎むべきものを何故憎んではならないのだ。泣き寝入りせよとでも言うのか。俺たちは神よりあらゆることに関して罰を下す責務を賜っているが、憎しみを抱いた者を罰せよなどという命は受けたこともない。神が持つことを許した感情を、何故お前は俺に許してくれないのだ」


あいつの墓石をペシペシと叩いてやる。

阿保なあいつは、こうして俺が頭を叩くと「ぷぎゃー」とか訳の分からん声をあげていた。


「…何か言え。あの阿保な声でもいい。何か言え。もう、俺の言葉が届く者は、お前しか居ない。家族でさえ、最早俺たちの望んだ未来を見てはいない。神だって、もう何年も声を聞いていない」


もうこの世界に、味方など居はしないのだ。


「ダイチ」


今世界は大規模な戦争へと向かっている。

家族は未だ傍観しかしていない。

あらゆる魔法が人を、家を、畑を…大地を、焼いている。


「何故誰も見ようとしない。戦の先にあるものを。お前が禁じた憎しみは、今極限にまで膨れ上がっているぞ。禁じた術を使っている訳ではないから、俺は介入さえできない。またたくさん死ぬぞ、またたくさん滅ぶぞ。なのに、誰も止めようとはしない。禁術じゃなくとも、あんなにも殺傷性のある魔法が乱発すれば、この世界は命を育むどころじゃなくなる…。何故壊すのだ。何故誰もが魔法をこんな風に使うのだ。俺は消えてしまいたい。魔法を司る俺が消えれば、この世界から一時的に、次の担い手が現れるまで、魔法は消える」


俺は、墓石に向かって告げた。


「だから俺は、自分を消しに来たんだ」


永きに渡って、あいつを救う為に編み出した魔法。

やっと、完成した。


「お前を、在るべき場所に帰すよ」


あいつが来た世界、時間軸を膨大な数を持ってして計算し、更に必要な魔力を溜め込んできた。

ランダムに人間を呼び出すのではなく、指定した人間を、指定した世界、指定した時間軸に、指定した場所に送る。

この細やかな指定を叶えるには、呼び出すときの何万倍もの魔力が必要なのだ。

この、神を除いた魔法の使い手の頂点である俺であっても、三年間、魔法をほとんど使わずに過ごしてやっと溜まった。

そして、この術にはにえが必要だ。

この術者は細やかな指定を、魔法の行使中にずっと演算し続けねばならない。

つまり、飛ばす人間と共に世界を渡るということ。

でも、俺はこの世界との親和性が高すぎる。

あいつの世界には絶対に入れない。

世界に受け入れられなかった俺は、きっと時空の狭間で虚無となり消滅するだろう。

それこそが、本当の狙い。

そして、あいつを救えなかった俺の、償いだ。

時間を巻き戻すことで、あいつを生き返らせることもできると確信している。


「今度はどうか、幸せに。安らかに」


そう呟き、俺は墓石に向かって手を振り下ろした。

数多の光の線が、俺と墓石を繋ぎ、俺とあいつをリンクさせた。

暖かな、柔らかなオーラが、俺に伝わってくる。

ああ、これは、ダイチのものだ。

ずっと忘れていたあの頃の気持ちが蘇る。


初めて、友と出会って。

初めて、誰かと一日中遊び回るということをして。

初めて、下らぬことで口論して。

初めて、仲直りということをして。

初めて、身を削ってでも助けたいと思える存在が出来て。


「そうだ、俺は、楽しかったのだ…っ」


鮮やかな思い出の中で、大切な友の笑顔が蘇る。


気が遠くなるような魔力の奔流に、流されそうになりながらも、俺はなんとか歯を食いしばり耐える。

こんなに大きな魔力の奔流だ。

家族が気づくかもしれない。

だから、直ぐに終わらせなければ。

きっとチャンスは一度きりだ。


「行こう、ダイチ。お前の言う、素晴らしい世界に」


俺は呼び出した、真っ白な魂にそう語りかけた。

ゆらゆらと揺らめくそれは、ずっと見ていればあいつが俺に笑いかけているようにも見える。

それは、俺に細い光の線を伸ばしてくる。

まるで手を差し出されているようで、俺は笑い、それを掴んだ。


『今度は、一緒に。ヒナタ』


眩しい光の中で、俺はそう言われた気がした。


✳︎✳︎✳︎


高山たかやま 大地だいちは、至って平凡な少年である。

顔は十人中三人くらいはイケてると言う顔で、背は日本人の平均身長ジャストという、地味ではないが飛び抜けてイケメンという訳でもないという存在だ。

その代わり、学業と運動はソツなくこなせたので、クラスでも上位の成績を持っていた。

しかし、何故か大地の双子の弟は違う。

歩けば道行く人が振り返るという、絶世の美男子。

成績は学年トップで、運動神経もいい。

高山たかやま 日向ひなたという大地の双子の弟は、何から何まで完璧だった。

まるで、神に造られた存在(・・・・・・・・)かのように。

ただし、背は低い。それを言うと鉄拳制裁を食らうが。

しかし同じ親から生まれ、同じように育った彼らは、とても仲が良かった。

日向は、平凡で自分の劣化版とまで陰で言われている兄を、一目置いていた。

大地が少し語ると、目を輝かせ、「やっぱりお前は凄いな」と言うのだ。

そんなものだから、大地もあまり劣等感を感じずに育った。

双子なのに全く似ていない彼らだったが、興味を向けるものは大抵同じだった。


「大地!」


階段を駆け下りてきた日向は、玄関で既に準備をして待っていた片割れを見つけて、慌てて自分も靴を履いた。


「ちゃんと持ったのかよ?」

「持ったし!」


日向は首からかけられたカメラを掲げ、大地に見せた。

それは大地が持つものと同じ、一昨年の誕生日に、二人揃って買ってもらった品である。

丁寧に手入れされたそれは、今でも光沢を放っている。

意外と抜けている日向は、過去に何度か忘れ物をしたことがある。

その為に、その点に関してだけは、大地はあまり日向を信用していない。

両親もそれが分かっているのか、何か大切なことを頼む時は大地に言う。

そういう時、大抵日向は不満がっているが。

玄関を出ると、二人は家のガレージからそれぞれ自分のマウンテンバイクを押して出てきた。


「今日は晴れてるし、山の方まで行くか」

「あっ!じゃあ夕日撮ろうぜ、夕日!こないだ海で撮ったから、次は山だな」


大地の言葉に、日向は興奮気味に言った。

苦笑しながら大地は頷いた。

やはりと言うべきか、性格は兄の大地の方が落ち着いていた。

日向は、大地の前ではやや子供っぽくなるのである。

二人は休日になると、こうして二人で写真を撮りに行くのが日課だった。

専ら、写真家の父の影響である。

旅行先では三人で写真ばかり撮って母を怒らせたというエピソードまである。

父は趣味では風景を主に撮っていた。

しかし二人の被写体は、限りがない。

花、空、動物、人間、人造物…なんでも撮るのが彼らである。

こうした行為を、世界を記録するものだと、日向は言う。

日向は時折不思議な発言をするが、兼ね一般的な少年である。

大地だけは、自分の片割れは他とは違うことを知っていた。

日向自身も知らない、秘密である。


大地には、胎児の頃の記憶がある。

正確には、そうであろうと自分で思っている記憶、だが。

だから実際にそんなことがあったのか、それともただの自分の妄想なのかも分からない。

どこの誰かも分からない、男か女かも分からない。

そもそも人間だったのかさえ分からないのだ。

そんな存在に、そっと眠っている日向の手を握らされ、お願いをされた。


『この者は、心が限界に近い。だから、共に在って癒してやってほしい。そして、いつか共にまた帰ってきてはくれないか。何度輪廻を巡っても構わぬ。それでも、いつかは帰って来てほしい』


大地は日向が共に在るのなら、それはそれで楽しい人生になりそうだと思っていた。

何処に帰るのかも、いつ帰るのかも知らないが。

それでも、自分たちが今居る世界はここが正しくて、こうしてカメラを持ってあちこちを駆け回っているのも、全て許されているのだと、何故かそのことを思い出した日から、そんな清々しい思いを感じるようになってきた。


「大地、夕焼けに間に合うには、ここから結構全速力で行かなきゃ厳しいかもしれない」


マウンテンバイクに跨り、こちらを振り返って焦ったように言う片割れ。

大地はニッと笑い、自分もマウンテンバイクに跨った。


「おっしゃ!」


腕を捲りながら言うと、日向もそれに倣って腕を捲っていた。

大地はマウンテンバイクのペダルにかけた足に、体重を乗せた。

進みだした大地の後ろに、日向がついた。

双子は、揃って目を輝かせながら、ペダルを揃って全速力で漕いでいた。


大地も、日向も。

許された世界で。

二人とも、不確かな明日を信じ、真っ直ぐに漕いで行った。

壮大な家出計画は、本人のあずかり知らぬところで続行され、成功していたのだった。

お読みくださりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] コレって、チビって呼ばれてた大賢者様が大地くんと一緒に大地くんの世界に帰った?ってことですよね? 面白かったです!こんな感じのヤツ初めて読んだのでワクワクしました!!!
[一言] キラキラした目で大地くんと一緒にいる日向くんを想像したら泣いてしまいました〜 あらすじとかタグを見ずに読んだので、タイトルからは想像もつかない壮大な家出劇でした。 一緒に居られてよかったね!…
[一言] 面白かったです。題名のセンスも素敵なものをお持ちで。^^ 現代日本に転生した後の二人の話をもう少し読みたいです。連載になったりはしませんか?
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