第25幕 脱出
「こっちだ! 急げ!!」
エゼクの先導でシヴルはリティ達が先に向かった『格納庫』へ急いでいた。
今頃、彼女らは多くの生物と戦っているに違いない。
特にリティにとってはあまりにも残酷すぎる戦いであろう。
早く…早く行かなければ…!!
そう思うだけでも、二人の足は少しずつ早くなっていく。
いくつかの曲がり角を何回曲がっただろうか…いい加減飽きてきたその時だった。
「………っ!」
突如、エゼクが立ち止った。それにつられてシヴルも立ち止まる。
「どうした?」
まさか、道を間違えたのか…と思ったが違ったようだ。
エゼクの顔が苦しく歪んでいる。
まさかさっきの戦いでどこか怪我でもしていたのか?
だがそうでもないようだ。
彼の手が胸を抑えている。まるで何かを抑えるかのように。
抑える? 何を? 何のために?
その時、シヴルの頭にある考えがよぎる。
それは考えてしまうだけでゾッとするものであり、そして信じられないものだった。
もしそうならば…そう、ならば…。
聞くのが怖い。だが…。
シヴルは一旦口をきつく引き締めるも、だが重々しく、ゆっくりと開いた。
「あのさ…エゼク―――――――――」
「はぁっ…はぁっ…」
息が荒れる。術の詠唱をしようにもうまく口が開かない。
エンゼットは唇を噛んだ。
ここに来て一体、どれだけの時間をくったのだろうか。
もう数カ月はいたような感覚がして仕方ない。
足元には大量の死体が―――生物の死体が転がっている。
死体の中には内臓が飛び散っているものもあった。それは人間の内臓と恐ろしいほど酷似していた。
そしてまた足元を支配しているのはその生物の粘着質のある紫色の血液。
歩くだけでまるで重りを付けたかのように足が酷く重く感じる。
漂う匂いは毒々しいのか、生臭いのか、それとも…。もはや嗅覚は完全に麻痺しきっている。
もはや三人は精神的に限界を迎えようとしていた。
だというのに
ウウウウウウゥゥゥううぅぅぅぅ……
生物はまだ三匹程度残っていた。おまけにほぼ無傷で、だ。
「はぁ、はぁっ…あたし、もう…限か…うぷっ」
ミューゼが口を手で抑える。だがもはやそれは役に立たなかった。
吐いた。本日もう二度目だ
もう吐く物なんて既に無くなっていて、出るのは酷く苦々しく、焼けつくように熱いものだけだった。
にも拘らず、恐ろしいくらいの大量のそれがミューゼの口から吐き出された。
「(もう限界か…)」
エンゼットはちらり、とリティに視線を移す。
なんとか彼女は吐き出すのは堪えているようだった。
だが、その顔は酷く青白い。いや、もはや死人のように白い。唇は紫を越え真っ青だ。
そしてその真っ青な唇はカチカチと音を立て、震えていた。
「…っ」
エンゼットは前を向き直す。
相変わらず、数体の生物が今でも我を喰らおうという気配を立ててこちらを見ている。
やるしか…ない。
この二人が戦えなくてもせめて私だけでも戦わなくてはならない…。
いくら非情と言われても、自分勝手と言われようとも、
ここで、こんな所で、こんなカタチで死ぬなんて…絶対耐えられない…!
ウウウウゥぅ……
生物が姿勢を低くする。おそらく…いや来る。
「リティ、ミューゼ…あと、もう少しだ。もう、少し…頑張るんだ…ッ!!」
気休めにしかすぎない言葉を言った。二人がそれを聞いたのかどうかわからない。
いや、むしろ自分がちゃんと頑張れと言えたのかどうか、もうよくわからない。
ウウウ・・・ウオアアああアァぁッぁァアぁぁぁぁぁああァア!!!!!
来た!
『無数の凍刃、よ、雨となり、て…!!』
駄目だ…もう……!
そう思った瞬間、自分の手から何かが滑り落ちた気がした。
それが魔術発動の触媒に用いるステッキだと気付いた時は、もはや生物が目の前に来ていた。
しまった、やら、れ…!!
数体の生物の影が三人を覆った。
その時だった。
『―――ブラスト…シューートッ!!! 乱れ打ちだ!』
ズドドドドドドドッ!!
ギャヒアァぁぁァアァァァアァアァぁァアッッっ!!!!!!
聞き覚えのある声と共に何かが発動し、覆っていた生物が悲鳴をあげ飛ばされ、その場に転がった。
ああ…この声は………
「みんな、大丈夫か?!」
大丈夫じゃないっての……ったく…………遅すぎだっつの…………………。
シヴルとエゼクが『格納庫』にたどり着いた時、その光景を疑った。
『格納庫』入口に大量の生物の死体が転がっていたのだ。
そして『格納庫』の中を覗くと、今まさに襲われようとしている三人を発見した。
そのため、シヴルは慌てて術を使った。
それは見事に命中し、なんとか襲われようとしていた三人を助ける事が出来た。
「みんな、大丈夫か?!」
シヴルはそう言った。
「…シヴ、ル…遅い、です……」
その瞬間、リティががくり、と糸の切れた操り人形のごとく倒れた。
「うわっと!!」
慌てて、シヴルはリティを受け止めた。さすがにこの床に倒れさせるわけにはいかない。
顔を覗くと、疲れ切った顔で笑ってくれた。
顔がすっごい真っ青…っていうか白っ!!!
よくよく見ると、他の二人も顔色がすでに死人と大差がなかった。
「…遅れてスマン!!」
謝って許してもらえるとは思わんが、とりあえず謝った。
全力で殴られそうだが…。だが
「全くよ…一体いくら人をつらい目にあわせりゃ気が済むのよ…」
「だな…」
「ですね…」
ですよねー…と言いたい所だが、何やら口調がどこか優しく聞こえる。
…ああ、そうか、安心しているのか…そうか…。
でも…でも、な? …どうしよう…何て言おうか…。
うぅぅゥウウウゥぅゥぅうウウウゥ……
呻き声が聞こえた。
シヴル達は咄嗟にその声がした方向を向いた。
攻撃して転がっていた生物達がまた立ちあがろうとしていた。
どうやら決定打は与えられていなかったようである。
「…………」
シヴルはすらり、と剣を抜いた。
「エゼク…みんなを少しここから離してくれ…」
「…ああ、わかった」
何も言わなくてもわかってくれたのか、エゼクはリティ達を死体の海から遠ざけ、
部屋の隅っこに移動させた。
シヴルは剣を構えた。
残り…3体くらいか…。ダメージも入ってるだろうし、これならなんとかいけそうだ……。
あいつらも頑張ったんだ…俺も一緒に…背負って、やんないと、な?
「…ごめんな」
シヴルは謝った。
リティ達に
そして、異形の存在と化してしまった子供達に。
「…はぁっ!!」
ザシュッ!
ギャヒィアアゥァウアァうアウアウああアア……
最後の一人―――いや最後の一体がゆっくりと音を立てて、倒れた。
傷口からねっとりと血をこぼし、ぴくぴくと微かに痙攣した後、動かなくなった。
シヴルは剣に付着した血を掃う、それを鞘に入れた。
「……終わったぞ」
振り向いて、そう言った。
誰もが、つらい面立ちをしていた。
当然だ。
倒したのは魔物ではない。
人間だったものだ。
そう、人間だった、ものだ。
それも気が滅入るくらい大量の。
「…………もうこれ以上ここにいたくありません…早く…ここを出ましょう」
リティの言葉に誰もが、頷いた。
そう言った彼女の気持ちはきっとつらいものだろう。
ここ―――『白い孤児院』の生活がいくらどんなにつらいものだったとしても、
子供達と遊んだり、暮らしたりした事は確かにあったのだから。
そして、その子供達に手を出してしまった決して拭えはしないのだから…。
それなのに――――――
「…そこの飛空機械を使うといい。それでここから脱出できるはずだ」
エゼクは指をさしながら言った。
その指先には模型でよく見るような飛行機のような物の…模型サイズではない正真正銘の本物があった。
エゼクは飛空機械の扉を開け、その中の何かを起動させ何やらカチャカチャといじった。
「…自動運転に設定しておく。何かあったら指示があるからそれに従ってくれ。」
「わかった…恩に切る」
「誰が操縦席に乗るかだが―――」
「あたしが乗るわ」
ミューゼのその言葉に誰もが驚いた顔をした。
「…何て顔してんのよ。あたしが操縦席に乗るのがそんなに嫌なの?」
「いや、そう言う訳じゃないけどさ…操作できんのか?」
ミューゼは黙って頷いた。その頷きはいつもより元気がない。
「昔、叩きこまれたのよ…まぁ一応っていうレベルだけど、無知よりはマシでしょ?」
まぁ…それもそうだ。
「じゃあ、ミューゼ頼むよ」
「…ええ」
そう言うと、ミューゼは操縦席に座り込んだ。一息ついてしっかりとベルトも着用する。
シヴル、リティ、エンゼットの三人はその後ろにある席に座った、もちろんベルトもしっかりする。
「って…よく見たらこれ四人乗りか?」
エンゼットの言う通り、この飛空機械は四人乗りだったようだ。これではエゼクが乗れない。
「…私はまだやる事がある。先に…脱出しててくれ」
「だったら私も…」
ベルトを外そうとするリティをエゼクは手で制した。
「いや、大したことはない。私一人で充分だ。リティ、君は先に脱出しててくれ」
「でも…」
リティは俯く。兄が心配なのだろう。
「………リティ」
シヴルはそう言いつつ、リティの肩をポンと叩いた。
「…わかりました。…気を付けてくださいね…兄さん」
「ああ…」
エゼクは笑みを浮かべつつ、そう応えた。
「シヴル君」
「…ん?」
シヴルはエゼクを見た。
「………リティを、頼む…」
「……わかった。任された」
「ありがとう。………リティ」
「はい?」
エゼクはそっとリティの顔を撫でた。そしてしばらく頭を撫でた。
「…………また、な」
そう言うと、エゼクは手をひっこめ、おもむろに扉を閉めた。
バタン、と音が嫌に耳に響いた。
「にい…さん?」
エゼクが外でまた何やらいじっていると、天井が開いていくのが見えた。
そしてエゼクが外から赤いスイッチを押せと言ってきた。
「これね」
ミューゼがそのスイッチを押すと、音を立てて飛空機械が動き始めた。
飛空機械はゆっくりと浮き上がると、徐々に速度を上げ一気に上昇し始めた。
気がつけば、すでに『白い孤児院』を出ておりやや高めの上空にいた。
「まさか空を飛んで脱出するとはな…思いもしなかったな」
「そうねぇ、サッサとエゼクさん救出して、フツーに脱出するのかと思ったわよ」
「そうだな…」
エンゼットとミューゼは元気が出てきたのか、そんな会話をし始めた。
「ま、これで一件落着ってことね、リティちゃん!」
「ええ、これもみんなシヴルのおかげです…。シヴル本当にありが―――――」
「ごめんな、リティ」
「「「え?」」」
突然の謝罪。なぜ?
「ど、どうしたのよ突然」
ミューゼがそう言う。
シヴルの顔はどこか浮かない。というか…今にも泣きだしそうだった。
そしてどこか決意したような表情を浮かべると、重々しく口を開いた。
「さて…最後の一仕事だ…」
エゼクは大量の生物の死体が転がる『格納庫』をそう言って出た。
「…っ!!」
『格納庫』を少し歩いた所で立ち止まった。
「まだ…まだ持ってくれよ…っ」
苦痛に歪んだ顔をしつつ、エゼクはまた歩き始めた。
「エゼクな…もう、生きてお前に会う事は、ないんだ…」




