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始まる終わり

 全身が焼けるように熱い。

 原因はわかっている。限りない全力を注いだために余波の制御が出来なかったのだ。傷が焼かれ派手な出血が無いため生き延びてこそいるが、それでもすでに致命傷だ。皮膚の四割が活動を停止している。

「・・・・・・」

 倒れているのか立っているのかすらもわからない。視界は黒に染まったままで、状況だってわかりはしない。

「・・・・・っ」

 仕方ないので視界だけ開けてみる事にした。

「・・・・・。」

 夕陽の頃が終わっていた。ひょっとしたら気を失っていたのかもしれない。

 ラヴェンダーは苦笑した。

「何もしたいと思えない」

 何もかもを失った。復讐すべき者は消え、助けてやろうとしていた者は自分が殺した。

 ならばどうすればいい? 誰でもいいから教えてほしかった。

「あいつならどういうかな」

 元部下であり、ここに来るなと言ってあるからこそ来ているであろう人物。彼ならどうするのか知っているのかもしれない。

 ラヴェンダーよりも、誰よりも早く絶望していた青年。一番可愛がってやった青年。

「・・・これからどうすればいい?」

「あなたにこれからなんてないよ?」

 喉の奥がなった。苦笑のために。

「………冗談抜きで死にかけたわ。それに自分の腕を切断するなんて狂ってるわよ」

 真球の月が照らすのは苛立たしげに表情を歪める黒髪の少女。衣服のほとんどが焼け焦げて、服というものの機能を失っている。それでも覗く素肌は傷一つなく白いまま。見れば、傷ついた衣服の方もゆっくりと再生していく。

「・・・すまなかったな」

 ラヴェンダーの唐突な言葉に、少女は怪訝そうに眉を寄せる。

「なに? 今さら命乞い?」

「お前じゃない」

 息も絶え絶えなラヴェンダーはそのまま微笑した。

「シーラ、お前が悪かったわけじゃない。そうとだけ言っておく」

「私はあなたの知ってるシーラちゃんじゃないわよ?」

「黙れ人形」と吐き捨て遮る。

「私は小娘に言っている」

 言葉を切って大きく息を吸う。

「私はお前のせいだと罵った。それでも、そんな事なくても結果は変わらなかったんだ。いつかは起こった。いつかはこうなる事だった。これ以上自分を責める必要はない」

「不愉快なんだけどなぁ」

 ラヴェンダーを見下ろしていた少女が、彼女の膝を踏み砕く。だが、ラヴェンダーは構わず続けた。

「それに、お前の大好きなカルノに伝える事があるんだろう? 前のお前がやったとか言うくだらない事は忘れて、さっさと起きろバカ娘」

「無駄。彼女の人格なんかデリートしたもの」

 それすらもラヴェンダーは構わない。

「私はお前の事は嫌いじゃない。出会いすら違ったらと今も思うよ。だから、全てを終えて再び始めないか? カルノに伝えたい事を告げて、私は・・・」

「黙れってのよ!」

 烈風がラヴェンダーの腹を切り裂いた。だが、その割には内臓まで届いていない。

「制御が甘いぞ。首を飛ばせば黙る

 笑った。

「それとも、小娘が起きようとしているか?」

「黙れ!」

 少女はラヴェンダーの首を鷲摑みにして立ち上がらせる。

「私のプログラム風情が再起動するとでも言っているのか? 下賎な汝を滅ぼし証明してやる!」

「地が出てるぞ。激昂は真実の証明だ」

 細い指が締まるがラヴェンダーの笑みは止まない。

「さっさと起きろシーラ! 自由を自分の手で掴むんじゃないのか?!」

「もういい死ねっ!」

 ラヴェンダーは理由もわけもわかりはしない。現実として目の前の少女が自分を殺そうとしている。

 だが、それでも後悔はなかった。

 ようやく見つけたのだ。

 自分だけではなく、全てを救おうとしている少女を。

 あまりにも愚かで救いようがない。

 それでも、それを知って行なおうとしていたのだ。ならば負けるわけにはいかない。勝者の笑みを絶やすわけにはいかない。

 彼女のために、自分のために。

「いいか。たった少しの時間しか共有しなかったが、それでもお前は私の相棒だ。後悔なんぞせずに生きろ! したとしても乗り越えろ。まがいものの精神でも突き通せば真。お前がお前を突き通せ!!」

「いい加減死ねよォォォーーーー!」


 ただし、残念なのは、最後の最後であいつに会えなかったことだ。

 あいつは嫌がりながらも、唯一私を恐れなかった。あいつといた時だけは私は一人じゃなかった。

 なんだかんだ言ってあいつも私も互いに好いていた。だからこそ、後を頼むよ。期待を裏切ったら恐いことを知っているのだから。

 さて、死ぬか。

『コード・イミテーション 最大稼動 全てに置いての制限を解除します』

「死なれたら仕返しできないだろ?」

 目の前を閃光が走った。

 ただし、純白ではない。

 赤黒い稲妻が駆け抜け、少女の腕を根元から切断した。


「生きてるか隊長?」

「隊長じゃない」

 満身創痍でもそれだけは忘れない。

「それだけ言えれば十分だ」

『地属性エレメント発動 他身体制御完了 88%補修完了』

「必要最低限は直しといた。動けるからラヴェンダー?」

 軽い口調に大きな現実。慌てて見やれば、直っていた。失った筈の片腕が。

「カルノ、お前は・・・」

「とりあえず逃げてくれ。こいつは俺がなんとかする」

 ラヴェンダーの言葉を遮り銀髪黒づくめは少女へ向き直る。

「こいつは俺が殺す」

「だが!」

「今のあんたは足手まといだ。下に降りて待ってろ」

 別段強い口調ではなかった。しかし、それでもラヴェンダーは歯を食いしばり、静かに頷いた。

「死んだら殺す」

「俺は不死身だ」

 即座に切り返すカルノに苦笑。

「いいだろう。必ず二人で戻ってこい」

 実際限界だったのだろう。ラヴェンダーは寂しげに笑うと、そのまま出口に向かい姿を消した。

「・・・・・」

「・・・・・。」

 沈黙が落ちた。

「邪魔しないのか?」

 破ったのはカルノ。

「もっとも、させはしなかったが」

 続くのは少女。

「とりあえず自己紹介。あたしはシーラ・ディファインス。邪魔しなかったのはいつでも殺せるから」

「そうか」

「そうよ」

 同時に、カルノの右手から雷が迸る。

「へぇ~~~。器用なものだね。制御シークエンスはどうなってるの? 私だって、四種類しか使えないのに」

「お前がウォンの探したアンティークか」

 望む答えの代わりの言葉。

「アンティークと言っても、現代科学では再現できない技術なんだけどなぁ。だってあたし達がシステム破壊したし」

「知るか」

 いつの間にか咥えたタバコに火が灯る。

「・・・で、責めないのか?」

 挟んで二、三メートルほどの距離。

「なんで?」

「あいつなら止めるんだよ」

「シーラちゃんはもういなくて、あたしがシーラ」

 構わず紫煙を空に吐く。

「殺戮するのは楽しいんだけど、殺戮し続けたら殺戮するための人がいなくなってしまう。だから、あたし考えたんだ」

 笑みは無邪気で。

「しばらく眠って人が増えるの待てばいいじゃんなんて」

「楽しいよね~~~。まがいもののあたし達を生み出したり、エレメントを人に使える様にしたりしてさ。人間ってほんと凄い。あたしの殺戮のために生きているとしか思えないよ」

「くだらない」

「は?」

「くだらないと言ったんだよ」

 赤褐色の雷光が勢いを増す。

「その程度の力。その程度の思いで、その体と声で語るな。あいつだったら、もう少しまともな事を言う」

「あはっ! シーラちゃんはもういないんだよ? それでもそんな事を言うなんて!」

「なら試すか?」

 それをきっかけに。

「なら死ねよ私の好きな人!」

 突如現れた水の刃がカルノの全身を貫いた。

 心臓は勿論、身体を左右に引き裂いて、文字通りの八つ裂きがカルノを切り裂く。

 悲鳴はなかった。

 一瞬にして済んだ殺戮に少女は笑う。

「あはっ! 結局ただの強がりだったわけ? ラヴェンダー殺して過去を断ち切れば私は安心っと♪」

「そう思うか?」

 異変といえばいいのだろうか?

 少女の全身を支配するナノサイズのエレメントが違和感にざわめく。

「な、なに?」

 超越者たる者のセリフではなかった。声の震えは未知への恐怖。

「推論だが、バートンのバカどもは、スプリガンのコピーが作りたかったわけじゃない」

 声は、肉片の中から、低く轟くようにして響いた。声帯も、声を言葉にする舌も失われているのに。

「スプリガン以上の化物を作ろうとしていたんだ」

 異変はそれだけでは収まらない。

「あ、集まっていく?」

「それが俺だ」

 散らされた肉片も、裂かれた身体も、引きずられるようにして集まっていく。赤黒い肉と肉が絡み合い、小さな破片から肉塊へと。肉隗が交差し、やがて不気味な鳴動と共に一つの形態を形作る。

「お前じゃこんな真似はできない」

 悠然とたたずむのは、先程までと姿形変わらぬ青年の姿。

「あんた・・・一体何よ?」

「そうだな。お前と一年ほどの付き合いがあるチンピラだ」

 唇の端で笑う。

「ふざけるな!」

 叫ぶ彼女に構いもせずカルノは歩み始めた。

「寄るな!」

 風がカルノの身体を切り裂くが、それこそ構いもせずに近づいてゆく。

「覚えてるか?」

 足が根元から切断され体勢を崩すがすぐに繋がる。

「初めてあった時、お前の第一声は、暗いね」

 皮肉ではなく、純粋に笑った。

「第一印象は最悪だった」

「黙れ!」

 迫る業火は腕の一振りで中和し、目と鼻の先まで近寄った。

「でも、悪い気はしなかった」

「黙れと言っている!」

 手刀が胸を貫き、その周りを抉り取る。

「今頃気付いたんだ」

 青年は、笑いながら少女の頭に手を置いた。

「だから、一緒に戻ろう。ラヴェンダーも待ってる」

「黙れ黙れ黙れ! あんたの知ってる小娘は死んだんだ!」

 少女の破壊がカルノの身体を蹂躙するが止まらない。止まるわけにいかないのだから。

「シーラ(・・・)」

「……っ」

 初めて聴く様な優しい声音。そして、初めて呼んでくれた彼女の名前。胸の奥で何かが音を立てる。

「シーラ・・・一緒に帰ろう」

「もういい、粉微塵に………」

「………カルノ」

 破滅の力の代わりにこぼれたのは自分の声であって自分の声でないもの。

「?!」

 脳内の人格プログラムはデリートしたはずだ。にもかかわらずこぼれた声に少女は愕然とする。

「カ・・ルノ」

 再度確認するが、身体のどこにも、シーラ・ディファインスの人格プログラムは存在しなかった。ならば、この声は何者によるものなのか? 

「バカな?!」

 彼女が驚愕している間に、カルノを貫いたままだった腕を引き抜き、頭一つ高い青年を見上げる。

「カルノ、私を殺して」

「よせ! 馬鹿げた事を抜かすな!!」

 気付けば身体の制御権すらままならない。

『どういうこと? ありもしない人格プログラムが暴走して身体の制御権まで奪おうとしている?!』

「今ならもう一人の私を押さえつけてられる。押さえられるうちに私を・・・」

 胸に手を当て、苦しげにうめく。しかし、意志のこもった瞳だけは青年の双眸を見据えている。

「やめろ! やめてくれぇ!」

「安心しろ。シーラは殺さない」

「「え?」」

 二人が同時に問い返すのに対し、カルノは苦笑した。

「俺が殺すのはスプリガン、お前だけだ」

 いや、と続けて、

「お前を倒すのはシーラだ」

「駄目・・・カルノ、お願いだから」

 顔をしかめ、シーラの頭を軽く小突いた。

「帰ってきたら言いたい事があるんじゃないのか? それとも、それは嘘だったのか? 自由を自分の手で取り戻したいといったのも嘘か?」

「それは・・・」

「お前の意志はその程度か? 俺たちが何のためにきたと思ってる? ポンコツの人形如きに一度負けたくらいであきらめるのか? ふざけるな、俺たちのやってきた事を全て無駄にするつもりか?!」

 いつもの冷静さなど感じさせない叫びだった。思わず気押され息を飲む。

「お前を操る糸があるなら、自分の力で引き千切れ。お前自身はお前自身で取り戻せ!」

「……………………うん」

 シーラは静かに目を閉じる。

「あたしが・・・あたしがいなくならないようにつかまえてて」

「ああ」

 言って銀髪の青年が、少女の小さな身体を抱きしめる。優しく、しかし、逃れられぬよう力強く。

「よせぇぇぇーーー!」


『コード・スプリガン停止します』


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