マゼンダ
「一体誰だってんだ!」
天井のスピーカーから流れる合成音声に毒づくなり、疾走する速度を更に上げた。
走るのは金髪の痩身・・・ジュダルだ。
現在、彼がいるのは上層階の中央管理室付近。ウォンの待ち構える最上階まであとわずかといったところだが、その後わずかが果てしなく遠い。
「システムさえ生きてりゃウォンのエレメントは押さえれたのに!」
彼の全身を覆う特殊強化スーツはここに来るまで繰り返された殺戮の色に染まり、腰に巻いた弾帯もその長さを減じていた。
「それともウォンが? 俺の到着が近いことを知って・・・」
考えたが答えは見つからない。あるのは未発達の可能性ばかり。それに、かつての上司がいたことを思い出し、彼女だったらバートンを粉砕するためにシステムの停止を行なうかもしれない。
「とはいえ、それも可能性に過ぎない」
無闇にじぐざぐした無秩序な通路を走る。可能性の答えを求めて。
「マゼンダ様、侵入者・・・ジュダル・ミューダースがここに接近しています!」
「非常隔壁はどうした!」
そこは上層階、中央管理室。
マゼンダを始めとする社の全域に渡って業務管理を責務としたエリートたちの詰め所である。
「それが・・・全て解除されており、ブレインデバイス崩壊の影響か、こちらからの操作を受け付けません」
「原因をさかのぼって確認! ここに奴が来ればウォン様に危険が及ぶなんとしてでも食い止めろ!」
総勢二十名を見渡す事のできる広い室内の中で、いつに無く語調高らかに叫ぶマゼンダ。額に浮んだ汗は己に迫る危険だけではない。
手元の端末にこの階に待機する警備兵たちに応戦するようメールを送り叫んだ。
「ここのロックを手動で!」
ブレインデバイスの停止は理解している。その上でジュダルがエレメンターでないことを理解し改めて脅威の再確認。
「トラブル続きとはいえ、相手の装備が異常だとはいえ、たった一人で突破するのはエレメンターにすら不可能。もし、そんな化物がウォン様に・・・」
とここでオペレーターの一人がマゼンダの指示通り、出入り口の自動ドアにロックをかけた瞬間、
轟音。
堅牢を誇る特殊装甲の自動扉が大きく形を歪めて弾け飛んだ。そう、内側に。無論、ドアの前に立っていたオペレーターは金属扉の勢いと重みに圧死。
「・・・・・」「・・」「・・・・」「・・・」
管理室内に沈黙が満ちる。その静寂に踏み入る痩身の影。
「っ! 各自構え・・・」
マゼンダは叫び懐から拳銃を取り出すが、他の者は間に合っていない。同時に切れ間の無い閃光と、銃声と呼ぶにはおこがましい轟音の嵐が管理室内に轟く。
「くっ!」
マゼンダが身を投げ出すなり、今まで彼女のいたコンソールが火花を散らして砕け散る。だが、冷たい汗を背筋に浮かべるよりも先に、視界の端に映る金髪の青年に向かってポイント射撃。
それは、合計三度の銃声を鳴らし、それを握る手首に小さな衝撃。
「応戦しろ!」
職員の方も幾人も無事だったようで声が上がる。そう、管理室という部署ながらも、ここにいるのは戦闘訓練を積んだ精鋭でもあるのだ。
「撃て! 撃てっ!」
各自がショットガンや拳銃のトリガーを引き絞り、無数の銃弾が侵入者を襲った。
だが、
「消えた?!」
誰かが叫ぶ。そして、それは悲鳴に変わる。
「なっ!」
「俺の道を阻むなら、死んで後悔しろ!」
再び悲鳴。
瞬間移動と見間違うほどの移動速度。完全に人の限界を超えていた。誰しもがありえないと心の底で絶叫する。
次第に悲鳴の数の少なくなってゆき、
「残りはお前だけだ」
立ち上がったマゼンダの前に立ちはだかるのは長大な槍もどきから血を滴らせる金髪の青年。砕けた蛍光灯の灯りが明滅しているため、その無表情はひどく幽鬼じみて見えた。
「……引かないなら殺すけど?」
「私の使命はウォン様を守る事」
ジュダルは奪った銃を構え。
マゼンダは自身の銃を構え。
銃声。
「・・・・・。」
人が一人倒れる音が破壊に満ちた室内に落ちた。
バートン第十三支社最上階。
書類が山積みのデスクや、優しく身体を支えてくれるソファーには腰掛けず巨大な窓ガラスの前に立って眼下の世界を見下ろしている。
「そろそろ陽が落ちるか」
夕刻が迫っている。一番好む時の頃。
「一体誰が、私の前に姿を現すのだろうか」
非常隔壁を解除し、社内の情報をかく乱し、侵入者のためになるよう操作をした。
「その彼等にしたら、さぞかし腹立たしい事だろうに」
誰がここに近づいているか、あえて調べないようにしていた。その場合、マゼンダたちに危険が及んでもわからないのだが、元々、自分の暗殺任務を受けた彼女が命を張る必要もない。機を見て脱出しているだろう。そう思った。
「とはいえマゼンダ君か」
おそらく彼女はウォンにとって誰よりも長い時間を共有したであろう人物ということに思い至って苦笑した。
「つくづくろくでもない人生だ」
だが、そんな彼女でも生きていて欲しい。心からそう思えた。
「うわっ・・・」
思わず口元を押さえ辺りを見回す。
「誰が、こんな事を」
シーラは、明滅する明かりの中で血の海と化した中央管理室に立ち尽くす。
その元となった人間たちは誰しも人の力では不可能な傷を残して倒れている。中には上半身と下半身が二つに別れた遺体もある。
「うっ!」
思わず見てしまったことと、その際に吸い込んでしまった鉄錆にも似た血臭に、身体を二つに折って嘔吐する。
『なんで・・・なんでここまで!』
えづく喉を押さえながら、ひしゃげた戸口に寄りかかる。吐き気はおさまる気配が無い。
「・・・ぅ」
ここで初めて気付いた。
「ぅ・・・ぁ」
自分の声ではない。そのことに気付くなり、シーラは顔を上げて声の元を探すために足を踏み出す。しかし、自分の敵である生存者を探してなんになるのか?
『そんな事は考えなくていい!』
誰かが生きているなら助ける。それは自らの目的と矛盾する事だが、もし、その誰かを見捨てたらきっと自分は自分でなくなる。自分を許せなくなる。
だから、彼女は、砕けたコンソールの前に倒れる女性を見つけた時、迷わず駆け寄っていた。その胸は軽く上下している。
「大丈夫ですか?」
真紅のスーツをまとった二十代半ばの美貌は薄い明かりの中でも肌の色を青褪めさせていた。
「・・・様・・私」
「ちょっ・・・聞こえて」
言いかけたシーラを遮って女性はうめくように呟いた。
「ウォン様……どうか無事で」
そして、彼女の心臓は鼓動を止めた。




