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再開

『誰か近づいてきてるぞ』

『左右から時間差でか?』

 焚き火により調達した木炭を使用し石畳で会話しながら二人は頷きあう。

「・・・ぁぁあぁ」

 三人目の少女は喉を押さえながら床で喘いでいる。軍用ツナヌードルの破壊力の結果だった。下手な毒よりも効果がある事が実証された瞬間である。

『建築物郡を盾に北に移動しよう』

『西を潰して迂回すれば、バートン社の軍事施設を避けれないか?』

 二人が文字による会話を続けているのは隠密のためでなく、単純にシーラと同じ症状なだけだ。シーラほどではないが、喉の奥にゼラチン質の何かが張り付いているような不快感が口を開くのも億劫(おっくう)にさせているのだ。

『いや、軍事部門の連中も潰しておく』

『わかった』

 カルノは納得いかなげだったが、仕方なく頷いた。ここで無理に他ルートを推せば『なら二人だけで行けばいい』と言われるだけということを長い付き合いから知っていたからだ。

「・・・おい、移、動する・・ぞ」

 声と喉に違和感がある。久々の軍用食はなかなかのインパクトだった。

「・・・あい」

 ゆっくりと身を起こすシーラ。心なしか憔悴しているようにも見える。自分と彼女の違いは、慣れているか慣れていないかの違いであった。もっとも、慣れたくない慣れである。

「あー、喉が痛い」

 そう言いつつも視線は鋭さを増し、全身で辺りの気配を窺っている。

「カルノ、索敵はお前の方が得意だろう? 一応確認してくれ」

「了解」と言って残り少なくなってきたブリットを口に放り噛み砕く。苦味とかすかな甘味を含むどろりとした液体が喉を通して感じられる。

 途端、目の前が歪んだ。

「かっ!」

 喉にこみ上げる異物感を堪えながら、口の中に残った破片だけを吐き出す。変わりに手を通して飲み込まれたのは血色の結晶。


『エレメントの接続確認 戦闘用起動』


 脳の奥からノイズが走り、視界の色まで変わっていく。形成された補助脳は五感以上の情報を処理し、一瞬気が遠くなったところでギリギリ意識を繋ぎとめる。

『設定変更 遠距離策敵型回路作成』

 次第に暴走していく思考の渦。ラヴェンダーならば、この暴走していく世界に自ら飛び込んでいくのだろうが、暴走した世界を制御できるほど卓越した技量は持っていない。

 だから、俺は………


「・・・・・・・・・・・・オッケー」

 眉間に指を当てつつカルノは言った。

 だが、そんな様子も一瞬だけの事で、彼は静かに目を閉じ灰色の天井を見上げる。

 エレメンターというのは自分の制御範囲を檻と呼び、その制御圏内に含まれる全ての情報を理解する事が出来る。もっとも、できるだけであって行なう者は少ない。大抵はブリットの酩酊感と興奮作用に酔って制御圏で力を振るう事だけに集中するからである。

 カルノよりも広範囲の檻を制御できるラヴェンダーは、逆に力が強大すぎるために、細やかな所まで分析できないのだ。

地理という意味でわかりやすく言うならカルノが町内地図から市街地までの地図まで使い分けるのに対し、ラヴェンダーは自分の所在地を「世界地図」で探さなければならないという違いに別れている。

「・・・左右からじゃない」

 現在カルノの脳内では制御圏内の立体映像が上下左右に回っている。状況を詳細に求める時はズームやワイドを行い情報の補強をしていく。

 結果、わかったのは、

「北を除いた全方向からこっちに向かっている。後方では十二台の軍用車が待機。何勘違いしてるのかパンツァーファウストまで積んでる」

 まるで直接見たかのような物言いにシーラが目を瞬かせる。

「明らかに北へ誘ってるな。証拠に行軍のスピードが遅い」

「前門の虎に校門の虎。嬉しい限りだねぇ」

 牙を剥いた獣の如く、獰猛なまでの唸りを上げて笑みを浮かべる。

「隊長?」「ラヴェンダーだと言っただろ」

 途端に炎が瞬いた。彼女の周囲や足元に刹那の紅が走る。

「私が時間稼ぎに出撃する。お前はそこの足手まといを連れて前進しろ」

「足手まといって・・・」

「了解。先行しておくから追いついてくれ」

 カルノはカプセルを渡そうとして、

「いらん。それと、一時間以内に合流できないようだったら死んだと思え」

 言うなり身を翻しそのまま石畳を蹴って消えてしまう。だが、戸口から微かに写った横顔は暗い歓喜の色に染まっていた。

「・・・いくぞ。あの人だったら心配ない」

 そう言うカルノは心配した様子も無く腰をあげ、手早く撤収準備を始めている。

「だけど、心配じゃないの?」

「あの人に限って心配する必要なんてありはしない」

 ホルスターから拳銃を取り出し残弾チェック。二重弾倉のそれは、弾丸こそ9ミリパラベラムであるものの通常の二倍の装弾数を誇り拳銃ながら弾幕を張りやすい。

「それでも女の人なんだから、もし、男の人たちに囲まれたら・・・」

「握力が二百越えるような奴を女とは呼ばない主義なんだ」

 ただしこの拳銃、命中精度向上の為、極端に重量が増加している。しかも、マガジンが特殊仕様なので使いまわしがきかない。

「心配するのはラヴェンダーで無く自分にすることだ。とにかく行くぞ」

 のセイフティーを解除し手に持ったままシーラの腕をとる。

「ちょっ・・・」

 戸惑う彼女をよそに、ラヴェンダーも出て行った戸口に身を寄せ様子を窺う。瓦礫まみれの床で足音一つ達無いのは過去の残滓。

「ねぇ、周囲の様子がわかるんじゃないの?」

「静かにしろ。バートンには対エレメンター装備だってある」

 エレメントは所詮化学の産物。万能の魔法ではない。それゆえに、その裏をかく方法だって在る。

『よし、飛び出すから声を出すなよ』

 聞こえるか聞こえないかギリギリの声で耳元で囁く。シーラは微かに香る煙草の香りでほとんど密着状態である事に気付き頬が紅潮させる。

『わっ!』

 と同時に引っ張られるようにしてシーラは飛び出す。

 そして、飛び出したところで気付く。時は夜へと移り変わり、何をせずとも汗の浮くはずの気温は、今では身を切るような寒さで包まれていた。だから、火を焚いていたのかと心の隅で納得。

「・・・・・」

 辺りを見回したところで目に映るのは、うっすらと浮かび上がる廃墟の輪郭。周囲に明かりらしい明かりもなく月と闇に浮ぶ星々だけが光源であった。

 もっとも、知覚を補助脳に預けているカルノにとっては周囲の明暗などたいした問題ではなかった。まるで真昼のように地を蹴りコンクリート片を飛び越える。そして、突き当りのT字路の先に動きを停滞させることなく飛び出し、

 銃声。

続いて闇夜を照らすマズルフラッシュ。

鮮血が舞った。

「カルノっ!」


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