合間
「今日はここで休むとしよう」
長々と続いた非常脱出路を抜けて、地上との再会を果たした三人は、ろくに休まず歩き続けた。元々、ここ一帯は旧世代の戦闘による被害が激しく、環境維持エレメントもろくに機能させていないため、見渡す限りの地平線には草木もろくに生えていない。砂漠化していないのが唯一の救いだが、ただそれだけの違いだ。
「明日の夕方には街の方に辿り着けるな」
そして、それでも歩き続けた三人が休憩場所としたのはバンパイアゲームの名残を思わせる廃墟の群だった。
弾痕を残し砕けた柱、黒くすすけ倒壊した家屋。どこを見ても残る破壊の残滓に、シーラは胸の奥が重くなるのを自覚した。
『私達が世界をこんなに・・・』「あれ?」
無論、廃墟の群といっても比較的被害の少ない建築物も残っていた。ラヴェンダーたちが選んだのもそれらの内の一つである。
『あれ? ここが壊されたの五十年以上前なのに・・・』
「どうした?」
おかしな思考に陥りそうになった時、カルノが自分を覗き込んでいることに気付き、慌てて首を振って後退る。
すると、彼はそうかといってイス代わりのガレキに腰を下ろす。
『ちょっと勿体無かった・・・かな?』
何がと聞かれたら答えようもないが。
「そういえば、火傷大丈夫なの?」
言われて初めて思い出したように、カルノは炭化したジャケットの左袖に視線を落とす。
「・・・・・。」
手で軽く触れてみる。
・・・痛みはなかった。変わりに脱皮する蛇の抜け殻のように、ジャケットの袖がそのまま崩れて落ちた。
「………無事みたいだ」
傷一つ無いつるりとした皮膚。グローブも焼け落ちたはずなのに傷一つない肌。高熱に炙られたはずの背中も同様だろう。
『与えられただけの忌むべき力だってのに………たいした皮肉だ』
呪われた身体。苦笑が口元に浮ぶ。
「えっ? でも、あの時・・・」
「一応エレメントで中和していたからな。たいしたことじゃないから気にするな」
説明する気もないし、説明するのも面倒臭い。だから、ごまかしを選んだ。
「カルノ、腹が減った。準備してくれ」
いつも通りの口調にいつも通りの要求。だが、わざとそんな態度を取っているのが嫌でもわかった。彼女は魔女であっても化け物ではない。心の痛みは存在する。だからこそ、口を挟まず食事の準備を開始する。
自分も心の迷いを持たずに済むのだから。
この場合必要なのは度胸だった。無論、理解も必要としない。結果は目の前だけにある。
だから、というわけでもないが、シーラは胸の前で手を組み息を飲んだ。
「・・・・・っ」
ドロドロと・・・そんな表現しか持ちようのない「何か」は固形燃料の火に炙られ、ことこと音を立てている。
「・・・・・・・・・・・っ」
繰り替えすが必要なのは勇気と度胸。白い湯気に混じる異臭は少なくとも毒ガスではなかった。いっそ、毒ガスの方が救われるかも知れないが。
「使え」
目の前に差し出される銀の凶器。三又に別れたそれは、妖しい輝きを持って、自分の胸に突き出されている。
「・・・ありがと」
いつまでもそのままでいるわけにもいかず、仕方なく受取ってしまう。続けて、
「食え」
簡潔な言葉と共に差し出されたのは耐熱プラスチックの収納カップにはめ込まれた「何か」であった。
「なっ!」
目の前で見ると、改めて凄まじい破壊力だった。
聞いた話しでは、主成分は主に炭水化物とタンパク質。その他必要最低限の各種ビタミン、繊維質等も含まれているらしい。健康的な食事万歳!
と彼女も言い切れないのは、茶褐色の流動体の中蠢く灰色のヌードル。なぜ灰色なのだろう? そんな問いは置き去りに緑色の肉片らしき物が浮んで沈んだ瞬間、薔薇色の人生はどこに行ったのと空に向かい絶望色で問いかける。まあ、屋内だが。
「ほら、ラヴェンダーも」
彼女の右斜め向かい。一際大きなガレキに寝そべる黒髪の美女が、同じような物体を面倒臭げに受取る。
「・・・・・・・これか?」
嫌そうな顔を隠そうともせず、遅れてフォークも受取った。
「これしかない、我慢してくれ」
一方左斜め向かいの青年は、淡々と言いつつ自分の分も手に取った。
「・・・・・」「・・・・・・・」「・・・」
沈黙が辺りを支配する。
「誰か先に食べたらどうだい?」
「隊長が先に食べたらどうだ? 言い出したのはそっちだろ」
「まあまあ」
それでも三人は手付かずの料理らしきものを持って停止している。
「・・・仕方ない。せーので一斉に食べる」
「わかった」「うん」
三人は同時に頷いた。
「せーのっ!」