騎士団長三男の華麗なる過去
学園に編入して早2年。
騒がしい学園生活も残り1年である。
学園生活はとても充実していた。
軍人候補だけの士官学校と違い、色んな人種が学園にはいた。
隠密から始まり、薬師、研究者、謀略家等々、この2年で13人をスカウトできた。
我ながらいい仕事である。
報告するたびに父から、一言言われるが、全く問題ない。
良い人材は得難いのである。
別に反乱を起こすとかでなく、将来国のためになると思っての行動だ。
騎士団長を継ぐつもりであるし、その最大の目標は国防だ。
実際、俺に合わない優秀な人間を他家に紹介したりするし。
さて、俺の方は順調でも、学園の空気は暗い。
生徒会を独占しているミレイ嬢と取り巻き達が、恣意的に生徒会を運営しているからである。
例えば、生徒会費で、生徒会室を華美にしたり
例えば、生徒会費で、彼らの飲食費を賄ったり
例えば、ミレイ嬢の気に入らない女性が食堂を使うのを禁止したり
例えば、学園の花壇を全て彼女の好きなバラに植え替えたり・・・等々
数えればたくさん出てくる。
そんな行いが国に漏れないはずもなく、この1年で随分と長子派が勢いを伸ばした。
これに関しては、遅かれ早かれだったと思う。
我がビームス家の長兄が忠誠を誓うハーパー殿下は、一見穏やか。しかし剛柔備えた方である。
一方のフォード殿下は傲慢な性格で知られ、実際に生徒会を我が物にしていることから、先が思いやられる。
優秀で名高い、リース嬢――フォード殿下の婚約者――を遠ざけているのもいただけない。
今でもミレイ嬢は、殿下、公爵家長男、宰相次男、魔法士団長嫡子を取り巻きとしているし。
ちなみにミレイ嬢は未だに俺に声をかけ続けている。
生徒会にも誘われたが断っている。いや、取り巻きたちと一緒に生徒会とか無理だろ。
さすがにアリアと一緒のときに声をかけてくることはなくなったが、十分鬱陶しい。
・・・これについてはそろそろ決定的な拒絶をしようかと考えている。
要は、アリアと私的に会うのを禁止された事件を伝えることがそれだ。
それは自分とって、下手をすればアリアにとっても醜聞だが、致命的なものではない。
むしろ彼女と婚約が確定し、周囲に公言している現在では醜聞足り得ないことだ。
だいたい国の上層部は知っていることだしね。
まあそれはおいおい。
今の俺は寮の自室で人を待っていた。
いわゆる隠密君。
学園に入って1番にスカウトした通称隠密。
本名ジンナイ・トーミ
現在では部下もいるようで、諜報能力は高い。
既に給金すら払っているから、れっきとした家臣である。
今日は件の彼女――ミレイについて報告があるということで、普段の鍛錬を中止して自室で待っていた。
この1年で彼女の素性はほぼ丸洗いになったし、あとは目的だけが見えないといったところだ。
少し待っていると、ドアがノックされた。
・・・ちなみに夜中に用事があるときは、天井裏から現れるのだが、まだ日が出ている現在は普通に来ることを選んだらしい。
「ジンナイか?」
「はっ。失礼します。」
恰好は学園の制服。
髪の色が、王国では珍しい黒色であることを除けば、どこにでもいる生徒に見える。
「それで、昼間の教室で話せない、ミレイ嬢についてか?」
「はい。・・・彼女ですが、今朝早く辺境伯の使者らしき人間と連絡を取り合っていまして。」
「・・・?それは普通ではないか?」
「普通はそうです。問題は、時間が日が出て間もない頃なことと、連絡の取り方が、使者が彼女の部屋に手紙を直接投げ込むという方式をとったことです。」
「・・・それは問題だらけだな。・・・しかし、そんな連絡方法など今までとっていなかったのだろう。」
「はい。しかし、その使者は彼女の監視の過程で数回見たことがありまして。今回後を付けてみれば、案の定辺境伯の家のものでした。」
「よほど急ぎの用事があったか?」
「・・・おそらくは。・・・それで思ったのですが、もしかしたら普段の連絡方法は手紙の直接手渡しだったのかもしれません。」
「・・・それは分かり易くないか?」
「要はスリの逆を使者がやっていたのではないかと。彼女への正式な手続きで送られる手紙に何も不審点が見当たらない以上、そうだと思います。」
「なるほど。スリの逆ですれ違いざまに手紙を渡すと。・・・それは確かに分かり難いな。」
「はい。ただ、これの問題の大きいところは・・・」
「そこまで隠したい何かがあるということだよな。」
コク、とジンナイが頷く。
ジンナイが調べ、そして父が調べた結果、ミレイ嬢の素性はほぼ分かった。
彼女は辺境伯と血のつながった娘であることは間違いないが、いわゆるお手付きの子であった。
辺境伯と、平民の侍女との間にできた娘がミレイというわけである。
ミレイは母の死を契機に辺境伯に保護されたのだが、それは学園に入学する1年前。
そして1年間辺境伯のもとで教育を受け、学園に入学したのだ。
しかし・・・
「保護されて僅か1年でマナーを習い、勉学を修めた。筆記については、現在は学園のトップクラス。恐ろしい才能だな。それとも隠密や諜報には見えない努力をしているのか?」
「一応彼女の母が死ぬ前に教育は受けていたようですが・・・。」
「それにしたって異常だ。普段の行動はともかく、節目の行事の立ち振る舞いは貴族令嬢そのものだし、勉学も一朝一夕で出来るものではない。」
「やはり・・・。」
「ああ。父も疑っていたが、何かしらの使命を帯びているというのが本当のところだと思う。・・・未だに俺に対して積極的に話してくるし。」
「・・・ただ、上級生や下級生に対してはあまり積極的ではないというのがよく分かりません。」
確かにそうだ。
家格の高い人間を籠絡するするなら学年は関係ないし、ましてや性別も関係ない。
そこがよく分からない。
「強いて言えば、俺が軍を預かる騎士団を将来継ぐだろうということか?」
「・・・そうですね。・・・そこを見越しているとなるともっと厄介ですが。」
「・・・魔法士団長嫡子は抑えられているしな。・・・最近は隣の帝国もきな臭い。それがらみだと厄介極まりないぞ。」
「仰る通り。」
「とりあえず、今まで通り彼女周辺を監視するとして、他にも俺のように積極的に声を掛けられた人間がいないかどうかを・・・」
「?どうしました。」
「・・・父上に報告に行こう。」
「騎士団長にですか?」
「ああ。父がさっきの手紙のやり取りを把握していればいいが、していないなら問題だ。」
「確かにそうですね。」
「それにジンナイも一度父にあってくれ。俺の家臣第1号なのだから。」
「そ、某が伯爵と!?」
「まあ気にするな。・・・それとも家のことを考えると伯爵程度では不満か?」
「と、とんでもない。・・・確かに最初はこの国での仕官のとっかかりと考えていたこともありますが、今の某の主はクレイグ様です。」
「フッ。そういう正直なところも、とても信用できる。明日は休日だし、今から出ればちょうどいいだろう。実家に向かおう。」
「ハっ。承知しました。」
準備してジンナイを伴って馬車に向かう。
今回は迎えはないから学園の馬車を借りる。
そして馬車に向かう途中、件の彼女に会ってしまった。
珍しく、彼女は1人だった。
「あっ!クー君!どこかに行くの?」
「・・・実家に用があるので、帰るのですよ。」
相も変わらず珍妙な呼称。
表情筋を精一杯抑えつけて、平静に見せる。
ちなみにこの時点ですでにジンナイは身を隠している。
「もし時間あったら、お茶でもどう?」
「生憎急ぎなので。失礼し」
「あんまり自分を追い込んじゃ駄目だよ。ご両親や兄弟、周囲が分からなくてもあたしは分かるからね。」
貴様に俺の何が分かるのか。
表情筋が痙攣しはじめたが、今日は取り巻きもいない。いい機会かもしれない。
「・・・あなたは俺をどこまでご存じで?」
「うーん。そうだねー。・・・三男なのに家を継ぐプレッシャーとか、兄たちに対するコンプレックスとか・・・。大丈夫。あたしは分かっているよ。」
どこで仕入れたか知らないが、確かに正確な情報だ。
だが、今の俺たる所以の、重要な情報が抜けている。
感付けないのか、調べていないのか、それとも知らないのか。
「・・・それを知った上であなたは俺に何を望むのですか?」
「もう!ミィって呼んでって言ってるじゃない。・・・あたしはみんなと仲良くしてほしいな。生徒会にも入ってほしいし。今、庶務はあたしがやってるけど、本来はクー君の役割なんだからね!」
ああ、頭が痛い。
みんなって取り巻き連中だけだろ?
「前にも言ったかもしれませんが、俺はあなたと仲良くするつもりはありません。」
「なんでっ!?」
「どこで仕入れたか知らないが、あなたは俺についてよく調べられている。」
「べ、別に調べたわけじゃっ!」
「しかし、1つ決定的に足りないのです。」
今度は俺が彼女の言葉を遮る。
しかし、本当に分からないのか?
「俺の婚約者、アリアのことです。」
「・・・どうしてその名前が出てくるの!?まさか脅されているとか!」
・・・もう、怒りを通り越して呆れてきた。
「・・・本当にご存じない?」
「・・・・・・。」
「俺が彼女と私的に会うのを禁じられていることは?」
「禁じられている?・・・知らない。」
「その原因が俺にあることは?」
「・・・知らない。」
「まあ醜聞なんですがね。俺があなたと仲良くするつもりが全くないのもありますが、同時にそもそもあなたと仲良くできないのです。」
「・・・それは、どういう・・・?」
「一部には割と知られているのですが、良い内容ではないので、他言無用という条件で話します。あまり言いたくはないんですが、あなたも納得しないようなので。」
「わ、分かった。」
「・・・俺はアリアと婚約して2年後・・・14歳のときに彼女に手を出したんです。」
「・・・へ?・・・手を、出した・・・?」
「結局未遂でしたけどね。おかげで結婚までの私的接触の禁止を言い渡されました。」
「・・・・・・。」
声も出ないようである。
正直、正式な結婚の日取りも既に決まっているから、今更広まったところで醜聞というより、俺の笑い話程度で済むのだが、口止めしておいて損はない。
「少なくとも、そんなことがあるから、俺は他の女性に目を向けるわけにはいかないんですよ。俺にとってはアリア以外の女性なんて興味ないからいいんですけどね。」
「・・・なっなん・・・で・・・。」
そんなに驚くことか?
事情を知る友人からは、もれなく然もありなんという回答をいただいたのだが。
「まあ要するに男を何人も籠絡するような人間と仲良くするわけにはいかないんですよ。俺にはご存じのように立場もありますし。」
「なっ!?・・・・・・」
「そういうわけで失礼します。」
ちょうどミレイ嬢を探す取り巻きの声も聞こえてきた。
さっさと退散するに限る。
――後年、王国内で「竜の逆鱗に触れる」と同意義で「クレイグ伯爵の嫁に触れる」という言葉が流行ったのはもはや必然である。