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狭間のアンテルヴァル  作者: 小木雲 鷹結
無貌の者たち(下)
90/112

3-9 アクサナ

        ◆ ◇ ◆


 薄暗いその部屋は、黴臭(かびくさ)いうえにどこか湿っぽかった。

 日光など入って来ない。それもそうだろう、その部屋は地下にあるのだ。それも地下の奥深く、臓物のように入り組んだ先にあるとなれば、カビは生えれば湿気も溜まる。

 部屋の灯りとなるのは点々と置かれたランプだけ。神気領域の魔法を用いたランプが、燐光のような淡い光で小さな範囲を照らしていた。

 そんな、人間には到底優しくない地下の一室に、二人の人間がいた。

 いた、と言ってもそこで暮らしているわけではない。地上が汚染されているような大事にならなければ地下で生活する酔狂な輩など――山人種(ドワーフ)を除いて――いるわけもない。

 では何をしているのか、いや、されているのかと言えば、二人は監禁されていた。

 一人は妖翼種(フェアリー)。小柄な体躯や瑞々しい肌は歳不相応なもので、監禁当初は弱弱しかった魔力の羽は、三日経過した今ではすっかり元通りの大きさになっている。普通であれば劣悪な環境でそれほど早く回復はしないのだが、この妖翼種(フェアリー)はそれだけ魔力の回復速度が早いということだろう。

 その妖翼種(フェアリー)は機能している唯一の鉄枷に両手を拘束されていた。壁から鎖によって垂れ下がっている二つの鉄枷は小柄な妖翼種(フェアリー)にとって少し高い位置にあり、座っていると両手を上げる形で拘束されることになる。

 もう一人は狐尾種(フォクシウス)だ。こちらも歳に見合わぬグラマラスな肢体を持ち、さらに魔法に適正のある狐尾種(フォクシウス)としては珍しく尾が二本しかない。

 彼女は鉄枷で壁に固定されていることなく、縄で両手を縛られていた。それも身体の前で、だ。それ以外の拘束もなく、妖翼種(フェアリー)と比べてかなり自由にされているように見える。

 そんな狐尾種(フォクシウス)―――アクサナは、机の上にせっせと魔法陣を描いていた。

 三日前、この部屋の前でレギアの《子守唄(ファスト・アスリープ)》の魔法によって眠らされたアクサナは、起きた時には両手を縄で縛られ、妖翼種(フェアリー)のフェレスと共にこの部屋に放置されていたのだ。

 アクサナが起きたのは、フェレス曰く、部屋に連れられてから丸一日ほど経過した頃だろう、とのこと。

 アクサナには、レギアが最後に言った「研究に協力していただけませんか?」の意味が何となく分かっていた。それはつまり、アクサナを繁殖実験の母体としようと考えているのだろう。アクサナはフェレスのように小柄ではないし、何度かの実験に耐えることが出来るはずだ。

 そして何より、アクサナはフェレスと違って女である。

 ……レギアがフェレスのことを欠陥品だと言っていたのは、器の強度的な観点からではなく、そもそも器となる性別ではなかったためらしい。要するにバーニスは、可愛らしい外見をした男の子を連れてきてしまったというわけだ。

 アクサナの拘束が厳重でないのも母体となる人間を丁重に扱うためだろう。間違っても、レギアの趣味である狐尾種(フォクシウス)の肢体を傷つけないためでないことを願いたい。

 また、男であるという事実の他に、アクサナはフェレスから魔法の発動が阻害されていると聞かされた。何度か精霊に語りかけたのだが、何度やっても返答はないとのことだ。他の種類の魔法も同じように起動できないらしい。

 それを聞いて最初は絶望したが、アクサナにはまだ可能性があった。

 悪魔召喚だ。

 この地下では悪魔の研究を行っている。無論、悪魔の召喚も行われているわけで、つまり悪魔に関する魔法―――異端魔法であればこの地下室でも利用できるのではないだろうか。

 それに、地下には何匹もの悪魔が潜んでいる。であれば、精霊の召喚や創造魔法による魔法人形(ゴーレム)の生成によって外へ助けを求めるよりも、悪魔を使った方がバレる可能性が低いのではないか。

 そういう考えもあって、制服のポケットに魔法植物製らしき木炭と薄く色の付いた上質紙を仕舞ったままであることを思い出したアクサナは、この二日間で何度も何度も悪魔召喚の魔法陣を机に描こうとしているのだった。


「……はぁ……はぁ…………」


 しかし悪魔の召喚にはまだ至っていなかった。悪魔の蔵書を読み始めてから数日間で幾つもの魔導書に目を通し、そして幾つもの魔法陣を目にしたのだが、どれもこれも召喚できる魔法陣ではなかったらしい。異端魔法は『代償を払えばどんな人間にも強大な力が行使可能』という性質があるため異端となっているわけで、アクサナのように適性のない人間でも魔法陣さえ適切なものを使っていれば魔力を注ぐだけで召喚できるはずなのだ。

 一番鮮明に覚えている簡単なものから描き始め、記憶を手繰り寄せながら二日間で描いた魔法陣の数は十におよぶ。描いては魔力を注ぎ、そして失敗。それを繰り返して、元から少ないアクサナの魔力は底を突きかけていた。

 時々レギアが様子を見に来たり、あるいは悪魔が食事を置いていくことがあるのだが、その時はバレないように気を付けているお蔭でまだ発覚はしていない。

 全身に圧し掛かってくるような疲労の中、アクサナは再び魔法陣を描き上げた。今までのものよりも数段に複雑な魔法陣で、それ故に必要となる魔力量も多いものだ。

 ふらつく足で椅子から立ち上がり、両手を机について魔力を注ぎ込む。

 複雑な文様が描かれた魔法陣が黒い光を放った。闇さえも飲みこむような黒い光。それは悪魔の持つ艶の無い表皮を連想させる。

 魔法陣が魔力で満ちる―――そして、部屋の闇へと黒光が亡失した。


「また……失敗、だ…………」


 ポツリと呟きを零すと、アクサナの身体が重心を失って後ろへ倒れる。

 幸いにも彼女の身体は背後にあった椅子に抱きとめられたが、身体の平衡感覚すら危うくなるほど憔悴しきっていることは目に見えて明らかだった。

 そしてもちろん、地下室にいるもう一人の瞳にもその光景は映っていた。

 今まで黙り込んでいたフェレスが、苦々しく顔を歪め、しかし緊張をフッと解き放ち、どこか諦めたような、それでいて決心したような意思を表情に滲ませながら、乾ききった唇を開く。


「……アクサナさん。ボクがやります。ボクが魔力を注ぎますから、アクサナさんは魔法陣を完成させてください……!」

「……いい、の? そんなこと、異端に、手を染めるなんて……」


 異端魔法に手を出すことは魔導士の禁忌である。

 魔法というのは遥か太古の時代から人智を超えた技術として使用されてきた。近年になってようやく魔導の始祖エルミアにより魔法原理は明らかとなったが、それまでは神の力を借りているとも言われた魔法。故に魔法を自在に行使する魔導士は畏怖の念を覚えられ、あたかも神の使徒であるかのような扱いを受けて来た。

 そんな彼ら―――時に英雄と呼ばれる個体をも上回る力を持つ魔導士たちが、どうして権力者の管理下に置かれなかったのか。

 その理由は、彼らが彼ら自身を厳しく律したためである。

 不特定多数の人間に害を及ぼすような行為をしない。その力は、敵を焼き仲間を救うために行使する。その約束を破った魔導士は、魔法の力を(もっ)て制裁を加える。これが魔導士の規律であった。

 その規律は時代の中で緩やかに変化していったが、規律に対する制裁の厳しさだけは変わらなかった。

 そのため、今の時代では、禁忌とされる異端系魔法群に手を出した魔導士は今後一切の魔法の行使を禁じられ、それを破った者に訪れるものは沈黙だけとなる。

 無論、これはリヴ魔法協会による制裁であるため、協会の人間にバレなければ制裁を受けることすらないのだが―――フェレスはその規律をしっかりと守るつもりだったのだろう。

 この二日間フェレスがアクサナに手を貸してこなかったのは、自らが異端魔法を行使しないためだけでなく、アクサナが異端魔法を行使するのを見過ごすことへの葛藤もあったのかもしれない。誠実な性格のフェレスならば規律を破ることの重大さを誰よりも重く受け止めているだろうし、それを看過することにも罪の意識を感じているはずだ。

 にも(かかわ)らず、フェレスはアクサナの問い掛けに首を振った。


「こんな状況でボクだけ待っているなんて、やっぱり出来ません。それに……このままじゃ、アクサナさんが……」


 その後に続くのは、「魔力が無くなって衰弱してしまう」なのか、もしくは「繁殖実験の実験台となってしまう」なのか……いや、そんなことは聞きたくもない、とアクサナは小さく頭を左右に振る。


「……分かった。じゃあ、お願いね」


 アクサナとしても、もうこれ以上は限界だった。

 たとえアクサナが記憶している魔法陣全てが偽物だったとしても、それに(すが)るしか方法はないのだ。ならば藁にも(すが)る思いで全ての魔法陣を試してみるしかない。そしてそれには、底の見えているアクサナの魔力よりももっと多くの魔力が必要だった。

 アクサナは地面に吸い寄せられているかと錯覚するほど重い腰を上げると、机ではなく椅子をフェレスの前に運んだ。そして自らも椅子の傍らに座り込むと、再び魔法陣を描き始める。

 言うまでもないが、悪魔の召喚は難航した。そもそも魔法陣が適切でなければ悪魔を召喚できるわけもない。

 描いては消して、描いては直しての繰り返し。アクサナからすれば無限とも思える魔力量を持っているフェレスの羽も、ごく僅かではあるが小さくなりつつあった。

 そうして何度の試行を重ねた頃だろう。


「―――で、出来た……!?」


 部屋を埋め尽くさんばかりの黒い光が複雑な魔法陣から放たれたと思いきや、次の瞬間には光が収縮する。闇よりも深い黒の光であったために二人の瞳に焼き付くこともなく、椅子のあった場所に現れた黒色の生命体をすぐに認識することが出来た。

 それはまさしく悪魔であった。

 赤い双眸、鋭利な鉤爪、だらしなく垂らされた涎。

 知性を感じさせないそれは第七階位悪魔(グゥム・デーモン)。最下級とはいえ、そして他人の魔力を借りたとはいえ、アクサナも悪魔を召喚することが出来たのだ。


「ど、どうすればいいんですか、アクサナさん? ボクの魔力で制御できてる感覚はあるんですけど……?」


 フェレスにしても悪魔召喚は初めてのことなのだろう、経験豊富に思える彼はあたふたとした様子で眉を八の字にしている。


「あ、ええと、そ、それじゃ、まずは私に支配権を」

「わ、分かりました。えっと……」


 支配権を、とは言ったが、初めて悪魔を召喚した人間にそのような芸当が可能なのだろうか。バーニスが保持している悪魔の支配権をレギアに譲渡していたのは知っているが、だからと言って適合者でもないフェレスに出来るとは限らない―――しかしその考えは一瞬のうちに脳裏から霧散した。


 ―――対価を支払え―――


 唐突に、人間に敵対的な生命体のおぞましい狂気の感覚が全身を駆け巡る。だがその感覚とは対照的に、どこか満たされるような、神の祝福に由来する暖かな光に包まれているような抱擁感も湧き上がってくる。

 これが悪魔と繋がっているということだろうか。

 これが、《大地信仰》の面々やレギアの心を掴んだ感覚なのだろうか。


(……でもこれじゃ、悪魔と言うより、時に畏怖を、時に祝福を与える神様みたいじゃあ―――)


 ―――対価を支払え―――


 再び聞こえて来た音のない声に、アクサナは思考を途切れさせる。

 悪魔の使役には代償が必要であることは知っていた。代償を支払わずに使役するには召喚した悪魔を打ち倒さねばならないが、魔導士の卵であるアクサナには、いやそもそも魔導士にとって悪魔は分が悪い相手である。フェレスならば第七階位悪魔(グゥム・デーモン)くらいどうにか出来るだろうが、生憎この地下牢は通常魔法が阻害されている。

 となればもちろん、と用意していた代償をアクサナは悪魔に譲渡することを決めた。

 寿命を一年。これは悪魔召喚に関するあらゆる書物に記載されている最低限の代償で、内容によるが、一日使役するだけならば事足りるらしい。


 ―――確かに、受領した―――


 悪魔から伝えられる声。どうやら無事に取引成立したようだ。そしてアクサナの寿命も、その言葉と引き換えに一年縮まった。

 人間から寿命を奪い取る―――長らく異端者は疑問を呈してこなかった悪魔の行為だが、それはまさしく人智を超越した行為であり、神業と称するべき生命を冒涜する所業である。少なくとも、アクサナにはそう感じられた。


「……どう、ですか?」

「うん、大丈夫。それじゃあ次は―――」


 悪魔との取引に関してアクサナは再び喉に何か引っかかったような感じを覚えるのだが、フェレスの問い掛けで判然としない何かを考える暇などなかったことを思い出す。

 アクサナは薄く色の付いた上質紙を取り出すと、先程までのふらつきはどこへやら、机の傍へ歩み寄って手紙をしたためる。

 相手は決めていた。フェレスの所属する灰狼騎士団ならば力量は足りるだろうが、今からでは間に合わない可能性も考えられる。であれば、頼れるのは彼しかいない。

 アクサナは手紙を四つ折りにすると、大口を開けて露出した悪魔の舌にそれを置いた。


「いい? ちゃんと、届けてね?」


 悪魔は手紙を受け取ると口を閉じる。そして一つ頷くと、唸り声を上げながら闇に身を溶け込ませた。

 まるで氷が高速に溶けてゆくような光景にフェレスは驚きを口にする。


「今の……今ので、大丈夫なんですか?」

「うん。平気なはずだよ。今はもう部屋の外に出てる……か、ら…………?」


 ―――ぐらり、と。

 急に視界がぶれる。その感覚はレギアに《子守唄(ファスト・アスリープ)》の魔法を掛けられた時と似たものがある。

 倒れるんだな、とアクサナは理解した。理解して机に手を伸ばしたが、腕はまるで木の棒になってしまったかのように言うことを聞かず、机を盛大に弾き飛ばしながら床に倒れ込んでしまう。きっと、今までは初めて悪魔を召喚できた高揚感で身体が動いていたのだろう。


「アクサナさん!? アクサナさん、しっかりしてください!」


 背後からはフェレスが心配そうに名前を呼んでいた。

 魔法にかけられたわけでもないうえに倒れた衝撃で激痛が走り、流石に意識はすぐに遠のくようなことはなかった。それでも声を出すだけの気力も体力も残されておらず、その光景はフェレスから見たらアクサナが死んでしまったように見えなくもないだろう。

 何度も何度も、アクサナの名が地下牢に響き渡る。

 ほどなくして、騒ぎを聞きつけて来たのか、鉄扉の覗き窓から光が漏れてきた。

 中を覗き込んでいたのはもちろんレギアで、部屋の惨状を目にした彼はすぐに鉄扉を開け放つ。


(悪魔が見つかったわけじゃない……そう、願いたいけど……)


 闇に溶け込んで移動できる悪魔を人間が見つけるのは至難の業だ。しかし悪魔相手にはそうもいかない。同じく闇に溶け込んでいる悪魔が同類を見つけられないわけがない。

 問題は、第七階位悪魔(グゥム・デーモン)に支配者の区別をするだけの能力が備わっているか、というところだが……。


「何やら声が聞こえたと思えば……あなたは一体何をやっているのですかねぇ?」


 嘲笑を通り越して呆れ声しか出てこない、といった様子でレギアが部屋の中へと歩いてくる。

 どうやらアクサナが放った悪魔を発見したわけではなく、フェレスの声に釣られてやって来たのだろう。その点は幸運だった。

 しかし神に許された運もそこまで。レギアはアクサナの傍に歩み寄ってくると、倒れている机を直そうと手を掛けた。


「……おや? この魔法陣は……たしか、割と初歩的な内容の魔導書に描かれていた、悪魔召喚のためのものですか」


 彼は机を立てると、その上に描いてある悪魔召喚の魔法陣に目を留めた。

 それは悪魔を召喚することのできなかった偽物の召喚魔法陣であるのだが、それでも二人が悪魔を召喚しようとしていたという事実は残る。

 レギアもそう認識したのだろう。彼はアクサナに一瞥くれると、喋れる様子ではないと判断したのかフェレスに対して問いかける。


「悪魔は召喚できましたか?」


 沈黙が流れる。フェレスは答えない。

 だが、レギアの顔には満面の笑みが浮かんでいた。それはまるで出来の良い生徒を褒める教員のようだ。もちろん彼は教員なのだが、その表情は今の状況――アクサナとフェレスが悪魔を召喚して救助を要請しようとしている――に全くそぐわないものだった。


「そうですか。まさかあの程度の魔導書に本物の召喚魔法陣が描かれているとは思いもよりませんでした。それで、これで助けでも呼びましたか? ……おっと、愚問でしたねぇ。そうでもなければ、こんな状況ですし、興味本位で悪魔を召喚しようと思わないでしょう」


 そこで突然、アクサナの前で初めて教員の顔を見せたレギアの微笑みが裂ける。


「なるほど……つまり、ようやくあなたも、我々と同じく異端の道に足を踏み入れたということですか」


 他人を見下すような視線。嘲弄交じりの冷たい声音。

 道を踏み外してゆく若者を見て愉悦を覚えるのがこの男なのだ。魔導院の院長などとは言うが、結局は異端の道を行く者。このまま放置すれば彼の狂気が生徒を侵蝕し、魔導院を侵蝕し、やがて都市そのものを侵蝕するのは目に見えている。

 その侵蝕を手助けしていたアクサナが言えることではないが……しかし、ここで彼を止めなければ魔導院は悪魔の橋頭保になってしまう。


「劣等生にしては優秀な結果を残してくださって(わたくし)は大満足です。しかし……どうしてあなたは、こう、私の手を煩わせるのがお好きなのでしょうかねぇ? 今助けを呼ばれたのでは都合が悪い。実験を終えるまではここを離れるわけにもいきませんし」


 レギアは周囲の闇に目配せする。


「かと言って、このままの状態であなたを放置しておくのも面倒事の芽を増やされそうで困りますからねぇ。こうしてみましょう」


 一体どんな芸当なのか、彼は白手袋をはめたままの右手の指を鳴らした。

 すると、先程までは何もいなかったはずの周囲の闇から赤い光がぽつぽつと現れ、それらは次第に黒い獣の姿をとる。辛うじて二足歩行してはいるものの、粗暴なその貌は野獣以外に言い表しようがなかった。

 数匹の第七階位悪魔(グゥム・デーモン)が何本ものロープを担いでアクサナの身体に近づいてくる。抵抗しようにも、意識を保っているのが不思議なくらい疲労しているアクサナにその術はなかった。


「アクサナさんっ!?」


 心配そうに名を呼ぶフェレス。

 その声は完全に無視されて、アクサナの両手を繋ぎとめているローブが悪魔によって外される。

 しかし解放されるわけもなく、悪魔たちはアクサナの両腕を上げさせると、肘先を重ねて後頭部で縛り上げた。さらにはロープで膝を上腕に固定し、アクサナは両足を大きく広げて身体を折り畳み、捲れたスカートから下着が丸見えになる形で再び拘束された。


「良いですねぇ! 実に良いですよ! やはり狐尾種(フォクシウス)は若い個体に限る! 非常に良い眺めですよ、アクサナさん!」

「……くそっ…………」


 レギアが二度ほど手を打ち鳴らすと、くぐもった音に合わせて悪魔が散っていく。


「このままここでずっと眺めていたいものですが……もう少しで終わりますから。なのでそれまで、待っていてくださいね」

「何が……何が終わるんですか?」


 意識の遠のいてきたアクサナに代わって、フェレスが問う。

 レギアの片眼鏡が光を反射した。その口元からは、既に笑みが消えている。


「あなたに知る権利はない。……まぁ、いずれ分かることですよ」


 それだけ言うと、彼は背を向けて歩き出した。

 そこでアクサナの意識はぷつりと途切れた。


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