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狭間のアンテルヴァル  作者: 小木雲 鷹結
無貌の者たち(上)
7/112

2-2 アクサナ

             ◇ ◆ ◇


 この都市の形成に伴い、魔導院と呼ばれる教育機関が生まれた。

 未開拓地にほど近いアンテルヴァルには、遺跡や不可思議な地から開拓者の手によって持ち帰られた魔法道具(マジックアイテム)の数々が流通する。人智を超えた力を持つそれらは、魔法に携わる者にとっては垂涎(すいぜん)の的であった。

 掘り出し物の魔法道具(マジックアイテム)を探してこの都市を訪れる魔導士は多い。アンテルヴァルがまだ開拓最前線にあった頃は、都市にいる人間で開拓者の次に多いのが魔導士だとも言われたほどだ。

 その事実にある一人の魔導士が目を付けた。その男――名はレギアという――は商売として魔導士の知識を売ることを始めたのだ。手始めに数名の生徒を受け持ち、他の魔導士にも声をかけ、そうして規模を拡大していった。

 都市としても魔導院の収益は馬鹿に出来ないものになったため、魔導院のための施設を第一城壁の内側へと建設したのだ。

 都市中央部に位置する魔導院は先述の通り魔法に関する教育や研究を行うための施設である。

 一口に魔法と言っても多くの種類が存在する。《火球(ファイアボール)》の魔法のように単純に戦闘に使うだけのものがあれば、《固定化(インモビリゼーション)》の魔法のように様々な用途に応用できる魔法もあるのだ。

 数えきれないほどの種類を持つ魔法だが、アンテルヴァルより遥か東、人間界最古の国アビルに存在する、魔法を管理しているリヴ魔法協会では魔法を上位と下位に分類し、合わせて八つの種類に分けて考えている。

 まず公認推奨型式系と呼ばれる下位の魔法群。『下位』と表現されるものの、公認推奨型式系に属する魔法が劣っているというわけではなく、上位の魔法群の基礎となる知識を得ることが出来る魔法である、ということを意味する。

 一つ目に元素魔法。四つの元素――火、水、風、地の元素を用いるという考えに従って扱う魔法だ。元素魔法は事象を直接呼び出す――例えば発火させる際、熱を加えるのではなく火を着ける――ことによる魔法であるため即効性に優れるという一面を持つが、応用に乏しいという欠点も持つ。これは強力かつ連射可能な魔法群であるため、名立たる魔導士もこの型式を良く用いる。

 次に領域魔法。五つの領域――熱気、冷気、根源、神気、瘴気を用いるという考えに従って扱う魔法である。これは元素魔法とは異なり、事象を間接的に呼び出す魔法なので応用が利く。出来ることは元素魔法とさして変わりないが、神気と呼ばれる光のエネルギーや瘴気と呼ばれる闇のエネルギーを用いることが出来るために、こちらも多くの魔導士から人気を集めている。

 三つ目は精霊魔法。これは悪魔を除く別次元の存在――精霊や天使と呼ばれる存在を一時的に呼び出して魔法を行使してもらうものだ。そのため実質的には自身で魔法を扱うことが出来ず、精霊と会話する術を習得するのが特徴である。使用する魔力量はそれなりだが、継続することを考えた手前、他の魔法よりも魔力の消費量が少ないという特徴もあり、魔力総量に自信の無い魔導士に好評。その所為か、精霊魔法を使う魔導士は弱者として罵られることがある。

 最後に干渉魔法。これは無機有機問わず物体に干渉して強化を行う魔法だ。肉体の能力向上や物体の巨大化など多くの強化支援系魔法を扱えるものの、戦いに直接役立て難いという難点がある。基本的には騎士などの支援として存在する魔法であるが、これを極めた物理魔導士も存在した。公認高位型式系はこれを基にしているものが多い。

 さらに四種、次は公認高位型式系と呼ばれる上位の魔法群だ。こちらは魔法的な知識だけでなく、適正や魔力総量も重要になってくる上級者向けの魔法群として定められている。

 最も華やかな魔法は召喚魔法だろう。これは別次元の存在を召喚し、相互に利のある契約を結ぶことで可視化して世界につなぎ止めておく高等魔法だ。精霊魔法の上位互換と考えればまず間違いないが、維持し続けるために魔力を使ってしまい他の魔法を満足に扱えないという問題点も生じている。

 そして干渉魔法を基にしている二つの魔法、変換魔法と時空魔法だ。変換魔法は干渉魔法のより高位な知識が必要になったものと考えて遜色ないが、干渉魔法のように物体の性質を留めておくことは難しく、有機物に対して発動するには非常に多量の魔力を必要とされる。時空魔法は位相変換のような実際の空間処理ではなく、概念そのものに直接干渉するので、より強固な事象改変を行うことが出来る。

 最後に、魔具の作成などに最もよく使われる魔法――創造魔法。無機物に新たな生命を吹き込む高等魔法であり、意のままに操ることの出来る魔法人形(ゴーレム)魔法従者(オートマタ)の生成を行う。

 他にもリヴ魔法協会が異端と定める異端系魔法群や、魔法陣や呪文を必要としない魔術が存在するが、それらは基本的に教育機関で教えることは禁じられている。

 このように区分された魔法の知識を与える魔導院は、院内の生徒を理念ごとに四つの派閥へと分けている。魔法自体が八つに種別されているのだ、異なる理念を持った魔導士が何人いようとおかしな話ではない。

 その中で魔法に対して研究を重ねるリヴ魔法協会の理念に最も近しいのは『エルミアス』である。エルミアスは魔法原理を解明した、魔導の始祖として世界的に有名なエルミアの名を借りた派閥である。魔法知識に重きを置いた派閥であり、魔法の利用よりも研究を優先する。

 しかしアンテルヴァルという危険な商業都市に合っているのは次の二つ――『グランネア』と『レギアズ』だろう。

 グランネアは八使徒の一人、《封結》のグランネアの名をそのまま拝借した派閥である。エルミアスとは正反対に魔法の運用を最重要視しており、魔法の腕次第で優劣の決まる武闘派集団と名高い。

 レギアズは魔導院設立者であるレギアの名を用いた派閥だ。ここでは魔法を知識や力とは捉えず、一つの商品として考えている。そのため魔法の運用・研究に対する利益の探究を目的とし、あらゆる魔法的行為に利益を追求していく。

 そして最後に、誰なのかも分からない個人、または団体の名を拝借していると言われる派閥――『イティス』。最も楽観的な派閥であり、自分の振る舞いたいように振る舞う生徒が集まっている。魔導院という恵まれた環境にいるにも関わらず、外から講師を呼んだり、魔法ではなく魔具の使用を推奨することすらあるのだとか。


 そんなイティスに属する女生徒、狐尾種(フォクシウス)のアクサナはイティスでも有数の自由奔放な性格をしている生徒だった。

 教授から次の授業に使う材料を取ってくるよう指示されて、大きな木箱に得体の知れない草や液体を満載して運んでいる最中だったのだが――


(ふむふむ、何やら面白そうなことを話していますなぁ)


 ――今はその足を止め、自分の興味の赴くままに一つの部屋を覗き見していた。

 部屋の中には三人の人間がいる。

 一人はこの部屋の持ち主にして魔導院設立者のレギア。魔導士を思わせるローブを着用しているが、それらは魔法の性能を高めるためのものではない。あくまでも魔導院の人間としてローブを身に纏っているのであって、彼の本質は商人であるからだ。普段ならば身に着けている清潔な白い手袋や片眼鏡などは、客人の対応にあたり重厚な黒塗りの執務机に置いてある。

 その向かいのソファに二人の男女が並んで腰を掛けている。片方は短髪の男性で、鈍色(にびいろ)に光る全身鎧(フルプレート)を身に纏っていた。肩には狼の紋章があるために灰狼騎士団の団長―――灰狼騎士団は秘匿組織であるため、紋章を付けているのは団長だけなのだ―――だろうと推測できるが………隣の女性がアクサナの考えを邪魔する。

 その女性はどう見ても騎士ではない。貴婦人―――と言うにも幼すぎる外見である。頭部に二つの縦ロールを揺らし、来ている服は(だいだい)を基調としたロリータドレスだ。顔まではよく見えないが、それでも小柄な体躯から幼さが窺える。そもそも騎士団の団員ならば、彼女のように日傘は持ち歩かないだろう。


(だけどあの翼。あれは獅子翼種(グリフォニュート)の翼だもんねぇ。人は見かけによらないってことかな?)


 イティスという自由気ままな派閥に属していると、凝り固まった思考をしないようになる傾向にある。良い意味でも悪い意味でも、アクサナはイティスの気風に完全に蝕まれていた。

 視覚で得られる情報は全て入手したと考えたアクサナは、狐尾種(フォクシウス)の特徴である長い耳を僅かに揺らして院長室での会話に集中した。


「………そう言われましてもねぇ。実害が出ていない以上、我々があなた方にご協力するのは不利益と言うものです」


 聞こえてきたのはレギアの声。やはりと言うべきか、彼の視点はまず利益を尊重する。レギアズの名の基となった人物であるのも頷ける発言であった。

 しかし全身鎧(フルプレート)の男も黙っていない。理詰めには理詰めで対抗しようと、彼もまた利益の視点でレギアに問う。


「実害が出てからでは遅いのでは?」


 その反論は予想できたのだろう。レギアは鷹揚に頷いて見せた。


「確かに。施設や書物、材料や魔法道具(マジックアイテム)、それから人材。手をこまねいて被害が出てしまっては、多くのものの修復費用が(かさ)みますからね。……しかし、あなた方はお忘れかも知れませんが、ここは魔導院ですよ? 武器の使い方を一から教える騎士学校とはわけが違う。ここへ入学してくる生徒は全員が魔法という武器を手にしてやってくるのです。そんな魔導院を攻める輩がいるとすれば……それはとんでもない大馬鹿者でしょうねぇ」


 薄笑いを浮かべながら答えるレギアを見て、全身鎧(フルプレート)の男は口を引き()った。何の話なのかは詳しく分からないが、レギアが事の重大さを軽視しすぎていることへ苛立ちを覚えたのだろう。

 しかしレギアの言葉も一理ある、とアクサナは考えていた。

 彼の言う通り、ここは多くの魔導士が通う魔導院だ。都市の内部でも有数の安全地帯として知られている。広大な敷地面積を持つ魔導院が第一城壁の内側に建てられたのも、同じく内側で暮らす有力な商人や領主が安心して生活できるようにする目的があった。今では、たとえ未開拓地からの都市が襲撃に遭ったとしても第一城壁の内側にいれば安全と言われるほどになっているのだから。

 もちろん全身鎧(フルプレート)の男もそれは分かっているだろう。しかしながら分かっていてなお事前の協力を要請しているということは、それほどの大事が起こりかねないということを示唆しているのかもしれない。

 固い表情のままに全身鎧(フルプレート)の男は切り出す。


「……先日、我が灰狼騎士団の騎士が一名、見るも無残な死体となって発見されました。腹部を切り裂かれ、内臓は辺り一面に飛び散っていた有様です」

「それが?」

「連中も馬鹿ではない。何も魔導院に直接襲撃を仕掛けてくるとは限りません。私の部下が殺されたときのように、魔導院の生徒が一人になった時を狙って襲い掛かってくる可能性も考えて言っているのですか?」

「その考えはありませんでした。では、襲われてから考えることにしましょう」


 やはりレギアは一蹴する。彼の前では、人間一人の命と騎士団に協力する際に生じる金銭とでは、圧倒的に後者の方が価値のあるものらしかった。

 レギアの考えを聞いて、全身鎧の男は前傾姿勢を取る。そして声音を低めた。


「……我々が何故貴君らに協力を要請しているのか、分からないわけではないでしょう?」


 有無を言わせぬ口調。だがレギアは動じない。


「もちろんですとも。リヴ魔法協会が異端系と定める悪魔契約または悪魔召喚が今回の事件に関与しているから、魔法協会に所属する魔導院は異端撲滅のために協力せねばならない。そう言いたいのでしょう?」


 彼の顔には笑みが張り付いたままだ。

 しかし瞳の奥には冷たいものが浮かんでいた。……まるでゴミを見るような目だ。


「………残念ですが、我々は魔法協会のことなどどうでもいいのです。そもそもここは東から離れすぎていますからね。リヴ魔法協会の名を出しているのは、単純に生徒の数を増やすためですよ。それに、ここは未開拓地から近い。東で悠々と暮らす魔法協会の連中とは違うのです。我々が欲しているのは、魔法という名の新たな『知識』ではなく、魔法という名の新たな『武器』なのですよ」


 仮にも魔導院を束ねる者として、生徒を(ないがし)ろにする今の発言は問題だった。他の派閥の教師陣に聞かれればどんな顔をされるものか分かったものではない。各派閥はその秘匿性から他派閥を敵視しているからだ。

 市民の命を守る立場にいるからか、全身鎧(フルプレート)の男も怒りを隠しきれない様子でレギアを睨みつけている。

 ――ではアクサナはというと、生徒や魔法協会云々(うんぬん)よりも気になることが含まれていることに気付いていた。


(悪魔契約? 悪魔召喚? 異端系の中でもトップクラスに危険な魔法が、この都市で起きた事件に関係している? うーん、これは気になりますなぁ………)


 魔法に携わる者として、いやそれ以上にアクサナは異端魔法についての知識を蓄えていた。

 数ある異端魔法の中でも悪魔と関わりを持つ『悪魔契約』と『悪魔召喚』は最高危険度と認識されており、リヴ魔法協会などの手によって関係資料や人物は尽く抹殺されている。そのため、悪魔関係の知識はあまり手に入らない。

 今回の件でも、アクサナが興味を持ったのは異端魔法を許すことが出来ないという正義感からではなく、悪魔契約や悪魔召喚と呼ばれる魔法がどのようにして行使されるか、その一端を垣間見ることが出来るかもしれないと思ったからに過ぎないのだ。

 もう一度異端魔法の資料を洗い直そうか――自身の興味に気を取られ過ぎていたアクサナは、背後から迫る足音に気付かなかった。

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