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狭間のアンテルヴァル  作者: 小木雲 鷹結
無貌の者たち(上)
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2-1 ~一日目:悪の尖兵たち~ フェイン

 アンテルヴァルは五つの騎士団を所持している。

 領主直属の大鷲騎士団。

 都市防衛のための最強集団である双竜騎士団。

 商人会に所属する窮鼠騎士団。

 都市内部の警邏を行う番犬騎士団。

 そして唯一、どこにも属さず独自の判断で行動する独立組織、灰狼騎士団。

 このほかにも神殿騎士団など、騎士団と名の付く組織は存在するが、都市が元々所持していた騎士団はこれら五つのみである。

 これらの騎士団に所属する騎士は大抵が平民や元開拓者だ。その理由は、アンテルヴァルが未開拓地に出来たことにある。

 この都市は都市国家の様相を呈しているものの、周辺地域への支配力は極めて低い。それは単純に周囲が未開拓地であったころの名残と言えるだろう。あまりに大規模な密林や人知の及ばない地形などがひしめき合っている所為で、都市の住民では容易に開拓することが出来ないのだ。もちろんそれはどこの未開拓地でも同じことであり、最前線の村や都市ともなれば、一歩外に出れば魔物の類が闊歩している、などということすらあり得る。

 これらの都市は周辺国からは遠く離れているために支援も期待することが出来ない。そのため、未開拓地に存在する都市は自らの手で安寧の地を守らねばならなかった。

 最初に組織された双竜騎士団は、団員全てが熟練の開拓者であったという。その後に続くようにして大鷲騎士団、番犬騎士団、窮鼠騎士団が組織され、開拓者だけで足りない部分には平民を織り交ぜるようになった。

 やがて都市が前線から遠のき、安定化の傾向を見せるにつれて都市に残る開拓者の数も減り、平民を騎士として登用するために騎士学校が作られたという歴史がある。


 兵舎にある硬そうな椅子に座り、険しい表情で資料を眺める男―――灰狼騎士団の団長、フェインは開拓者でなければこの都市の平民の出でもなかった。

 では何かと訊かれれば、彼は一言「放浪者」とだけ答える。そして、それ以上の追及を許さなかった。

 灰狼騎士団が独立組織たりえているのは、(ひとえ)にこの男のお蔭―――他の騎士団に所属する多くの人間がそんな事をまことしやかに囁いている。真偽のほどは確認されていないが。


「………………」


 沈黙するフェインは『雑貨屋』と人々に呼ばれている人間についての資料を眺めていた。

 氏名、推定年齢、職業、一日の生活スケジュールなど、対象の観察を部下へ命じ、彼の全てを記録した資料だ。その量は膨大なものになる―――本来ならば。

 しかしフェインの手にしている紙の束は、多くても十枚に満たないものだった。それが意味するのは部下の怠慢などではなく、『雑貨屋』の過去を調べることが容易ではないという事実である。

 狭間と呼ばれるこの都市を訪れる者の多くが隠したい過去を持っており、それらの大半が他人に過去を隠して生きている。それでも調べようと思えば、その者がどのあたりの出身でどんな人物なのか、という基本的なことは分かる。商業都市では情報も十分価値のある品物となり得るからだ。

 そんなアンテルヴァルにいて、しかも雑貨屋として長年この都市で暮らす人間が、他人に過去を全く知られていないというのは(いささ)かおかしな話である。

 フェインも独自に調査を行った。部下が調査をしていないような――裏社会の情報屋などを中心に、『雑貨屋』とコンタクトを取っていると思われる商人には手当たり次第に聞き込みをした。

 調査の結果は、端的に言えば、彼の過去は無いに等しい。そう表現するのが妥当であった。

 資料に記載されている個人情報や過去は、全て『雑貨屋』がこの都市に来てからのものである。それ以前の事柄はまるで切り取られたかのように誰もが知らなかった。


「……作為的に隠されているかのようだな、これでは」


 口調は軽いが、表情は固い。

 自らも過去を隠して生きている一人として『雑貨屋』の過去を深く詮索すべきではないと思う反面、ここまで完璧に過去を隠している『雑貨屋』に怖気のようなものを感じる。このまま放っておけば、いずれこの都市に悪影響を及ぼすかもしれない――そんな予感が脳裏を(かす)めるのだ。

 本当に『雑貨屋』の過去が作為的に隠蔽(いんぺい)されているのだろうか。

 ……本当は、彼に過去なんてものは存在しないのかもしれない。

 つまり彼は、過去を持つことすら許されぬ、人に(あら)ざる存在―――


「こんなところにいましたのね、団長」


 不意に頭上から声がかかる。

 フェインは手元の資料から視線を逸らすと、声の主へと顔を向けた。

 少し背の低い、少女のような外見の女性。手入れされた肌は白磁のように白く、リボンで結ばれた二つの縦ロールを揺らす髪はクリーム色に輝いて見える。服装はフェインの着ている騎士団の制服ではなく――灰狼騎士団においては制服を着ている団員はフェイン以外に存在しないが――昔にフェインが彼女へ贈ったロリータドレスだった。

 幼さ残る外見と服装の彼女であるが、実際の年齢はフェインよりも上であるらしい。その秘密は彼女の背中から生える大きな翼にあった。鷲の翼によく似た彼女のそれは、彼女が獅子翼種(グリフォニュート)であることを物語っている。

 獅子翼種(グリフォニュート)というのは鬼種(オーガ)に負けずとも劣らない強靭な肉体を誇ることで有名な亜人だ。そして雑種(ヒト)や半人に一番近い亜人とも言われている。獅子翼種(グリフォニュート)雑種(ヒト)の姿を真似ることが出来るためである。

 今でこそ雑種(ヒト)の姿を保っている彼女だが、本来ならば鷲の上半身と翼、獅子の下半身を持つ魔物じみた外見をしているのだ。それでも彼女が人間の姿で居続けようとするのは、フェインから貰ったドレスを着るためなんだとか。


(女心は分からんな。……いや、女心かすら分からないか)


 獅子翼種(グリフォニュート)にはもう一つ有名な特徴がある。それは性別が無いこと――いわゆる両性具有というやつだ。

 長命で、翼を持ち、強靭な肉体を誇り、魔法にも耐性がある。そんな獅子翼種(グリフォニュート)の唯一とも言える弱点が繁殖力の低さだ。繁殖力が他の種よりも極端に低いため、個体数は人間に属する種族で最も少ないと言われている。そんな彼らが進化の過程で見出した打開策が両性具有による繁殖機会の増加なのだ。

 果たしてそれが正解であるかは疑問が残るが、一つだけ言えることは、フェインの目の前にいる彼女は同時に彼でもあるということだった。


「人の顔を見て、何を呆けていますの?」

「………いや、気にしないでくれ、ミュシェ」


 下らないを考えを誤魔化すように、フェインは自分の過去を知る数少ない部下の名前を優しく呼んだ。


「それよりもお前はどうしてここに? 私を探しに来たようだったが」

「ええ、貴方を探しておりましたのよ。団長ったらお部屋にいないんですもの。それも、いつもいつも!」

(お前が聖教会の教会領での調査から帰って来たのはつい先日の事だろうに)


 反論をしようとして、フェインは思い止まった。実際にフェインが私室にいることなどごく稀であったからだ。


「悪かった。以後、気を付けることにする」


 悪びれた様子もなくフェインは謝罪を口にした。


「お願いしますわ。出来れば今後は、団長のお部屋か(わたくし)の部屋にいてくれると助かりますの」

「………何故、私がお前の部屋に行かねばならない?」

「来たければ一晩でも二晩でもお相手して差し上げますわ、と言っているだけですのよ?」

「……気が向いたらな」


 絶対に行くことはないだろうが、と後に続く言葉は飲み込むことにした。


「それで、結局お前は何をしに来た?」

「報告ですの。昨日の夜の出来事ですわ」


 先程までの冗談交じりの雰囲気から一変し、副団長としての振る舞いに戻りながら言う。とは言え、普段から友人と接するような雰囲気を出しているので周囲から見れば何ら変わりはないように思えるだろう。団長としては咎めるべきであると分かっているフェインだが、長年の付き合いゆえに仕方がないと思い始めていた。

 そのため、フェインが眉を(ひそ)めたのは振る舞いについての事ではなかった。


「報告程度ならお前ではなく、他の団員に任せればよかったのではないか? 連日に渡る調査活動を終えて疲労が溜まっているだろうに」


 一応はミュシェを(いた)わるものの、本音を言えば部下の仕事を取るのは上司の役目ではない。仕事を無事に完遂した部下を褒めることこそ上司の役目であり、成功報酬によって部下にやる気を出させることが上に立つ者の務めであるからだ。

 しかしミュシェはフェインの言葉の裏に隠された意味など知る(よし)もなく、単なる労いの言葉として受け取ったようだ。嬉しさに顔を綻ばせる。


「あの程度、問題になりませんのよ。(わたくし)は誇り高き獅子翼種(グリフォニュート)の血を受け継ぐ者。一生を捧げると誓った殿方の頼みとあらば、たとえ火の中水の中ですわ」


 無い胸を張って誇らしげに語るミュシェ。彼女の笑顔に、フェインは罪悪感を抱いた。


(確かに戦火の中へは突入を命じたこともあったか。……あの頃の俺は何も考えていなかった。すまない、ミュシェ)


 戦争の駒として上手く動かせるよう、部下からの信頼を得るためには何でもやった過去。

 特にミュシェは獅子翼種(グリフォニュート)であり、戦時には非常に役に立つ駒だった。彼女は自身が両性具有であることを嫌悪し、女性としてフェインの部隊に加入した。その事実を知った過去のフェインが後はどうするかなど、容易に想像できることだろう。

 ミュシェが――いや、フェインの過去を知る団員が彼に懐いているのは、彼が依存するように仕向けたからなのだ。

 今でこそ自分の犯した過ちに気付いているが、過去は消せるものではない。フェインに出来るのは、これからの人生をどう歩み、どう歩ませるかを考えることだけだった。


「……そうか。これからも頼りにしている」


 ミュシェに向かって微笑みを見せるフェイン。これは彼女を喜ばせようと思っての行動だった。………結果として依存心を掻きたてていることに気付きもせずに。


「話の腰を折ってしまったな。報告の内容というのは?」


 改めて訊くと、ミュシェはハッとした表情になる。


「忘れていましたわ! ええと……確か、昨晩に騎士が一人殺された、とか」

「場所は?」

「第二城壁の内側。発見時には息があったようですけれど、内臓はぐちゃぐちゃにされていて、その後すぐに死亡が確認されたとの情報でしたの」


 フェインは『雑貨屋』の資料に目を落とす。

 灰狼騎士団へと情報が流れてくるということは無論わけありなのだろうが、ミュシェが持ってきた報告によって確信を深めた。


「……奴らか」

「恐らくはそうですのよ」


 ミュシェも神妙な面持ちで頷く。敵が一筋縄でいかない相手だと分かっているからだ。


「メフィスとフェレスはどうした?」

「メフィスは昨日の今日で療養中。フェレスは待機中ですわ。今は……部屋にいると思いますの」

「連れてきてくれ。まずは学校へ向かう」


 了承すると、ミュシェは小走りでフェインの前から姿を消した。

 フェインは『雑貨屋』の資料を隣の椅子の上へ放り投げる。


「……どいつもこいつも、曲者(くせもの)ばかりだな」


 そう呟いて、自らも外出の準備を整えるために席を立った。


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