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狭間のアンテルヴァル  作者: 小木雲 鷹結
無貌の者たち(上)
30/112

6-4 シュノ

 幸いなことに、屋上に黒の殺戮者はまだ来ていなかった。

 敵の襲来もなく通気口を抜けた四人と六体は、姿勢を低くして中庭にいる『何か』に存在を気取られないよう注意深く出入り口まで移動する。

 既に黒の波は霧散していたが、代わりに散開した『何か』が(まば)ら――波と比較して、だが――にうろついていた。芝生や石畳の道は血で染まり、噴水の水も赤く濁っている。見渡す限りに、生徒はいない。

 その光景に再び身を震わせつつ、シュノは二体の土人形(クレイ・ゴーレム)を後ろに付けて一行の最後尾を進んだ。

 屋上から棟内へ入るための扉は施錠されていた。これは先程一行が通って来た通気口が屋上に繋がっていることと深く関係している。

 研究中の事故で発生した爆風などを屋上に逃がす機構になっており、屋上に生徒がいると危険であるためだ。通気口には《固定化(インモビリゼーション)》の魔法の強化版である干渉魔法《要塞化(フォートレス)》の魔法が掛けられており、研究失敗の影響で通気口自体が破損することはない。探知魔法が疫病などを感知した場合は、通気口内部が熱気の領域魔法によって高温殺菌される。

 カルマは施錠された扉の鍵穴に身を寄せた。


「うーん、これは……」


 小さく呻きながら扉と壁の隙間に紙を出し入れする。かと思えばポーチから黄色い液体が入ったガラス製の球状魔具を一つ取り出し、扉から少し離れて紙を出し入れしていた辺りに投げつけた。

 扉にぶつかった魔具はガラスを弾けさせ、中に入った液体を扉に向けてのみ撒き散らした。指向性があるのは魔法的効果の影響だろう、とシュノは推測する。

 中に入っていた黄色の液体はノブのすぐ近く、扉と壁の境目にかかり、強烈な刺激臭と何かが焼ける音を残して扉を溶解した。

 液体が完全に消えたのを確認すると、カルマはポーチから手袋を取り出して右手にはめた。そして溶解した部分に右手を添え、引く。


「……よし、開いた。行こー」


 静かな声で歪な形になった扉を解放した。


「ど、どうやって開けたんです……?」


 シュノは初めて見る扉の開錠法に唖然として、足音を立てないように注意しながら小さく感嘆する。

 すると、前を行くアクサナがシュノの隣に来るように速度を落とした。


「あれは指向性溶解瓶って呼ばれる魔具だね」

「しこうせいようかいびん?」

「そそ。瓶とか液体とか自体は普通の製法で作るんだけども、瓶に―――ナハトっちが使ってるのは球体のガラスだけど、それに弱い《固定化(インモビリゼーション)》の魔法を掛けるわけです。そんでその《固定化(インモビリゼーション)》の魔法の効果範囲を狭めておくと、ある位置に衝撃を加えない限り割れない瓶の完成ってわけですな」

「ええっと……つまり、液体そのものに指向性があるように見えたのは、瓶に仕組みがあったってことです?」

「そんなもんじゃないの、大体の魔具って」

「でも、それでも扉が開いた理由が分からないです……」

「つまりだね、魔具の指向性を利用して扉と壁の連結部分をピンポイントに溶かして扉を開けたってことさね」


 言われてようやくピンときた。

 屋上の扉は鍵を掛けると扉から壁へと突起物が飛び出る仕組みになっていたのだ。そのお蔭で押し引きが不能になり、鍵が掛かるという仕組みなのである。

 カルマはその突起物の部分を扉や壁ごと溶かし、鍵の存在そのものを消し去ることによって開錠したということだろう。

 シュノは自身の持っていない知識をアクサナが持っていることに驚嘆しそうになるが、彼女が「――って、この前ナハトっちに教えてもらったのを思い出したんだぜ」と付け足したことによって苦笑いを浮かべるに終わった。

 研究棟は殆どが木造であるため、足音は木の軋む音にさえ気を付けておけば然程(さほど)五月蝿くならなかった。そもそも土人形(クレイ・ゴーレム)は脚部が地面にへばりつくようにして移動しているため、足音の原因となるのは四人だけだったが。

 屋上から四階に下り、誰もいない通路を慎重に進む。

 階段は一つ所にまとめて建築されているが、屋上へ続く階段だけは別なのだ。そのため下階へと続く階段へ辿り着くには四階の廊下を移動しなければならない。

 しかし、警戒を強めながら歩く四人と六体の前には何者も現れなかった。


「……ど、どうして何も出てこないのでしょうか? わ、私たちが逃げ込んですぐに、地下にやってきたはずなのに……?」


 シャノアールがカルマに身を寄せながら呟く。


「確かに不気味だよねー……。あの黒い連中どころか魔導院の生徒や先生もいないみたいだし。ねーアクサナ、ここの建物には普段からあんまり人はいない感じ?」

「いんや、他派閥の研究棟と同じくらいはいますぜ」

「ということは、もう、み、皆さん、逃げているかもしれないということですか……」


 シャノアールの発言に誰もが返答したくなった。

 “逃げただけで逃げ延びたかは分からない”と。

 しかし脳内に浮かんだその言葉は誰も口にはしない。この状況で自分たちの首を絞める必要はないと判断したためである。

 囮の一行は静かに、慎重に足を運ぶ。

 何事もなく階段へ辿り着き、土人形(クレイ・ゴーレム)を先行させて『何か』がいないかを確認した後、天井や窓を注視しながら階段を下りた。

 三階へ下り立っても閑散としていた。だが、下階から小さな音――それも悲鳴に似たもの――が聞こえてきた。

 シュノはごくりと生唾を飲みこむ。

 シャノアールは猫背になりながら金色の髪を掻きむしりかけ、止めた。


「ここから先は注意して」


 端的に警告され、カルマの先導でアクサナ、シャノアール、シュノが続く。

 階段を一歩下りるごとに聞こえる音は大きくなってゆく。


(下階で先生たちが戦っているのかも……)


 シュノは人形を抱きしめながら、そう願った。

 ―――しかし、一階に下りても人間の姿は見えなかった。


「どうして……?」


 聞こえていた音は何だったのか?

 その答えはすぐに出た。

 一行が下りてきた階段のすぐ隣、シュノたちが地下研究室へ逃げるために使った下へと延びる階段から、音が響いてくる。

 悲鳴は無い。だが、代わりに、身の毛もよだつ恐ろしい、口にするのも(はばか)られるような―――肉を千切り液体を啜る音が聞こえてきた。

 心臓の早鐘がシュノに告げる。

 危険だ、と―――。


「……地下の様子を確かめよーか。あたしたちが行けば何とかなるかもしれないし」


 一行は一階や外からは見えないように階段の踊り場に姿を隠していた。

 そんな中でカルマは気丈にも地下の様子を気にしている。彼女も無意識下の警告を受けただろうが、それでも自分に与えられた役割はしっかりと果たそうという心構えがあるのだろう。

 カルマには尊敬の念しか浮かばない―――シュノは再び人形を握りしめた。


「でしたら、ここで二手に別れましょう。地下をへ行くのは私とカルマさん。シャノアールさんとアクサナはここに残ってほしいです」


 これが今取るべき均等な戦力分配であるはずだ。

 地下を見に行っている間に地上から襲われてしまっては敵わない。そのため、地上で『何か』の動向を監視しておく必要がある。

 幸運にも一階にいる『何か』は二匹だけだ。ただし入り口から入ってこないとも限らないため、見張りにはかなりの精神疲労を強いることになる。

 同じように地下へ動向を探りに行く方も、行く手に待ち受けるものと背後から挟み撃ちにされるのではないかという恐怖とが極度の緊張を与えてくるだろう。

 地下を見に行くのはこの中で最も行動力と状況把握能力のあるカルマと、魔導院の生徒であるシュノ。地上を見張るのが魔具の扱いに長けるシャノアールと、カルマに次ぐ冷静な思考の持ち主であるアクサナ。

 魔導院の生徒を双方に分けることで、バラバラに逃げることになっても現在位置が分からないなんてことがないようにしてあるつもりだ。

 シュノの考えを理解してくれたようで、他の三人も無言で首を縦に振る。


「シャノアとアクサナは、奴らが来たら叫んで知らせて。それで上の階に逃げてから……あー、でも……」


 そこでカルマは言い淀んだ。上階に逃げては逃げ場がなくなってしまう可能性を危惧したためだろう。

 しかしアクサナは、大丈夫さね、と告げる。


「四階まで行けば時空魔法特別演習室があるからね、追われたらそこで巻いてみせますぜ」


 時空魔法特別演習室とはその名の通り、時空魔法を使用した演習を行うための措置が施された特別な教室だ。上手く時空魔法を扱えないと周囲への影響や見知らぬ土地への転移などの事故が起こってしまいかねないため、教室には時空魔法による魔素の改変へ強力に抵抗する装置が設けられている。

 アクサナはその装置を暴走させて黒い『何か』を一網打尽――といっても閉じ込めるだけだが――にするつもりだろう。一度きりしか使えないしアクサナやシャノアールにも危険の及ぶ賭けになるが、それが最善の方法であるとシュノも同意した。


「じゃー、そういうことで。シャノアもしっかりね」

「は、はい……」


 シャノアールへ励ましの言葉を送ってから、カルマは周囲の様子を確認する。

 一階にいる『何か』がこちらから視線を外した時を見計らって、カルマとシュノの両名は地下研究室へと繋がる階段を静かに駆け降りた。背後を二体の土人形(クレイ・ゴーレム)が追従する。

 息を潜めて一段ずつ下りてゆく。その度に形容しがたい血肉の音が大きくなり、シュノの耳を侵していった。

 階段の折り返し地点である踊り場に到着して、そこにある血溜まりを踏まないように身体を反転させると、カルマとシュノは頭を地下方向へと向ける。


「…………!!」


 目の前の光景に、シュノの思考は凍り付いた。

 ―――奴らだ。

 赤い双眸を湛えた、生ける者を殺すための容貌をした『何か』。

 複数の『何か』の足元には真っ赤な池が広がっている。

 血だ。

 大量の血だ。

 ドロドロとした血が、一面に広がっていた。

 その血の池に顔を(うず)めてはしたない音を立てる『何か』がいれば、足元の赤い塊――まるで何かの食肉のように見える――へ鋭い歯を突き立てる『何か』もいた。


「そ、そんな……」


 シュノは手を口に当て、何とか吐き気を堪える。隣のカルマも目を見開いて硬直していた。

 あれほど堅牢に見えた分厚い鉄扉は開け放たれ、地下研究室内部へと黒い『何か』が侵入している。必死に抵抗したのであろうことは、入り口付近に落ちている劇薬のラベルが付いた瓶の破片や魔法人形(ゴーレム)だった土の山などを見れば容易に想像できた。

 しかしそれでも、『何か』の軍勢には勝てなかったということだ。

 血溜まりの中にある、原形を(とど)めることすら許されなかった肉片が、地下に残った者たちの凄惨な死の瞬間を伝えていた。


「これは突破されたわけじゃなさそーだね」


 カルマは鉄扉付近に転がる『何か』の残骸を冷たく見下ろしながら言う。

 そこにあった残骸の山の周囲は黒く焼け焦げていたり刃物で切ったような跡があったりと、誰かが交戦した様子が窺えた。それから鉄扉が外れることなく開け放たれているところを見るに、強引に破られたわけじゃないだろうことは想像できた。


「つまり……中に残った生徒たちが扉を開けた……ということです?」

「きっと。中にある肉片の数を考えると、とても五人だけのものには思えないし。多分、誰かが助けを求めにここまでやってきて、中に迎え入れようとした時に侵入を許した……って感じだろーね……」


 要するに、より多くの人間が殺されたということだ。


(あの時、私も付いていくと言っていなかったら……)


 そう考えた途端に怖気を感じ、シュノは無意識のうちに一歩だけ後退した。

 ――ピチャン。

 足を下ろすと同時に発された、水を叩く音。

 見れば、シュノの足元には血溜まりがあった。地下研究室の外で殺された黒い『何か』から飛び出したであろう血。その血を踏みしめてしまったのだ。

 僅かな音であったはずが、今まで聞こえていた吐き気を催す音がピタリと止む。


「……ま、不味いことになったかも……」


 前を向くカルマの声には震えが生じていた。

 恐る恐る、シュノは顔を上げる。


『ギヒィィィィィィ……』


 見られていた。

 地下研究室内にいた全ての『何か』が、その赤い双眸が、シュノへと注がれていた。

 一対の光点のそばにある口が顔の半分ほどまで裂ける。

 中から姿を見せたのは、鋭い牙。

 奴らは嗤っているのだ。醜悪に、下劣な欲情のようなものを抱いて。

 新たな獲物を見つけたことに―――


「見つかった! 逃げるよ!!」


 カルマに袖を引っ張られ、シュノは恐怖の渦から生還する。


『ギャヒィィィィィィィィィィ!!』


 彼女の大声に呼応するように奴らが咆哮を上げた。全ての『何か』は自身が行っていたことを放棄して、地下研究室の出口へと殺到する。


「行けッ!!」


 カルマは連れてきた二体の土人形(クレイ・ゴーレム)を黒の軍勢へと向かわせた。二体の土人形(クレイ・ゴーレム)は地下研究室の出口に立ち塞がり、向かってくる『何か』の突進を遅延させる。

 その間にシュノはカルマに引っ張られながら一階へと駆け上がった。


「大丈夫、シュノっ!?」


 カルマは一階にいた二人にも分かるように、ワザと大きな声で逃亡を宣言したのだ。

 その証拠に、一階ではアクサナとシャノアールが魔法人形(ゴーレム)を操って二体の『何か』と交戦していた。アクサナは一体の木人形(ウッド・ゴーレム)を使って戦うのが精一杯な様子だが、シャノアールは四体の土人形(クレイ・ゴーレム)を同時に操り『何か』の動きを完全に封じている。流石、『雑貨屋』の補佐をしているだけのことはある、と場も弁えずシュノは感嘆する。

 シュノの心配をしたアクサナは言葉を続けた。


「どうだった、地下研究室は!?」

「みんなやられてたッ! 細かいことは後で!」


 言いながら、カルマは腰のポーチから《人形創造(ゴーレム・クリエイション)》の魔法の札を四枚取り出す。そして三枚を破り捨て、一枚をシュノへと差し出した。


「最後の一枚、使って!」


 シュノはそれを受け取ろうとして、首を横に振った。


「私が使うよりもカルマさんが使った方がいいです!」


 今は自分の保身よりもより多くの命が助かる可能性を高めるべきだ。ならばより上手く扱えるカルマが札を切るべき、シュノはそう考えたのである。

 決心した眼差しを向けられたカルマは、分かった、と口にして最後の一枚も破った。

 計四枚の《人形創造(ゴーレム・クリエイション)》の魔法の札から顕現した魔法陣は研究棟の床に反応し、木製の魔法人形(ゴーレム)木人形(ウッド・ゴーレム)を生み出す。

 カルマはその四体を後衛に据え、シャノアールとアクサナに先を行くように指示した。


「わ、分かりました……!」


 巧みな魔法人形(ゴーレム)捌きにより二匹の『何か』を屠ったシャノアールは、アクサナと共に先陣を行く。その背中をカルマとシュノが追いかけ、さらに二人の後を二体の木人形(ウッド・ゴーレム)が追う。残りの二体は研究棟の出入り口で待機させていた。

 外へ出ると中庭にいた『何か』の視線が一行へと突き刺さる。周囲からは次々と鋭利な鉤爪や牙が迫りくるが、足を止めるわけにはいかなかった。止まればそこで八つ裂きにされる。シュノの脳裏には、中庭で腹を切り裂かれた男子生徒の姿が焼き付いて離れなかった。

 周囲から迫る『何か』の突進を魔法人形(ゴーレム)が弾き飛ばす。完全に止めを刺しているわけではないが、人間の膂力(りょりょく)とは比較にならない力で吹き飛ばされたことによって『何か』も容易に追撃をしてこられるわけではなかった。


(後ろにも魔法人形(ゴーレム)はいるから大丈夫なはずです……!)


 シュノも懸命に走る。自分よりも身長の低いカルマよりも足は遅いが、それでも何とか食らいついていた。

 気付けば、管理棟まで半分のところまで来ていた。周囲には一向に生徒の姿は見えず、代わりにわらわらと『何か』が群がってくる。


(見ては駄目です……)


 恐怖を感じて足が竦んでしまえば、そこで終わりだ。そうならないためにも、耐性の無いシュノは走ることだけに集中するべきだった。

 それでも意識の片隅に、生存者がいるのではないか、という考えが浮かんでくる。

 そして再び視線をずらした、次の瞬間。


「―――きゃっ!!」


 シュノは何かに(つまず)いた。重くぬめった、柔らかい何かに。

 完全に足を取られ、シュノはその場に倒れ込む。突然の出来事だったために受け身を取ることもままならない。転倒時に右手首と顎を強打した。

 痛みに顔を(しか)める―――だが、その表情は一瞬にして凍り付いた。


「……え?」


 彼女の脇を、魔法人形(ゴーレム)が通り過ぎてゆく。

 自分を、自分たちを守っていてくれた盾に見放されてゆく。

 それは当たり前の出来事だった。シュノの前を走るカルマがその二体を制御しているのだから、カルマが気付かない限り魔法人形(ゴーレム)は歩みを止めない。いくら魔法人形(ゴーレム)の視界をカルマが覗き見ることが出来たとしても、四体の魔法人形(ゴーレム)を一度に操っている彼女がシュノの転倒に即座に気付ける可能性は低い。

 だがシュノにはその事実が認識できなかった。

 いや、脳が拒否していたのだ。

 自らが死に晒されていることを。


(嫌……)


 言葉にならない拒絶が、思考を支配する。

 すぐにでも立ち上がろうとするのだが、右手を強く捻ってしまったために上手く上体を起こせない。


(助けて……)


 減速した視界の中で、ゆっくりと遠ざかってゆく三人の背中に手を伸ばす。

 ―――が。


『ギャヒヒィィィィィィィィィィィィィイイイイイイ!!』


 鋭い叫び声と、振り下ろされる腕。


「―――――あ」


 ポツリと漏らされたのは、初めての感覚に対する唖然とした感情。

 自分が貫かれたことを理解できなかったのだ。

 シュノの背中には『何か』の鉤爪が突き立てられていた。

 それは胴を貫き、腹を割き、地面に血を吸わせていた。


(そん、な……。し、死にた、く……ない……です…………)


 それでもシュノは懸命に手を伸ばす。痛みを痛みとして認識していない今、彼女はまだ生きようと足掻いているのだ。

 視界の中で、先を行く三人がシュノを振り向いた。

 アクサナが何かを叫んでいる。

 同時に、シュノは異物が体内から引き抜かれるのを感じた。


「ア……アクサ、ナ……」


 シュノの口から血が漏れる。


「……たす、けて、アクサナ…………」


 視界の三人が一斉に動いた。カルマは魔法人形(ゴーレム)をシュノの方へ、シャノアールは周囲に展開する。アクサナは魔法人形(ゴーレム)と共にシュノのもとへと駆けだした。

 一縷の望みに縋りつくように、シュノは伸ばす手を大きく開いた。

 そして、


「シュノ――――っ!!」


 アクサナの悲鳴と共に、再び鉤爪が振り下ろされる。

 その一振りは彼女の左胸を貫通した。

 痛みを感じる暇もなく、シュノの瞳は死で濁る。



 ―――伸ばした彼女の手は、結局何も掴むことが出来ず地に墜ちた。

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