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狭間のアンテルヴァル  作者: 小木雲 鷹結
無貌の者たち(下)
104/112

4-8 クレルヴォ

             ◇ ◆ ◇


 この都市が平和だったのはいつの頃だろうか。

 いやそもそも、この都市に平和な時間など流れたことがあっただろうか。大通りは活気に溢れ、開拓者や商人が闊歩する、一見すると華々しく見えるこの都市も、路地に注意深く目を向ければ汚泥に塗れた生活や人道に反する行いなど(ざら)にある。どの国のどの都市だって同じようなものかもしれないが、都市民の安全がこれほどまでに保障されていない都市は珍しい。

 故にこの都市の騎士の役割は、平和を守るのではなく、平和を勝ち取ることにある、と思う。

 そう言えば聞こえはいいが、悲しいことに、その責務は半永久的に続くだろう。改善の兆しの見えない現状までを鑑みれば、そう思うのも無理はない。もし騎士が平和を勝ち取ることを終える時が来るとすれば、それは恐らくこの都市が終わる時だ。

 要するに、騎士たちは今日も都市に僅かばかりの平和を与えるため、未来永劫尽きることのない暗澹(あんたん)たる悪を相手に剣を取っているのである。

 小悪党を懲らしめる普段と、少々、様子は違うが。


「ちょ、ちょっと! 危ないから、一旦止まって!」


 悪魔の大量発生からある程度の時間も経ち、都市の各所で都市民や開拓者による防衛戦が行われている現在。

 騎士で最も地位の高い調停騎士、クレルヴォ・タルヴィティエはその身に宿る卓越した剣技を使って悪魔の討伐に赴いた―――わけではなく、一人の少女を追いかけていた。

 ミルクのように純白の肌を持つその少女は、露出度が高いのか低いのかよく分からない格好をしていた。着用しているのは控えめな胸と下半身を隠すだけの水着のような黒い布地と同じく黒いニーソックス、首輪、それから手袋。それだけだと露出度は高いのだが、丈の長い上着を羽織っていて肌の大半を隠してしまっている。かといって露出していないかと言えばそうでもなく、前から見れば白い肌が見えるし、上着だって袖は無い。

 そんな、街中を歩くには扇情的に過ぎる服装の少女―――ユーリアが調停機構から飛び出して、クレルヴォがそれを追いかける羽目になったのが悪魔の出現から少し前のこと。

 昨夜と言うか今朝と言うか、まあそんなどうでもいいことは置いておくとして、《大地信仰》の馬車襲撃を支援したクレルヴォは残った石人形(ストーン・ゴーレム)石従者(ストーン・オートマタ)を従えて馬車を追った。馬のいない馬車はそれほどの速度は無く、さらに前方から騒ぎを聞きつけて来たであろう学生騎士と番犬騎士が現れたため、馬車を囲っていた悪魔は淘汰されたのだ。

 そうして馬車の中から救出したのがユーリア。当初は番犬騎士団が彼女を保護すると言っていたのだが、ナハトとの約束もあり、クレルヴォは「調停機構で保護します」と宣言して意識のなかった彼女の身柄を引き取った。

 彼女を運んでくれた女性の番犬騎士や護衛の学生騎士と調停機構で別れ、目を覚ましたユーリアには朝になったら狭間亭へ連れていくことを説明した。

 そうして朝日が昇り、分厚い雲が日光を遮る中でユーリアと移動の準備をしていた時、突然に彼女が外へ飛び出したのだ。

 訳も分からずそれについて行ったクレルヴォは、装備重量の関係か彼女に追いつくことが出来ず、しかし持ち前の身体能力の高さでジリジリと距離を詰めていった。

 だが途中、轟音が聞こえたかと思えば、聞こえてきたのは人々の悲鳴。

 そして現れた無貌(むぼう)の者ども。

 クレルヴォの方が圧倒的に体力や瞬発力は高いのだが、ユーリアには殆ど悪魔が襲い掛かろうとしないためにクレルヴォだけが悪魔への対処を迫られ、結果的に距離を縮めては離されての繰り返しだった。

 殆ど、と言うからにはごく少数ではあるが彼女目掛けて突撃する個体もあれど。

 丁度、クレルヴォの眼前でユーリアに飛びつこうとする悪魔がいる。

 両腕を大きく広げ、体全体を大きな口のようにして跳躍した―――


「―――邪魔しないでっ!!」


 彼女が一声を浴びせかける。

 するとどうだろう、跳躍する寸前で第七階位悪魔(グゥム・デーモン)はビタリと動きを止め、近くにいた他の獲物―――クレルヴォへと狙いを定めた。

 これ、なのだ。

 何の力が働いているのかは判然としないが、ユーリアが一声出すだけで悪魔は不可解に動きを止めてクレルヴォへ方向転換してくる。恐らくはそういう能力者なのだろう。そうでもなければ、あの『雑貨屋』が彼女を助けようと考えるはずがない。

 行動を共にする者からすればいい迷惑のはずだが、クレルヴォにしてみれば、(ろく)な武装も持たない彼女が狙われる心配がなくて良かったと思っている始末である。この男はどうしてこうも優しいのか呆れてくる。無論それは彼が力ある者だからなのだが。

 それを証明するように、飛び掛かってきた第七階位悪魔(グゥム・デーモン)の初撃を速度を落とすことなく躱すと、すれ違いざまに刃を打ち込んだ。鋼の剣は血すらその身に纏わせず、鈍色の輝きを保ったまま悪魔の命を一時的に奪う。

 汗一つかかずにユーリアを追いかけるクレルヴォは、彼女の目的地が分からず困惑していた。

 最初、調停機構の本部から飛び出したときは明らかに貧民街の方角へと向かっていたのだが、徐々に曲がって行き先を変え、今では外壁広場の方向へと走っている。目的の地点が動くはずもないから動く対象に向かって突き進んでいる可能性もあるが、どうやってその対象の位置を把握しているかは分からない。

 考えながらも二三の悪魔を(さば)いては、ユーリアの背中を追いかける。


「―――アアアアアアアアア!!」


 不意に、聞き覚えのある声が野性的な本能剥き出しにクレルヴォの耳朶に叩きつけられた。

 声の方向に目をやる。

 見えたのは、駐屯所を守る学生騎士や番犬騎士たち。開拓者もちらほらいて、駐屯所の防衛には手が足りているらしい。

 その中でも異様だったのが、家屋の壁に不自然に固まる悪魔の群れと、そこへ吶喊(とっかん)する栗色の髪の美少年。


「……レファリア?」


 通常であれば散兵のように間を空けて迫ってくるはずの悪魔が、今は重装歩兵の密集陣形(ファランクス)が如く一切の隙間を見せずに一か所に固まっていた。そして無謀にも漆黒の塊に短刀一本で身を躍らせているのは、学生時代にクレルヴォと同じチームであった、レファリア。

 その強引なやり方は彼らしくもなかった。彼の戦闘スタイルとしては得物の軽さを生かした機動戦闘であり、密集陣形を割り裂くだけの攻撃力はない。

 一方で、駐屯所を守る学生騎士たちは支援に赴こうとしなかった。唯一、数名の番犬騎士部隊がレファリアのフォローに回っているが、状況は(かんば)しいとは言い難かった。その番犬騎士部隊には魔導院でエルミアスの救出班を率いた指揮官の顔があり、彼の指揮のお蔭で辛うじて悪魔の包囲を封殺しているらしい。

 足を止めてしまったクレルヴォは自分の使命を思い出すと視線を戻した。

 ユーリアの背中は既に小さくなっている。だが、逆に言えば、クレルヴォが背中を追いかけなくても無事に走っていけるということだし、急な方向転換もしていない。


(彼女は悪魔から攻撃されていない……不可解だけど、今はそれに頼るしか方法がないんだ)


 ごめん、と心の中で一言謝って、クレルヴォはレファリアたちへと足を向けた。

 走り込んで、一角で威嚇していた第七階位悪魔(グゥム・デーモン)を背後から斬りつける。続けて刃を走らせると、二匹三匹と、一振りごとに悪魔の頭部と胴体が離れ離れになった。


「調停騎士のクレルヴォです! 状況は!?」


 悪魔の包囲からレファリアを守る番犬騎士たちの中に加われば、すぐに答えてくれたのはいつぞやの指揮官。


「あそこに固まっている悪魔の中心に学生騎士が呑み込まれた! そこの彼が何とか救出しようとしているが、この数相手ではどうにもならない!」


 早口の説明に頷き、クレルヴォはレファリアの近くへ。

 髪を振り乱して戦う彼は、浅い傷をあちこちに負っていた。白い肌に赤い線が描かれたような、痛々しい光景だった。


「レファリア! 一旦退くんだ! 無闇に突撃しても埒が明かない!」


 突然現れたクレルヴォに一瞬だけ驚いた表情を見せるも、彼は命令に従わず手近な悪魔を斬りつける。


「でもっ、でも、この中にはユルセラがっ!!」

(呑み込まれた学生騎士って、ユルセラなのか!?)


 上質な魔法道具(マジックアイテム)に身を包む彼女が第七階位悪魔(グゥム・デーモン)程度に後れを取るなど信じられなかった。あり得るとすれば、より上位の悪魔が出て来たのか、誰かを庇って犠牲となったのか。或いはその両方であるかもしれない。

 いや、それも今は詮無き事。

 安否すら分からないのに無謀な突撃を繰り返していては、同じくSランクであるレファリアとて持たないことは明らかだった。仲間を助け出したい気持ちはよく分かるが、本当に助け出したいと思っているのであればまずは状況を見極めるべき。


「落ち着いて! このままじゃ君も二の舞になるぞ!」

「―――くそっ!!」


 らしくもなく憎しみを込めて悪態を一つ吐くと、彼は動かなくなった悪魔の頭部を()ぎ取って迫る一匹に乱暴に投げつける。

 そしてクレルヴォに視線を配ってきて、二人は一度背中合わせで円陣を組む番犬騎士の輪に加わった。


「どうするのだ、クレルヴォ殿⁉ このままでは、我々は押し潰されてしまう!」

「あと少しだけ耐えてください! すぐに終わらせます!」


 言って、ちらと駐屯所へ目をやった。


「手の空いている学生騎士は支援を!」


 見たところ、この不自然な塊へ悪魔が寄ってきているお蔭で駐屯所そのものへの攻撃の手は緩んでいた。あの程度ならば少数のチームでも対応できる。それに、この塊を一掃することが出来れば悪魔の数も大幅に減り、一時的にだが敵の攻勢は一気に緩むはずである。

 それが理解できていればクレルヴォが命ずる必要なく動いていてもいいはずだった―――ところが、誰一人として学生騎士は動き出そうとしない。

 クレルヴォが調停騎士だから、というのであれば、場を(わきま)えていないとは言え納得できなくもない。かつては先輩であったクレルヴォも、今となっては赤の他人に違いないからだ。

 だが、それなら何故リーダーらしき人物は指示を飛ばそうとしないのだろう?

 一人だけ、騎士学校の制服とは違った個性的な服装をした青年がいた。顔を見かけたこともある。名前は…………まあ、今はそんなことに時間を割いている場合ではない。

 とにかく、その人物はこちらを向いているのだが、剣を両手で保持したまま動こうとしなかった。何かあったことは明白だが、だからと言って仲間の危機を見逃すことは許されることではない。

 しかし、クレルヴォが言って聞かないのであれば打つ手なしだった。それを糾弾している暇もない。

 諦めて、クレルヴォはこの戦力だけで場を維持する方法を考えるために思考を巡らせようとする―――


「アンタがた、あのタルヴィティエさんが指示してるんですぜ? ―――今戦わなくていつ戦うんだァッ!!」


 思考を遮る怒声があった。

 その声は、Aランク騎士ラーニィのもの。

 普段はへらへらとお調子者の様子を崩さない彼が、堪らず怒りを発したのだ。鬼気迫るその声は恐怖を恐怖で上塗りするかの如く学生騎士を動かした。流石は商家ムルクディスの傭兵副長と賞賛すべきだろうか。

 支援に来たのはこの場の番犬騎士と同数の学生騎士。頭数は二倍になり、番犬騎士指揮官の手腕もあって防衛も比較的容易になったように見える。

 ようやく準備が整って、クレルヴォはレファリアの耳に口を寄せた。


「……いいかい、レファリア。チャンスは一回だ。あの悪魔を一掃してユルセラを助け出すには、君の力がいる」


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