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狭間のアンテルヴァル  作者: 小木雲 鷹結
無貌の者たち(下)
102/112

4-6 ユルセラ

             ◇ ◆ ◇


 蒼光が日差しの少ない通りを駆け、迫る黒を切り裂いた。

 場所は貧民街からほど近い番犬騎士団の駐屯所。未開拓地へ向かって伸びる大通りが近いそこは、都市民の間では開拓街と呼ばれていた。その名の通り、未開拓地へ赴く多くの開拓者が宿をとり必要な物資を集めるための商業施設が軒を連ねる、開拓者が集う区画だ。

 当初、ユルセラ率いる五名のチームは異変を嗅ぎつけて貧民街へと向かったのだが、道中で悪魔の大群に襲われている駐屯所を発見し、そこの防衛にあたっていた。その駐屯所はそれほど大きくなかったのだが、それでも避難者が殺到していたのである。

 防衛を始めて十数分経った後、上空から現れた双竜騎士が騎士団の意向を示した。上位存在(グレーター・デーモン)が貧民街に出現したため避難所を後方に下げる、とのこと。駐屯所の番犬騎士は半数に分けられ、片方が上位存在(グレーター・デーモン)討伐の協力を、もう片方が避難者を後方に送り届ける役目を得た。

 ユルセラたち学生騎士チームは後者への参加を命じられ、開拓街でも貧民街から出来るだけ遠い駐屯所まで後退し、そこを守っていたズィールのチームや魔導院で指揮を取っていた番犬騎士率いる部隊、そして防衛に参加する開拓者たちと合流したのだ。

 その駐屯所は騒動が大きくなりやすい開拓街だからか比較的大きなもので、多数の避難者が収容されていた。そして大きさの弊害として、玄関口にある広場のような場所から正面と左右の三方向に大きな通りが伸びていて、防衛もその三方向に対して行わなければならなかった。

 駐屯所の入り口付近には収容が追い付かず怪我を負って動けなくなった者が並べられている。その中にルーツィエの姿を見つけるも、彼女は(うつむ)いて身を震わせていた。


「あ、ああ……こんな……こんなことに……」


 恐らく、魔法剣も魔導銃も悪魔相手に通用しないために一人絶望してしまっているのだろう。一応、負傷した騎士や開拓者を入り口付近に下げる手伝いはこなしているものの、危なっかしい。

 ラーニィとリオンは前に出て応戦しているが、やはり最優先はルーツィエか。彼女が負傷者を下げるために少し前に出れば、それを防衛するために二人は彼女の傍へ近寄る。それに、彼らほどの力量の者にしては、後ろに下がり気味だ。

 そのためユルセラチームは実質、レファリアと二人だけになっていた。

 迫る悪魔を叩き伏せながらレファリアを横目で見やる。

 やはり彼はマントを着用していた。右半身を覆い隠すほどの厚手のマント。それは今まで彼が使っていた、『雑貨屋』の新作だと言っていた物とは違う。

 彼は「改良して破れにくくしたらしいよ?」と言うが、それだって本当かどうか分からない。もしかすれば、マントを丈夫にしないと戦闘中に破れて中が見えてしまうかもしれないと思ったの可能性もある。

 …………マントの下の、悪魔の腕が。

 彼の得物は左手に携えた短刀一本のみだ。それ自体はいつも通りだが、何故か違和感を覚えてしまう。

 思えば、クロの得物も短刀。本数に違いはあれど、体術を織り交ぜて戦う様もそっくり―――


「新たな敵集団を前方に確認! さっきより数が多い!」


 突然、レファリアが鋭い声を上げた。剣戟、悲鳴、怒号。入り混じる轟音の中で、彼の声だけが鮮明に聞こえたのは、ユルセラが彼を意識しすぎているからか。


(……気にしている暇は、ない)


 レファリアの視線の先、貧民街方面へ伸びる通りの奥からは若干名の都市民と悪魔の群れが迫っていた。

 視界にはまだ小さく、逃げてくる全員の命は救えそうもない。しかし駐屯所の近くまで来るのを待っていれば、悪魔の集団が押し寄せる際の衝撃力に潰されかねない。

 数は力。速度は衝撃。その衝撃を緩和することが防御の鉄則だ。


「私が斬り込んで、遅滞させる。レファリアはズィールチームと一緒に、避難者を援護」

「分かったよ!」


 レファリアの返事を聞くが早いか、ユルセラは《碧金(ミスリル)》の大剣から力を引き出した。連日の使用で身体が悲鳴を上げているが、泣き言は言っていられない。無茶をしてでも遅滞攻撃を行わなければ駐屯所が落とされるかもしれないのだ。

 爆発的に向上した身体能力によって、ユルセラの小さな身体が跳ねた。

 瞬く間に悪魔の集団を目の前にする。

 悪魔は突如として現れた白髪隻眼の少女に一瞬たじろいだが、しかしすぐに口を大きく開けて牙を見せ付けた。本能的な威嚇行為だろう。


「―――ふっ!!」


 その大きく開かれた口を、大剣の一薙ぎが襲う。

 《碧金(ミスリル)》の力の解放時に発される淡く蒼白い光が半月を描き、ユルセラを中心に弧を描く第七階位悪魔(グゥム・デーモン)たちの頭部がずり落ちた。次いで、噴水のように血が噴き出す。


『ギャヒィィィイイイイイイ!!』


 集団前方の悪魔がユルセラに殺到してきた。その所為で後方の悪魔は速度を削がれ、先程までの勢いは失われる。

 これで使命は成った。数匹の悪魔は家屋の壁を伝って生き残った都市民を追っていったが、そこには衝撃と言える程の力はない。

 殺到してくる悪魔を後退しながら斬り払い、四肢を落とす。一撃で行動不能に追いやることが出来る頭部を狙いたいところだが、多数を相手にする場合に贅沢なことは言えない。

 蒼い剣戟の隙を縫って迫る悪魔の鉤爪がユルセラに打ちつけられるも、《超靭(アリアドネ)の糸》で編まれた戦闘衣(ドレス)が衝撃を吸収して軽傷で済む。懐に入り込んできた悪魔は顎を蹴り上げて、切り裂いて。


「ギロン班はユルセラさんを援護しろ! 残りはこのまま防衛に徹するんだ!」


 遅滞攻撃を繰り返していると、背後からズィールの指示と、指名された学生騎士のチームが駆けつけた。チームの先頭を行く、学生にしては歳を取っている男がAランク学生騎士のギロンだ。その学生騎士たちにはレファリアも混じっている。

 ユルセラは彼らに後を任せて駐屯所前まで撤退した。

 そこは負傷者で収容の手が回っていない者やユルセラのように傷ついて戻ってきた戦士がうずくまっており、周囲をズィールのチームが守ることで溢れた悪魔から彼らを守っている。弓を持った学生もいて、少数ながら駐屯所上部から壁面を下りてくる悪魔にもしっかりと対処している。

 《碧金(ミスリル)》の力の解放を終えると、蒼光が弾けると同時に身体が地面に引き寄せられる心地がした。疲労が積み重なって心身ともに動くことを拒否し始めたらしい。

 しかし、ここで倒れるわけにはいかない―――細い脚に力を込める。


「―――っ」


 左足と、それから腹部に鋭い痛みが走り、ユルセラは膝を着いた。

 魔法道具(マジックアイテム)のお蔭で軽傷ばかりと思っていたが、どうやら数か所の怪我は酷いらしい。意識すれば次々と疼痛(とうつう)が湧き出してくる。戦えていたのは蒼光の剣のお蔭だったようだ。


(でも、戦わないと……)


 自分が戦わなければ他の人間に迷惑をかけることになる。ただでさえ高価な魔法道具(マジックアイテム)に身を包んでいるのだ、たとえ学生騎士の身でも戦場から逃走することは許されない。そんなことをすれば、より多くの人間が死ぬ。

 それだけはいけない、とユルセラは唇を噛んだ。

 仲間が殺された無念がある。クレルヴォから託された想いもある。

 Sランク学生騎士としての矜持が、まだ戦わなければいけないと語りかけてくる。

 ユルセラは腰に付けた革製のポーチから治癒水(ヒーリング・ポーション)の入った木製水筒を取り出し、服の上から少しずつ痛む箇所にかけた。

 敬愛する先輩―――クレルヴォならばこんな無様なことにはならなかったはずだ。彼なら最前線で戦い続け、指示を与え、皆を勇気づけたことだろう。

 そこで駐屯所の付近を守るズィールの姿が目に入った。

 彼は自分の率いるチームを幾つかに分け、各方向へ遊撃的に向かわせている。決して自らは前へ出ようとはしない。

 さっきだってそうだ。ユルセラの方へ向かってきたのは彼ではなくギロンだった。

 クレルヴォなら自分が率先して突撃班を率いただろうが……いや、彼はクレルヴォではない。むしろ本来の形として、指揮官は後方にいるべきだというのも理解できる。

 しかし相手は悪魔だ。見た者に恐怖を与える(かたち)をした、人々を喰らう存在である。

 なればこそ、指揮官は最前線で皆に勇気を与えることが必要なのではないか? 混乱する状況だからこそ、自ら率先して動くべきなのでは?

 自分を棚に上げるつもりは毛頭ないが、しかしそれでも、この状況でモヤモヤしたものを抱いてしまうのはユルセラの所為だろうか。


(……いけない)


 肩を並べて戦う仲間に対して、どうかしている。

 きっと度重なる疲労の所為だ、とユルセラは胸に溜まったものを溜め息と共に吐きだした。


「あ、あなた、大丈―――ひっ!?」


 ちょうどその時、小さく悲鳴が上がった。この声はルーツィエだ。

 ユルセラは脳裏から思考を追いやると、餌に飛びつくように視線を横へずらした。

 視界に映るはユルセラが戦っていたのとは別の通り。そこでも激戦が繰り広げられている。

 押し寄せる悪魔と、立ち向かう騎士や開拓者たち。通り一面の血溜まりでは、血の供給源である冷たい肉塊が口を開けたままこちらを見ていた。

 剣で斬り、爪で裂かれ、動かなくなるのは悪魔も人間も同じだった。違うのは、再び動き出す可能性があるかないか。戦う者たちが踏みしめる波紋とは別に、血溜まりが指向性を持って(さざなみ)を立てているように見えるのは気のせいではない。

 そんな中、血塗れの腹部を押さえた番犬騎士が、足から大量に出血している学生騎士を運んできた。どちらも酷い怪我だ。

 ……いや、酷い怪我(・・)程度で済んでいるのは片方だけだった。

 腹部を押さえて空いた手で学生を支える番犬騎士―――その腹部からは、押さえつける手から溢れ出るように、ぬらぬらと怪しく光る紐状のものが垂れ下がっている。

 にも(かかわ)らず、その番犬騎士は駐屯所から出て来た救護の女性に学生を託した。女性が何か言おうとするのを制止して、苦しげに笑んでみせる。

 女性が学生を駐屯所の中へ連れて行った。

 それを見届けた瞬間、腹部を押さえる力も無くなったのか、彼はどす黒い血と腹の中のものを石畳に撒き散らしながらルーツィエの傍らに倒れ込む。


「ぐ……ぅ……痛い……痛い…………」


 もがく気力もないのだろう、呻くように声を上げるだけで、血溜まりに浮かぶ彼の姿はまるで死体に見えた。それでもなお意識を失っていないのは、痛みが彼の意識をこの世に繋ぎとめている所為か。


「し、しっかりなさい……。だ、大丈夫ですわ……き、きっと、助かりますわよ……」

「……な……な、ら……助けて…………助けて、くれ……早く……楽、に……」


 傍で震えるルーツィエに、彼は手を伸ばそうとした、のだろう。しかしそれは為せず、指先がほんの少しだけ地面から離れただけだった。

 その言葉に、ルーツィエは何も返すことが出来ずに詰まる。


「お嬢、そいつはもう助かりませんぜ! 止めを刺してやって下せぇ! でなきゃ狙われます!」


 前方で戦う部隊が漏らした悪魔を処理しつつ、ラーニィが彼女に指示した。


「と……止め……?」

「楽にするにはそれしか方法がないことくらい、お嬢にも分かるでしょう⁉」

「で、でも……アタクシは…………」


 ルーツィエが傍らに落ちている剣を見つめた。

 誰の物とも知れぬそれは、赤く、粘性のある液体に塗れている。それは重量に任せて肉を斬るための、番犬騎士の標準装備だ。

 自らの血に身を埋める彼は、動かぬ腕を必死に伸ばそうとした。


「……た、のむ……らく、に…………」


 その手は剣に伸び、しかし彼の意思では動かない。

 ルーツィエは彼と剣を交互に見る、と彼の瞳が既に自分を映していないことを悟った。

 彼が求めていたのは、剣。その刃。

 悪しき者を斬るためのそれを、今は自らを苦痛から解放するために欲していた。

 ルーツィエが恐る恐る剣を手に取る。

 番犬騎士はその刀身を視線で追って、それからルーツィエに視線を移して、


「―――いやああああああああああああ!!」


 ルーツィエが、彼の首に刃を振り下ろした。

 頭と胴が離れる。剣が石畳に落とされ、金属音が聞こえる。

 転がる頭は、笑顔だった。


(あれでは、ルーツィエは、もう)

「ユルセラ、大丈夫? 怪我は? 動ける?」


 その光景に目を奪われていたユルセラは、背後からかけられた声に一瞬反応できなかった。

 振り返れば、そこにはレファリアが。彼の纏うマントと短刀は(おびただ)しい量の血に染められている。

 そうだ、今は戦えない仲間に同情している場合ではない―――ルーツィエには悪いと思いながらも、ユルセラは空になった木製水筒を路肩に投げ捨てて立ち上がった。

 痛みはある。だが、治癒水(ヒーリング・ポーション)のお蔭で幾分かはマシになった。


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