吸血鬼さんと真夜中
さて、卵かけごはんの朝食に始まった日中がようやく終わった。
吸血鬼さんなどとこの家の家主に呼ばれている私は、ようやく来た夜に喜びを隠せないでいる。
夜は吸血鬼の時間だ。
家主が早々に寝たのを見計らって布団からこっそりと抜け出す。
とにかく、昼間は寝たくても寝れないため若干寝不足ではあるが、活動するのに問題は生じない。
今夜は満月であるから、月光さえ浴びていれば疲労などすぐに回復するからだ。
私は早々に準備をして、玄関の扉に手をかける。
さて、外に出るに際していくつか気を付けるべき点がある。
まずは、扉の鍵をしっかり締めること。これは、どこにおいても共通だといえるだろう。続いて、視界が暗いから足元に気を付ける。まぁこの点は吸血鬼である私には関係がない。
最後、一番重要なものとして人さらいに気を付けることだ。あいつはこの国は治安がいいから安全などと言っているが、そんなことはない。
奴らは同じ服に身をまとい、必ず“お嬢ちゃん。こんな時間にどうして外にいるんだい? お父さんやお母さんは?”などと聞きながら小さな建物へと連れて行き、私が住んでいる家や家族のことを聞き出してきたりする。
もしも、家主が迎えに来なかったらと思うと、身震いするものがある。
会話内容はあまり聞こえなかったが、ぺこぺことあいつが何度も頭を下げていたことから、割と大変な交渉だったに相違ない。
そのことがあって以来、私はそいつらに見つからないように出歩くようにしている。
玄関のカギをかった私はそのまま夜の街へ出る。
このあたりには住宅しかないということも相まってか、静けさに包まれていて、時々走る車のライトと街路灯だけが町をぼんやりとした光で包み込む。
「まったく。昼間に比べて静かだな……まぁ中心街へ出れば今の時間でもうるさいのだろうが……」
いずれにしても夜の街というのはいいものだ。
この町のはずれには、町を見下ろすような形で神社が建っており、私はいまそこへ向かって歩いている。
それをする意味? それは単純に行ってみたいからだ。それ以外の理由はない。いずれにしても、陽が昇るまでに家に戻れるぐらいの場所にいればいいのだから、どこへ行こうが私の勝手だ。
誰に語るわけでもなく、自分にそう言い聞かせた私は、足早に町はずれへと向かう。
途中に例の服を着た男や酒に酔ったスーツ姿の男を見ながら歩いているとすぐに神社へと続く石段の前に到達した。
ここに来るのは初めてだったが、依然家主から写真を見せてもらっていたということもあり、地図とその写真で見た風景を頼りにここに来たのだ。
「ここには街灯はなしか……でも、関係ない。うむ。私は吸血鬼だからな」
私は、真っ暗な石段を一歩ずつ登っていく。
その階段は思っていたよりも段数が多く、夜だというのにもかかわらずかなりの疲労を伴うが、ここまで来て帰るわけにもいかない。
この石段の先に神社があるという話は聞いているのだが、実際にその建物を見たことがないので興味があるのだ。
やっとのことで石段を登りきれば、そこには古びた赤色の門を持つ木造の建物が建っていた。
砂利が敷かれた道のすぐわきには屋根付きの石の容器に水が入っていてひしゃくが添えてある。
おそらく、手を洗うための場所なのだろうが、それが何を意味するのか私には理解できない。
私は建物をよく観察してみると古びた建物の開け放たれた扉の前には箱が置いてあり、上から何かを入れれるようになっていること、道がそこへ向かって伸びていること、その途中に何かの石造が道を挟むようにおいてあることから、奥の建物に何かしらの神様が祭ってあるとみて間違いないだろう。
その中に入るわけにはいかないので、ここで引き返そうかと後ろを振り向いたとき、私は思わず言葉を奪われてしまったかのように固まった。
石段があることによってまっすぐと森が開けている先には夜を明るく照らす町の街灯が星のように輝いていたのだ。
周りを見れば、少し離れたところに展望台と思われる場所があったのでそちらへ向かう。
「おーこれはなかなか……」
展望台から見える街の風景はこれまた、別格で下から見るのよりもはるかにきれいだ。
つい数十分前にあの星の中のどこかを歩いていたのだろうし、あれのうちどれかが私が今住んでいる家なのだ。
そう思うと、自分の存在などちっぽけに思えてくるのだが、それは至極当然だろう。なぜなら、実際そうであるからだ。
見たことも聞いたこともない世界に一人放り出されて頼れるのは拾ってくれた家主ただ一人。
その人にはいろいろなことを教えてもらった。
この世界にあふれる機械の使い方、町のこと、彼女の思い出……もしも自分が吸血鬼でなかったとしたら、彼女と一緒に昼の街を歩いてみたい。
しかし、それはかなわない願いだ。
なぜなら私は昼間に活動できない吸血鬼なのだから……
「はぁまったく……何を考えているんだか……」
「そうね。こんな夜中にこんな場所で何を考えているの?」
聞き覚えのある声に振り向いてみると、そこには家で寝ていたはずの少女が立っていた。
彼女はゆっくりと展望台の方へと歩いてきて、私のすぐ横で手すりに手をかける。
「やっぱりいいですよね。ここからの風景……私、昔から何かあるごとにここに来るんですよ。ここから街を見下ろして、神社にお参りして……そうしていると、なんだか物事がうまく進む気がするんです。まぁもっとも、うまくいったときだけここに来たおかげって思っているだけなのでそうとは限らないのですが……」
「それはまた都合のいいことで……」
「世の中なんてそんなものですよ。ほら、話は少しずれますけれど、当たるも八卦当たらぬも八卦なんていう言葉がありまして。まぁ所詮占いは当たるかもしれないし当たらないかもしれないなんて言う意味なんですが……まぁ要するにそういうのと似たような類のことですよ」
「なるほどな……まったく、本当に君はすごいよ。私なんかとは大違いだ」
私の言葉に彼女はゆっくりと首を振る。
「すごくなんかないよ……」
「そうか?」
「そうよ。私なんかよりもすごい人なんてそれこそ星の数ほどにもいるんだもの……私なんてちっぽけな存在よ」
そう言いながら、彼女はどこか悲しそうな瞳で町を見下ろす。
「そもそも、あなたが来るまではただただ一人で海外で仕事をしている両親の帰りを待つだけのさみしい日々だったわけですし、あなたのおかげで私変われたと思うんですよ。だから、あなたには感謝しているんです。あなたが居なかったら、私は今もたった一人で家にいることでしょう。親が時々送ってくるお金で生活して、学校では友だちと話すけれど、学校が終わってから遊ぶような仲じゃなくて。今になって考えてみると、私って結構さみしかったのかもしれないななんて思うのよ……だから、そんな生活に彩りを添えてくれた吸血鬼さんには感謝しています」
「……まったく、私の名前は吸血鬼さんではないというておろうに……しかし、それを聞いて少し安心させてもらった。まぁいつまでもこんなところにいて、陽が昇ったらかなわないからな。さっさと家に刈ろうか」
「そうですね。帰りましょう。私たちの家へ」
彼女がそっと差し出した手を私は強く握りしめて帰路につく。
いろいろと大変だけど、この町に……彼女と一緒に住んでいてよかったなんて思いながら、私は彼女とともに石段を降りて行った。
*
時刻は深夜2時を回るころでしょうか?
やっとのことで吸血鬼さんを見つけた私は、彼女と手をつないで家に帰るところです。
彼女は中身こそ私よりもはるかに長い時を生きる吸血鬼であるが、みためは小学生ぐらいに見えてしまうためによく警察官に保護されます。
そうなると、私のところに連絡が来て、迎えが来て、こんな時間に子供だけで出歩かせるとはどういう了見だとお説教を受けるのだ。
まぁ近所の交番のおまわりさんだけがそうなのか、それとも警察全体がそうなのかはわからないが、早々に連れ戻さないと、また夜中に交番まで迎えに行く羽目になるのは目に見えています。
そんな理由から探していたのだが、展望台で町を見ている吸血鬼さんを見た途端なんだかいとおしくなってしまった。
おそらく、彼女は元の世界に帰る方法が見つかれば帰ってしまうのでしょう。
だが、そうなる日まで私は吸血鬼さんのことを見守っていこうと思います。
さて、明日はどんないたずらを仕掛けましょうか?
私の頭の中にはすでに様々ないたずらを前に困惑する吸血鬼さんの姿がありありと浮かび始めていました。
「どうかしたのかい?」
「いや、なんでも……」
「まったく、夜中だからなのか知らないがいつもよりもおかしいぞ」
「おやおや、そうかしらね?」
そんな会話をしながら私と吸血鬼さんは帰路につき、吸血鬼さんと私のなんてことのない平穏な一日は終わりを告げるのでした……
この話で「吸血鬼さんの日常」は完結です。
最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございます。




