吸血鬼さんと卵かけごはん
みなさんおはようございます。
今日もすがすがしいほどの青空が広がっています。
私は南側に向いた大きな窓を開けて日の光を目一杯浴びます。
こうして日の光を浴びながら窓際で大きく伸びをしていると気持ちが和らぎます。
ただ、そのことを快く思わない人がいるのもまた事実なわけで……
「バカ! 何をしている! 頼むから今すぐそのカーテンを閉めてくれ!」
必死にそう訴えるのはある事情から私の家に住んでいる吸血鬼さんです。
「何をしている! 早く閉めたまえ!」
「おはようございます。吸血鬼さん」
「あいさつをしてる場合か! 今すぐカーテンを閉めて忌々しい日の光をこの部屋に入れるな! それと私は“吸血鬼さん”なんて名前じゃない! ちゃんと人の名前ぐらい覚えたまえ!」
「はいはい」
毛布にくるまっている吸血鬼さんをその場に放置して私は冷蔵庫の方へと向かいます。
「待て! どこへ行く!」
「どこって朝食ですよ。朝食。ちゃんと食べないとシャキッとしませんでしょ?」
「ちょっと待て! 君は一度でも時計を確認したのか! 今、何時だと思っている!」
「何時って……13時12分ですよ」
私はさも当然のことを答えたまでなのですが、吸血鬼さんは大声を張り上げました。
「ふざけているのか! 昼の1時を朝と呼ぶのは初めて聞いたぞ! 君の中の体内時計はどうなっているんだ!」
「いいでしょ。土曜日ぐらい……」
「うっ確かに……いや、ともかく! 早くカーテンを閉めたまえ! お願いだから!」
「えーこんなに心地いい朝日が差しているのに?」
「うるさい! 今すぐしめないと夜中に君のベットに忍び込んで血をすするぞ! ボクと同じ体になってせいぜい苦しみたまえ!」
布団の中から必死に吸血鬼さんが抗議をしているようなので布団のそばに屈みこみました。
すると、それがわかったのかひょこっと長い銀髪と赤い瞳が特徴の吸血鬼さんが布団の中から顔を出します。
「そうですね……そうなったら、吸血鬼さんはこの家から出ていくことになるかもしれませんね」
「へっ?」
「ここは私の家なんですよ。私が吸血鬼になっちゃったら、誰が働くのですか?」
「うっ……ん? 君は何を言っているんだ! 君はこれっぽっちも働いていないだろう!」
「てへっ」
「てへじゃない! いいからさっさとカーテンを閉めたまえ! ボクが毛布から出られないだろうが!」
「ご心配なく。夜になれば、陽も暮れるので……」
そう言って、私は布団の前から立ち上がり、吸血鬼さんに背を向けて部屋から出ていきます。
「そうだ。陽の光が嫌なら今度から陽が差しこまない部屋で寝たらどうですか?」
そんな止めの一言とともに……
「待て! この部屋以外は開いていないから我慢しろと言ったのは君の方だろ! 待て! 私をこんなところにおいていくなー!!」
吸血鬼さんの声が家中に響き渡り、ご近所迷惑もいいところでしょう。
今日も今日とて私と吸血鬼さんのどうってこともない平和な一日が始まりました。
*
「吸血鬼さん! ご飯ですよー!」
「うるさい! 私に動いてほしければカーテンを閉めたまえ!」
「早くしないと冷めちゃいますよー!」
吸血鬼さんの部屋から出て約10分。
冷蔵庫の中に入っていた卵をよくかき混ぜ醤油と混ぜた後にご飯にかけるだけという卵かけごはんをあっという間に作り上げた私は、いまだに奥の部屋で布団にくるまってるであろう吸血鬼さんを呼ぼうとするのですが、陽の光に邪魔をされて部屋から出られないようです。
「陽の光を浴びたくないのなら布団をかぶったまま移動したらどうですか?」
「おぉその手があったか! ではない。その程度、すでに思いついていたよ。君がそれを言い出すまでわざわざ待っていてやったんだ」
吸血鬼さんはいつもツンツンしています。基本的にデレはありません。たぶんそのはずです。
やがて、ようやくのことで部屋を抜けられた吸血鬼さんが布団をマントのように体に巻いて食卓に姿を現します。
「何をしているんですか? ドラキュラのつもりですか? 吸血鬼にでもなったんですか?」
「もともと私は吸血鬼だ! 吸血鬼と言えばマント! それ一択!」
「それ以外には?」
「……部屋に戻るときに陽の光を浴びないため」
「そっちの目的ですよね?」
私が指摘すると、吸血鬼さんは黙ってスプーンを取りました。
「わっ私は誇り高き吸血鬼だ! 陽の光などいつでも克服してみせる!」
「はいはい。それよりも“いただきます”は? 主にわざわざ卵と醤油を買うという労力と炊飯器に無洗米をセットしてスイッチを入れる労力。ついでに食べ物への感謝をこめて……」
「いろいろと違っているぞ! そもそも普通は食べ物への感謝がメインだったはずだろう?」
「細かいことは気にしないの。ほら……」
「うっうっわかっておる……いただきます」
そういうと、吸血鬼さんはスプーンを使って卵かけごはんを食べ始めます。
何でも西洋から来たという吸血鬼さんはお箸が使えないらしく、食事に使うのはナイフとフォーク、そしてスプーンです。
私はティースプーンで必死に卵かけごはんを食べる吸血鬼さんを観察します。
そうしているうちに吸血鬼さんの体にかかっていた布団がパタッと落ちて、吸血鬼さんの容姿をあらわにします。
身長は130㎝ぐらいの吸血鬼さんは腰ぐらいまで伸びている銀髪と赤い瞳、真っ白な肌そして、口の端からのぞく真っ白な八重歯が特徴のかわいい女の子です。別に羽が生えているだとかそういうことはないので、このまま町に出てもいいぐらいです。(ただし、昼間は陽の光のため行動できず、夜になれば子供と間違われ補導されてしまうのでどちらにしても家からは出られないのですが)
「吸血鬼さん。食べさせてあげましょうか?」
小さいティースプーンで食べている吸血鬼さんに見えるように私は、普通の大きさのスプーンをわざとらしく振ってみます。
「なっ何を! 誇り高き吸血鬼が人に食べさせてもらうなど!」
「あぁそう? だったら、いいけれど」
私はスプーンを棚に戻し、吸血鬼さんの観察を続行します。
「おい、食べさせてもらうの話で大きめのスプーンだけがもらえるということはないのか?」
「ないですね」
私の言葉に吸血鬼さんがガクッとうなだれました。
こういった姿を見ていると可愛くてたまりません。
「何がおかしい!」
「何でも」
私はティスプーンで卵かけごはんを食べる吸血鬼さんをその場において食卓を離れました。
*
ボクはこの家では吸血鬼さんなどと呼ばれている。
魔法の失敗で偶然にも見たこともない世界へ飛ばされ、偶然たどり着いたのがこの家だ。
家主である少女に頼んで居候させてもらっているが、いまいち彼女のことが理解できない。
まず食事に箸と称した棒を二つ一セットで使う。“てれび”という遠くの画像を映す板の前から一日中動かず“げーむ”とかいう小さな道具で何かをしているときもある。
ほかにも彼女がやっていることと言えば、“ぱそこん”とかいう大きな箱とてれびと似たような板がセットになった道具を使い、“ねっとさーふぃん”なるモノを楽しんでいる。
そして、土曜日と日曜日、祝日以外は毎日“こーこー”なる場所へ行くらしいが、それがどんな場所なのかは定かではない。
ただ、時々帰りが遅いときなどは“すーぱー”や“こんびに”という場所で食料を買ってくるし、いつも大きなカバンに“せーふく”なる専用の服を着ていくのだから、生活に必要な特別な場所なのだろう。
ここまで彼女の変わっている点を挙げて言ったが、ここで一つ不可解な点がある。
それは、彼女の収入源だ。
この世界では当然ながら、私が元もといた世界同様に食料を買うのにも衣服を買うにもお金がかかる。驚くことに水にも値段がついているのだ。
たとえ、どれだけ節約しようとしてもお金はある程度かかってしまうので生活するためには働いて一定の収入を得る必要がある。
しかし、今のところ彼女が“こーこー”に行く以外で外に出る様子をあまり見ない。
最初は“こーこー”が働いてお金を稼ぐ場所のことだと思っていたのだが、彼女がいうには逆に“こーこーはお金を払ってせしゅんを謳歌するところ”だそうなので“こーこー”に行くにしてもお金がかかっているのだ。
直接、収入源のことを問いただそうにも“お手紙を書くだけの簡単なお仕事。手紙を書けば、同じ封筒にお金が入って返ってくる。もちろんこれだけじゃないけれど”だそうだ。
まったくもって不可解である。
はたして、この数々の疑問に関しては、そもそもそんな疑問を抱く方がおかしいのか、はたまた彼女が世間一般の常識から外れ、おかしなことをしているのか理解できない。
はたして、ボクは元の世界に戻れるのだろうか?
そんなことを考えながら目の前に出された“たまごかけごはん”なる料理を小さなスプーンで食べ進めて行った。




