私のお菓子で弟のフラグが折れた
「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!」
「……どうしたのアキ?」
夜も深くなってきたある日のこと。私がキッチンを借りてスコーンを焼いていると、帰宅した弟が着替えはおろか荷物すら置かず、勢いよく突撃してきた。
高校生にもなって落ち着きの無い子である。というか私より頭一つでかいのだから、子犬みたいに体当たりするのはやめてもらいたい。
「あ、夕飯あっためなおすから。早く着替えてきてね」
「スルーしないで姉ちゃん!?」
「え、お風呂先に入る?」
「そうじゃ無いよ姉ちゃん!?」
何やら必死に頭を振る弟。姉ちゃん姉ちゃんとうるさいやつである。昔はちゃんと「お姉ちゃん」と呼んでいたのに、いつのまにこうなってしまったのだろうか。
「姉ちゃん! お菓子作りが趣味な女の子なんて居なかったんだよ!」
「……ここに居るけど?」
まさか私は女の子に含まれないのか? 弟にとってはそうだろうけど、流石にそれは失礼では無かろうか。
「夕飯の手伝いをする女の子なんて居ないんだよ!?」
「……ここに居る」
今夜の夕飯もおかずの一品は私が作った。ポテトサラダはジャガイモを潰すのが結構面倒だったりする。
「あまつさえ早起きして自分で弁当作る女の子なんて居ないんだよ!?」
「……ここにいまーす」
先ほどから何だこの弟は。姉を全力否定して楽しいのか。
「どうしたのアキ? まさか間食用のお菓子見られて何か言われた? シスコンとか」
「いや、俺がシスコンなのは周知の事実だからどうでもいい」
良いんかい。というか自覚あったんかい。
しかし反抗期が来て両親には噛み付いても、私には相変わらずなのは何でかね。普通なら姉の存在も鬱陶しいと思うんだけど。
「……クラスの女子に姉ちゃんに弁当とお菓子作ってもらってるってバレた」
「あらまあ」
それはまずいかもしれない。いくらシスコンを自覚していても、女子にそれが知られたらドン引きされるかもしれない。
「で、何か凄いビックリしてたからさ『皆はどんなお菓子が得意?』って聞いたんだよ」
「ふんふん」
「そしたら『藤沢くん。お菓子作りが趣味な女の子なんて、創作の中にしか居ないんだよ』……って」
「……」
新事実。私は創作上の存在だった。
「さらには『お母さん手伝って弁当自作? そんな女子現代日本に居るわけ無いじゃん』……って」
驚愕。私は現代日本人では無かった。
「……いや、それはアキのクラスの女の子が、たまたまそういう子ばっかりだっただけでしょう」
私の同級生にはお菓子作りする子結構居るし。まあお菓子ブームの火を付けたのは私だけども。
「学年全体に聞きに行ったけど料理出来る子二割くらいだった」
「聞きに言ったの?」
何その無駄な行動力。そしてその結果に私も吃驚だよ。
「で、トドメに『藤沢くん。その女の子への幻想さっさと捨てないと彼女できないよ』……って」
私のせいで弟がロンリーボーイ。……ん? 私のせいかこれ?
「……姉が居る弟は、女の現実と扱い方を知ってるからモテルって聞いたのに、まさか基準の姉ちゃんがファンタジーだったなんて」
ついに幻想に達した私。いや、別に私は料理が好きなだけで、後は普通の一般女子なんだけど。
「でも二割は料理できる子居たんでしょう? そういう子と付き合えば良いじゃない」
「……作れるだけなんだよ。得意では無いんだよ」
いや、アンタそれは女の子に理想を求め過ぎでしょう。確かにこの幻想はぶっ壊しとかないと、弟に彼女はできないかもしれない。
「……もう俺姉ちゃんと結婚する」
「お断りします」
弟がシスコンこじらせ始めた。いかん、友人の中から家庭的な子をチョイスして紹介しないと、さらにこじらせるかもしれない。
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「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!」
「……どうしたのアキ?」
数日後。またしても突撃してきた弟を受け止め、作りかけのクッキーの型抜きを横に置く。
部活帰りの弟は非常に汗臭い。突撃するなら風呂に入ってからにして欲しいものである。
「西条さんに話しかけられた!」
「まず西条さんが何者か話そうか」
興奮すると話が飛ぶのが弟の悪い癖だ。まあ私は逆に冷静すぎると言われるけど。
「委員長! 眼鏡美人! だけど休日はコンタクトでさらに美人と噂の!」
「ほう」
要は見目麗しい女子に話しかけられ舞い上がっているらしい。私以外の女の子に興味が出て良い事だ。そのままシスコンを卒業して彼女でも作ってもらいたい。
「それで、西条さんが姉ちゃんにお菓子作り教えてほしいって」
「……」
面識も無い私にお菓子作り。
それって口実じゃない? いや、しかしこの弟にそんな高嶺の花っぽい子が……。
「……ダメ?」
「いや、別に良いんだけど。材料費は半分徴収するよ。それでも良いなら」
「分かった!」
返事をするなりドダダダダと自室に向かう弟。
はてさて、西条さんとやらは一体どんな子なのやら。
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「はじめまして。藤沢くんのクラスメートの西条アヤです」
そしてやって来た西条さん。弟の言う通り、野暮ったい黒縁眼鏡なのにそれが似合うという美人さんだった。可愛らしい花柄エプロン持参と、中々に気合が入っている。
「はじめまして。アキの姉の藤沢ハルネです。西条さんは普段料理はしないの?」
「小学生くらいまでは母を手伝ってたんですけど、中学に上がった辺りからは……」
恥ずかしそうに言う西条さん。別に恥ずかしいことでは無いと思うけどね。
「それならまったく料理できないわけじゃないね。じゃあ今日はオーソドックスにクッキーを作ろうか。余計な手は加えずに、レシピ通りにね。お菓子作りは計量が命だから。あと愛」
「は、はい。お願いしますお姉さん」
緊張気味ながらも真剣な西条さん。私はあなたの姉では無いんだけど、まあいいか。
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「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!」
「……今度は何?」
本日は手抜き気味にホットケーキを焼こうとしていたところに、何故か若干涙目な弟が突撃してくる。
「西条さんに告白した!」
「……いつの間にそんな段階に突入してたの?」
西条さんの試作お菓子を嬉しそうに食べてるなあとは思ったけど、いつの間にそこまで発展していた。
「だって西条さん可愛いもん! 俺がお菓子美味しいよって言ったら、すっごい恥ずかしそうにはにかむんだもん!」
「はいはい、分かったから」
良い歳した男が「もん」とか言うんじゃありません。
「それで、結果は?」
「……」
一気に暗くなる弟。……これは、やっちまったか?
「……俺が告白したら『アキホくんと結婚したらお姉さんの妹になれるね』って」
「……うわぁ」
西条さんそらアカンでしょう。照れ隠しなんだろうけど、この弟にそれを察するのは難しいよ。
「いや、あれは本気だった! もう『お姉さんと結婚したいけど、できないからおまえで我慢する』って目が言ってた!」
「いやいやいや」
確かに西条さんえらい私に懐いてるけど。名前で呼んで良いよって言ってるのに、あくまでお姉さんと呼ぶので違和感はあったけど。
「でも逆に言えば結婚まで考えてくれてるんでしょう。その間に本気で惚れさせれば良いじゃない」
「……俺にそんな甲斐性無い」
そこでへたれるな。
世の女性諸君。姉の居る弟は確かに女の現実と扱い方を知っているが、高確率で姉に虐げられたヘタレなので気をつけよう。
数ヵ月後。結局弟と西条さんは正式にお付き合いを始めた。数年経ち成人した後も二人の関係は続き、最終的に無事ゴールイン。しかし相変わらず西条さんは私にべったりだったので、姉相手では嫉妬もできず弟がひたすら悶々としていたと記しておく。
登場人物
・藤沢春音
姉。
料理とお菓子作りが趣味な自称一般女子。実際には能力が全体的に高くサバサバしている(他称)ので男子より女子にモテル。
・藤沢秋穂
弟。
完璧な姉のせいで女の子に幻想を抱いていた思春期男子。その幻想をぶっ壊された後に西条さんという女の子らしい女の子とお近づきになり撃沈。しかしあまり報われてない。
・西条綾
弟のクラスの委員長。
黒縁眼鏡が似合う清楚系女子。眼鏡を外すと正統派の美少女。この子もある意味ファンタジー。
一人っ子で兄弟というものに憧れがあったので、ハルネのお姉ちゃんオーラに撃沈。女子高だったら多分「お姉様」とか呼んじゃってる。
ちゃんとアキホの事も好きです。