鈍くて鋭い、感受性。
例えるなら、感受性。
例えるなら、感性。
例えるなら、洞察力。
例えるなら、観察力。
例えるなら、
お前の洞察力は鋭い。
それこそ人に嫌われるかもしれんほどに。
程々にせんといけんぞ。
相手の心や、気持ちの変化に気付く
それは良いことであり、悪いことだ。
加減を知らなければ人を傷付ける
よく考えて分からないうちは
第三者で、傍観者で居なさい
目の前でどんなに傷付いて、変化しても
お前が気に病むことはない。
それは摂理で、人はそういう生き物だよ
だけど、お前は鈍感すぎだ。
そんなに人に気付くのに自分がないな
分からんのだろうが鈍感すぎる
いつかそんなことに気付くんだろうな
天は二物も三物もお前に与えて
知らん顔を決めた
お前はそれをうまく使って
生きる術を身に付けんといけんよ
おじいちゃんは言った。
私に言った。
私には分からないよ、まだ。
おじいちゃんの言う。
心の変化に気付くのはね、
私が生きている世界が見えやすいから
心、じゃなくて文字。
そんな変化を見ているだけだから。
何かが変わった時には
何かも同じように変わるの。
このネットワークの流れと人は。
とてもわかりやすいの。
感情の変化に気付くのはね。
人って、人によってすぐに
声、呼吸音、表情が変わるの。
加減を知らなかったから見てるだけ。
触れたこともなかった。
でも変化を感じてきたのは確かだった。
見てて楽しいの。
だけどおじいちゃんに言われた。
自分がないよ。
その言葉だけは今はっきりと分かるの。
周りを見てきて、
沢山の人達を見てきて
まるで満たされた気になっていたけれど
そこに、私は居ない。
鈍い、そういうことか。
と、納得して。
おじいちゃんに言われたことを思い返す。
昔からそうだった。
人の顔色伺って、生きていた。
おじいちゃんには
ワガママを言い、子供らしく
時に叱られ、時に褒められる。
悪いことをすれば
直接私に向かって、どこが悪いか具体的に
まず自分で治す努力を、無理なら手助けを
そんな祖父で、私はずっと尊敬していた
そんな日があった。
おじいちゃんははっきりとしていた。
そして、誰より。
私と向き合った。
捨て子だった時期も、
いろんなことに耐えて隠した時期も
決して態度を変えることなく
ふうー、と大きく息を吐いて。
伸びをする。
道を間違えた。
次は確か岐路だ。
方向転換するには持ってこいじゃないか。
よし、と声に出して。
私は仕事を休憩することにした。




