僕と彼女
初の短編です。
彼女が死んだ。しかも、事故で。僕はその事実を受け止めるのに、一か月を要した。
彼女がいない。それは、僕が生きる意味をなくしたも同然だった。たとえば、糸の切れた操り人形のように。たとえば、使い捨てのカイロのように。
僕はしばらく部屋の隅でうずくまっていたが、ふと色々なところを歩こうと思い、外に出た。そして、一人でぶらぶらと歩き始めた。目的もなく、ただ、ぶらぶらと。
最初に向かった場所は、彼女とよく来た喫茶店だった。ここにきて、よく彼女とおしゃべりをしたものだ。
次に向かったのが、彼女が搬送された病院の前だった。僕は、他のことを放り投げてここまで来た。だけど、結局会うことはかなわなかった。そのことを思うと、また涙が出てきそうになったので、僕は堪えながら歩き出した。
次に向かった場所は、事故現場。今の季節は十二月。事故が発生してから一か月が経つが、近くの電柱にはまだ花が供えてあった。僕は花を持ってこなかったことを後悔してから、また歩き出した。
雪が降ってきた。僕はそれにかまわず歩き、公園に着いた。ここは、彼女との初デートの場所である。あの時彼女はここに来てから、君、こんなところのどこが楽しいの?って怒ってて、僕があれこれこの公園の良いところを言ったら笑いながら、そ、そうなの、君ってやっぱり面白いね。と言われたなぁ。
そんな思い出に浸りながらも、僕は歩くことを止めようとしなかった。
次にたどり着いた場所は、彼女と初めて出会った、とてもとても思い出深い場所だった。そこは、図書館だった。
僕はあの時のことを今でも鮮明に思い出せる。あれは、僕が学生だった頃。調べ物の関係上、僕はこの図書館をよく使っていた。そして、来る度に彼女がいつも同じ場所の椅子に座って、本を読んでいた。彼女もまた学生だった。ただ、その姿があまりにも綺麗だったので、僕はたびたび見惚れていた。
そんなことが二週間ぐらい続いた。その間に、僕は彼女のことを自然と視界に入れていた。それが好きだという感情だと理解するのに、三日を要した。でも彼女は、そんな僕のことを気にしていなかったように見えた。
そしてさらに一週間後。僕は図書館を使わなくなった。調べ物が終わったから。だけど、終わらなかった友達が図書館に入り浸っていた。その時、その友達がこんなことを言ってきた。
なんかさ、いつも同じ席に座っている女子がいるんだけどよ、その子に話しかけてみたら口きいてくれなかったんだぜ。ひどいと思わないか?
僕はその言葉を聴いて友達にこう訊いた。どこに座ってたの、その人?
そしたら、僕が行っていた時と同じ席に座っていたらしい。
僕は友達にお礼を言って、すぐさま図書館へ向かった。彼女がまだいると思ったから。
図書館の中にダッシュで入って中を見渡してけど、いつもの席には誰もいなかった。もしかしたら、もう帰ったのかもしれない。そう思って帰ろうとしたら、みーつっけた、という声とともに、僕の目の前に彼女がいた。それから外に出て、僕は彼女にどういうことなのか訊いた。そしたら、こんな答えが返ってきた。
君、私のこと気にしてたじゃない?だから待っていたの、君がまた来るまで。
僕がずっと来なかったらどうするつもりだったのか訊いたら、その時は君の家を探して驚かすつもりだったわよ、と笑顔で言った。
その笑顔に見惚れながら、僕は思い切って告白した。これが人生で初の告白だった。
突然の告白で彼女は戸惑っていたけど、しばらく指をモジモジさせてから、わ、私でよ、よければ・・・・・。と答えてくれた。頬を上気させながら。
こうして、僕たちは付き合うことになった。
歩きながら回想していたせいか、僕は図書館を通り過ぎ、告白した場所を通り過ぎて、橋に着いた。そして、時間がいつの間にか夕方になっていた。その下には川が流れていて、今の川は冷たそうだなぁと、ぼんやりした頭で僕はそう思った。
流れている川を見ながら、僕は思った。
いたずら好きだったけどとても優しかった彼女。僕は彼女のどこが好きだったのだろうか、と。
答えは簡単だった。全部だ。彼女のすべてが愛おしかったんだ。そう考えたと同時に、僕はもう恋なんてしないだろうとも思った。彼女との思い出を持って、これからを過ごそうと。
しかし、流れる川を見ているうちに、僕は不意に考えが変わった。
彼女との思い出を持ってこれからを過ごしても、彼女はもういない。だとしたら、この場で死んで彼女の後を追った方がいいのではないかと。
そう考えた時、自然と気持ちが軽くなった。そして川に飛び込もうとしたら、誰かに羽交い絞めにされた。
やめるんだ、死のうとするんじゃない! 離せ!僕はもう生きる気がしないんだ!
そんなやり取りの後、結局僕の飛び込みは阻止された。僕は、飛び込みを阻止したやつがだれなのか気になり顔を見た。そしたら、女だった。
彼女は息を整えてから、お前、何があったかしらねぇが、簡単に命を落とそうとするんじゃねぇ、と言ってきた。その言葉に、僕は死ぬ直前に言った彼女の一言を思い出した。
私が死んでも、君は簡単に死なないでね。幽霊になって、君を驚かしてあげるんだから。
僕は、その時に泣いていた様だ。僕を止めてくれた人が、ハンカチを渡してくれたから。そのハンカチで涙をぬぐい、僕は止めてくれた人にハンカチを返しながらお礼を言って、家に帰ることにした。その時に、お前さん、縁があったらまた会おうや。と言われた。それに僕は苦笑で返した。
家に帰って、自分の部屋に戻ろうとした。そしたら、母親がこう言った。
そういえば、あなた宛に封筒が届いていたわよ、と。
僕はそれを受け取って、自分の部屋に戻った。戻ってから、封筒を開けた。その中に入っていたのは、一枚の手紙だった。そこに書かれていたのは、窓ガラスを見ろ、だった。
僕はその手紙通りに窓ガラスを見た。そしたら、さっき僕を身投げからとめてくれた人が、屋根の上に立って僕のことを見ていた。
僕はその光景に驚いて悲鳴をあげそうになったけど、その彼女が、開けて、という文字が書いてある紙を僕に見せてきたので、おとなしく窓を開けた。
開けた後彼女は普通に入ってきて、久しぶり、身投げなんて危ない真似止めてよね。と言ってきた。
その声を聴いて、僕は今度こそ悲鳴を上げた。その声に反応して母親が来そうになったけど、僕は母親に、なんでもない、部屋の近くには来ないで、と言っといた。
僕の悲鳴を聴いた彼女は笑いながら、やっぱり君を驚かすのは楽しいわ、と言った。僕はそれに憮然としながら、どうして君が生きているのか、と訊いた。
彼女曰く、僕を驚かすために一日ごとに妹と入れ替わっていたらしい。双子だからできる、と自慢していたけど。
最終的に、というか今年のクリスマスに、僕を家に招待してドッキリでしたー!というつもりだったらしい。けど、それをやる前に妹さんが事故に遭って死亡。それにショックを受けた彼女は家を飛び出し、浮浪者のように毎日を過ごしていたんだって。それで今日、僕が身投げしようとしてるところを目撃して止めに入ったというわけらしい。
最初は君は驚かすためだったのだけどね、と彼女は言った後、そのうち妹が私より君のこと好きになってしまったのよ。それであの事故。だから私たちが死んだことにして、君の前から消えたの。と言った。
その時僕は本日二度目の涙を流していた。あまりにも泣いていたんで、話し終えて余韻に浸っていた彼女も驚いた。
僕は、彼女が生きていたことに泣き、彼女の妹に対しても泣いていた。本当に、心の底からの気持ちで。そしたら、彼女が泣いてる僕のことを抱きしめた。抱きしめながら、すまない、本当にすまない、と何度も僕の耳元で言っていた。僕は、抱きしめられながらも、泣いていた。
どのくらい泣いていたのだろうか。景色はすでに夜となっていた。雪も降っていたので、景色がとても綺麗だった。まるで暗かった僕の心の中を、白い雪が気持ちとなって心の中を埋めていくような感じがした。気づいたら、彼女は僕を抱きしめたまま眠ってしまっていた。僕は彼女の体温を確かめてから離れ、布団を二つ別々に敷いて、彼女を片方の布団に寝かせ、もう片方の布団で僕は寝た。寝ようとした時、彼女が寝ている布団の近くに人影が見えた。
翌朝。僕が起きた時、彼女が恥ずかしそうにしていた。その原因に思い至った僕も、同様に顔が赤くなった。そして気まずい雰囲気になった時、昨日寝る前に見た人影の正体を僕は知った。
なぜなら、彼女の肩に隠れながらモジモジしている、彼女に似た人がいたからだ。
僕は彼女に、肩の後ろにいる人だれ?と訊いたら、彼女は、何を言っているんだ、君?という顔をして後ろを振り返った。その時に彼女は悲鳴を上げようとしたので、僕は慌てて口をふさいだ。その時、彼女の肩に隠れていた人も手伝ってくれた。
落ち着いた彼女に話を聴こうとしたら、手伝ってくれた人が自己紹介してくれた。
私、あなたのために本当に幽霊になっても驚かしに来ました、と。
僕はそれで誰だかわかり、悲鳴をあげそうになったけど、彼女と彼女の妹さん(幽霊)に口をふさがれて何とか大丈夫だった。
僕は訳が分からなくなったので、下に下りた。
朝食を食べた後、僕は自分の部屋に行ったら、彼女と妹さんが口論していた。
僕は見つからないように歩いていたら、彼女たちに見つかり、こう訊かれた。
あなた、これからどっちに驚かしてもらいたいの?
それに対しての答えは、僕と彼女が結婚してからも答えていない。
こういうのも、いいですね。