タイムリミットはあと24時間!歴史改変の任務で参りました 〜明日殺される運命の暴君王子様、私があなたの歴史を書き換えます!〜
空間が歪み、視界が青い幾何学模様の光で満たされる。
浮遊感の直後、私は冷たい夜の空気とともに、青々と繁る芝生の上へと叩きつけられた。
「うぐっ……! た、着地大失敗……!」
お尻を押さえながら立ち上がり、手首に装着した銀色の魔導時計デバイス——『クロノ・クロック』のホログラム画面を確認する。
画面には、青い光で『ターゲット時代:三百年・アルスター王国』と表示されていた。
「よかった、タイムジャンプは成功ね。現在時刻は建国記念前夜の午後九時…うん、時間も正常だわ」
私、シエラは、三百年後の未来世界『高度魔法都市クロノス』の特務機関に所属する時間魔術士だ。
今回の私の任務はただ一つ。
歴史上、明日の建国記念晩餐会で暗殺され、アルスター王国を崩壊へと導く『暴君』第1王子レオハルト・フォン・アルスターの死を阻止すること。
彼が明日死ぬことで、この国は内乱で滅び、未来の世界線が根底から消滅するタイムパラドックスが発生してしまうのだ。
未来の存続と、歴史の正常化。それを背負って、私は三百年の時を越えてやってきた。
「さて、まずはターゲットの捜索を……」
そう私が小声でつぶやいた瞬間、頭上から冷徹な声が降ってきた。
「動くな。何者だ」
鋭い殺気とともに、私の首元に冷たい刃が突きつけられる。
私は息を飲んで咄嗟に振り返った。
月光の下に立っていたのは、漆黒の乗馬服を身に纏った、息をのむほど美しく冷たい青年だった。
夜の深海のような深い青い瞳、彫刻のように整った顔立ち、そして人を寄せ付けない圧倒的な孤独のオーラ。
ホログラム画面が、赤い点滅とともに照合結果を弾き出す。
『ターゲット一致:第1王子レオハルト・フォン・アルスター(二十歳)』
「……レオハルト殿下!?」
「俺の名を知っているな。摂政の放った刺客か?それとも、俺の首を狙う反乱分子か…いずれにしろ、処理させてもらう」
刃が皮一枚のところまで肉薄する。
だが、その鋭い殺気の奥にある瞳を見た瞬間、私の息が止まった。
そこにあったのは、憎しみでも憤怒でもない。
暗く沈み切った、一切の光を持たない『完全な絶望』だった。
「違います!私はあなたを殺しに来たんじゃありません!」
私は必死で両手を挙げ、手首のクロノ・クロックを操作してターゲットの未来データを目の前へ投影した。
空中へ浮かび上がる、明日の日付と『レオハルト王子暗殺・毒殺および刺客による刺殺』という赤いホログラム文字。
「何だ、その怪しい光の魔術は…時間稼ぎか?」
(未来から来たってバレたらまた違う方向に結果が変わってしまう…どうにかごまかさないと!)
「これは…ある筋から入手した情報です!レオハルト殿下、あなたは明日……建国記念晩餐会の場で、実の叔父である摂政公爵の裏切りによって暗殺される運命にあります!」
大真面目に叫んだ私に対し、レオハルト殿下は微動だにしなかった。
刃を引くこともなく、驚くこともなく、ただ冷ややかに目を細めただけだった。
「……それがどうした」
「え……?」
「刺客でないなら、失せろ。俺が明日死ぬことなど、最初から知っている」
レオハルト殿下は剣を鞘へと納めると、私に興味を失ったように背を向けた。
「知っている……?どういうこと!?」
追う私に対し、彼は立ち止まることなく、吐き捨てるように呟いた。
「この王宮に、俺の味方など一人も存在せん。幼い頃から食う飯には少しずつ麻痺毒や胃を蝕む毒が盛られ、好意的な笑みを浮かべて近づく者は全て、叔父である摂政の手先だ。俺が冷酷な暴君の振る舞いをしているのは、そうして周囲を威圧しなければ、今日まで命を繋ぎ止めることすらできなかったからに過ぎない」
静かに告げられた言葉には、あまりにも深い絶望が滲んでいた。
月光に照らされた彼の背中が、夜風にさらされてどこまでも小さく、寒そうに見えた。
幼い頃から誰の温もりも知らず、毒と刃に怯えながらたった一人で耐え抜いてきた青年の凄惨な生き様。
「明日の晩餐会で、俺の寿命が尽きることも分かっている。……俺の惨めな一生が明日で終わるなら、それで十分だ。余計な邪魔をするな、異国の小娘」
静かに去っていく彼の後ろ姿を、私はただ声もかけれず呆然と見送ることしかできなかった。
生きることを、最初から諦めている…。
自分が明日死ぬことを受け入れて、冷たい暗闇の中で一人で膝を抱えているのだ。
胸が、締め付けられるように痛んだ。
歴史を直すため?
未来を守るため?
……違う。そんな大層な理由じゃない。
あんなに哀しい目をした人を、そのまま死なせるなんて……絶対に嫌だ!!
「待っていなさい、レオハルト殿下!あ、あなたの運命は、私が絶対に書き換えて差し上げますから!!」
レオハルトは振り向かなかった。
翌朝。タイムリミットは、あと12時間。
私は未来の光学迷彩術と認知阻害魔法を駆使し、王宮の『新入り専属侍女』としてレオハルト殿下の側近に潜り込むことに成功した。
「……何をしている、シエラ」
自室で書類を検分していたレオハルト殿下が、侍女服を着た私を見て眉をひそめた。
「専属ガードです!今日の晩餐会まで、私があなたの一歩先を歩きますから!」
「呆れた奴だ。追い出されたいのか?」
彼が溜息をつき、テーブルの上の紅茶へ手を伸ばしたその時だった。
私の手首のクロノ・クロックが、激しく警告音を鳴らした。
『成分分析:強力な麻痺毒および遅効性致死毒を検知』
「危ないですっ!!」
「なっ……!?」
私は跳び起きると、レオハルト殿下が口へ運ぼうとしていた磁器のカップを、力任せに横から叩き落とした!
ガシャーン!!
床に飛び散る紅茶。茶葉が触れた絨毯が、ジュッと音を立てて黒く変色していく。
「……毒、か」
レオハルト殿下は黒く焦げる絨毯を冷めた目で見つめた。
驚きすら浮かんでいない。日常茶飯事なのだ。
「殿下!自分の命を大切にしてください!毒だと分かっているなら、なぜ飲もうとしたのですか!?」
私の叫びに、レオハルト殿下は寂しげに目を細めた。
「……飲まねば、次の手を打たれるだけだ。毎日少しずつ毒を食らい、体が弱っていくフリをしなければ、叔父上は今すぐにでも俺の首を跳ねるだろう」
「そんなの……あんまりです!」
「なぜ怒る、シエラ。お前には関係のない話、関係のない人間だ。とっとと自分の国へ帰ればいいだろう、なぜ俺にかまうのだ?」
「そ、それは…。」
その時だった。
廊下の物陰から、二人組の影が疾風のように躍り出た。
手に握られた短剣が、レオハルト殿下の首元を狙って閃く。
(摂政公爵が差し向けた、昼間の暗殺者だ!)
「死ね、暴君!」
「くっ……!」
病弱を装うため魔力を抑えていたレオハルト殿下は、回避が遅れる。
「させません!!」
私はポケットから未来の魔導触媒を取り出し、空間へ叩きつけた!
「時空防衛魔法——『局所時間遅延』!!」
バツンッ!!
空間が歪み、躍りかかってきた刺客二人の動きが、まるで粘着質の液体の中に落ちたように超スローモーションになった!
「なっ……動きが……!?」
驚愕する刺客たちの間をすり抜け、私は未来のスタンガン機能を持つ魔術ステッキで、彼らの首筋を突いた。
バチチチッ!!
「ぐあぁぁっ!?」
二人の刺客は白目を剥いてその場に崩れ落ち、昏倒した。
あまりの破天荒な光景に、レオハルト殿下は言葉を失い、青い瞳を見開いていた。
「……今の魔法は?見たことがない、特殊な魔法だ…時が止まったように見えたが」
「はい!ええと、これは私の固有魔法です!」
私は息を荒らしながら、床に倒れた刺客たちの短剣を遠くへ蹴り飛ばした。
レオハルト殿下は、ゆっくりと私へと歩み寄ってきた。
その瞳には、昨夜のような完全な冷たさは消え、深い戸惑いと衝撃が揺れていた。
「なぜだ……シエラ。なぜ見ず知らずの俺のために、そこまで命を張る?何か目的があるのか?」
私は彼の冷たく震える手を、両手で力任せに握り締めた。
「…おけないから……」
「……何?」
「あなたの……そんな哀しい目を、放っておけないからです!一人で毒を飲み、一人で絶望して、死を待つなんて……そんなの絶対におかしいです!」
私は彼の深い青い瞳を真っ直ぐに見つめ返し、涙を浮かべながら叫んだ。
「あなたが生きることを諦めても、私が諦めません! あなたの明日の暗殺される運命は、私が絶対に……絶対に書き換えて差し上げますから!!」
レオハルト殿下は息を飲んだ。
握り締められた私の手の熱。諦めない瞳。
氷のように凍りついていた彼の胸の奥で、カチリと何かが外れる音がした。
彼は私の手を強く握り返し、溢れ出そうになる感情を抑え込むように、深く息を吐いた。
「……勝手な奴だ。……だが、お前がそこまで言うのなら……俺も、もう少しだけ足掻いてみるとしよう」
彼の瞳に、久しぶりに力強い光が宿った瞬間だった。
そして、運命の夜が訪れた。
タイムリミットは、あと30分。
大聖堂を改装した絢爛豪華な大広間で、アルスター王国の建国記念晩餐会が開催されていた。
煌びやかなドレスと正装に身を包んだ貴族たちが溢れ、中央の壇上には第1王子レオハルト殿下が着席している。
そして、その隣の影には、侍女の姿をした私が控えていた。
「シエラ、準備はいいか」
「はい。いつでもいけます、殿下」
レオハルト殿下の声には、もう絶望の影はなかった。
その時——大広間の重厚な扉が、ガチャンと音を立てて外側から施錠された。
周囲の給仕や騎士たちが一斉に剣を抜き、貴族たちを包囲する。
広間が悲鳴と狂乱に包まれる中、壇上の脇から悠々と歩み出てきたのは、豪華なマントを羽織った摂政公爵だった。
「静粛に! 諸君、動くでない!」
摂政公爵は冷酷な笑みを浮かべ、剣をレオハルト殿下へと突きつけた。
「第1王子レオハルトは、長年にわたり国を脅かす毒を撒き散らした暴君である! 本日、王国の未来のため、我が手がこの愚かを成敗し、王位を正しく引き継ぐものとする!」
「摂政様!これはクーデターか!?」
貴族たちが青ざめる中、摂政公爵の合図とともに、十数名の精鋭刺客たちが一斉にレオハルト殿下へ躍りかかった!
毒の影の影響で全魔力を出せないレオハルト殿下を、一気に仕留める計算だ。
「これまでよく耐えたな、哀れな甥よ。ここがお前の墓場だ!」
絶体絶命の瞬間。
「させないって言ったでしょう!」
私は前へ飛び出すと、手首のクロノ・クロックの最終リミッターを解除した。
「最大出力——『相対時間全停止』!!」
キィィィィィン……!!
甲高い高周波音が響き渡り、大広間全体が濃い青色の空間へと変貌した。
刺客たちの振り下ろされた剣、飛び散るワインのしずく、貴族たちの恐怖の表情、そして摂政公爵の邪悪な笑み。
全ての時間が、ピタリと完全に停止する。
動けるのは私と、手を繋いでいるレオハルト殿下だけだ。
「時間が……本当に止まっている……!」
驚愕するレオハルト殿下の手を引き、私は大股で摂政公爵の前へと歩み寄った。
「急ぎますわよ、殿下! 停止時間はたったの10秒です!」
「了解だ!」
レオハルト殿下は、時間が止まった摂政公爵の懐へ手を差し入れ、隠し持たれていた『王位簒奪の密約書』と『毒薬の小瓶』を奪い取った。
さらに私は、跳みかかっていた刺客全員の剣を、ステッキで根元から叩き折った!
「4……3……2……1! 時間解除!!」
バツンッ!!
世界に色が戻り、時間が再び激しく動き出した。
「死ねぇぇっ……ぬおっ!?」
刺客たちが剣を振り下ろした瞬間、手元の刃が折れて柄だけになり、彼らは盛大にずっこけた。
「なっ……何が起きた!?刺客ども、何を遊んでいる!」
狼狽する摂政公爵の前に、レオハルト殿下が悠々と歩み出た。
その手には、奪い取った密約書と毒薬の小瓶が掲げられている。
「遊んでいるのはお前だ、摂政公爵。いや……国賊よ」
「な……なぜそれを貴様が持っている!?」
レオハルト殿下は大広間全体に響く厳かな声で宣言した。
「全貴族に告ぐ!摂政公爵は長年にわたり私に毒を盛り、今宵、私設兵を使って王位を簒奪しようと企てた背任の罪人である!これがその決定的な証拠だ!」
書類と毒薬を見た近衛兵たちが、一斉に摂政公爵へと襲いかかった。
「しまっ……放せ! 放せぇぇぇっ!!」
悲鳴を上げる摂政公爵と刺客たちは、瞬く間に縛り上げられ、大広間から引きずり出されていった。
大歓声と拍手が広間を包み込む。
暗殺の運命は、見事に打ち砕かれたのだ。
手首のクロノ・クロックが、電子音とともに青く輝き始めた。
『歴史改変、完了。タイムパラドックス解消。現代への帰還ゲートを開きます』
「あ……」
私の身体が、足元から透き通り始め、光の粒子となって浮かび上がり出した。
任務完了だ。歴史は正しく書き換えられ、この国は滅びない。
私は、未来へ帰らなければならない。
「……よかった。無事に、あなたの未来を守れました」
私は涙を浮かべながら、優しく微笑んだ。
「さようなら、レオハルト殿下。……どうか、立派な国王になってくださいね」
光の粒子が私を包み込み、身体が未来へと引き戻されそうになった、その時だった。
「待て……! 待ってくれ!!」
レオハルト殿下が、全貴族の目の前で、なりふり構わず私へと駆け寄ってきた。
そして、消えかける私の腕を、痛いほどの力で力任せに引き寄せたのだ!
「ひゃいっ!?」
私は彼の広い胸の中へ、強く抱き留められた。
「殿下……!? 何を……帰還ゲートが閉じちゃいます!」
「帰らせない!!」
レオハルト殿下は大勢の貴族たちの前で、私を逃がさぬように強く、固く抱きしめた。
彼の体温と、激しい心臓の鼓動がダイレクトに伝わってくる。
「お前がいない未来など、俺には何の価値もない…。 俺の冷え切った運命を変えてくれたのは……お前なんだ、シエラ!」
「殿下……っ」
レオハルト殿下は手首のクロノ・クロックへ自らの強大な聖なる魔力を流し込み、強制的に帰還シークエンスをエラー停止させてしまった。
「帰還ゲートが…エラー停止!?」
あ然とする私に対し、レオハルト殿下は熱い瞳で私を見つめ、全貴族に響き渡る声で宣言した。
「全貴族に告ぐ! 彼女こそが我が国を救い、俺の命を救ってくれた最高の恩人であり……俺の生涯唯一の妃となる女性だ!」
大広間に、割れんばかりの大歓声と拍手が巻き起こる。
「俺の暗い運命を切り開いてくれた、世界で唯一の愛しい人よ。……今度は俺が、お前を一生かけて過保護に愛し、どこまでも幸せにすることを誓う。俺の隣で、二人だけの新しい歴史を共に作っていかないか?」
「〜〜〜っ!? 殿下のバカ! 強引すぎます!!」
私が顔を真っ赤にして胸を叩くと、レオハルト殿下は愛おしさに耐えかねたように目を細め、大勢の前で私の唇へ甘い口づけを落とした。
未来から来た時間魔術士と、運命を書き換えられた元暴君王子。
時代を超えて結ばれた私たちの新しい歴史は、呆れるほど賑やかで、どこまでも甘い愛に満ち溢れていくのだった。
【終】




