第8話 替えはいくらでもいる、と言ったのは私ではない
あの相談から七週間が経っていた。
朝、実家の門を出たところで立ち止まった。
街角の魔道具街灯が、消えていた。
昨日まで点いていたものだ。三年前に設計した省エネ型の改良版で、定格では五年の連続稼働に耐えるはずだった。それが消えている。ガラスの筐体は割れていない。台座に損傷もない。ただ、光だけがない。
通りかかった商人が舌打ちをした。「また消えた」と言いながら歩いていった。
また、という言葉が引っかかった。
◇◇◇
研究所に戻ると、机の上に報告書が届いていた。
差出人はハイン大臣だった。封を開けた。読んだ。
王城の照明系統、第一区画から第三区画まで順次停止中。浄水場の補助循環ポンプ、二箇所で出力低下。医療施設の暖房魔道具、三施設で稼働率が八割を下回り始めた。
五話で作った試算表の、重要度Aの欄と、ほぼ一致していた。
報告書の末尾に、一行だけ追記があった。
「宮廷魔道師十二名による再現・修復を試みたが、全員が設計思想の把握に至らず、作業を中断。現在のところ対処の見通し立たず」
全員、だった。
(十二名で、全員)
便せんを置いた。
窓の外の街を見た。昨日まで白かった街角が、どこか薄暗く見えた。消えた街灯のせいだけではない気がしたが、そういう感覚は数字にならないので、しばらく眺めてから視線を戻した。
設計したのは私だった。
それだけは事実だ。三年前に書いて、提出して、王家名義で発表されて、今朝消えている。
続きを考えようとしたら、思考がどこかに引っかかった。
消えた街灯を設計した人間が、「関係者ではない」と言って研究所に籠もっている。その二つの事実が、同じ人間の話として、うまく合わなかった。
耳の後ろが、じわりと冷たくなった。
合わなくていい、と思う。婚約を解消したのだから、縁は切れたのだから、「関係者ではない」は正しい。正しいのに、試算表を出して、優先度を決めて、安全に止まる順序を整理していたのは、なんのためだったのか。
混乱しかけたところで、扉を叩く音がした。
◇◇◇
クロード閣下だった。
試算表の確認に来た、と言った。手に報告書を持っていた。私の手元のものと同じ内容に見えた。
「ご覧になりましたか」
「はい」
「重要度Aの設備から停止が始まっています。試算と一致しています」
「わかっています」
閣下が書類を机に置いた。試算表を広げようとした、そのとき。
玄関の方向から、馬車の音がした。
使用人が「王城より、ルドルフ殿下がお見えです」と告げに来た。
閣下が、私の方を見た。
何かを言う前に、立ち上がっていた。
「面会は、私が窓口を担当します」
声のトーンは変わっていなかった。指示でも宣言でもなく、ただ事実を述べるような言い方だった。それが余計に、何か確定したことのように聞こえた。
「……閣下」
「魔道具省管轄施設への直接訪問は手続き上の問題があります。窓口は私が担当します」
それだけ言って、玄関へ向かった。
私は試算表を引き出しに入れて、鍵をかけた。
「ありがとうございます」が出るはずだったのに、喉の手前で別のものが来て、詰まった。何が来たのかはわからなかった。追いかけようとしたら、もう消えていた。
◇◇◇
玄関先での会話は短かった。
「宰相、私は直接」
「ヴァレンティン研究所は魔道具省管轄の施設です。管轄機関を通さない直接訪問は手続き上の問題があります。窓口は私が担当します」
「……それは、ずいぶん形式的な話だな」
「はい」
しばらく間があった。
馬車の扉が閉まった。蹄の音が遠ざかった。
◇◇◇
静かになってから、閣下が研究所に入ってきた。
「失礼しました」
「いいえ」
引き出しから試算表を出した。鍵を外す指先が、少し冷えていた。
「試算を続けます」
「はい」
「関係者ではありません、とは言いましたが」
「はい」
「街灯が消えているのは見ました。残り十四日の間に、安全に止まる順序だけでも整えておきたくて」
閣下が試算表の束を受け取りながら、こちらを見た。
何かを言いかけた。言わなかった。
「構いません」
それだけだった。
◇◇◇
夕方、王城から公式の通達文書が届いた。
封を開けた。読んだ。
「来月上旬、ヴァーゲナー王国主催の国際魔道具技術審査会を予定通り実施する。今回の審査において、過去五年分の設計書の出典調査を議題に加える。他国使節十名が参加を予定」。
「出典調査」という言葉を、二度読んだ。
試算表の端に日付を書き込んだ。審査会まで、三週間。機能停止まで、残り十四日。
機能停止が先に来て、審査会は後になる。
閣下が通達文書を読んだ。
「出典調査の範囲は、過去五年分です」
「はい」
「ヴァレンティン嬢の手元に、その五年分の設計書の写しはありますか」
書棚を見た。
「あります」
「そうですか」
閣下はそれだけ言って、通達文書を机に置いた。
窓の外では夜が来ていた。街角の街灯は、今夜も点かないままだった。
三週間後に何が起きるか、見当はついていた。ついていたが、口にしなかった。
試算表の続きを広げた。
残り十四日で止まる設備を、せめて安全に止まる順序で整えておくことが、今夜やるべき仕事だった。




