表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄おめでとうございます、と周囲が泣きながら言ってきます  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第3話 三日で戻ってきた申請書には、返却がなかった


魔道具省の窓口担当官は、申請書を受け取った瞬間に、ほんの少しだけ間を置いた。


気のせいかもしれない。

でも確かに、書類に目を通した瞬間に、彼の手が止まった。何か言おうとして、やめた。そう見えた。


「通常、審査に六週間ほどお時間をいただいております」


「わかりました」


「……では、お預かりいたします」


その間が何を意味しているのかよくわからなかった。忙しいのかもしれない。申請書の書式に問題があったかもしれない。帰り道に見直してみたが、記載に不備はなかった。


六週間というのは、予想の範囲内だ。

その間に設計室の準備を進めて、資材の発注をして、道具の整備をして。計算すれば十分に埋められる時間だった。


◇◇◇


三日後に、申請書が戻ってきた。


使用人が「魔道具省からお届け物です」と持ってきたとき、最初は別の書類かと思った。封筒が薄すぎた。開けると、提出した申請書がそのまま入っていた。


ただし、表紙の右上に押印があった。


返却なし。修正指示なし。

「採用。問題なし」の文字と、決裁印だけが押されていた。


三日、だ。

六週間と聞いていた。


申請書を机に置いて、しばらく立ったままでいた。


前職でも、稟議が異例の速さで通ることは稀にあった。上位者が強引に優先処理を通す場合。ただし、それは案件に何らかの緊急性があるときだ。個人の研究所の設立申請に、緊急性があるとは思えない。


決裁印の字体を、もう一度確かめた。


担当官の名前ではなかった。


クロード・エイモス、とあった。


「……」


直筆だった。

宰相の、直筆だった。


通常、この種の申請書が宰相の机まで上がることはない。魔道具省の担当者が処理して、省内の責任者が決裁して終わる。それが六週間かかる手続きだ。


なぜ、宰相閣下が直接。


考えようとしたのだが。考え始めたところで、なぜかうまく続かなかった。業務上の理由があるはずだ、と思った。魔道具省の案件として何か優先される事情があった、と思った。


それでも直筆は通常ではない。


申請書をそっと裏返して、机に置いた。

とりあえず、研究所の準備を進めよう。


◇◇◇


**◆ 幕間 ハイン大臣の独白**


王城の魔道具室を、大臣ベルント・ハインが一人で歩いていた。


夜の九つ。廊下には照明魔道具が等間隔に並んでいる。普段は均一な白光を放つそれが、今夜は端の一台が、目で測れる程度に、暗かった。


計器を取り出した。数値を読んだ。


定格光量の九十五パーセント。

五パーセントの低下。


誤差の範囲ではない。経年劣化でもない。設計書の末尾に記された保証値を下回るには早すぎるし、そもそも設計者が縁を切った場合の機能低下とは、こういう形で現れる。ゆっくりと、均一に、確実に。


三日前に試算を出した。

宰相閣下に渡した数字は、悲観的だったが正確だった。


婚約破棄の日を起点に、九十日。

今日で三日が過ぎた。


残り八十七日。


大臣は計器をしまい、廊下の奥へ歩いた。


翌朝の謁見で、ルドルフ殿下に報告した。


「替わりの設計者を手配しろ。宮廷魔道師の中から適任を見つければよい」


殿下の声は、いつも通りだった。問題を問題と思っていない声、とも言えた。


宮廷魔道師が十二人、並んでいた。


誰も、手を挙げなかった。

誰も、目を合わせなかった。


窓の外の中庭に、朝の光が差していた。ハイン大臣はその光を見ながら、何も言わなかった。


言えることが、なかった。


替わりがいるなら、最初からそうしていた。

あの令嬢の設計書を五年間、誰かが「王家の成果」として発表し続けてきた。その誰かが今、替わりを探せと言っている。


大臣は静かに、もう一度計算した。


残り、八十七日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ