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4. 王妃への謁見



 ナナオは侍女のベール越しに、呆然と部屋を見渡した。


 高さのある窓から日の光が差し込み、白と金を基調とした大理石の床はきらきらと輝いている。

 壁には立派な絵画──神話を描いているのか、よくわからない異形と人間の姿が見える──が飾られ、王家の紋章をあしらっているらしいタペストリーが飾られていた。


 豪奢な部屋の奥には、繊細な細工の施された美しい椅子が置かれ、その左右に衛兵が控えていた。

 やがて、一人の女性がやってくる。

 その女性は黒一色の重厚なドレスの裾を引きながら現れた。喪中だからか慎ましいデザインだが、着用者の威厳と品格を引き立てる装飾が施されている。


 細身のティアラを戴く女性──王妃は、ベール越しに厳しい眼差しをナナオたちに向けた。

 ナナオはイモートオモイーの背後に控え、息を殺すことしかできない。


 自然光だけが照らす謁見の間に、王妃は静かに座す。

 ナナオはイモートオモイーとチュウジツナジジを見ながら礼の姿勢を取った。


 第一王子によって封鎖された正殿を調べるために王妃に協力を求めようと提案したものの、無論簡単なことではなかった。

 王妃は弔問を受け入れているとはいえ、何せこちらは国王殺しの姉が申し込むのだ。いくらアクァレージョ家が侯爵の位を持っていたとしても、逆賊の身内を招き入れるだろうか、とナナオは不安を覚えていた。

 弔問名目の謁見の申し出は意外にも即日で受け入れられたが、歓迎ムードなわけがなく、謁見の間はナナオたちの呼吸さえ拒むような冷たい静寂に満ちている。


「……まさか、あなたが訪ねてくるとは思いませんでしたよ。イモートオモイー」


 王妃は静かに言った。言葉の端々に鋼のような重さが秘められている。

 イモートオモイーはゆったりと姿勢を正し、顔を上げた。


「突然の訪問をお許しください、王妃陛下。侯爵家として国王陛下の御逝去を悼む機会を賜りましたこと、深く感謝申し上げます」


 王妃は微動だにしなかった。ベール越しなのも相まって、彫像のように見える。

 しばしの沈黙の後に、王妃はゆったりと口を開いた。


「……妹の死さえ悼まず、なおも駆け回る者が何を言うか。余計な飾り立ては結構ですよ、イモートオモイー。わたくしのもとへ来た理由を聞かせなさい」


 ナナオは息を飲んだ。

 王妃は謁見を許した時点で、単なる弔問では終わらないと察していたのだろう。

 ナナオが見つめる中、イモートオモイーは動じずに応じた。


「王妃陛下。わたくしが参りましたのはひとえに、償いのためにございます」

「償い……?」

「わたくしの愚かな妹は、大罪を犯しました。セーシュクニ神の御前において審判は既に下されましたが、それによって、真に王家の脅威となる者が見過ごされているのです。わたくしは国王殺しを出した一族の者として、真の敵を見出すことで、償いを果たしたく存じます」


 ────静寂が落ちた。

 衛兵たちがそっと視線を交わす中、王妃はわずかに、膝の上に置いた指先に力を入れる。


「……真の敵、王家の脅威とは、どういう意味です? 国王殺しの大罪人は既に裁かれ、この世を去りました」

「いいえ、陛下。脅威はまだ潜んでいるのです、御身のお傍に」


 イモートオモイーが断言すると、衛兵たちは気色ばんだ。


「貴様、何を根拠にそのような────」

「およしなさい」


 王妃は決して声を荒らげることはなかったが、その有無を言わさぬ声にすぐさま室内は静まり返った。

 わずかな衣擦れの音を立て、王妃はイモートオモイーに向き直る。


「……イモートオモイー。どういうことか、説明なさい」

「セーシュクニ神の御前にて、わたくしの妹は国王殺しとして裁かれました。ですがその死は、報復するに値すると、イテマウド神にご判断いただいたのです」


 謁見の間は大きくざわめいた。

 王妃もベール越しに目を見張っている。


「……まさか……」

「ご覧くださいませ。……ジジ」


 イモートオモイーに指示され、チュウジツナジジがナナオに歩み寄った。

 ナナオが着けていた侍女の帽子と首に巻いた帯が取り払われてしまう。


 ゼッタイシーヌ・アクァレージョの顔と縫合された首があらわになり、侍女たちはおろか衛兵たちまで声を上げた。


「ゼ、ゼッタイシーヌ・アクァレージョ! 馬鹿な、処刑されたはず……」

「一体どうなっているの? 首を切り落とされたのに、動いているだなんて!」


 騒然となる周囲にゆったりと首を巡らせ、イモートオモイーは手でナナオを示しながら言った。


「こちらにおられますのは、処刑されたゼッタイシーヌの遺体に宿られた報復の神イテマウドにございます! イテマウド神は、ゼッタイシーヌの死は報復するに値すると、お認めになられたからこそ降臨されたのです! それはつまり、真の国王殺しが野放しになっていることに他なりません!」


(……どうしよう。なんか威厳のありそうな顔とかした方がいいのかな?)


 とりあえず挙動不審にならないよう王妃の方だけを見据えてナナオはじっとしていた。沈黙は金である。

 イモートオモイーの発言は続く。


「王妃陛下。誤解なさらないでくださいませ。わたくしが報復したいのは、妹を犯人に仕立て上げた真犯人ですわ。そしてその者は、今もなお野放しとなり、王家を狙っているかもしれないのです。王家の皆様をお守りするためにも、わたくしはイテマウド神の加護を受け、真実を明らかにしたい」


 そう言ってイモートオモイーは、そっと一歩、王妃に歩み寄った。


「そのためにも、ぜひ王妃陛下にお力添えをお願いしたいのです」


 王妃はじっとイモートオモイーを見つめていた。やがて。


「なぜ、王妃であるわたくしなのです? 国王代理としてカオヨシオ第一王子が動いていることはあなたも知っているはず。わたくしにおもねったところで、アクァレージョ家の処遇は改善されませんよ」

「存じております。わたくしはただ、この王宮においてどこにも属さぬ中立のお立場にある王妃陛下のもとで、真実を明らかにし、王室を狙う脅威を阻むことで、償いを果たしたいだけなのです」

「……ではあくまで、家の名誉回復ではなく、贖罪のためだと言うのですね?」

「はい。王妃陛下が公に動かれれば──王妃陛下が真実をお求めだと皆が知るところとなれば、沈黙していた者たちも口を開く可能性があります」


 じり、と肌がひりつくほどの緊張感が満ちていた。

 ナナオは不安が顔に出ないよう必死に堪え、王妃とイモートオモイーを見つめる。


 イモートオモイー曰く、王妃は信用できる、とのことだった。

 他国から嫁いできた王妃は、寡黙で人付き合いがあまり得意ではない。だがその分、国王との絆は強く、有名な仲良し夫婦だったとか。そんな彼女には国王を殺す動機はなく、彼女が懇意にしている貴族たちはどれも歴史ある名家の穏健派。国王殺しを企てる危険人物との繋がりは薄い。

 そして王妃は、国王という後ろ盾を失った今、味方を欲しているはず。

 そこに、ナナオたちが付け入る隙がある。

 妹の名誉ではなく、あくまで王室を守るために真実を明らかにしたいと言えば、王妃も無視できないだろう。


 そう見込んでのことだったが、王妃の警戒心は強い。

 このままではイモートオモイーが丸め込まれかねなかった。


(……仕方ない。かくなる上は!)


 沈黙が続く中、ナナオはチュウジツナジジに声をかけ、首の糸を切ってもらった。

 何事かと視線が集まる中、ナナオは胸を張る。


「王妃陛下。謹んで申し上げます」


 ナナオはそう言い放ち、首を両手で持ち上げた。みちみちっと音を立てて糸が引き抜け、首が外れる。

 男女問わず甲高い悲鳴が上がり、王妃もまた驚愕の表情で胸元を手で押さえた。


「我が名はイテマウド。国王ドクサツンゴ二世崩御の真相を解き明かすべく、イモートオモイー・アクァレージョの召喚に応じ、この場に参上いたしました。陛下が真実を求められるのであれば、宮殿内を巡り、この事件を改めて精査することをお許し願いたく存じます」


 ナナオは首を小脇に抱えてそう言い放った。

 切断された喉から心臓が転げ出そうな心地だったが、口元と腹に力を入れて耐える。

 今の私は神様なので。一般推理作家ではなくて神様なので。


 誰もが目線で王妃に助けを求める中、それに気付いた王妃は咳払いし、姿勢を正して言った。


「……よろしい。イテマウド神の御業と認め、その行いを許しましょう。この宮殿に巣食う影を暴き、わたくしに示しなさい」

「はい。必ずやご覧に入れます」


 イモートオモイーが礼をするのを見てナナオも急いでマネをした。

 が、その瞬間抱えていた頭が転がり落ちてその場にいた全員が大慌てて手を伸ばしていた。


 格好がつかない神様で本当ごめん。




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