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18. 現場に残された土の正体



 朝早くから、ナナオたちは王の正殿に入り、寝室を調べ直していた。

 ナナオたちが調査に入ってから誰も入室していないらしく、あの時のまま保たれている。


 昨夜明らかになった「衛兵の失踪」について、続報はない。

 貴重な証人である彼らの無事を確認したいものだが、焦りは禁物だ。今できることをしなければ。


 ナナオは足元に気を付けながらベッドの周りを確認した。


「……あった!」


 床に膝を突き、乾いた土の塊を道具で囲う。

 そこへ、チュウジツナジジが屋敷からずっと掻き混ぜ続けていた液体粘土を流し込んだ。

 流し込んだ端から乾燥して固まっていくのを見ながら、土の塊に残る靴跡を採取する。


「……この粘土が扱いにくくて不人気だなんて。こんなに便利なのに」

「乾くのが早すぎて、成形に不向きなんですもの。でもこのような使い方があったとはさすがイテマウド神、博識でいらっしゃいますわ」


 イモートオモイーが感心した様子で言うが、彼女の表情はすぐに曇った。


「……第一王子が部屋に入ったことは間違いのない事実ですわ。その靴跡が残っていたとしても、第一王子の関与を問うことは難しいのではなくて?」

「土があることがまずおかしいんですよ。観葉植物の鉢に入っている土とは明らかに色が違うし、その日は式典から夜会終了までずっと宮殿で過ごしていたはず。庭園に入ったとしたら草が混じっていないとおかしい。違和感しかないんです」


 ナナオが言うと、チュウジツナジジも頷いた。


「陛下の寝室は毎日昼の鐘とともに清掃が入ります。つまり土が持ち込まれたのは午後以降。そして、水場の近くをお通りになった後でここにいらっしゃったのでしょう」

「ああ……式典の日はとても天気がよくて、爽やかな晴天だったものね。陛下の寝室まで歩いてもなお靴に土が付いた状態になるのであれば、どこかぬかるんだ場所を通られたのだわ、きっと」


 二人の話を聞きながら、ナナオは土が落ちていた周囲を探る。


 定番なのは、隠し通路だ。

 こういう城には、王族を逃がすための隠し通路が付き物のはず。


 絨毯をめくってまで床を確認するが扉はなし。

 次に壁を探ったナナオは、ふと手に隙間風を感じた気がして顔を上げた。


 大きな絵画のかけられた壁だ。

 足元から天井近くまであるほど巨大な絵の額縁付近から、風の流れを感じる。


 試しに蝋燭を額縁近くに寄せてみると、小さな火は確かに風を受けて揺れた。


「ここだ……」


 この絵の向こうに隠し通路があるはず。

 そう信じてナナオたちは三人がかりで絵を調べた。

 高い位置はチュウジツナジジに任せ、額縁と壁の間を指でなぞる。

 こういった絵は釘に引っ掛けているものだとばかり思っていたが、この絵の額縁は壁にぴったりとくっついていて、絵を浮かせることはできなかった。


 改めて絵を見やったナナオは、ふと眉根を寄せる。


 神話の一場面らしく、怪物に立ち向かう戦士の勇姿を描いた絵。

 戦士が構えた盾がやけにリアルだと思ったら、本物の金属をキャンバスに埋め込んでいるようだ。


 扉の取っ手に当たるものかと思い、ナナオは戦士の盾に指をかけた。

 だが爪の先端一つ入らないし、まず回すこともできない。絵からはみ出る部分を極力減らすためか、そもそも持つことができそうにないほど平たい状態だ。

 ならば、と試しに盾を指で押してみると、拍子抜けするほどあっさりと盾が押し込まれた。


「えっ、わっわっ!」

「イテマウド神? 一体────」


 動揺のあまり声を上げるナナオの方を、イモートオモイーが振り返った。

 その時だった。


 かこん、と何かの外れる音とともに、絵画がゆっくりとこちらに迫ってくる。

 見れば、絵画そのものを扉として、隠し通路が静かに開かれるところだった。


 イモートオモイーもチュウジツナジジも驚いた表情で立ち尽くす中、絵画の扉は開き切って止まる。


 湿った土と埃のにおいが、にわかに漂い始めた。


「……これが、王様の逃げ道」

「本当に、実在したのですね……」


 感動も束の間、ナナオは顔をしかめた。

 隠し通路があるということは、出口が存在する。


 つまり、誰にも気付かれず、国王の寝室に出入りできた人物が存在するということだ。


 試しに隠し通路を覗き込む。

 扉の向こうは下へ続く階段となっており、その先は何も見えないほどに暗い。


 ナナオは早速隠し通路へ踏み込もうとしたが。


「お待ちください」

「ええっ」


 チュウジツナジジに呼び止められ、ナナオは驚いて振り返った。

 彼は懐から布を取り出し、手渡してくる。


「靴の上からお履きください。新たな土をこの部屋に持ち込むわけにはいきませんでしょう」

「ああ、確かに……ありがとうございます」


 布の靴カバーを履いてから、ナナオは改めて隠し通路に入った。

 風を感じるということは外と繋がっているのだろう。

 侍女の制服を汚さないようスカートを片手でまとめて、ナナオはイモートオモイーたちを振り返った。


「ちょっと見てきます。ある程度見たらすぐ戻りますので」

「……どうかお気をつけて」


 心配そうなイモートオモイーに見送られて、ナナオは暗い階段を下りた。


 大の大人が一人やっと通れる幅だけの長い階段を下りていくと、ぬかるんだ地面を踏んだ。

 驚いて足元を照らすと、水が染み出ているのか地面は濡れている。


(……重い靴でこんな道を歩いたから、踵がめり込んで、部屋まで土を運んだ)


 見れば、寝室で見たのと似たような踵の跡が点々と残っていた。

 ナナオは息を飲み、慎重にその足跡を追う。


 足跡は、この隠し通路を一度だけ往復したようだった。

 歩幅はナナオよりもずっと広く、靴幅からしてナナオよりずっと背の高い成人男性であることは間違いない。


 細い通路を抜けると、広い空間に出る。石畳の硬い感触が靴越しに足の裏に伝わってきた。足跡を辿れるのはここまでのようだ。

 水路は臭いがきつい。悪臭に耐えながら見やると、明るい陽射しの差し込む格子があった。きっとあれが隠し通路のゴールだろう。


 明かりを持ち上げて周囲を照らすと、他にも通路がいくつか見える。

 城内の各部屋からこの水路まで隠し通路があり、同じ場所から逃げ出すようだ。出入口を抑えられては終わりの構造だが、城を穴だらけにするわけにはいかないのだから致し方ないか。


(……あれ。ってことは、つまり……王族用の隠し通路は全部、この水路で合流するんだ?)


 ナナオはふと気付いた気がして、水路の小さな橋を渡り、反対側の通路に入った。

 階段を上がっていくと、やがてキャンバスの裏側に辿り着く。


 キャンバスの裏側には取っ手があり、こちら側からも開くようになっている。

 子供たちのはしゃぐ声とそれをたしなめる女性の声が聞こえて、ナナオはぞっとした。

 階段と通路の向きから推測するに、王妃の正殿側にある部屋だ。まだ幼い王子・王女とその世話係の声だろう。


(……やっぱりだ。この城で暮らす王族であれば、人目に触れることなく王様の部屋に入れる)


 ナナオは息を殺して水路まで戻った。何度も階段を上り下りして息は上がっているが、このまま調査を止めるわけにはいかない。


 ナナオは順に通路を確認し、例の足跡を探した。

 王の正殿がある側と同じ通路の一番端に、あの歩幅の広く踵のよく沈んだ足跡が残っている。


 ナナオは唾を飲み込み、足跡を追うように細い道を進んだ。

 階段を上がり切るとやはり、キャンバスの裏側に出る。


 ナナオは少し考えた後に、キャンバスにそっと耳を当てた。

 清掃中なのだろうか。ぱたぱたと複数人が室内を動く音が聞こえる。


「────急いで。早く清掃を終えないと、殿下の機嫌を損ねてしまうわ」

「はいはい。ああ、嫌だわ。最近の殿下ったら、怖くて仕方ないのよね……」

「きっと御即位前でぴりぴりしていらっしゃるのよ。弟殿下たちはまだ頼りないし、王妃陛下はずっと落ち込んでおられるし……お一人で背負われるには、この国は重すぎるわ」


(……ここ、第一王子の部屋……!?)


 ナナオはぐっと拳を握りしめた。

 国王を刺した犯人は、この隠し通路を使った人物だ。


 ナナオの足でこれだけ移動しても鐘の音が聞こえない程度の時間しか経っていない。

 自室から国王の寝室まで行って犯行を済ませて戻ったとしても、誰にも怪しまれることはないだろう。


 これで、ゼッタイシーヌによる犯行とは言い切れなくなった。密室は破られたのだから。


(……王族の靴を確認したい。でもそのためにはもっと情報が欲しい)


 ナナオは呼吸を整え、国王の寝室へ戻った。もちろん道中で土を採取することも忘れない。


 隠し通路の扉を開けると、落ち着きなく部屋を歩き回っていたイモートオモイーが飛び上がりそうなほど驚いて振り返った。


「イテマウド神! ああよかった、てっきり何かあったのかと!」

「すみません、隠し通路が複数の部屋と繋がってるとは思わなくて……ちょっと時間がかかりました」


 ナナオは靴のカバーを外して部屋に入り、イモートオモイーたちに目をやった。


「待っている間、何か異変は?」

「いえ、何も。王妃陛下にお許しをいただいている以上、わたくしたちに直接手を下すことは避けているのかもしれませんわね」


 ナナオはそれを聞きながら絵画の方を振り返った。

 閉まってしまえば、そこに隠し通路があるようにはとても見えない。


「……もし、この寝室に王様の遺体だけがあったら、密室殺人として調べが進み、この隠し通路の存在が明らかにされ、王族に疑いがかかるのは必然。だからこそ、犯人役のゼッタイシーヌ嬢を部屋に残しておかなければいけなかった」


 イモートオモイーはそれを聞いて眉をひそめた。


「それは……王族を守るためでしょうか?」

「いいえ、犯人が王族だからです。通路に足跡が残っていた。踵が土に沈むほど重い靴を履く人物です。その人は確実に、王様の寝室から自室へと往復していた。こんな動きをするのは、犯人だけでしょう」


 ナナオは小声で言い切った。イモートオモイーは愕然と口元に手をやる。


「……犯人が王族であるなら、禁忌の親殺し。王族でないのなら、避難用の隠し通路を悪用した大罪人。いずれにせよ国家を揺らがせる大事件ですわ」

「だからこそ、できる限りの証拠を集めたいわけなんですが……」


 ナナオは腕を組み、チュウジツナジジに尋ねた。


「王族の男性で、靴の踵に鉄製のカバーをしている人ってどれぐらいいるんでしょうか」

「そういった武装を前提とした方でしたら、第一王子殿下と第二王子殿下だけでございましょう。第三王子殿下たちはまだ幼くいらっしゃいますし、そういった重い靴を履く姫様もおられません」

「……ちなみに第一王子と第二王子は、身長はどのくらいですか?」

「そうですなぁ……」


 チュウジツナジジは髭を撫でながら答えた。


「第一王子殿下は、このジジとほぼ同じ背丈でございます。第二王子殿下は小柄で、お嬢様に近くいらっしゃいます」

「……身長と歩幅は比例する。となると、あの足跡の持ち主は、間違いなく……」


 ナナオは思わず口をつぐんだ。

 もし扉の前で鐘守が聞き耳を立てていたら、不敬罪で即座に処刑される可能性もある。


(……でも、これでどんな証拠を固めればいいかはっきりした)


 ナナオはイモートオモイーたちに歩み寄り、さらに声を潜めた。


「……ちょっと調べてもらいたいことがあるんです。協力してもらえますか?」

「なんなりと」

「まずモーヴ子爵が持ってる第一王子関連の書類、あとは牢屋にでかいカート運び込める職業って────」




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