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12. おんどりゃイテマウド神が祟ったるど



 就寝の鐘も鳴り、夜も更けた頃。

 衛兵たちの詰め所は夜の湿った空気に包まれていた。

 張り詰めた勤務時間、その束の間の安らぎには、いつも酒と夜食のにおいが混じる。

 酒により弛んだ空気の中、たむろする衛兵たちの話題は──神前審判が終わった後もなお事件を調べ続ける令嬢のことだった。


「イモートオモイー嬢も哀れなもんだ。未だに妹の無実を信じて駆けずり回って」

「ついには王妃陛下の許可まで取り付けたらしいぞ。姉ってだけでそこまでするものかね」

「よくやるよなぁ。その妹のせいで家の信用はがた落ち、当主夫妻は信頼回復に明け暮れているというのに」


 衛兵たちもまた、貴族一門の出だ。

 だからこそ、国王殺害なんていう大罪人を出してしまった家がどんな目に遭うかよく知っている。


 杯を飲み干した衛兵が軽く笑った。


「しかしゼッタイシーヌ嬢ほど愚かな娘もおるまい。人生一番の失恋をした直後に、まさか────」

「おい、滅多なことを言うな。死者への冒涜だぞ」

「はっ、死人が今更何を言う。何をどう言おうが俺の勝手────」


 ────突如、部屋は真っ暗になった。

 室内に灯っていた蝋燭が一斉に消えたのだ。


 暗闇が詰め所を飲み込む。


 誰かが椅子を蹴倒す音が大袈裟に響く。

 自分の呼吸と心音がやけに大きく聞こえた。


「……おい、風か?」

「馬鹿言うな、窓は閉めていたはず────」


 その時だった。


 ギィ……ギィ……。


 錆びた蝶番がゆっくりと軋む。

 風とともにそちらを見た衛兵は、自分の目を疑った。


 青白く照らされた女の顔が、窓の外から部屋を覗き込んでいた。

 ふらふらと不安定に揺れる長い髪は、海のような青。

 青ざめた頬、薄く開かれた唇、恨みがましくこちらを見る瞳。


 その首から下は────ない。


「────っ!!」


 衛兵たちの顔が一気に青ざめた。


「お、おいまさか、ゼ、ゼッタイシーヌ嬢……?!」

「そんな、嘘だろ、こんな……祟────」



「────うそつき」



 女──ゼッタイシーヌの恨みがましい声がやけに響いた。



「……どうして嘘をついたの?」



 地の底から響くような、怨嗟に満ちた声だった。


「ち、違う、違う俺たちは!」

「黙れ裏切り者!! 私を宝石一つで売った愚か者どもめ!!」


 ゼッタイシーヌの怒鳴り声に、衛兵たちはいよいよ血の気を失った。


 なぜ、と一人が唇を震わせる。


 なぜ、彼女が知っている?


「……イテマウド神は我が報復をお許しくださった。このゼッタイシーヌ・アクァレージョが! 貴様ら愚昧の者どもの首を刈ることを!! お許しくださったのだ!! 貴様らは宝石一つで自らの命をも売り渡したのだ!!」


 血が凍るほどの怒声。

 やがてゼッタイシーヌの声は衛兵たちには理解もできない古語──神の言葉となって雷鳴のように響く。


「オンドレラァヨウモマアワシヲウラギッテノウノウトイキオッテカラニタトエカミガユルシテモワイハユルサンケエノオツギニオウタラドツキマワシテドタマカチワッタルケエカクゴセエヤボケエ!!」

「ぎゃああああああああ!!」


 ぐわっとゼッタイシーヌの首が部屋の中に飛び込んできた瞬間、衛兵たちは武器も持たずに叫び声を上げて逃げ出した。


 ────それを見届け、ゼッタイシーヌ──ナナオは溜息をついた。

 釣り竿で釣られた首は振り子のように外へ戻っていき、チュウジツナジジはそっとその頭を受け止める。

 ぱたん、と静かに窓を閉めて、イモートオモイーは成し遂げた顔でナナオの首を見上げた。

 彼女もまた抱えたランタンの光によって青白く照らされていた。


「やりましたわね! 祟り成功ですわよ!」

「本当かなぁって半信半疑ですよ私は」

「あれだけ動揺していれば命惜しさに動くはずですわ!」


 ナナオの心配をよそに、イモートオモイーは力強く拳を握る。

 とはいえナナオにできることはここまでだ。

 釣り竿から外してもらった頭を腕に抱え、ナナオは一息つく。


「あとは、衛兵たちがお姉さんに泣きつくのを待つだけですか」

「ええ、仕込みは終わりですわ。結果が楽しみですわね」

「お二人とも、急ぎ屋敷へ戻りましょう。そろそろ雨が降りそうですので」


 チュウジツナジジに促され、ナナオたちは急いでその場を後にした。


 ────調査をする上でナナオたちの問題となったのは「衛兵が素直に情報を教えてくれるか?」という点だった。

 というのも、彼らにとってイモートオモイーは「神前審判が終わってもなお事件を嗅ぎまわる変人」である。王妃の許可を得たとしてもその印象は変わらないだろう。


 ならばどのようにして衛兵に情報を吐かせるか。

 そこでイモートオモイーが思いついたのが「弱みを握って脅す」という、身も蓋もないやり方だった。


 そのために、ナナオとイモートオモイーが祟りの準備を行う傍ら、チュウジツナジジは質屋へ問い合わせに行った。

 衛兵が身の丈に合わない宝飾品を質に入れていないか、確認してもらったのだ。


 思いついた切っ掛けは、侍女と侍従長から聞いた話だ。

 侍女はモーヴ子爵から腕輪を押し付けられ、侍従長は衛兵に止められたために割れた供酒器を見ることはなかった。

 つまり衛兵も宝飾品を賄賂として受け取り、モーヴ子爵の犯行を見過ごしたのではないか、と疑ったのだ。


 そして──その疑惑は、思いもよらない事実を明らかにしたのだった。




 ────翌日。


 朝の鐘が鳴る頃に雨は止んだ。

 そんな爽やかな朝は、駆け込む馬車の音と馬のいななきに遮られる。


 アクァレージョ家の門を朝早くから叩いたのは、ゼッタイシーヌの祟りを目撃した衛兵たち三名だった。

 彼らの名前を聞いてナナオは目を見張った。神前審判で証言をした衛兵だ。


 応接間に招かれた衛兵たちは、一様に青ざめた顔をして震えていた。


 イモートオモイーはソファーに腰かけ、落ち着いた表情で尋ねた。


「宮殿の衛兵が我が家になんの御用でしょうか?」

「……恥を忍んでお頼みいたします。どうか、どうか我らの命をお助けください!」


 衛兵たちは深々と頭を下げた。

 一人が必死な様子で言う。


「昨夜、詰め所にゼッタイシーヌ嬢の霊が出たのです! そうして、我々を祟り殺すのだと脅してきたものですから! 姉君であるイモートオモイー様にご相談するしか……!」

「まあ。真面目に職務を果たしてきた皆さまに対して、妹が失礼いたしました。ですが妹の霊があなた方にそこまで言うほどの心当たりがおありなのかしら?」


 イモートオモイーが微笑んで言うと、衛兵たちは一瞬ひどく気まずそうな顔をした。

 それはそうだろう、とナナオは侍女を装ってイモートオモイーの傍に控えたまま小さく頷く。


 イモートオモイーは笑みを崩さず、チュウジツナジジに視線を向けた。


「ジジ。例のお話を」

「かしこまりました」


 チュウジツナジジは羊皮紙を広げて口を開いた。


「質屋に確認いたしましたところ、お三方はいずれも高価な宝飾品を質に入れておられます。それも、トナリ王国のツラノカワアツシ王子がご購入された証を持つお品物を」

「そ、そんなはずはない! でたらめを言うな!」


 衛兵の一人が反論するが、チュウジツナジジは穏やかに応じた。


「尊い身分の皆様がご購入された品は、どれも特別なもの。後世、どの御方が所持したものなのか明らかにするため、お品物にはその御方の証を刻むことが、大陸共通の掟となっております。ツラノカワアツシ殿下の所有する宝飾品であることは、間違いございません」

「なぜ王子の宝飾品を、一介の衛兵に過ぎないあなた方が質屋に入れることができたのでしょう。まさか衛兵の立場を利用して盗みを? この国にとって重要な同盟国の王子である殿下相手に? それはゼッタイシーヌも一人や二人祟り殺そうと脅すでしょうね」


 イモートオモイーの発言に、衛兵たちは今にも倒れそうな顔で動揺した。


「いえ! 我々は決して、盗んでなど……!」

「ではなぜ?」


 反論する衛兵に対し、イモートオモイーは短く返す。


(……さーて、どっちを選ぶかな)


 ナナオは静かに衛兵の動向を見守った。

 同盟国の王子から金品を盗んだことにするか、宝飾品という賄賂を手に罪を見逃したと白状するか。

 どちらがより、罪は軽くなるだろうか。


 衛兵たちは顔を見合わせたが、三人とも冷や汗まみれの真っ青な顔をしていた。

 やがて一人がか細い声で告げる。


「……ツラノカワアツシ殿下からいただいたものを、質に流しました」

「あら。殿下がそのような褒賞を与えるほどの功績を果たしたのでしたら、宮殿に報告すればよろしいのに。なぜ黙っていたんですの?」


 イモートオモイーがわざとらしく尋ね、小首を傾げた。

 衛兵は息も絶え絶えに応じる。


「……た……頼まれたのです。夜明けの鐘が鳴るまで、見張りから外れるように……」

「では神前審判での証言は? 正義の神セーシュクニの御前にもかかわらず、嘘の証言をしたと?」

「……はい……」


 絞るような声で肯定され、イモートオモイーは笑みを深めた。

 ナナオも背中で思わずガッツポーズする。

 やっと真の証言が聞けるのだ。そんな予感に、ナナオたちは浮足立った。




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