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10. いやモブが真犯人なわけないやろがい



「────よし、やりましょう!」

「ええ、確かめますわよ!」


 必要な物を並べたテーブルを挟み、ナナオとイモートオモイーは顔を合わせて笑い合った。

 だがどうしても、その笑顔には緊張がにじむ。


 国王殺しの伝承を持つ、呪いの杯。

 それに使われたことで忌避されているキタイワクレナイと似た成分を、釉薬・酒・樹液の組み合わせで生成できるのかどうか。

 もし本当に再現できるのであれば、それはつまり──。


 ナナオは気合いを入れ直し、袖をまくった。

 商会がキタイワクレナイの検査薬をすぐに提供してくれて助かった。


 まずキタイワクレナイ釉薬の器にムラサキカジツ酒を注ぎ、ベニキシズメの樹液を垂らす。

 そこへ検査薬を一滴だけ落とす。


 瞬間──酒は白く濁り、器も白く色褪せる。

 空の器で試しても同様だった。


「……ここまでは説明通りですね」

「ええ。問題は次ですわ」


 続けて、ミナミイワアオイ釉薬の器でも同様に試す。

 空の器の場合は、特に反応がない。

 だが、ムラサキカジツ酒とベニキシズメの樹液を注いだ器に検査薬を垂らした途端、ナナオもイモートオモイーも声を上げた。


「あ!」

「まあ!」


 ぽとりと落ちた検査薬の生む波紋から、見る見るうちに白く濁っていく。


 静寂が落ちる。

 ナナオとイモートオモイーはどちらからともなく顔を見合わせた。


 お互い、喜びの表情はない。

 先ほどまでの楽しい実験ノリが、一瞬にして緊張感を帯びる。


「……証明、されましたわね」

「ですね。────呪いの杯は、自作できる」


 ナナオは手元の器を見下ろした。

 門外不出の、呪いの杯。

 それが、安い釉薬と定番の寝酒で再現できてしまう。


「……国王を殺すためだけに、あの夜、意図的にこの組み合わせで用意したんでしょうね」

「ええ。所詮は酒場の噂と、宮殿ではこの組み合わせを危険視することがなかったのかもしれませんわ」

「だとすると……」


 ナナオとイモートオモイーは椅子に腰かけ、深刻な表情で向かい合った。


「かなり犯人像が見えてきたので、お姉さん、今から言う特徴にモーヴ子爵が該当するか、判定してください」

「わかりましたわ」


 イモートオモイーは真剣な顔で頷く。

 ナナオは指を折りながら、ここまでの調査で判明している犯人の条件を並べた。


「まず、『呪いの杯』伝承について。宮殿でキタイワクレナイが忌避され、商会で検査されていることを知っている人ですね」

「モーヴ子爵は間違いなくご存じですわ。宮殿では書記官としてご活躍ですし、王室から商会に下された命令についても把握されているはず」

「ふむふむ。次に、王様の使う食器管理に関与できる人物となりますが……」


 そこまで言ってナナオはつい首を傾げた。


「王様が寝酒を飲むと知っている必要がありますよね。その上で、侍女に持たせなきゃいけない」

「侍女が用意したとしても、侍従長による最終確認が行われたはずですわ。陛下がこの供酒器を愛用していらっしゃったのか、それとも途中ですり替えられたのかを含め、侍女とモーヴ子爵の繋がりを調べなくてはなりませんわね」

「ふむふむ、ではこの項目は調査に追加するとして……」


 ナナオは羊皮紙にメモして椅子にもたれた。


「真犯人は辛抱強く機会を窺い、侍女を味方につけて犯行に及んでいます。忍耐力がある人物で、根回しができる程度の人脈や交渉術を持っている。酒場の噂を検証して殺害に利用している辺り、相応の環境にいることは確かですね」

「モーヴ子爵はお酒をよく召し上がると聞きますし、噂を知って確かめることは可能でしょう。書記官らしく冷静で、根回しも得意という印象もあります」


 イモートオモイーが頷いて言う。

 ナナオは「ふむ」と眉根を寄せた。


「最後に、国王殺害を望む強い動機です。ここまで辛抱強く計画を立てて実行した以上、それ相応の強い動機があるはず。モーヴ子爵には国王の死を望むだけの理由があるのでしょうか」

「……そこですわね。モーヴ子爵に利益があるとすれば、御実家の件かしら」


 イモートオモイーは難しい顔をして頬に手を当てた。


「確か、モーヴ子爵の御父上は伯爵位をお持ちで、領内に鉱山を擁していたはず。そういった昔ながらの領地経営をされている貴族は皆苦しい思いをしていると聞きますわ」

「えっ、鉱山なんてあったら収入も安定してそうですけど、厳しいんですか?」

「同盟国から物資を安価に輸入できるようになった影響ですわね。もともと、金属は戦争でもなければ需要が少ないものですから」

「……それは、つまり……」


 ごくり、と唾を飲むナナオに対し、イモートオモイーも深刻な表情で続けた。


「国王陛下は穏健派で、周辺国と同盟を結び、国内経済を発展させてきた御方ですわ。それに不満を持つ反国王派、強硬派はもちろん存在します」

「……強硬派で反国王派ってなると、戦争賛成ってことですよね」

「ええ。国王陛下が亡くなった今、反国王派が勢力を伸ばす可能性があります。反国王派が次期国王である第一王子を擁することで、軍備を拡張し、領土を求めて侵略戦争を選べば、国内の金属需要も当然増すでしょう。モーヴ子爵がそこまで見込んで陛下を暗殺したとしたら……」


 しん、と室内は静まり返る。

 ナナオもイモートオモイーも、悪い想像に頭を占められ、気付けば呼吸は浅くなる。


「……猶予は?」

「陛下の喪が明けるまでは、誰も大きく動けないでしょう。民に慕われた陛下の死をないがしろにすれば、民の反感を買ってしまいます」


 イモートオモイーは深く溜息をつき、額を手で押さえた。


「妹の無実を証明したいだけだったというのに、大変なことになってしまいましたわ。ただの杞憂であればいいのですが……」

「いやー本当に。まさか国の未来がかかってるなんて」


 ナナオは派閥についてもメモを残し、「それにしても」と小さく笑った。


「お姉さんが色んな事情に詳しくて助かりました。私、なんにも知らないもんですから……その辺を走ってる子供の方が色々知ってそうです」

「イテマウド神の御力になれるなら何よりですわ。わたくしも、侯爵家の娘として日々学んでおりますのよ」


 イモートオモイーはそう言って悪戯っぽく微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。


「しかし、どうされますか? モーヴ子爵を問い詰めますか?」

「……それにはまだ早いですね。彼が手放したデキャンタを王様が偶然手に入れただけだと言い訳されかねません。モーヴ子爵が関与したという証言を手に入れないと」

「では、陛下に寝酒を運んだ侍女とそれを許可した侍従長に話を聞くべきですわね。ジジ!」

「はっ。すぐに手配いたします」


 傍に控えていたチュウジツナジジが応じる。

 慌ただしくその場が動き出すのを見ながら、ナナオは「うーん」とひっそりうなった。


 名前が「モブ」なのにモーヴ子爵が真犯人なわけが、ない。


(……モーヴ子爵の後ろに誰がいるか、だよなぁ~~)


 ナナオは頭を抱えたが、イモートオモイーに呼ばれて立ち上がった。

 夕食の準備で忙しくなる前に、侍女と侍従長から話を聞かなければならない。




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