襲撃
屋敷へと戻ったクラーレは、もんもんとしていた。
(何故テアモ様はあんなことを……もしかしたら見合い相手の資料を見せたからかしら……? それとも、私のことを……)
カァっと頬が熱くなる。
そんなはずはない、きっとよくある友人に言う冗談に違いない。
わかってる。
だけど。
その時、使い魔であるトラ猫が目の前に姿を現した。
「にゃ〜ん」
「! どうした? トラ」
「にゃ〜ん」
「王宮に襲撃あり!? すぐに行く!」
クラーレはすぐさま王宮へと転移しようとしたが、ハッとして時計を見る。
あと20分ほどで12時になる。
だが。
「っ、ええい、不可抗力だ!」
クラーレは指を鳴らし、王宮へと転移した。
王宮内は慌ただしい状態だった。
人が右へ左へ駆けて行く。
クラーレはまず使い魔から得た情報で王様達の安全を確認し、そちらは騎士達へ任せ犯人の元へと向かおうとする。
どうやら襲撃というよりは強盗に近いらしい。
犯人はごろつきの奴らを集めて襲撃させ、その裏で王宮の金庫から盗みを働こうと企んでいるとのこと。
何故すぐにここまで知れたのか。
それは大変優秀な我が主であるテアモ様のおかげに他ならない。
襲撃があった直後、テアモ様はすぐに動いた。
王様方や使用人達の安全の確保、襲撃者の撃退。からの情報収集。
ごろつきは数は多いが、普段から厳しい訓練を受けている騎士達には到底及ばなかったらしい。
そして今まさに金庫に入り込んでいるネズミは、所詮捨て駒。
おそらく金庫から持ち出したところで捕えても、大元は叩けない。
その犯人とは──。
そうこうしているうちに、クラーレの足はとある扉の前で止まった。
あくまで冷静にノックをする。
「……クラーレです」
「入れ」
「失礼します」
カチャリ、と鍵の外れる音と共に扉を開けば、そこには。
「はじめまして……魔王様」
「くくっ。テアモとやらに化けているというのに、よくわかったな? 小僧」
「そりゃあまぁ……大切な我が主ですから」
部屋の中にいたのは、テアモ──にそっくりに変化した魔王。
そう、魔王は倒されたわけでも封印された訳でもなく、まだ生きている。
「だいぶ久方ぶりに魔界から来られたようですが、何用でしょうか?」
「ふん。たまにはこちらの空気も吸ってみようかとな」
「それと王宮を襲わせたのはなにかご関係が?」
「なに、少しばかりのイタズラ心だ。ちょうどこちらで遊ぶ金も欲しかったしな」
「……。ところでいつまでその外見なんですか?」
「なんだ、愛しい相手だと喜ぶかと思ったのだが」
さすが魔王だ。心を読んでいる。
「というかお主、我がかけた呪い持ちか。懐かしい、そんな呪いもかけたな」
「!」
クラーレがピクリと反応すると、魔王は楽しげな笑みを浮かべる。
「ほう。お主……呪いを解除してやろうか?」
「どうせはったりでしょう。気にしないでください」
「本気だぞ? なぁに、タダとは言わぬ。そうだな……こちらで遊ぶには我の外見では目立つ。お主の姿をくれぬか?」
「俺の……姿?」
「うむ」
その時、部屋の外に人の気配を感じた。
まずい、テアモ様だ。
クラーレは指を鳴らすと部屋の鍵を閉めた。
「! ほう、お主魔法使いか」
「だったらなんですか?」
「ははっ、気に入った! お主、我と結婚せぬか?」
「……は?」
「だから、お主。我と──」
その時、扉が轟音を立てて吹っ飛んだ。
「「……」」
魔王とクラーレは無言で扉の外を見る。
そこにはこめかみに青筋を立てたテアモが立っていた。
「お前……私の姿でなにをしている」
「ふむ、バレてしまったか。まぁ良い。今我は求婚で忙しいのだ、少し待て」
「きゅう……こん?」
「そうだ。してクラーレとやら。我と結婚せぬか?」
「! こいつは男だぞ」
まずい。そうクラーレが思った時には遅かった。
「なにを言うておる。こやつはれっきとした女だぞ。今は我の呪いで男になっておるがな」
「……は?」
テアモは呆然とした顔をして、クラーレを見る。クラーレはそんなテアモを見て、今まで築いた信頼関係が崩れてしまう感覚に陥った。
(い、やだ……嫌だ嫌だ、お側を離れたくない!)
「テアモ様、俺は……!」
「本当か!?」
「……え?」
「だから、本当か? と聞いている」
テアモはクラーレをじっと見つめると、真剣な眼差しで問いただす。
(ああ……もう終わりだ)
涙が込み上げてくる。
今まで必死に積み重ねてきた友人関係もなにもかも終わりだ。
「……っ、はい。俺は……女、です」
そう言い終わると同時に、涙がポロリと落ちる。
次の瞬間、クラーレはテアモに抱きしめられていた。
「……え?」
「っ、すまない。我慢できなかった」
「え、あ、え?」
「私は……お前が、クラーレがずっと好きだった……!」
「……な!?」
突然の告白に、魔王がなにかしたのかと思いそちらを見やるも、魔王はつまらなそうな顔をしてこちらを見ている。
「クラーレ……こんなこと言われて気持ち悪いかもしれないが。私は文通を始めた時から心惹かれていた。何度も諦めようとしたんだ。だが無理だった……。だからこのまま一生独身でいようと決めていた。なのに」
テアモは震える声で告げる。
「クラーレ。私と結婚してくれませんか?」
(ああ。夢を見ているのかしら)
抱きしめられているぬくもりが現実だと教えてくれる。クラーレは答えた。
「……っはい、よろしくお願いします……!」
その時、胸元の懐中時計が12時を指した。
クラーレの体を光が包んでいく。
「っ、これは?」
「大丈夫です。女に戻るだけ」
光が収まると、そこには女性であるクラーレが立っていた。
「……ああ、女性のクラーレも美しいな」
「ふふ、ありがとうございます」
2人は見つめ合い、接吻をしようと──。
「待て、今呪いを解いていいのか?」
つまらなそうに見ていた魔王がツッコミをいれた。