結婚相手
時は戻り現在。
あれからクラーレは恋をすることなく、男性の姿は立派な美青年に、女性の姿は美しく可憐に成長した。
魔法の力が発覚したのは12歳の頃。
テアモと一緒に勉強していると、どこからともなく弓矢が飛んできたのだ。しかも狙いはテアモ。クラーレは咄嗟にテアモを庇い背に矢を受けた──と思われたが、実際には背中ギリギリで弓矢が止まっていた。
大切な人を守らなければ、という衝動に無意識に魔法の力が働いたらしい。
その事件をきっかけにクラーレは魔法の勉強にのめり込んだ。
自分にもテアモを守れる力があると思えば苦ではなかった。
そうして得た力は自分を守る為にも非常に役立っているので、この力を授けてくれた神様には心から感謝している。
そんな日々を送ったクラーレは、夜の12時には男性から女性へと戻るので、どんなに忙しい時も12時前には屋敷へ戻っていた。
今日も今日とてクラーレは王宮へと赴き、テアモの部屋をノックする。
「テアモ様、クラーレです」
「入れ」
クラーレは部屋に入ると、指を鳴らし防音の結界を張る。
それを見ていたテアモは、なにか重要なことがあるのかと書類に書いていた手を止めた。
(重要と言えば重要だけどね)
そう心の中で呟きながら、クラーレは手元の資料をテアモへと渡す。
「どなたも評判の良い方々です。私自ら調べたので間違いございません」
「なんだ。……これは見合い相手か?」
「はい。そろそろテアモ様もご結婚されてもいいご年齢かと」
「……」
テアモは無言でざっと資料に目を通すと、それを暖炉の薪にくべた。
「ああっ!? 何故!?」
「いつも言っているだろう。私は結婚しないと」
冷めた目でこちらを見るテアモ。
だがクラーレは負けじと説明する。
「いくら第三王子だからと言って結婚しないなんてことが罷り通るとお思いですか。お姉様でさえ国のことを想い隣国へ嫁がれたというのに。第三王子であるテアモ様もご結婚されてお子をもうけ、王族の血を未来へと繋げていかなければ──んぐっ」
テアモはクラーレの口に手を当て、それ以上話せないようにする。
「お前はいつも固すぎる。そんなお前とてまだ結婚してないじゃないか」
「ぷはっ。それとこれとは別の話です」
「いや、同じだろう」
「……とにかく、テアモ様にはご結婚して、幸せになっていただきたいのです」
「何故だ?」
「それは──」
(結婚しちゃえば……私も諦めがつくもの)
そんな囁きを無視して、クラーレは続ける。
「昔からの幼馴染であるテアモ様が幸せにならないと、不公平でしょう?」
「それを言うならお前もだろう。お前も幸せにならなきゃ不公平だ」
「ああ言えばこう言う」
「お前もな」
そう言って顔を見合わせた2人は、同時にフッと笑う。
こんな些細なことでも幸せを感じるんだよ、私は──そう言いたい気持ちをグッと堪えて、クラーレは書類仕事を手伝おうと手を伸ばした。
その日の午後。
書類仕事が終わったクラーレは、王宮騎士の鍛錬場に来ていた。
(んー、やっぱ書類仕事は肩がこる……)
そう思いながらクラーレは準備運動をしっかりとこなし、練習用の木刀を手に取る。
そして指を鳴らすと、6人の敵をイメージした土人形を作った。
「よーい……スタート!」
6体の土人形は一斉に殴りかかってくる。
それを避けながら鳩尾や顎下などの急所を狙い木刀で打ちのめしていく。
集中しながらどんどん叩き込むと、あっという間に土人形は土へと戻っていった。
「ふぅ……こんなものか」
額にじんわりと汗をかいたので手の甲で拭っていると、背後から声をかけられる。
「見事なものだな」
「! テアモ様!? 何故このようなところに」
(集中しすぎてテアモ様の気配に気づかなかった。鍛錬し直しだわ)
テアモはじっとクラーレを見つめると、おもむろにポケットからハンカチを取り出す。
そしてクラーレの顔に押しつけた。
「ぶっ」
「ああ、すまない。鼻先に土が付いていたものでな」
「えっ。あ、ありがとうございます……」
(このやりとり、懐かしい)
「懐かしいな」
「えっ」
(心を読まれた!?)
「いや……初めて会った時も、ハンカチを顔に押しつけたな、と……」
「え……覚えてたんですか?」
「ああ」
そう言って目を細めるテアモを見て、クラーレは心臓がドキドキするのを感じた。
それと同時に、叶わない恋を思い出して切なくなる。
「……もし」
「はい?」
「もし、お前が──クラーレが女性だったら……オレはお前と結婚したかもしれないな」
「…………!?」
(えっ、えっ、な、なにいきなり!? それって私のことを……す、好きってこと!?)
「て、テアモ……様。それはどういう意味──」
その時、タイミング悪く鍛錬場に騎士達がやってきた。
「……すまない、忘れてくれ」
「えっ」
そう言い残すと、テアモは足早に王宮へと去って行った。
(……な、なんだったんだ!?)
クラーレはドキドキする心臓を宥めながら、しばらくその場に立っていた。