幼馴染の前で、時間が止まったフリをしたら……!?
「アハハ、何これー!」
「ん?」
今日も用事もないのに、何故か俺の部屋でゴロゴロしている幼馴染の沙也が、唐突に大笑いした。
「何だ? 何か面白いもんでもあったか?」
「これこれ、見てよ功輔!」
沙也に差し出されたスマホの画面を見ると、そこには時間を止める能力を手に入れた男が、女性にあれこれエッチなことをするという内容の、エロ漫画の広告が流れていた。
「これのどこが面白いんだ?」
「えー!? メッチャ面白いじゃん! そもそもまず唐突に時間を止められるようになるのが意味不明だし、仮に止められるようになったとしても、それでいきなりエロいことに及ぼうとするのも、思考回路ブッ飛んでるじゃん!」
「そうか? でも、エロ漫画ってそういうもんだからなぁ。整合性を求めるだけ、野暮ってもんだぞ」
「……へー、随分エロ漫画に詳しいんだね功輔は。まあ、功輔も思春期の男子高校生だもんねー。そっかそっかー、うんうん」
「……!」
一人で納得したように、顎に手を当てて頷く沙也。
コイツ……!
「あっ、もしかして私のことも、エロい目で見てるんじゃないでしょーね! もー、功輔のエッチー」
「なっ!?」
沙也が自分の身体を抱きながら、妖艶に肢体をくねらせる。
クッ……!
「そ、そんなわけねーだろ! 自惚れるのもいい加減にしろよ!」
「えー、そんなこと言ってー。本当はこんなに可愛くてスタイル抜群の幼馴染がすぐ側にいて、思春期のリビドーがボルケーノ寸前なんだろ、ほれほれー」
「……」
沙也が豊満な胸を強調した扇情的なポーズで、俺のことを煽ってくる。
確かに沙也は黙ってれば顔は可愛いし、スタイルもグラビアアイドル並みに良い。
正直沙也に対して、リビドーが刺激されたことがないと言ったら噓になる……。
でも、だからって幼馴染にそんな劣情を抱くのは何となく罪悪感があり、今日まで必死に目を逸らしてきたのだ。
「お、俺、トイレ行ってくる」
本当は別にトイレに行きたいわけじゃないけど、あまりにもいたたまれないので、一旦トイレで頭を冷やしてこよう。
「アハハ、功輔顔真っ赤ー。かーわいー」
「……!」
クソッ、いつもそうやってからかいやがって!
……何とかして沙也に仕返ししてやれないものか?
「……!」
その時だった。
立って部屋から出て行こうとしたまさにその刹那、壁に掛かっているアナログ時計が止まっているのが目に入った。
ああ、また止まってる。
この時計は最近調子が悪く、たまに止まってしまうことがあるのだ。
……あ、そうだ。
ここは一つ、これを利用して――。
「ほえ? どうしたの功輔? トイレ行くんじゃないの?」
俺はその場で、パントマイマーみたいにピタリと身体を止めた。
これぞ、時間が止まったフリ!
「おーい功輔? 功輔ってばー?」
俺の顔の前で手をブンブン振ってくる沙也をガン無視して、尚も時間が止まったフリを続ける俺。
さて、沙也はどんなリアクションをするかな?
「も、もしかしてこれって……。あっ! 時計止まってるじゃんッ!?」
よし、時計が止まってることに気付いたな。
「マジで私、時間を止める能力に目覚めた……ってコト!?」
そんなわけねーだろ。
まったくコイツは。
昔から単細胞なんだから。
「うーわーマジかー! つまり今の私は、功輔に何でもイタズラし放題なのかー。ぐへへへへ」
「――!」
人妻NTRモノに出てくるオッサンみたいな下卑た顔をしながら、両手をワキワキさせる沙也。
あっ、ヤッベ。
確かにこれじゃ、何されても抵抗できないじゃん俺!?
これは、やっちまったか……!
「……スー、ハー、スー、ハー」
「?」
が、一転沙也は自らの胸に手を当てながら、目をつぶって深呼吸を始めた。
さ、沙也……?
「……功輔」
「……?」
そして今度は、頬をほんのりと桃色に染めながら、潤んだ瞳を俺に向けてきたのである。
ど、どうしちまったんだ、沙也!?
「……功輔…………好き」
「――!!」
沙也にギュッと抱きしめられながら、耳元でそう囁かれた。
なにィイイイイイイ!?!?
沙也のその豊満な胸が、容赦なく俺の身体に押し当てられている……。
う、うおぉ……。
「もう……、功輔のバカ……。私が毎日こんなに好き好きアピールしてるのに、全然私の気持ちに気付いてくれないんだから……。この鈍感」
「……」
沙也……。
そういうことだったのか……。
どうりで用もないのに、毎日俺の部屋に来てあれこれ絡んでくると思ったよ。
まさか沙也からそんな風に想われてたなんて……。
確かに俺は、バカ野郎だな。
「ハー、スッキリした! よーし、次は何しよっかなー。ふへへへへ」
「……!」
俺から離れた沙也は、また人妻NTRモノのオッサン顔になった。
クッ、これ以上何かされたら、流石に俺もいろいろとヤバい……!
何か手はないか!?
何か手は……!
「――!」
その時だった。
ベストなタイミングで、時計の針がまた動き出したのである。
よ、よし、ここしかない!
「あれ? なんで沙也、そんなとこに立ってんだ?」
「えっ!? こ、功輔!? あっ! 時間動き出してる!?」
時計を見て、目を見開く沙也。
「何言ってんだよ。時間は常に動いてるだろうが」
「そ、そうだよね! あはははは……」
頭に手を当てながらくねくねしている沙也をよそに、俺は素早く部屋から出た。
よ、よし、我ながらなかなかいい演技だったぞ!
「……ふー」
部屋の扉に体重を預け、天井を見ながら大きく息を吐く。
『……功輔…………好き』
「……! うぅ……」
その途端、ついさっき沙也に耳元で囁かれた台詞が頭をよぎり、あまりの恥ずかしさに、俺はその場に崩れ落ちた。
クソッ、あいつ、反則だろあんなの……。
もう俺、どんな顔して沙也に会えばいいかわかんねーよ……。
とはいえ、いつまでもここにこうしているわけにもいかない。
一旦トイレに行き、冷たい水で顔を洗って心を落ち着かせた俺は、軽く一つ深呼吸をしてから、俺の部屋の扉を開けたのである。
「あっ、こ、功輔! 随分遅かったじゃん! さ、さては、ウンコだな」
「う、うるせーな! 女の子がウンコとか言うなよ!」
そうやってイジってくる沙也だが、露骨に赤くなって俺から目を逸らしてくる。
今更になって、さっき俺にしたことが恥ずかしくなったんだな!?
言っとくけど、こっちはお前の百倍くらい恥ずかしい思いしてんだかんな!
「――あっ! また時間止まってる!」
「――!」
なにィイイイイイイ!?!?
咄嗟に横目で時計を確認すると、確かにピタリと止まっていた。
オイイイイイイイイ!!!!
これじゃまた、時間が止まったフリをするしかないじゃねーか!
じゃないとさっき俺が時間が止まったフリをしてたことが、沙也にバレちまう!
「…………」
「オオー! やっぱマジだったんだ! 私は時間を止める能力を手に入れたんだ! ハッハッハ! やったやった! 最高に「ハイ!」ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ」
ダメだコイツ……。
すっかりどこぞのカリスマ吸血鬼みたいになってやがる……。
「さーてと、それじゃ今度はー」
「……!」
いつもの人妻NTRオッサンフェイスで、にじり寄って来る沙也。
クッ、何をするつもりなんだ……!
「ふっふっふ」
「……?」
が、鼻と鼻がつきそうな距離にまで来た沙也は、その場で左を向いたのである。
さ、沙也……?
「えいっ!」
「っ!?」
そしてあろうことか沙也は、自分の右の頬を、俺の唇にぶつけてきたのである。
えーーー!?!?!?
「キャー! 功輔にキスされちゃったー! もー、功輔のエッチー」
「……」
両頬に手を当てて真っ赤になりながら、顔をブンブン振る沙也。
いや、お前は本当にそれでいいのか……?
発想が完全に小学四年生じゃないか。
「ふっふっふ、では次はいよいよお待ちかね、メインディッシュだね」
「……!」
メインディッシュだと……!
まさか……!
「……功輔」
「――!!」
目を閉じた沙也が、ゆっくりと俺の唇に、自らの唇を寄せて来る。
いやいやいや!?
流石にそれはダメだろ!?
するにしても、そういうのはちゃんと恋人同士になってからじゃないと!
い、いや、俺のほうこそ何言ってんだ!?
ああもう、頭がパンクしそうだ!
そ、そうだ!
今また時計が動き出してくれれば……!
「……!」
が、無情にも時計は止まったままであった。
ク、クソ、このままでは……!
「……功輔、好き」
「……」
あと数ミリで、唇がつきそうなくらいの距離にまで来た沙也。
ああ、俺はもう、自分の気持ちに嘘はつけない……。
――俺も、沙也のことが好きだ。
でも、俺なんかじゃ沙也には釣り合わないと思って、ずっと自分の気持ちから目を逸らしてたんだ。
それが、こんなことがキッカケで覚悟が決まるなんて、ホント皮肉な話だな。
――だが、だからこそキスするのは、ちゃんと告白してからじゃないと!
「沙也ちゃーん、オヤツ持って来たわよー」
「「――!!!」」
その時だった。
最悪のタイミングで、俺の母さんがカステラを持って来たのである。
うわああああああああああ!!!!
「あらあらまあまあ。やっとあなたたち、そういう関係になったのね。うふふふ、これは今夜は、お赤飯炊かなくちゃね」
「えっ!? えっ!? えっ!? あれ!? 時間は止まったままなのに!? あれ!?」
時計と俺を交互に見ながら困惑している沙也をよそに、カステラをテーブルに置いて「どうぞごゆっくり~」と、鼻歌交じりに部屋から出て行く母さん。
「…………」
「…………」
全てを察したらしい沙也の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
さて、と、この地獄みたいな空気を、どうしてくれようか。
「もう、功輔の、バカアアアアアアアアアアアアアアア」
このあと滅茶苦茶怒られた。
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