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追放セラピー師のやり直し旅


「セラ、お前をパーティから追放する」


 青い月明かりが差し込む砦の一室で、勇者アレクは告げた。

『セラピー師』セラは、彼の言葉をただ黙って受け止める。


 この地は魔族の国に接する激戦区。この砦を失えば、人族はまた一歩、領土を削り取られる事態になる。

 追い込まれつつある人間たちは、切り札の戦力として勇者アレクとパーティを投入。

 そして連日連戦を戦い抜き、今日やっと辛くも勝利をおさめたのだ。


 部屋の中には他の仲間たちもいる。


 王国の第三王女にして大賢者、全属性の魔法を使いこなす天才、クリスティーナ。

 頑強な肉体と防護・回復に秀でた魔法で、仲間たちの盾となる聖戦士トーマ。


 彼らは感情の見えない目で、アレクとセラを眺めていた。


「つい、ほう……」


 少しの間をおいて、セラが絞り出すように言った。


「ああ、そうだ。理由は自分でも分かるだろう?」


「……私が足手まといだから」


「その通り。分かってるじゃないか。ずっと長いこと基礎クラスの治癒術師のままでいて、やっと上級クラスに目覚めたと思ったら、『セラピー師』などという意味不明な役立たず。

 ろくな回復スキルはなく、攻撃もできない。まさにお荷物だ。俺たちの我慢は限界なんだよ」


 俺たち。その言葉に反応して、セラはクリスティーナとトーマを見る。

 けれど彼らは、セラのすがるような目に嘲笑を返した。


「残念だけど、真実ね。あなたは能無しの役立たず。今回の戦闘で、あなたが何か功績を上げたかしら? 功績どころか皆の足を引っ張っていたわね。あなたを庇うためにいらぬ苦労をさせられて、よくもまあ、仲間面していられるものだわ」


「クリス様、お言葉が過ぎますよ。セラは彼女なりに努力しているのです。ただ、無駄な努力というだけで」


 クリスティーナに続いて、トーマも辛辣なセリフを吐く。

 セラは拳を握りしめた。役立たずの自覚はあった、でも、信頼していた仲間たちがこんな風に思っていたなんて。

 彼女は確かに戦闘では役に立てなかった。使えるスキルは治癒術師時代の初歩的な回復魔法だけ。攻撃魔法の才はなく、ましてや武器を持っての戦いなど全くできない。セラピー師のスキルは微妙なものばかりで、使い道が分からない。


 自分の無力が悔しくて悲しくて、涙が出そうになる。

 けれど泣くわけにはいかない。そんな無様は晒せない。

 セラはうつむいていた視線を上げて、まっすぐに勇者アレクを見た。同い年の幼馴染、誰よりも信じていたはずの青年を。


「分かった。私、パーティを抜ける」


「ああ。それが賢明だ」


 冷たい眼差しが信じられない。人々の未来のために力を尽くそうと、真っ直ぐな気持ちで誓い合った相手だったのに。


「さようなら、セラ。せいぜい元気でね」


 仲間の――否、仲間だった人たちの侮蔑に満ちた声を背に受けながら、セラは部屋を出た。







 どうしてこんなことになったのだろう。

 激戦の影響が色濃く残る砦の廊下を歩きながら、セラは思った。

 せめて回復スキルで負傷兵たちの治療を、と思ったが、この砦は精鋭揃い。中級や上級の回復魔法を使いこなす者が多くて、初級しか使えないセラの出番はどこにもなかった。


 アレクとは同郷の幼馴染だった。早くから剣の才能を発揮していた彼は、13歳の年に冒険者として故郷を旅立った。

 同い年のセラも、彼の背中を追いかけるようにして旅に出た。

 アレクは才能こそ豊かだったが、小さい頃は泣き虫で、セラの方がお姉さん役だった。だから放っておけなくて、セラはついていったのだ。

 最初の頃は順調で、剣士のアレクと治癒術師のセラはいいコンビ。めきめきと実力を伸ばすアレクに引っ張られながら、セラも必死で研鑽を続けていた。


 そんな少年たちの旅は、ある事件をきっかけに変化してゆく。

 たまたま請け負った魔物退治のクエストで、魔族の将軍と遭遇したのだ。

 同行していた年上の冒険者が皆逃げ出す中で、アレクは退かなかった。無謀で勝ち目のない戦いは、だが、アレクが戦闘のさなかに勇者のクラスに目覚めたことで逆転した。

 彼は将軍を討ち取り、魔軍の作戦を潰して大勢の人々を救った。その功績と希少な勇者クラスの存在で、アレクは引き立てられる。

 魔法の天才である第三王女クリスティーナと、その護衛騎士で国でも屈指の武芸者のトーマを加え、勇者アレクと仲間たちは人族の希望のシンボルになった……。


「分不相応、だったのかな――」


 口に出して言えば、事実が重くのしかかった。

 セラがお荷物であるという話は、ずいぶん前から周囲に囁かれていた。その度に陰口を笑い飛ばし励ましてくれたのは、他でもない彼らだったのに。


 セラは立ち止まった。砦の小さな窓から外を見る。

 昼間、あんなにも激しい殺し合いが繰り広げられていた荒野は今は静か。魔族と人族の亡骸が、青白い月光に照らされている。

 冴え冴えとした温度の感じられない光。

 その冷たい光にアレクの目を思い出して、セラは歯を食いしばった。







「あぁぁ~。ついに言っちゃったよぉ~~~」


 セラが去った部屋の中。先程までの態度はどこへやら、涙を浮かべたアレクが床にうずくまっている。


「あなたね、やめなさいよ。見苦しい」


 呆れたようにクリスティーナが言う。


「そうですよ。セラ殿をこれ以上、厳しい戦いに連れて行くわけにはいかない。彼女の身の安全を確約できませんからね。そう決めたでしょう」


 トーマが言いながらアレクを抱き起こそうとするが、勇者は床に転がったまま縮こまった。


「そうだよ、そうだけどさ! さっきのセラの顔見ただろ。泣きそうだったよ!? 俺がセラにあんな顔させたと思うと、もう、心折れる……」


「仕方ないじゃない。あの子、危険だからと言い聞かせても聞かないもの。自分が傷つくのに頓着しないで、献身しようとするじゃない。だからわざと冷たくしたんでしょ。しっかりしなさい」


「そうだけどぉ……」


 ダンゴムシのように丸まったアレクは、床に向かってくぐもった声を出した。


「セラはさ、頑張り屋なんだ。旅に出てから一度も泣いてないんだよ。13歳で故郷を出て、もう6年にもなるのに。辛いこと、痛いこともいっぱいあったのに。

 それなのに俺が……あんなひどいこと言って、泣かせて……。あああ、俺のバカ。俺のダンゴムシ! 湿ってカビた黒パン以下の存在!!」


「文字通りよね」


 クリスティーナが赤い宝石のついた杖でアレクの頭をピタピタと叩いた。なおこの杖は紅蓮の炎禍クリムゾン・ディスターズという国宝級の代物である。


「いつまでもダンゴムシをやっていないで、今日はもう休みましょう。明日の出発は早いのですから」


 トーマが言った。

 彼らは明朝、魔族の領域に侵入する予定である。事前に得た情報では魔王が前線に向かっているというのだ。

 魔軍の全力で攻められれば、この砦も確実に落ちる。前線の要たる砦が落ちれば、人族の敗北は濃厚になる。

 しかし逆にチャンスでもあった。魔族たちの絶対的な王である魔王を仕留められれば、形勢は逆転するだろう。


 困難な使命だったが、彼らはやり遂げるつもりでいた。

 無論、無傷で成功できるとは思っていない。犠牲者を出しても、刺し違えてでも、魔王の息の根を止める決意をしていた。


 そして、それだけ厳しい戦いにセラを連れて行く余力がなかった。

 彼らはセラの価値を認めている。セラはいつも仲間を気遣っていた。行き違いがあればすぐに気がついて話を聞き、不満は小さな芽のうちにきちんと解消するよう心を配っていた。だから皆はセラに信頼を寄せて、何かあれば真っ先に彼女に相談したのである。


 それに『セラピー師』という謎のクラスについても、薄々真価に気づいている。

 戦場で価値を発揮するタイプではない。

 けれどこの後の未来、戦争が終わった先の時代で必ず力を発揮するクラスだと。


 であれば、セラには生き残って欲しい。そして戦いばかりだった人生から抜け出して、やり直して欲しい。

 危険な任務を前に死を覚悟した3人はそう考えて、一芝居打ったのだった。







 ぼんやりと外の荒野を眺めていたセラは、これからのことを考えていた。


(私はここにいても、何の役にも立てない。けど、ただ逃げ出すのは嫌。考えるんだ、私にもできることを……)


 彼女の最初のクラスは治癒術師だった。セラ本人も、傷ついた人が元気を取り戻すのを見るのが生きがいだった。困っている人がいれば寄り添って、苦悩を和らげる手助けがしたかった。

 セラピー師についても色々と調べた。前例がないクラスなので手探りだったが、人の心と身体に働きかけるものらしいと知った。


 治癒魔法のように一瞬で効果が得られるものではない。

 日々の暮らしを健やかに過ごせるような、地味だけれど大事な役割。


(ああ、そうか――)


 ふと、セラは腑に落ちた気がした。


(私、戦いが嫌いなんだ。傷ついた人を治したいけれど、本当は最初から傷ついて欲しくない。争いなんて起きて欲しくない。

 こんな弱虫だから、戦いで役に立てなかった)


 けれどそんな『弱虫』を、彼女は誇りに思った。

 戦いが嫌いだ。

 争いがなくなって欲しい。

 だからこそ戦場(ここ)で、精一杯の力を尽くす。大事な人たちのために、自分ができることをする。セラピー師の力を最大限に活かして。


 セラは窓の外から目を戻して、先ほど歩いてきた廊下を見た。その先の扉、仲間たちがいる部屋に視線を向ける。

 そして、歩き始めた。

 今度は虚勢ではなく、ごく自然に胸を張りながら。







 コンコンとドアがノックされて、床でダンゴムシになっていたアレクは顔を上げた。


「みんな、まだいる? 最後のお願いに来たの」


 セラの声だ。アレクは慌てて起き上がり、体についた埃を払った。


「何の用だ? それに入室の許可は出していないが。部外者は引っ込んでくれ」


 ドアから顔を出したセラに、アレクは冷たく言った。ついさっきまでのダンゴムシから見事な切り替えであった。

 クリスティーナが噴き出すのを必死でこらえて、それがかえってセラを小馬鹿にしたような表情になっている。トーマは無我の境地である。


「俺たちはもう寝る。邪魔をしないでくれ」


 アレクが言うと、セラはうなずいた。


「じゃあ、眠ったままでいいから、私のセラピーを受けてね」


「何? セラピー? いつものマッサージのことか?」


 アレクは眉をしかめる。セラは時折、仲間たちにマッサージをしてくれた。とても上手で、セラのマッサージを受けると次の日は疲れが吹き飛んでいる。とはいえ、あくまで通常のマッサージの効果範囲だったが。


「いらないわ。今更マッサージでもないでしょ」


 と、クリスティーナ。本当はセラのマッサージが大好きなのだが、今は本音を言うわけにはいかない。

 セラは首を振った。


「迷惑はかけないから。寝てくれていいよ。私、今の力を全部出して、みんなの体と魔力を整える。疲れを全部取って、全力を出せるコンディションにする」


 いつも控えめで大人しいセラの力強い口調に、アレクたちはそっと目を見交わした。


「今までのお詫びと思って、やらせて。今なら何だか、いつもよりもっと効果が出せる気がするの」


 トーマは目を細めた。彼の持つ鑑定スキルが、セラのセラピー師クラスのレベルアップを告げている。

 この短時間で何故?

 不思議に思ったトーマは、つい口に出して言ってしまった。


「いいでしょう。セラ殿がそこまで言うのであれば、試すのもありかと」


「おい、トーマ」


 アレクが不機嫌な声を出した。彼としては必死の思いで大事なセラを遠ざけたのに、ここでボディタッチ(マッサージ)などされたら決意が鈍りそうで怖かったのだ。


「仕方ないわね。迷惑料代わりにやらせてあげる」


 マッサージ大好きなクリスティーナは、欲望に負けたようだ。


「アレクもいいよね?」


 強い瞳で見つめてくるセラに、アレクは内心で悲鳴を上げた。やめて! その目で見ないで! 大好きだから!


「ちっ、分かった。だが手短にしてくれ」


 ぶっきらぼうに言うのが精一杯だった。


 かくして、セラの『セラピー』が始まった。







 砦の一室に簡易ベッドを3台持ち込んで、セラピーが始まった。

 最初に受けるのはクリスティーナ。上着だけ脱いでベッドにうつ伏せに寝転がると、セラは彼女の背に手を伸ばした。

 衣服越しに背骨をなぞって、セラは小さくため息をついた。


「クリスちゃん。何日も無理をして魔法を使ったでしょ。強い疲労で魔力回路が乱れているよ」


「仕方ないじゃない。あれだけの激戦だったのよ。出し惜しみしてたら負けてたわ」


「……」


 その戦闘で何の役にも立てなかったのを思い出して、セラはぐっと手に力を入れた。指先から魔力が淡い光となって漏れ始める。


「……あれは!?」


 鑑定スキルを発動させながら見守っていたトーマが、思わず呟いた。

 セラの指先に集まった光は、今までに見たことのない強さで輝き始めた。真夏の太陽を思わせる黄金色の光の内側に、スキル名が浮かび上がる。


 ――『黄金の指(ゴールド・フィンガー)』。


 セラの輝く指がクリスティーナの体を滑るたび、黄金色の軌跡がきらめく。疲労でボロボロになっていた魔力回路がみるみるうちに整って、元通りの、否、それ以上の魔力で満たされていく。


「え!? 何よこれ、どうなってるの!」


 尋常ではない整いに驚いたクリスティーナが、声を上げた。起き上がろうとして、セラに押さえつけられている。


「動かないで。最後まできちんと施術しないと、効果が半減しちゃう」


「で、でも……」


黄金の指(ゴールド・フィンガー)、限界解放――ッ!!」


「ふにゃぁぁあぁッ!?」


 あられもない声が上がって、アレクは赤面して目をそらした。トーマはガン見である。

 黄金の光が部屋を満たし、消える。果たして施術が終わったクリスティーナは、幸せそうにゆるんだ顔で昇天していた。よだれまで垂れている。


「よしっ! 完璧」


 セラは彼女を仰向けにしてやると、お腹に毛布をかけた。優しく慈しみに満ちた手付きだった。


「次、トーマさんどうぞ」


「えっ。あ、はい」


 トーマが巨体を簡易ベットに横たえる。ミシミシと音がしたが、ベッドはどうにか彼の体を支えた。


「トーマさんも無理をしすぎです。いくら防護魔法があっても、敵の攻撃を一身に集め続けるなんて」


「それこそが私の約目です。それに傷はすべて治癒魔法で治しました。何の問題が?」


「傷が治っても、失われた血と体力は戻らないの。骨や関節に特に負担が溜まって、歪みそうになってる……」


 セラの指が再び黄金色に輝いた。鎧のような筋肉のトーマの体をぐいぐいと指圧していく。

 トーマは思わず上ずった声を漏らした。


「はぁんっ!?」


「膝の関節がすり減っているよ。敵の重い攻撃を何度も受け止めていたものね」


「ひんっ!」


「腰の歪みもひどい。無理な姿勢を長く続けて、疲れ切っているの」


「ひゃあんっ!」


「肩も腕も、トーマさんがどれだけ体を張ってみんなを守ってくれたか、よく分かる。だから今の私の全力で、歪みを正す――黄金の指(ゴールド・フィンガー)再興術式アーツ・オブ・レストレーション!!」


「アアアァァッ、またスキルがレベルアップを……ッ!」


 黄金の光が収束した先には、完落ちしたトーマの姿があった。ちょっと表現できないくらいひどい有様である。

 セラは彼にも毛布をかけて、お腹のあたりをぽんぽんと叩いてやった。母親が幼い子供にするような、愛情あふれる仕草だった。


「さあ、アレク。最後はあなたの番だよ」


「え! いや、あの、俺はいいよ!」


 完全に天国に行っている仲間たちを見て、アレクは後ずさった。何年も片思いをしているセラの前で、あんなだらしない顔を晒したくない。彼は必死で断ったのだが。


「だめ。私は今まで役立たずだった分、今日は全力を尽くすと決めたの。だから、さあ、アレク」


「い、いや……」


 やだーっ! とアレクは叫びたかったが、プライドが邪魔をした。

 口ごもる彼の手を、セラは握った。アレクの体がぎくりとこわばる。


「アレク。お願い。……ううん、お願いなんてできる立場じゃないのは分かってる。でも最後に、少しでもあなたの力になりたいの。

 今日が終わったら、二度と近づかないと約束する。だから、どうか、今日だけは……」


「うっ」


 大好きな人が、至近距離で上目遣いに見つめてくる。しかも目には涙を浮かべて。

 極大のプレッシャーにアレクは負けた。もとより勝ち目のない戦いだったのである。


「わ、分かった。じゃあ手短に頼む」


 そう言うのが精一杯だったが。


「だめだよ。しっかり、みっちり、たっぷりやるから」


 手を引かれてベッドに寝転んだ。不安と、何とか耐えなければという気持ちと、あとなんか羞恥心とか恋心とか期待しちゃう心とかがごちゃまぜになって、アレクは施術前から真っ赤になった。


「始めます――」


 セラの手が肩に当てられる。暖かな感触にどきりとする。心臓がばくばくと破裂しそうになる――







 結論を言うと、アレクも耐えられなかった。

 耳元で愛の言葉(※愛は愛でも慈愛です)を囁かれ、全身をマッサージで優しく解きほぐされ、そこまでは勇者の強靭な精神で耐えた。かなり危なかったが何とかした。

 けれどセラはその上を行った。

 黄金の指(ゴールド・フィンガー)の上位スキル『神の手(ゴッドハンド)』を発現させて、勇者のあらゆる耐性をぶち抜いたのである。


 アレクは極楽浄土の幻覚を見ながら、深い眠りに落ちていった。





***





 そうしてまた、朝がやって来る。

 砦の一室で目覚めた勇者たちは、セラがすでに去ったことを知った。

 偽りの追放はセラピー師の覚醒を促したが、彼女が戦闘で役に立てない事態に変わりはない。

 アレクたちはセラに内心で謝罪と、二度と会えないであろう別れと、最後の夜のトンデモ経験の微妙な感想を胸に魔族の領域へと旅立った。魔王を殺し、人族の未来を勝ち取るために。







 ……で、ものの3日くらいで帰ってきた。


「勇者様!? お早いお帰りですが、忘れ物ですか?」


 砦の兵士が驚いている。

 しかしアレクたちは忘れ物を取りに戻ったわけではなかった。


「いいや。しっかり魔王を討伐したよ」


 さらりと言われた事実に、砦は騒然となる。


「ありえないでしょう! 3日ですよ、3日!」


「いやなんか、すっごい体の調子が良くてめちゃくちゃ飛ばして走っても疲れないし」


「魔法はいつもの100倍くらいの威力が出るし」


「敵の攻撃もちっとも痛くなくて」


 勇者一行は口々に言った。超弩級のバフがかかっていたのだ、と。


「セラがどこに行ったか分かるかい?」


 アレクはそわそわしながら兵士に聞いた。


「セラ殿ならまだ砦にいますよ。兵たちにセラピー? をしてくれて、皆元気になったのです」


「そっか、ありがと!」


 そうしてアレクは走っていった。今回の最大の功労者で、大事な人の元へ。







「セラ!!」


 セラの耳に、もう二度と聞けないと思っていた声が飛び込んでくる。

 砦の兵士にあらかた施術を終えて、旅立とうと建物を出た、その時に。


「アレク!?」


 振り返った彼女は、体ごと抱きしめられた。いつもそばにいたけれど、こんなに距離が近いのは初めて。


「なぜここに? あなたたちは、秘密の任務に出たと聞いていたのに」


「全部終わったよ。セラのおかげだ!」


「え? え?」


 戸惑うばかりのセラに、アレクは腕を緩めた。それから深く頭を下げる。


「ごめん、セラ。ひどいことを言って、きみを傷つけた。戦いから遠ざけるためだったとはいえ、セラを泣かせてしまった。

 本当にごめん。許してくれるまで、何でもするよ」


 セラは無言でアレクを眺めた。彼女は最初驚き、次に納得して、最後は……にっこりと笑った。分厚い雲間から太陽の光が差すような、明るい笑顔だった。


「それじゃあ、私の旅に付き合って。私、セラピー師の力で人助けがしたいの。

 戦争が終わっても、怪我の後遺症や心のトラウマで苦しむ人はいっぱいいる。その人たちの力になって、少しでも穏やかに暮らせるようにしたい。そのための旅をしようと思っていたの。

 アレクが来てくれたら、とても心強いな。……どう?」


「もちろん!」


 アレクは即答した。早速セラの手を取って、道を歩み始める。


「こらー! アレク! 戦後処理とかどうするのよー!」


「英雄たる勇者殿が不在など、格好がつきませんよー!」


 背後で、クリスティーナとトーマが叫んでいる。


「悪い! 2人に全部任せるから、後はよろしくー!」


 アレクとセラは明るく笑って、走り出した。

 背後で起きたブーイングは、やがて祝福へと調子を変えて、若者たちの背中を押してくれた。







 こうして彼らは、再び旅に出た。戦いではなく、日常を取り戻す旅に。2人の関係をやり直す旅に。


 ――これは、追放セラピー師のやり直し旅。







魔王「なんかよく分かんないうちに超強い奴らが走ってきて瞬殺された」




お読みいただきありがとうございます。タイトルガチャ企画にて書いた作品です。

セラピーというかマジカルエステ的な話になりました。

もしよければ、ブクマや評価で応援してやって下さいね。


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[良い点] 追放モノにありがちなギスギス感がなく、リアクションギャグで楽しませてもらいました! [一言] 必殺技(ただし癒し属性)の名前がカッケェ!
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