85:さて、どうする?
かつて一世を風靡した天才子役、蒲生みずき。
ある日忽然とメディアから姿を消したが、その原因は撮影中に事故に遭い大怪我を負ったことによる。
ただし、それが理由の全てではなく、森小路センパイがメディアに出なくなった理由を守口センパイが赤裸々に語ってくれた。
「瑞稀が芝居を始めたのはコミュ障矯正が理由だったのだけれど。撮影中のケガで長期入院したらコミュ障が再発というかぶり返し。それも以前よりも更に悪化して、子役続行が不可能になってメディアから消えたのが事の真相よ」
聞いた途端、目がテンに。
「ホント、どうしようもないでしょう」
その通りだよ!
*
「だって。知らない大人とお話しするのが怖かったし……」
瑞稀が(本人曰く)〝人見知り〟になった理由を口にするが、客観的に見たら肩透かしも甚だしい「なんだソレ?」な理由。
「もうなんかバカバカしすぎてね。瑞稀のお母さんも完全に匙を投げちゃってるの」
守口が肩を竦めると「違うモン」と瑞稀が反論。
「お母さんは「瑞稀が好きなようにすればいい」と言ってくれたんだから」
「それを世間では「匙を投げる」と言うのでは?」
「余計なことを言うな!」
「イテッ!」
滝井の茶々入れを拳で黙らせると、典弘は「理由に事件性がなくて、ホッとしました」と正直な心境を口にする。
番組制作会社がコソコソ嗅ぎまわっているだけに、スキャンダラスなことでもあれば心に傷がつくのは間違いなく瑞稀のほう。その懸念がないだけでも一安心というもの。
「心配してくれてありがとう」
正直な心情を吐露した典弘に、瑞稀が満面の笑みで礼を述べる。
途端、殺風景な病室に花が咲いたかのように華やぎを魅せると、傍にいた守口から「天然のたらしは違うわね」と呆れ半分に評される。
「たらしなんかしていないモン」
当然ながら瑞稀が真っ向から否定するが、拗ねる仕草が可愛いらし過ぎるので説得力が微塵もない。逆に「ホラ。これでもう千林クンが骨抜きにされた」と更にからかわれる始末。
と、外からだと美少女同士の微笑ましい光景に見えるが、当人たちは腐れ縁で言い合いもいつものこと。
「浩子ちゃんなんかイーだ!」
「ガキ」
「もう!」
「もうもうって、アンタはウシか?」
「わたしがウシなら、浩子ちゃんなんか人でなしでしょう!」
「人でなしは態度を示す語彙で、生物の名称じゃないんだけど」
だんだん本筋から離れた罵り合いへと雲行きが怪しくなってきたので、典弘は慌てて「口論は後にして、今は番組制作会社のことを考えましょう」と呼びかける。
さすがに低レベルの口論はバツが悪かったのだろう。瑞稀と守口がお互いに顔を見合わせながら「そうね」と頷きあう。
「それじゃあ、ちゃんとやりますか」
おふざけモードから真面目モードにスイッチが切り替わり、守口の顔がキリリと引き締まる。
「番組制作会社の深草さんだっけ。千林クンが会ってきたのは?」
「そうです」
典弘は預かった名刺と企画書を二人に見せると「こういう企画で撮影するので、協力して欲しいという依頼でした」と説明する。
暫し無言で二人して企画書を眺めると、守口が「これは……いただけないわね」と眉間にしわを寄せて深草の企画書案に難色を示す。
まあ、さもありなん。
所謂ドキュメンタリー的な構成で現在の状況を丹念に取材するのならともかく、彼女の持ってきた企画はバラエティー番組の一コーナーで放映するものである。
「いちおうは笑いを取るのではなく、脚にハンディを持ちながらも頑張っている姿を撮るとは言っていましたが……」
典弘も説明の注釈は入れるが、どこまで真面目なのかは半信半疑。そこを見透かしたかのように守口が「千林クンが入る時点で眉唾物だよ」と胡散くささを指摘する。
「なにか見えてくるのよね『悲劇のヒロイン。陰で支える後輩男子』みたいな陳腐なタイトルが」
「えーっ。なんだか恥ずかしい」
茶化す守口に瑞稀が露骨に嫌な顔。
二人とも児童劇団に在籍していただけあって、少なからずマスコミの闇も見ている。今回の企画に茶番の臭いを感じ取ったのだろう。
それだけではない。
「よしんば、企画自体は真面目に撮られていても、放送媒体がバラエティー番組でしょう。出演者の発言次第で印象ががらりと変わってしまうわ」
茶化されたらそこで終わりだと指摘。それまで黙って見守っていた土居までもが「酷いものになると、丁寧に撮られたコンテンツを面白おかしくネタにする番組もあるからね」と指摘。
さすがに最近は減って来たけどと付け加えてはいるが、ゼロではないだけに無視はできない。
傍で聞いていた瑞稀もありえる話だと「うん」と頷く。
「わたしだけならまだしも、千林クンや演劇部を巻き込むような企画は困るわ」
「だよね」
皆まで言うなとばかりに、守口も瑞稀の意見に同意する。
典弘も異を唱えるつもりなど毛頭なく、当事者の瑞稀が自分のことよりも典弘や演劇部を案じている気持ちもよく分かった。
「それ聞いて安心しました。深草さんには改めて取材には協力しない旨と、僕たちに関わらないよう頼み込んでおきます」
分かり切った結末ではあるが、キッパリと言いきったことが大きい。
これでこの話はお終いと思いきや、守口が「そう簡単に終わればいいんだけれど……」と懸念の言葉を口にする。
「千林クンの受けた印象だと、深草とかいう人というか、その会社。そう簡単に森小路さんのスクープを手放すとは思えないのよね」
守口に続くように土居もまた「そうだよね」と追随。
「真っ先に千林クンにアポを取ったくらいだからね。既にある程度の時間を費やして、事前取材の裏取りをしているだろうね」
それなりのニュースバリューがあるだけに、オンエアされれば注目を浴びるのは約束されたようなモノ。制作会社として、そうカンタンには没にはしたくないだろう。
「僕は断ればそれで済むけれど……」
当然そのケースも予測しているだろう。典弘に代わってナレーションを被せれば、敢えて当人が出演する必要はない。
よりドラマ性が高まるから典弘に伺っただけで、ダメならダメで瑞稀の同意さえ得られればどうとでもなるのだ。
「生粋の一般人な千林クンと違って瑞稀は元子役、弱小制作会社のコンプライアンスなんて紙切れより薄いわね」
肖像権や個人保護の観点から瑞稀の許諾を得るまでは撮影には入らないだろうが、同意を得るための申し入れに夜討ち朝駆けされそうな気がする。
過度にやられたら警察や弁護士を立てて対抗もできるが、常識の範囲内に抑えられたら警察は動かないし弁護士ではどうにもならない。
「正直、困ったわね」
典弘たち4人が頭を抱えてると、ひとり蚊帳の外状態だった決め込んでいた滝井が「えっ、どうして?」と訊いてくる。
「取材と称して付き纏われたら迷惑なんですよね? だったら「迷惑だ」とはっきり言えば?」
どうしてそんな単純なことを言えないんだ? と怪訝な顔をするが、もちろん言えないなりの理由がある。
「許可を得ようと夜討ち朝駆攻勢されると、先に瑞稀が疲弊してしちゃうわ」
「もう来るな。ってハッキリ言えば?」
「それで引き下がるようなら、業界人なんかしていないわよ」
無茶苦茶な言い分だが、マスコミはそれがまかり通る世界。理不尽がデフォルトなのである。
世の不条理を守口がしかめっ面で語ると、滝井が後頭部に手を組んで「ふ~ん」と気のない返事。
「だったら、相手がぐうの音も出ない相手に圧力をかけてもらったら? 誰かいないんですか?」
なんの気なしに滝井の口から出たセリフに、守口と典弘が「それだ!」と飛びついたのであった。
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