69:ドレスコード?
お騒がせはいつものこと。終業式後の部活の中で、守口センパイが盛大にぶちかました。
「今週末に市内の神社で夜祭りがあるのだけれど。みんなで行かない?」
いや、なに、ソレ。
なんというか、本当に唐突だよな。
*
市内にある神社の夜祭り。
全国区のメジャーな催しではないが、この辺りではそこそこ有名な夜祭りで、市内外から多くの人々が集まる夏の定番イベントだ。参道には定番から変わり種まで多くの露店が様々な店を開き、境内のステージではのど自慢を始めとする多くのステージが開かれる。
しかし、なんといっても祭りの目玉は協賛する商工会が催す打ち上げ花火で、およそ3千発の花火が夜空に向かって打ち上げられる。
そんな地元イチ押しの催しなので、守口がリクレーションの行き先にするのも納得。
プールには気乗りがせず、なんの反応も示さなかった瑞稀も、夜祭り見物には瞳を輝かせて興味を示している。
「たこ焼き……焼き串……りんご飴……美味しそう」
「アンタ、食うことしか楽しみがないの?」
まるで3歳児のようなストレートな要求に守口が呆れ、土居が「森小路さんらしいね」とオブラートに包んで苦笑い。
「花火も見たいけど、せっかくのお祭りなんだから」
口を尖らして拗ねる瑞稀を、典弘は「可愛い」と心の中だけでクスリと笑う。
楽しみのベクトルが屋台の出店というか食い気に走っているのだが、チープグルメの探訪も夜祭り見物の醍醐味。それはそれで楽しかろう。
夜祭りも人出は多いがプールのように杖の制限を受けることはない、ならば典弘が懸念することもなく「良いんじゃないですか」と賛意を示す。
「この娘が迷子にならないか心配だけど、屋台や花火見物はみんなで一緒に回れるから楽しいでしょう?」
瑞稀が「うん」と頷き典弘も「ですね」と追随。元より土居が守口の提案に異を唱えることもない。
「守口センパイの水着が見れないのは残念だけど、これはこれで悪くないのかも」
端からどうでも良いのだが、滝井も夜祭り見物は気に入ったようで、独り脳内で妄想を膨らませている。
「なんだか独り危ない子がいるけれど、とにかく反対意見はないわね」
最後に守口が取りまとめて、演劇部のリクレーションとして夜祭り参加が決まった。
と、そこまでなら〝いつものこと〟なのだが……
「どうしてこうなった?」
人気のいなくなった演劇部の部室で、典弘はひとり天を仰いだ。
リクレーションの中身が決まって、1学期最後の部活はこれにて終了。それじゃあ解散という段のところで、守口から「悪いけど、千林クンはちょっと残ってくれるかな」と耳打ちされたのだ。
部活の先輩であると同時に辣腕な生徒会長。守口に「部室に居残り」と命じられたら唯諾と従うしかない。
そして部室でひとり待たされて既に10分以上が経過。ムッとした空気の中、汗だけがダラダラと流れてくる。
演劇部の部室は守口がゴリ押しで体育館倉庫の隅に確保したスペース、そもそもが倉庫なのでヒトが快適に過ごす配慮などはされていない。空調はおろか換気もイマイチな中、不快指数だけがどんどんと溜まっていく。
そろそろ我慢も限界。になる直前に「待たせちゃって悪かったね」と守口が部室に戻ってきた。
クソ暑い部室にひとり居残りをさせるとか、なぜに自分だけを残すのか? とか不満は色々とあるのだが、傍若無人な守口を相手に文句を言ったところで糠に釘というか無駄むだムダ。適当にはぐらかされて煙に巻かれるのがオチだと心得ている。
「それで、僕だけが残った用件というのは?」
この場合の最適解はサッサと用件を訊いて解放してもらうこと。守口も話を引っ張る気はないようで「わざわざ残ってもらった理由はね」と前置きなしに本題を切り出した。
「今度の夜祭り。千林クンには是非とも浴衣を着てきて欲しいのよ」
「はぁ?」
一瞬、思考が止まって目がテンになる。
まさかのドレスコード指定。
真夏の夜祭りに浴衣の着衣はヘンではないけれど、強要されて着てくるようなものではなかろう。
もっとも、言った当人にムチャ振りの意識はないので至ってマイペース。
「そんなに驚くようなことかな?」
悪びれることなく不思議そうに首を捻ってくる。
「そりゃあ。いきなり夜祭りに浴衣を着て来いって言われたら、誰だってビックリしますよ」
浴衣でないと入場できない縛りのある催しだとか、部員みんなの話し合いで決まったならともかく、この流れで着て来いといわれても戸惑うばかり。
しかし守口に気にする様子はなく「そうかなー」と首を捻るのみ。
「夜祭りに浴衣って、おかしいかなぁ?」
「別に、おかしくはないですけど……」
「だよね。夜祭り見物にタキシードを着てね、みたいなムチャ振りはしていないもの」
いやいやいや、なぜにタキシードが出てくる? 比較がおかし過ぎるだろう!
どこの世界に夜祭り見物にタキシードを着て出かけるヤツがいるのだが「いや、待てよ」と典弘は想像する。
滝井ならば守口が「タキシードを着てね」と頼めば、ふたつ返事で着るかも知れない。
イブニングドレスを着た守口とタキシード姿の滝井が連れ立っての夜祭り見物。浮世離れしているのに、妙にリアリティーがあってゾッとする。
すると「まさかとは思うけど……」と言うや、守口の瞳がスッと細くなる。
「タキシードを着用なんて言ったから、私もイブニングドレスを着てくるとか思っていないでしょうね?」
「そっ。そんなこと、考えてませんよ!」
鋭い。
しかも、それだけではなく「……どうだか?」と訝るようにジト目で睨んでくる。
とはいえ、もともと話を振ってきたのは守口のほう。
毅然とした態度で典弘は無視を決め込むと「そんなことよりも、僕にだけ浴衣を指定する理由を話してくださいよ」とドレスコードの目的を問うと「なんだ、そんなこと」とあっけらかん。
「瑞稀が浴衣を着るのだから、キミにも浴衣を着てもらわないと困る」
真顔でキッパリと守口が応えるが、意味不明が加速して、ますます訳が分からない。
なにをしようとしているのか意図が分からず首を傾げる典弘に、守口が「瑞稀ってさぁ」と何故かいきなり昔語り。
「見ての通り子供のころに大怪我をしたから、お祭りみたいなイベント事ってあまり経験していないのよね」
さっきまでの揶揄うような口調とは一変、真顔になって瑞稀の過去を話す。
今の状態からも相当大きな怪我だったのは容易に想像できるが、それと浴衣がどう繋がるのか守口の考えがイマイチ分からない。
「でも今は歩くのが少し不自由なだけで、ふつうに日常生活を過ごしていますよね? 部活もしているんだし」
演劇部に入部してから3ヶ月が経ち、部活の内容も発声練習から簡単なエチュードに変わっている。無論その輪の中には瑞稀も混じっており、ふたたび芝居ができるのが嬉しいのか生き生きと即興芝居に興じている。
「千林クンらが入部してから頭数も揃って、部活のほうは充実してきたわね。だから後はハレの日のイベントをすることね」
「それが夜祭りの浴衣?」
「そういうこと」
「キミが浴衣を着るだけで、瑞稀の浴衣姿なんてレアなものが見れるのよ。この私に感謝しなさいよ」
勿体ぶって偉そーな態度をとる守口だが、瑞稀にも同じことを言って「私を敬いなさい」と偉ぶっていたことを、典弘はあとで知ることになるのであった。
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