64:尾行される側の楽屋裏
随分と間が空いてしまい申し訳ありません
この僕が気付くくらいなんだから、同行者の牧野アンナも森小路センパイの奇行に気付いて当然。
と、思っていたら。
「あそこ。生徒会長も変なことしているわよ?」
牧野の視線を追いかけると……って、守口センパイ。アンタもですか!
で、そこに至るまでのお話の後編。
*
視界の端で黒尽くめな恰好をした瑞稀が壁に張り付いているという、シュールな光景の中始まった牧野と典弘のミュージアム見学。
博物館自体は、何と言うのか……ふつうだ。
良くも悪くも地方自治体にありがちな〝箱もの行政〟の結果建てられた立派な建造物。県立ミュージアムの建屋を一言で表せばそうなる。
で、肝心の収蔵物であるが、これが牧野基準で見ると〝限りなくフツー〟なモノばかりなのであった。
例えば『恐竜の博物館』とか『鉄道や飛行機の博物館』などであれば、最初の展示スペースに「おおっ!」と目を惹くオブジェなどがあり、視覚的インパクトの強い展示物が収蔵されているだろう。
牧野自身とりたてて恐竜や乗り物にさほど興味はないが、それでもインパクトのある展示物ともなれば心揺れるというモノ。しかしながら県立ミュージアムの展示物は、牧野視点から見ると明らかに〝地味〟だった。
「へー、なるほど。ふーん」
割れた水瓶のような土器を眺めながら典弘が感嘆の声をあげている。
県立ミュージアムの常設展示は、言ってしまえば〝郷土史博物館〟の体であり、県内で見つかった遺跡の展示や収蔵が主なモノ。いちおう当時の生活を模したジオラマとかもあるが、歴史や考古学に興味が薄い牧野には面白いものではない。
というか正直なところ、ごく普通の高校生がデートに使うのに向いた施設ではない。
世間一般の大多数は併設してある『水族館エリア』のほうに足を運ぶし、実際老若男女を問わず多くの入館者が足を運ぶ人気スポットとなっている。かくいう牧野自身も水族館エリアに典弘を誘ったつもりであった。
なのに、どうしてこうなった?
「とりあえず、行こうか」
言われるままに典弘と一緒に歩いていたら、着いた先が今いる常設展示場。見た目も展示も茶色で地味な土器や農機具の出土品の数々。学術的価値はあるのだろうが、牧野にしたら何のことやら。
「えーっ。こんなところを回るより、水族館エリアに行こうよ」
見ているだけで心が癒されるクラゲとか、動きがユーモラスなペンギンのほうが絶対に楽しい。それに〝デート感〟も一気に増すに違いない。
そもそも牧野が典弘を県立ミュージアムに誘ったのは、デートをしてみたいからでああって、社会科見学をするためでは断じてない。なのにあの朴念仁ときたら建前の「テス勉のお礼も兼ねたミュージアムへのご招待」を額面通りに真に受けて、あろうことか本当に博物館見学をしていやがる。
典弘が常設展示場に足を運んだ時点で「こんなところよりも水族館ゾーンに行きましょう」と言えば良かったのだが、生来の見栄っ張りな性格が災いして何も言えずに付いてきてしまったのだ。
そしてこれがデートだとは微塵も思っていない典弘ときたら、せっかく来たのだからと常設展の展示物に興味津々。いや興味を持つのは悪くはないが、閲覧するのは他の日にしろや! と言いたい。
「けど、言えないんだよねぇ……」
小さな声で呟くと「ん、何か言った?」とムダに耳が良い朴念仁からの問いかけ。
「何でもないわよ! それよりか、展示物は見ていて楽しい?」
「なかなか興味深いね。良いところに連れてきてくれて感謝しているよ」
と、これまたピントのズレた返事。
デートの意識がなくとも女の子と一緒に来ているのだ。自分の興味の赴くままではなく、少しは相手のことを慮ってくれても良くないか?
呆れ半分、典弘だからと納得半分で、何とはなしに壁際に視線がいくと……
「ヒイーッ!」
漏れ出る悲鳴を慌てて掌で押し付けるがさもありなんな。
視線の先。
牧野と典弘のいる場所からひとつ離れた展示ケースの角で、身を隠すようにこちらを睨み付ける瑞稀の姿を見つけてしまったのだ。
ナニコレ。ハッキリ言って怖いよ。
壁に張り付いて左右を伺う姿もたいがいヘンだったが、陳列ケースに身を隠す姿はヘンなんて言葉では語れない。
足が不自由で杖をついているのにもかかわらず、陳列ケースの隅でしゃがみ込んで姿を隠してのあからさまな尾行(あっさり牧野に看破されているのだから端から失敗ではあるが)。
百歩譲って陳列ケース前でしゃがみ込むのは、突然の眩暈などに襲われ等でごく稀にあるのかも知れない。しかし、目を爛々と滾らせてこちらの様子を伺うなど、ふつうにあり得ないしシュールを飛び越えてちょっとした恐怖だ。
さすがにこのモヤモヤした空気は朴念仁でも異様に感じたのだろう。
「えっ?」
典弘の足が突然止まる。
「後ろの気陳列ケースの隅でしゃがんでいるのって……」
「シッ! 静かに!」
声をあげそうになった典弘を小声で叱責する。
そんなもの「言わなくても分かるわよ。森小路センパイでしょう」とキッパリ。
そのうえで
「良いからとにかく、森小路センパイが何をしても見て見ぬふりをして頂戴」
用件を短く伝えると「それは良いけれど……」と典弘が困惑顔。
「どうして森小路センパイがこんなところに、しかもあんな黒尽くめな恰好でいるんだろう?」
謎だとばかりに小さく首を捻るが、この男マジで何故だか気付いていないのだろうか?
牧野自身も自分の気持ちがはっきり掴めているわけではないが、それでも瑞稀の行動原理は何となく理解できる。
それくらい分かりやすい行動をしているのに、理解不能と言い切る典弘のお頭が理解不能。勉強と運動共に卒がなく性格も悪くないのに、何故に色恋沙汰になったらこうも体たらくなんだろう。ふつうならストーカーまがいの瑞稀に問題があるはずなのに、事ここに至っては典弘の鈍感具合のほうに苛立ちを覚える。
「知りたかったら、ちょっと歩いてみたら」
少しキツイ口調で提案してみると、典弘が「分かった」と、展示物を鑑賞するふりをしながら館内をうろつく。
すると案の定というかやっぱりと言うべきか、瑞稀が展示ケース伝いに典弘の後を付けていく。本人は抜き足差し足のつもりだろうが杖をついての移動である、目立つことこの上なく知らんぷりを貫くほうがむしろ辛い。
「ストーカーするならもう少しスマートにやってよ」
ポンコツな尾行にため息をつくと、やっと瑞稀が何をしているのかに気付いたのだろう、典弘が「……何をしているんだ?」と呆れかえる。
「やっと気づいた? 野暮天さん。わたしたちのことが気になってストーカーをしているんでしょう」
筋金入りの鈍感でもさすがに気付くか。と思い呆れ交じりに答えるが、典弘の視線は瑞稀のさらに奥、展示室の入り口で壁にへばりつく二人の男女に向いていた。
「ストーカーのストーカーって。あの人たち、いったい何がしたいのだろう?」
「そんなこと、わたしが分かる訳ないでしょう」
瑞稀の行動は何となく理解できるが、守口と滝井の行動なんか分かる訳がない。典弘も理解不能らしく肩をすくめて「だよね」と言うや、秒と待たずに回れ右。
「滝井と守口センパイ、それに森小路センパイまで。雁首揃えて何をやっているの?」
面倒臭くなったのか、直接訊くべく皆の前に仁王立ちしたのであった。
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