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麗しの先輩は片杖のアクトレス  作者: 井戸口治重
62/110

60:野次馬が裏で企てる


 先日オープンした複合施設の県立ミュージアム。

 展示物の数・質ともに近隣随一の規模を誇り、アミューズメント施設としても十分に楽しめるそうで、言ってみれば知的寄りなテーマパークみたいなものだ。

 ゆえに入館料も普通の博物館などと比べると少々お高め。興味はあるが高校生の懐には少々堪えるものがある。

 そこにやって来たのが、牧野アンナからのご提案メッセージ。


『テス勉のお礼に、次のお休みにソコに行かない?』


 チケットまで貰って誘われちゃったら、返事は〝行く〟の一択だよね。

 だよね?

 そう思わない?



  *



 生徒会長である守口浩子の平日は忙しい。いや、忙しくなっちゃったと言うのが正確なのかも知れない。

 何せ部活と生徒会の2足の草鞋。いや、本文の学生という仕事を合わせれば3足の草鞋を履くという変人ぶり。そして優秀な人材ほどより多くの仕事が集まってくるという、マーフィーの法則ご見事なまでに適用されているのであった。

 

 朝。三条学園に登校すると、守口は生徒会室に赴いて前日に届いたメールをチェックする。自身のスマホにリンクさせれば必要がない手間なのだが、公私を分けたい守口にとっては譲れない事柄。律儀にメールをチェックしながら今日の予定を組み立てる。

 それから始業時間までに教室に戻って授業を受けると、お昼休みに再び生徒会室に赴いて昼食を食べながら予算チェックなどの執務をする。

 放課後時間を瑞稀との部活動に充てたいのがそもそもの理由だが、本人曰く「この時間に仕事をするのが一番効率的」とのことで、会議などを除けば生徒会執務の大半を昼休みに片付けてしまうことが常である。

 そして放課後の大半は部活一色。新入部員が演劇初心者なので難しいことには取り組んでいないが、瑞稀と一緒にお芝居が出来るのが何よりも楽しい。

 下校時間になったら学校を出て時おり瑞稀と一緒に晩ごはんを食べ足りたりしたのち、帰宅後は大好きなヒーロー番組を就寝時間まで堪能するのが主なルーチン。

 勉強。何、ソレ? は、訊くだけ野暮。

 生まれてこのかた予習・復習などほとんどしたことがなく、勉強はもっぱら学校で授業を聴くだけ。それで学年主席を譲ったことがないのだから、どれだけチートなのか!


 まあ、それは本筋とは関係ないので置いといて、守口が仕事が出来て早いのは万人の認めるところ。そしてその仕事の早さを誇る秘訣が、自身のスキルが高いこともさることながら、他人に仕事を振るのが上手くて的確なところにあった。

 実際問題おなじ生徒会の土居が会長実務のいくらかを担っているし、各クラス委員各々の負担にならない程度に薄く広くばら撒いているのである。

 なので昼休みに少し頑張るだけで事務仕事はほぼ片付くということで、日もお弁当を持ち込んでの事務仕事のはずなのだが……


「ふ~ん。そんなことがあったんだ」


 仕事なんかそっちのけ。

 それが証拠に執務用のパソコンは電源が入っておらず、視線はディスプレーのはるか先。校長室から下賜された中古ソファーセットで弁当を手にした滝井に注がれていた。


「そうなんスよ」


 イントネーションが下からの、まるで昭和時代に放送していたお昼のワイドショー的な言い回し。

 芸能人のゴシップ記事を紹介するような口調で滝井が答える。


「典弘曰く「テス勉を教えたら予想以上の好成績だったので、お礼の形で奢ってもらうことになった」って言ってるけど、ホントにそれだけかーって思いますよね?」


 これまたワイドショーに出てくるコメンテーター的なコメントで、火のないところなのにしっかり扇いで煙を起こしているのであった。

 そんな挑発的な物言い関わらず、守口も「そうね」と滝井の意見に賛同。


「単純に〝お礼〟だったら、ペアチケットでも渡して「友達と一緒にどうぞ」みたいなことをするのがふつうかな」


 1名分のチケットを渡して「一緒に」と言った時点で〝お礼〟から逸脱していると断じると、秒と待たずに滝井が「ですよね~」と迎合する。


「守口センパイもそう思いますよね チケット渡して「一緒に行こう」って誘うってことは、その気があるとしか思えないんですけど!」


「ちょっと、ちょっと。報告するアンタが興奮してどうするの?」


 食い気味に腰を浮かす滝井に「もう少し落ち着きなさい」とクールダウンを促したところ、秒と待たずに「はい~っ!」の返事と何故かラマーズ法のような深呼吸。

 ヒッ、ヒッ、フーのかけ声が生徒会室に響き渡り、凡そ1分後に「落ち着きましたー!」という元気なかけ声。

 精神状態がどうかなんて宣言するようなものではないが、犬のように尻尾をブンブン振っているイメージが見え隠れしたので「それで訊きたいんだけど」と本題へ。


「状況を聞いている限りだと、クラスメイトの牧野さんは千林クンのことを憎からず想っているようだけど、肝心かなめの千林クンの反応はどうだったのよ?」


 色恋沙汰は相手があってこそ。

 今までの話しぶりから牧野アンナは典弘のことを憎からず想っているようだが、もう一方の当事者である典弘が牧野に興味を示さなければ始まるものも始まらない。

 そこのところを尋ねると、滝井が「気持ちがどうかは、解りかねますけど」と詳細は不明とのの前置き。そのうえで「アイツ、牧野からの〝お礼〟は受け取りましたよ」と近況の結果を報告してきたが、それは正直予想外!


「と、いうことは。千林クンは牧野さんとデートをするの?」


 驚きのあまり守口の声もついつい大きくなってしまう。


「いやいや。典弘自身は牧野とのミュージアム探訪を、デートだとは思っていませんよ。ヤツ曰く〝チケットを貰ったから一緒に県立ミュージアムに行くだけ〟だそうですよ」


 滝井が典弘の見解を代弁するが、男女二人きりで人気のスポットに出かけるのだ。そんな詭弁が通用するものか!


「そんな訳ないでしょう!」


 秒と待たずに守口は反論。


「千林クンがどんな風に思っていても、傍から見たら確実にデートよ」


 おそらく、否! ほぼ確実に牧野のほうは、デートの認識で誘っているだろう。

 典弘の声を代弁して答えた滝井も反論することなく「ですね」と追随。


「アレをデートじゃないとほざくおバカは、世界中で典弘くらいなモンです」


 親友の唐変木ぶりを「鈍いにも程がある」とバッサリ。


「牧野がどの程度本気なのかは分からないけど、好意があってアプローチをかけているのは誰の目からでも丸分かりなのに……」

 

 皆まで言わずとも滝井が言いたいことは理解できる。千林典弘は筋金入りの唐変木ゆえに、牧野からのどストレートな好意に全く気付いていないのだ。


「まあ。だからこそ、牧野さんの誘いを二つ返事で受けたのでしょうけど」


 そして下心が無いからこその行動力。振る舞いにも紳士ぶりが発揮されて、ますます牧野の心証が良くなるのだろう。

 もしこれが計算ずくなら典弘はとんだプレーボーイだが、彼の性格を見るにつけそれはほぼ無い。つまりは〝天然物のアタリ〟ということ。


「瓢箪から駒というか、嘘から出た実よね……」


 言葉では明確に意思表示をしていないが、態度からその気があるだろう瑞稀を揶揄うのに煽っていたのだが、まさか本当にデートまで誘ってくるとは。

 牧野アンナ、恐るべし。


「噓から出たって、どういうことですか?」


 当然のごとく滝井が訊いてくるが「そこは今、気にしなくて良いわよ」とピシャリ。

 そんな事よりも……


「今度の休日。私たちも視察に行くわよ。その県立ミュージアムに!」


 引き出しから滝井が見たのと同じチケットを2枚取り出すと、滝井相手に高らかに宣言したのである。



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