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麗しの先輩は片杖のアクトレス  作者: 井戸口治重
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2:運命の出会いは突然に……という訳ではない

 午後の授業2コマ分を丸々使った、クラブ紹介のオリエンテーションが絶賛進行中。

 意図は理解するけど、僕からしたらお節介も甚だしい。

 おかげさまで雑談がはずむ事、はずむ事。


 ……担任から睨まれるほどにね。



    *



「そういえば、さっきPRをしていたけど、テニス部はどうするんだ?」


 何せ滝井はテニス部が三顧之礼をしてまで獲得に動いた男。入部すれば即レギュラーの座が約束されている。

 人格はともかく評価は高い。

 しかし、当の滝井は肩を竦めて困ったポーズ。


「入部すると思うか?」


「だよなあ」


 縛り付けを嫌って一般入試まで受けたのに、テニス部に入っては本末転倒。説明も右から左に聞き流しているとまで言い放った。


 そりゃまあ、筋は通っているが……


「だいたいだ。オレがテニス部に入って、何かいいことがあるか?」


「インターハイに出られるとか?」


 月並みな返答をしたら「アホ」と頭を叩かれる。


「そんなものに出て何のメリットがある?」


「いや、ホラ。大学の推薦とか……」


 言っていて憤慨ものだが、滝井の実力なら決して夢物語ではない。全国中学生テニス選手権大会出場はそれほどまでに金看板なのである。

 幸いにしてテニスは個人競技なのでチームの巡り会わせなど関係なく己が実力でのし上がれるし、結果を残せば多くの大学から引く手数多になるのは容易に想像できる。

 だが、滝井は「推薦なんか、貰ったところどうなるの」と、達観するように掌を左右に揺らす。


「スポーツ特待で推薦で請われて希望の大学に入る。そこまでは順風満帆で良いよ。で、その後はどうなる? テニスでプロ? 運よくAPTにランクインできたとしても、オレの実力だったら最底辺をウロウロするのが関の山。話題にもならずスポンサー探しに奔走して、30歳過ぎには誰に知られることなく、ひっそりと引退。その後はつぶしの利かない、スポーツバカの一丁上がりという未来しか見えてこないな」


「それは。いくらなんでも、悲観的すぎやしないか?」


 あまりのネガティブ発言に訊いた当人が呆れる中、滝井は「十分あり得るシミュレーションだ」と持論を曲げない。


「トップ選手なんてほんの一握り。そこに行けるようなヤツなら、オレらの歳にはとっくにプロ登録しているって」


「そんなものか?」


「そんなものだ。だから、高校から先のテニスは趣味に留めるから入部はしない」


 したり顔で頷くと「だから」と言ってタメを作り、人差し指をニュッと突き立てる。


「当分は千林と同じ帰宅部だ」


 白い歯を見せニッと笑う。


 本人は精いっぱい格好をつけたつもりだが、いかんせんキャラがチャラくて十八金のメッキよりも箔が薄い。爽やかさなど微塵もなく、むしろ滑稽さが勝っている。


「要するに目を開けたままで寝ているんだな?」


「そうとも言う」


「金魚か、オマエは」


 漫才みたいなおバカなやり取りをしていたら意外と時間も進んでいたようで、進行役の守口浩子生徒会長から「次が、最後のクラブ紹介です」とコールが入った。


「おぉ。やっと終わりが来たか」


 進行を無視してさんざん雑談をしているので今さらなのだが、そこはその他大勢の小市民。最後くらいは真面目に聞こうかと居住まいを正すと……


 典弘の視線は、壇上に立つ女生徒に釘付けとなったのだった。



    *



「最後の紹介は、演劇部です」


 進行役である生徒会長の守口浩子のコールに促されて、演劇部代表の女生徒が壇上に上がると、体育館に小さなどよめきが走った。

 のみならず、周りの連中と同じくダレていた典弘の視線も舞台上に釘付けになったほど。


 そりゃ、そうだ。

 何せそこにいたのは掛ね一切なし、文句のつけようがない正真正銘の美少女なのだから。


 近所のちょっとカワイイ女の子だとか、テレビに出ている評判のアイドルなんてレベルではない。

 陶器を思わせるようなシミひとつない白い肌に、黒曜石のように澄んだどこまでも漆黒な瞳。肩口で切りそろえられた髪は天使の輪っかが艶やかに輝き、小づくりな口元は瑞々しい桜色をしている。

 痩せぎすでグラマーからは程遠い体型だが、彼女の醸し出す雰囲気からはメリハリなどむしろ不要。華燭を廃して拒絶する、引き算の美学を現実に履行しているかのよう。

 フランス人形的な華やかさこそ少々薄いが、博多人形のように控えめながら清楚で凛とした存在。例えがちょっと古臭いが、それこそ祖父母世代の昔語りとかに出てくる銀幕の妖精のような佇まいを見せる、正真正銘の美少女がそこにいた。


 そんな圧倒的な存在感を纏わせているのに、実際の彼女は女子だとはいえ、上級生とは思えぬほどに小柄で華奢な体躯。

 おそらく身長は150センチにも届いていないだろう。

 だが、それよりも彼女が皆の視線を惹いたのは、右手に添えられたロフストランドクラッチと呼ばれる歩行補助の杖。


「脚。悪いのかな?」


「みたいだな」


 誰とは無しに呟いた滝井の問いに典弘が答える。

 杖が意表を突くための小道具でないことは、やや引きずるようにして歩む右足からも、必需品なんだと一目瞭然。

 使いかたが様になっていることから、かなり前から歩行に不自由を来していたのだろう。

 

 そんな風に長く愛用しているからか、カフという肘を固定する筒状のサポートのところには赤いチェックのカバーを付けている。よく見ると杖の部分にも水玉模様のシール貼ってあったりと、武骨な外観を少しでも可愛らしくしようとカスタマイズされており、この美少女の趣味嗜好がとても女の子らしいのだと伺える。


 それはともかく。

 意図したわけではないだろうが、インパクトのある登場で新入生みんなが注目する中、壇上に上がった彼女がマイクに向かって第一声を発した。



 それが僕こと千林典弘と彼女こと森小路瑞稀センパイとの、馴れ初めというか初めての出会いだった。



読んでいただきありがとうございます。


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