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麗しの先輩は片杖のアクトレス  作者: 井戸口治重
20/110

18:ファーストコンタクト(実際には3度目ですが)B面

 運命のいたずらか? それとも神様の気まぐれか?

 母親に買い物を強要されて、しかたなく駅前のスーパーに寄ったら森小路センパイも買い物に来ていた。

 だから、何? と言わないで。それで済まなかったから、こんな事件に発展したのだし。



   *



『あなたのお気に入りの紅茶、茶葉が切れてるわよ』


 瑞稀のスマホに母親からのメッセージが届いたのは、狙っていたのかはたまた偶然か、彼女が駅に着いたちょうどその時だった。

 ホッと一息つきたいときや、口が寂しいときに飲む嗜好品だから、茶葉が切れているからとて困るというモノではない。

 しかしながら、されど嗜好品。

 ここぞな時に飲めないとなると、一気にテンションがダダ下がりしてしまい、張り合いというか潤いがなくなってしまう。

 幸いにして駅前のスーパーでも取り扱っているのは知っているので、ここは是非とも1包所望して買って帰るべきだろう。


『買って帰る』


 ひと言だけ打ち込んでメッセージを送信、その足で件の駅前スーパーに入店した。

 駅前に立地ゆえか他のスーパーに比べてお値段は少々お高めだが、その代わりに商品の鮮度と品ぞろえが良く、瑞稀愛飲の紅茶のような少し趣味的なものまで取り扱っているのはありがたい。

 タイムセールで主婦が集中する特売品売り場をスルーし、お茶・珈琲のコーナーに足を運ぶとあった、あった、ありました。瑞稀愛飲のブレンド紅茶「土佐堀アフタヌーン」が!

 ダージリンをベースにブレンドしてあるのだが、生粋のダージリンよりクセが無くて飲みやすく、それでいて味にしっかりとした深みがある。

 まあその辺りは好みの問題なので、瑞稀がお気に入りだということだけ添えておくとして、問題なのはその茶葉が商品棚の最上段に陳列してあるということ。


「と、届かない!」


 頑張って背伸びをしてみるが、150センチにも満たない瑞稀の身長ではつま先立ちをして手を伸ばしても、5段ある陳列棚の4段目までしか手が届かない。ジャンプをすれば何とかなりそうだが、脚の障害のある身にはムリな相談。

 手が届かないからと購入を諦めてしまえばそれで済む話だが、すぐ目の前に愛飲する銘柄の袋が陳列してあるのに、指を咥えて買わないだなんて拷問にも等しい。

 あと10センチなのに! されど10センチがもどかしくも悩ましい。

 少し冷静になって考えれば、店内を巡回している店員に「これを買いたい」と頼めば当然取ってくれるし、仮に買わなくても「見たい」と言えば陳列棚から下ろしてくれるだろう。

 販売業の社員ならば当然の対応であり、一声かけるだけで良い事柄。

 しかし瑞稀は「むー、むー」唸りながら手を伸ばして何とかお目当ての商品を取ろうとするだけで、店員に頼もうなどという考えはコレっぽっちも持っていなかった。

 というか、人見知りを拗らせたボッチ寸前女子なこと。そもそも他人に頼むという考え自体が思いつかない。


「あと少し。もうチョット!」


 ゆえに瑞稀は1ミリでも先へと指を伸ばすべく、商品棚にしがみ付いて目当ての茶葉をつかみ取ることに全神経を集中させる。結果足元が疎かになり、体勢がかなりヤバい状態になっていた。

 あと少し姿勢を崩せば転倒必至なその時。


「センパイ。欲しいのはコレですか?」


 唐突に斜め後ろから声がかかり、すっと伸びた手が棚奥に陳列してある茶袋を手に取ると「どうぞ」と言って瑞稀に手渡してくれたのだ。

 えっ? ナニ? どういうこと?

 油の切れたドアのようにギギギと(想像上の)軋み音を立てながら後ろを振り返ると、昼間演劇部の部活で自己紹介をした1年生部員の千林典弘が、心底心配そうな表情で瑞稀の顔色を伺っている。

 少し冷静になって考えれば、商品に手が届かずジタバタしていたのを見かねて、親切心から代わりに取ってくれたのだと理解できる。しかし極度な人見知りの瑞稀に〝気付き〟を察しろは、些かどころか相当ハードルが高すぎた。


「ひゃい!」


 謝意の代わりに意味不明な頓狂な声を上げると、猛獣に睨まれた子ウサギのようにフリーズしてしまう。

 この状況に瑞稀も焦るが、もっと焦ったのが親切を働いた典弘のほう。

 ナノ秒の速さで「偶然見かけたものだから」とストーカーではないとアピール。


「ビックリさせてゴメンナサイ。でも、あの姿勢でムリに商品を取ろうとしたら、バランスを崩してケガしちゃったかも知れないから」


 よほどカン違いを恐れているのだろう。

 舌を噛むんじゃないかと思う早口で、先のセリフを一気にまくし立てる。

 そこまで焦る典弘を見ていると、逆に瑞稀は落ち着いてくるから現金なものである。


「そんなことは、思っていない」


 お節介が裏目に出ないかと不安がる典弘に、思い違いなどしていないと断言。


「それよりも……紅茶を取ってくれて……ありがとう」


 極度の緊張で手に汗をかき、言葉もつっかえながらではあるが謝意を伝える。

 と、瑞稀のお礼が予想外だったのか、典弘が両の掌を振りながら「滅相もない」と何故か慌てる。


「礼を言われるほどのことは、何もしていない!」


 これまた早口でまくし立てる。と、主観的に見れば不器用なセンパイ後輩の拙い初会話であった。

 しかし客観的にはだが足の不自由な美少女が怯え、男子高校生が必死に弁明する姿。この絵面を見て通行人が想像するイメージは推して知るべし。


「ちょっとお話を聞かせてもらえますか?」


 善意が空回りした典弘が、駆け付けたスーパーの店員に「事情聴取」の名のもと事務所までドナドナされたのは当然の帰結であった。

 

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