序章2:開演前という名のプロローグ
序章、その2です。
開演まで10分余り。
気持ちが追い詰められて、緊張もピークを迎えたその時。
「本番前に緊張するのは当たり前なんだから。気にしちゃダメよ」
僕を気遣うような、あたたかくも優しい声。
その声の主こそ、何を隠そう我が演劇部の部長。森小路瑞稀センパイ、その人であった。
儚さの中にも凛とした強さと美しさがあり、極度の人見知りというか軽い対人恐怖症で見知った相手以外だとまともに喋ることができないポンコツなのに他者を寄付けないほどのオーラがあったり、小心者なくせに驚くほど見栄っ張りだったりって、僕はいったい何を語っているんだ?
とにかく超絶美少女で優しいセンパイ、それだけ分かってくれたらイメージとしては大外れしていない。
ただしホンのちょっと世間の常識と隔絶……もとい、浮世離れしているところは、やっぱりポンコツなんだろうな。
「今日のお芝居は千林クンが主役なんだから、本番前に緊張するのは当然のこと。むしろ人一倍緊張することができる環境にいることを自慢しちゃえば良いのヨ」
「何ですか。その、ムチャクチャな勝手理論は?」
某永世名誉監督も真っ蒼な謎回答。
野放図の極みみたいな励ましに呆れつつ訊き返したら、森小路センパイから「だって勿体ないでしょう」とさらに謎発言が加わる。
「せっかく緊張出来るのチャンスが訪れたのだから、それも含めて精一杯楽しまないと勿体ないわ」
最後に「ねっ」って胸元で拳を握って力説するけどゴメンなさい、やっぱり何のことやらチンプンカンプン。
訳が分からず「う~ん」と首を捻ってしまうと、森小路センパイが「だって」と今度は両手を広げて天に向かって円を描いた。
「お芝居ができて、みんなに観てもらえるんだよ。そりゃあ、せっかくなら上手に演じられたほうが良いけれど、それもこれもお芝居ができて観てもらえればこそでしょう?」
瞳をキラキラと輝かせて今から始まる舞台に期待を膨らませている。
「文化祭のショボい芝居ですよ?」
卑下しているのではなく事実である。
部員5人で照明から音響まで全部やるのだから、登場人物に制限もあり芝居そのものがこじんまり。加えて僕と滝井は大根以下のずぶの素人なんだから、芝居のクオリティなど言わずもがな。これでショボいと言わなければ天に唾吐くような行為だろう。
にもかかわらず、森小路センパイから返ってきたのは「私からしたらご褒美よ」とのお言葉。
「舞台がどうとかこうとかなんて関係ない、私にとって大事なのは今この時間お芝居ができることなの。脚がダメになって「日常生活すら」と心が折れていた以前のことを考えたら、今の環境は十分以上の素晴らしいモノよ」
机に立て掛けた杖をチョンチョンと指さして「なっちゃったモノは仕方ないけど」と肩を竦める。
むかし負った大ケガが元で、森小路センパイは今も杖が手放せない。故にお芝居から遠ざかっていたのだが、友人である守口センパイや土居センパイのサポートで部活とはいえ舞台にこぎ着けることができたのだ。
不肖この僕も少しは役立てたのではないかと思う。僕と滝井が入部したことで、森小路センパイ率いる演劇部は廃部の危機を回避したのだから。
そんな経緯もあってか、今度は僕の両手を握って「だからね」と改めて声をかけ直してきた。
「千林クンには感謝してもしきれないほどの恩義があるわ。ありきたりな言葉で申し訳ないのだけれど、私も誠心誠意がんばるから一緒にこのお芝居を盛り立ててね」
「もちろんです」
むろん即答するし、言われなく間違いなくそうする。
当然だ。他に選択肢などあろう筈もない。
何故なら帰宅部志望だった僕が、今にも潰れそうな演劇部に入った理由そのものであるのだから。
「それじゃあ、30分間のショータームを楽しみましょう」
森小路センパイのかけ声に「はい!」と返事して、僕は体育館の舞台へと1歩足を踏み出す。
この物語は足がちょっとだけ不自由なスーパー美少女・森小路瑞稀センパイと、ごくごく普通な高校生な千林典弘が、その他のモブたちと絡みながら部活動をする。ただそれだけの話である。
他人から見たらどこにでもありそうな単なる学校生活の1コマに過ぎないとはおもうけど、僕本人からしてみれば山あり谷ありの波乱万丈な物語。
そもそものきっかけは、4月のあの日から始まったのである。
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