103:暗雲
SMSで拡散された森小路センパイへの悪意ある噂。
〝三条学園高校3年の森小路瑞稀は学年をダブっている〟
噂は事実で、本人曰く「ケガによる長期欠席で、授業についていくのが困難。なので進級を断念した」とう至極納得な理由。
「真実を知って、どう思った?」
落ち着いた口調で訊く森小路センパイに、僕の返答なんてたった一つしかない。
「どうもこうも。なにも変わることなんかありません」
森小路センパイの瞳を見据えながら、僕はキッパリとした口調で言いきった。
*
そこから先の守口の行動は迅速だった。
「他人のプライバシーに勝手に踏み込む愚か者には、キッチリと言い聞かせてやらないとね」
言うや否や校長室に駆け込んで校長相手に事情を説明、と同時にSMSの運営委託会社にも連絡をして然るべき対応を依頼する。
「これでヨシ」
結果。
下校時間が来るよりも早く、両掌を軽く叩いて仕込みが終わったと皆に報告するという、恐ろしいほどの手際の良さを見せつけたのであった。
とはいえ、手放しで喜べるかと訊かれたら、その温さに正直首を傾げざる得ない。
「うった処置が運営委託会社への連絡だけってのは、あんな書き込みをしたスレ主に……温すぎやしませんか?」
個人情報の取扱いもあって中々難しいとはいえ、運営委託会社からスレ主の情報を訊き出すこともせずに対応を依頼しただけ。
もう一歩踏み込まない守口の対応に不満を抱く典弘に、土居が「いやいや、そんなことないよ」と宥めるようにフォロー。
「不適切な書き込みがあることを運営会社が知ったことが大きいんだよ。通知の主が利用先の生徒会長ともなると、あだや疎かにできないからね」
「直ぐにドメインなりなんなりを運営会社が調べ上げて、スレ主に警告文を飛ばすから」
「それだけ?」
「今はね」
意味深に守口が哂う。
「確かに飛ぶのは〝警告〟だけなんだけど、運営委託先はその業界では大手だからね。非常識な行為は、瞬く間に情報が共有されるわよ」
ほぼ〝ブラックリスト〟扱いをされ、AIによる監視も常時付けられるのだとか。
しかも常時監視なので次に同じ異様な書き込みがあれば、担当弁護士に問答無用で通知が行くのだとか。
「だから運営委託会社への連絡って、けっこう厳しいのよ」
実際に〝その後〟の内容を聞くと、違う意味でなかなかどうして。怖さを感じずにはいられなかった。
*
その翌日。
SMSの運営会社から届いた〝警告メール〟を見て憤慨する生徒がいた。
名前を橋本といい、ほんの数日だけ演劇部に在籍していた1年生である。
「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなー!」
ディスプレイに表示された文字を読んで髪をかきむしり激しく地団駄を踏む。手にしたスマホがもし他人の物であったなら、躊躇なく床に叩き付けるか投げ飛ばしていただろう。
「運営会社からの警告? 本当のことをネットにアップしてなにを咎めるって言うんだ!」
ふとしたきっかけから演劇部所属の3年生、森小路瑞稀の実際の年齢を知ることとなった。
小柄で市松人形的な美少女、足が不自由で杖をついていて人見知りで寡黙。世間が知る森小路瑞稀のイメージはそんなモノだろう。
クラブ紹介のスピーチで見た圧倒的なビジュアル、杖というハンディ持ち。これだけの美少女だが瑕疵物件なんだし手頃感、上手く立ち回れば俺も彼女持ちになれるかも? そんな皮算用をしていたのだが、実のところ生徒会長の腰巾着で目の上のたん瘤のように守口がいる。
これでは何の芽も出ないじゃないか!
もともと橋本は短絡的な人間である。演劇部に入ったのも瑞稀とお近づきになれるのならば、演劇部を止めたのだって守口の課した基礎連に反発してのこと。
SMSにコメントを載せたのだって、当然ながら深く考えてのことではない。敢えて言えばたまたま瑞稀が実は1年ダブっている事実を知ったから、こんな美少女が実は……という情報収集の優位性を誇示したかった程度である。
そんなささやかなカキコに対して、運営側がペナルティーの予告ってどういうことだ? 虚偽の事象を記したのならばともかく、本当のことを書いただけ訴訟も辞さずなど意味が分からない。
法を犯してもいないのに罰を課しますって、運営会社はなに様なんだ! 俺たちから利用料を戴いて飯を食っているのに、上から目線で好き勝手なことをぬかすんじゃねー!
警告文を読み返す度にイライラが募り、感情の抑制が段々とままならなくなってくる。
そうなると、もうどうにもならない。
「あーっ、もう! ムカつく! ムカつく! ムカつくー!」
怒りで頭に血が上り顔を真っ赤に紅潮させながら、橋本は手元にあった枕を投げつけるのを皮切りに、部屋の中で憤怒に任せて当たり散らす。
「糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が!」
貧相な語彙で同じことを繰り返すこと数分。
興奮で脳が酸欠を訴えて、ようやく落ち着くを取り戻す。
傍から見れば駄々をこねて手足をバタバタさせる幼児が、疲れて拗ねるのを止めるのとまったく同じ。その精神年齢の幼さが後先を考えない短絡的思考へと導いていく。
「瑕疵物件が。瑕疵物件のクセに。だったら本当の瑕疵物件にしちゃったら良いんだ。そうすれば、きっと……」
なにが〝きっと〟なのか全くもって意味不明なのだが、橋本の中では幼稚な考えが理論整然と構築されており、後は実行に移すだけだと一人部屋の中で暗い笑みを浮かべるのだった。
*
文化祭開催まであと5日。
演劇部の練習も通しリハをするほど佳境に迫っていた。
ど素人の1年生として演技が不安視されていた典弘と滝井も、ふたりが積極的に練習に取り組んだこともあって、拙いながらも見られることができるレベルにもなった。
人前で演じる久々のお芝居とあって瑞稀のやる気もテンションMAX、俄然やる気に満ちて張り切っているといっても過言ではない。
そうなると逆に心配になってくるのが、瑞稀の集中力が高まり過ぎること。芝居に夢中になるあまり周囲が全然見えてこなくなるのだ。
「ここで10分ほど休憩しようか」
稽古に紺を詰めすぎるタイミングを見計らうと、守口が手を叩いて休憩を促してくる。
「えーっ。もうちょっとやれるよ」
「ステゴサウルスみたいな神経をしているのは瑞稀だけ。みんな稽古で疲れているんだから、適当なところで休ませなさい」
程々な緊張感に抑えられるように、こうやって適当に休息を挟み込んでいるのであった。
「……分かった」
ちょっと不満を抱きつつも休憩と言われたら仕方がない。ちょうどいいタイミングだからと「だったらお花を摘んでくる」と稽古場を離れたのが事件のきっかけだった。
トイレからの帰り道。
不意に誰かから背中を押され、瑞稀の小さな身体が階段を転げ落ちたのであった。
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