102:噂の真相
SMSで拡散された森小路センパイへの悪意ある噂。
〝三条学園高校3年の森小路瑞稀は学年をダブっている〟
不特定多数が閲覧するSMSとあってか個人名こそ秘匿されているが、身体的特徴やその他の書き込みから森小路センパイを特定するのは容易なこと。
悪意のある書き込みに怒りを覚えた僕だったが、普段チャラいことを言いまくる滝井が意外と冷静。
「心無い書き込みに怒るのは分かるけど、本来怒るのは森小路センパイであってオマエじゃない」
これ以上ないくらいの正論をぶち込んで、エキサイトしかかった僕の頭を強制的に醒まさせたのである。
結果。
書き込みのことを守口センパイに報告したうえで、生徒会を通じて学校とSMSの運営に然るべき処置をとって貰おういうことに相成った。
果たしてその結果は?
*
放課後の生徒会室。
ほとんど主とも呼べる守口と土居の対面に、こわばった表情の後輩がふたり。
まるで課題のチェックを受けているかのように、直立不動で役員ふたりの様子を伺っていた。
「ふ~ん、なるほどねぇ……」
スマホで例のSMSをひとしきり読むと、苦虫を嚙み潰したかのように守口が軽く眉を顰める。
「千林クンの言う通り、コレは確かに悪意のある書き込みだね」
典弘は部活が始まる前に守口を捕まえると、SMSの一件を伝えて書き込みを見てもらったのである。
結果は、もちろん案の定。
「学校オフィシャルのサイトにこんなのを書き込むなんて、普通の神経ではちょっと考えられないな」
同席した土居もまた守口と同じく、あまり良い感情を示していない。
当然だろう。
守口が親友といって憚らない瑞稀に、露骨な悪意が向けられているのだ。不快感を示さない方がどうかしている。典弘も同意するように「そうでしょう」と深く頷く。
「その無神経な誰かさんが、実際に書き込みしちゃってるんですよ。噓八百なデマを拡散せんがために!」
そのうえで力強く断じたが、なぜか土居も守口も苦笑い。ふたりとも困ったような表情で、どうしようかとでも言いたげにお互い目を見合わせたのである。
予想外の反応に典弘のみならず、一緒にいた滝井までもが目を白黒。
「えっ。どういうこと?」
「火のない所に煙は立たぬというか、一片の真実もなければ荒唐無稽な噓は付けないというのか……」
「土居センパイ、歯切れが悪いですよ」
典弘の突っ込みに土居が困った表情を見せると、守口が「それが、あながち嘘じゃないのよ」とため息交じりに伝える。
「と言うと?」
身を乗り出して訊く滝井に「それをしたらSMSと同じでしょう」と守口が口チャックをして黙秘。
「往々にしてだけど、本人不在の中で始まる「ココだけの話」がいちばん曲者なんだよ」
口を閉ざした守口に変わり、しょうががないという雰囲気で土居が代わりに説明を始める。
「言った本人は軽い噂話のつもりでも、話しに尾ひれ背びれが付いて、いつの間にか噂が独り歩きしてしまう」
「だから、デリケートな事象を含む話は、迂闊に喋っちゃダメなのよ」
最後にもう一度守口が締めるが、言外に悪意のあるコメ主と一緒にするなという主張がアリアリと読み取れる。
「そもそも当の本人がいるのだから、知りたかったら直接訊くのが筋ってものじゃない?」
至極もっともな正論を口にすると、ここでの会話はお終いとばかりに手を叩く。
「続きは部活でね」
ということで、典弘たちは部室に移動することとなったのである。
*
「ダブっているのは本当」
部室で瑞稀の口から聞いたのは、まさかの噂を肯定するカミングアウトだった。
部活を始めて早々。
まるで世間話でもするかの如く守口がSMSの話題を出すと、秒のラグも与えずに「うん」と即答したのである。
「書き込みの通り、わたしは浩子ちゃんや土居クンよりも1歳年上だよ」
「マジ……本当ですか?」
俄かには信じられないという面持ちで、滝井が目を大きく見開く。
背が低いことも相まって、瑞稀の見た目はとても童顔。長身で大人っぽい風貌の守口はいうに及ばず、1年生である典弘のクラスメイトよりも幼く見える。
有り体にいえば、逆の意味で年齢を詐称しているのかと思えるほどで「とても信じられないよな」と思わず漏らす。
それはそれで失礼だとばかりに、典弘は「失礼なヤツだな」と滝井の向う脛を蹴飛ばすと、長机の下で蹴りをかませ合うバトルが勃発。
そんな中、滝井の「本当ですか?」を言葉通りに捉えた瑞稀は「そんなことでウソなんて付かない」と毅然とした面持ちでピシャリ。
「そもそもウソを付く理由もないし」
学年がダブったことなど些事とばかりに斬って捨てる。
そこまでキッパリと言われれてしまうと、滝井とて「確かに」と頷くしかない。
噛み合っているようないないようなやり取りに、守口が「ぷぷぷ」と笑ったのもご愛敬。
「まあ別に、隠してもないものね。瑞稀が言わななかっただけで」
「自分から言うようなことでもないし、誰も訊いてこなかったから喋る機会もなかった」
そりゃそうだ。
どこの世界に好き好んで自分から学年を1年重複しているなどと言う者がいるだろうか?
隠してはいないと言うが、自身から発信していないということは〝触れて欲しくない〟ことに他ならない。
「幸い話題にならなかったし、森小路センパイも敢えて喋らなかった。というだけでしょう?」
「まあ、そうなんだけど……」
とにもかくにも、誰も触れられてこなかったから平穏を保てたのは確かだろう。
なのに、なぜ寝た子を起こしにかかってくる!
「やっぱり、あのSMSは許しがたいですね」
改めて怒りが沸々と湧く典弘だったが、当の瑞稀は意外にも「それほどでもないわ」と気にする様子が希薄。
「ウソやデタラメだったら怒るけれど、ぜんぶ本当のことだし」
本当にサバサバと言ったうえで「ダブりを決めたのは、わたし自身だし」とまで言ったのである。
瑞稀曰く足のケガで長期入院が余儀なくなり、その結果学校の出席日数も危うくなったとのこと。
「その時は小学生だったから、言えば進級は出来たんだけど……」
「でも。いくら小学校だとはいえ1年近くも長期欠席をするともなれば、授業の習熟度に差が付くのは必至でしょう?」
守口の合いの手に目から鱗。
思わぬ盲点に典弘は「あっ」と声をあげる。
「それは……確かに」
小学生だけに学ぶ内容はどれも基礎的な事柄で、レベル的には決して高くない。だが土台が理解できていなければ、より専門的な事象や応用を理解できるはずもない。
「そうなっちゃったら、中学以降の〝落ちこぼれ〟が決定だよな」
滝井の軽口が笑えない冗談なのか、瑞稀が真顔で「そうなの」と答える。
「ムリして今のクラスに復学しても、勉強について行けないんじゃ意味がない。それで「どうしよう」って浩子ちゃんに相談したの」
結局は説明も含めて全て丸投げ。
振られた守口が「やれやれ」と肩を竦めながら改めて説明を続ける。
「お父さんや周りから「瑞稀のフォローよろしく」と言われていたしね。だったらムリしないで「来年、私と一緒に勉強しようよ」って言ったのよ」
親友兼世話役の守口が一緒というのが後押しとなり、瑞稀のみならず彼女の両親までもが心強いと賛同。
学校としても出席日数が不足するうえに、習得度に不安のある児童を抱えずに済むと歓迎の方向。
むろん教育委員会からも反対意見が出ることもなく。
その結果。
瑞稀の留年が決定し、守口や土居と同級生になったのだという。
「別に隠していたわけじゃないのだけれど……」
典弘の質問に答えると、歯切れ悪そうに瑞稀が両手を合わせる。
「ところが、公表していなかった留年がすっぱ抜かれた。と」
結果を先走る滝井の茶々を典弘は「おい!」と一喝。
「デリケートな問題だって言っただろ!」
「ああ、悪い」
首を竦める滝井に「それは良いの」と言った後、瑞稀が典弘に向き直るとジッと彼の目を見据える。
「真実を知って、どう思った?」
しずかに語るその瞳には、覚悟が固まっていた。
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