罠
橋口は、遠音から送られてきた住所のマンションについた。
部屋は四階。
通路は薄暗く、灯りが点滅していた。
LED化していないこと、管理されていないことから考えて、殆ど人の出入りがない建物だと言うことがわかる。
橋口は、服の内ポケットに入れた鞭に手をかける。
『ピリリリリ』
突然の音を聞いて、橋口は慌てて通路の角に引き返した。
除霊事務所から渡されていた『ガラケー』が鳴ったのだ。
「もしもし、柴田刑事? 今、取り込み中だから後で掛け直して欲しいんだケド」
「そう? 取り込み中失礼するよ」
エレベータの扉が開いていて、そこに橋口より背の低い男が立っている。
その後ろには、背が高すぎて首を傾げて立っている男がいた。大きな男は背丈だけではなく、横幅も大きい。
小さい男がエレベータから出てくると、重量オーバーのブザーが鳴った。
奥の男一人で重量オーバーなのだろう。小さい男が動いた振動で、誤検知したのだ。
「君が余計なことを調べている除霊士見習いだね」
エレベータをくぐるように大きな男も出てきた。
橋口は思った。
この二人の男、それぞれ何か憑いているんだケド。
「やれ」
と、手前の小さい男が言うと、後ろの大男が、口を尖らせた。
「えっ?」
大男は口から『何か』を飛ばした。
気づくと、橋口の持っていたガラケーが粘着質の物体に覆われていた。
「が、ガム飛ばしてきたんだケド」
ガムの甘い匂いはほとんどしない。唾液の匂いで橋口は鼻を摘む。
「つーか臭い」
「ダイ、先に足を狙え」
大と呼ばれた大男が頭を振り、口を尖らせた。
橋口は、飛び上がって、飛ばしてくるガムを避けた。
「次にやることを声に出してるのに、やられるバカいなんだケド」
「俺が抑える! そのスキに足を固定してしまえ」
小さい男が橋口を捕まえようと、飛び出してくる。
「ショー! ダメだ」
大がそう言った。
「残念。警告が遅いんだケド」
翔と呼ばれた小さい男は、逆に橋口に捕まってしまった。
首を腕で締め上げられ、持ち上げている。
橋口は言う。
「何? なんの目的で私を捕まえようとするんだケド」
「俺たちが、そんな簡単に言うと思うか?」
首を絞められているショーがそう言うと、ダイという大男が相槌をうつ。
「翔の言う通りだ。時間稼ぎが目的とも知らずに」
「時間稼ぎですって!?」
「橋口くん!」
階段を上がってきた柴田刑事の声だった。
「大丈夫か?」
「私は平気。それより麗子が危ないわ」
柴田は大男の脇のしたをくぐるようにして、橋口のところへ出てきた。
「その麗子くんはどこに?」
「そこの404号室なんだケド!」
「わかった!」
柴田は銃を抜き、部屋に入っていった。
橋口は、翔が逃げないように抑え、大を見張っていた。
しばらくすると、柴田が部屋から出てきた。
「橋口くん、中には誰もいないぞ」
「そんなはずないんだケド」
橋口の腕で首を絞められている翔が言う。
「……言わないぞ」
「あんた知ってるわね? 言わないと、鞭で叩くんだケド」
翔は怯えた顔で橋口を見つめた。
橋口と柴田は、車に乗っていた。
道が混雑してきて、柴田は赤色灯を屋根につけた。
同時にサイレンが鳴る。
橋口は、さっきのことを思い出していた。
翔の尻を鞭で叩くと、あっさりと白状した。
『もう一人は、二本、川を越えた反対岸の廃病院にいるよ』
『これだ、スマフォに、もう一つメッセージ入ってる』
柴田と橋口は顔を見合わせると、頷いた。
『向こうにいるのは、モノホンの殺人鬼だからな』
橋口がさらに尻に鞭をいれると、うわずりながら言った。
『か神崎とか言う娘を殺した奴だ』
柴田は、大と翔から後で事情を聞くため、逃げられないよう階段の手すりに手錠でくくりつけた。
翔が言う。
『覚えてろよ!』
柴田は笑って答えた。
『逆に忘れたらごめん』
車外の景色が流れ出した。
混雑する橋も、赤色灯のおかげで、ロスなく通過できた。
「急いで欲しいんだケド!」
「分かってる」
柴田はさらにアクセルを踏み込んだ。