通夜とカラス
冴島麗子は、クラスメイトの遠音ミサを尾行していた。
冴島は校章が描かれたリボンで髪を結い、高い位置でポニーテールにしている。
「ちょっと、そこの角曲がったんだケド」
一緒にいる背の低い女生徒は、やはりクラスメイトの橋口かんなだった。
彼女は、学年一大きな胸に、生地の硬い制服のせいで、太っていると思われてしまう。しかし、実際は背が低いことを除くと、プロポーションは抜群だった。
二人は同じ除霊事務所でバイトする『除霊士見習い』だった。
「声が大きい」
冴島は、人差し指を口にあて、そう言った。
「早くしないと見失なうんだケド」
二人は、人混みを縫うように進みながら、通りを抜け角を曲がった。
「す、すごい行列なんだケド」
「かんな、こっち!」
背が低い橋口からは、行列の出来るラーメン屋の待ち列が壁になって見えない。
麗子が声で誘導して、近づいてきた橋口の手を取った。
「急ごう、追跡してたのバレたみたい」
橋口は頷いた。
話は一昨日に遡る。
閑静な住宅街、という表現を絵に書いたような、戸建てが並ぶ住宅街だった。冴島と橋口は、神崎理子の家にいた。
この日は、神崎の通夜だった。
神崎は、二日前の深夜、首のない変死体として見つかった。
警察は必死で捜索しているが、容疑者すら上がっていない。
制服のまま駆けつけた二人は、線香をあげてから、家の外で友達を待っていた。
「やたらカラスが多いんだケド」
周囲にはカラスが四、五十羽ぐらいが集まっていた。
「死者の弔いの為、故人を知る地域のカラスが来るのが普通だけど、この数は何だろう。もしかすると、神崎が亡くなった意味が、それだけではないから、集まっているのかもしれない」
「どういうことか、さっぱり分からないんだケド」
「神崎が生前、いろんな地域のカラスと友達だった、あるいは、神崎の死が、いろんな地域の『人の死』と関係している、とか」
「前者であることを祈るんだケド」
待ち人が、ようやく家から出てきた。
「佐々木さん、その眼鏡は……」
「理子の形見として貰ってくれないかと、今、お母様から」
「理子、眼鏡かけてたっけ?」
暗い表情をしたまま、佐々木は冴島を見た。
「最近はコンタクトだったから」
「そっか……」
冴島は頷いた。
「理子、ミサと遊ぶようになってから、おかしくなったの。絶対に何かある。お願い。ミサが何をしているのか、調べて欲しい」
「けど、どうして永江除霊事務所へ依頼したの?」
「見て」
佐々木はカラスを指さす。
「カラスが集まったのは、今日だけじゃないの。理子が亡くなってから何度もこんなことが」
カラス達が三人の会話を聞いているように思える。
「……」
霊力がなくとも、この数のカラスがいれば、尋常でない何かを感じるだろう。
「わかった」
冴島は頷いた。
遠音は大通りに出ると手を上げて、タクシーを止める。
すぐに乗り込み、走り去っていく。
冴島と橋口が大通りに着いた時は、タクシーは見えなくなっていた。
橋口はタクシーを止めようと手を上げるが、冴島がその手を掴んでおろす。
「かんな、無駄だよ」
「……ケド、これからどうするの」
「そこの喫茶店でも入って、追いかけなくても出来る調査から始めよう」
冴島の提案で二人は全国チェーンのカフェに入る。
隣り合って座り、スマフォを取り出した。
「遠音のフォトスタ・アカウントを調べよう」
「それでわかることなんてたかが知れてるんだケド」
「見てみないとわからないじゃない」
佐々木やクラスメイトにDMしまくると、遠音のフォトスタ・アカウントがわかった。
「見て、遠音のフォトスタって、まるでセレブみたいな感じ」
ショート・ボブの彼女の姿が映っている。
鏡に向かってスマフォを向けて自撮りする姿。スマフォは最新、服はハイブランドの最新のデザイン。後ろに置いてある小物も、ハイブランド。ただ撮っただけでなく、隅々まで気を使って修正してある。
「まあ、でも、この程度で、セレブみたいっていう意味がわからないんだケド」
「そお? 私、あまりフォトスタ詳しく知らないけど、撮り方とか、写り込んでいるブランドバッグとか、ちょっと普通の女子高校生が撮れる内容じゃないでしょ」
「宝仙院に来る生徒、三割ぐらいこんな感じなんだケド」
「マジ!?」
佐々木や、クラスメイトのフォトスタも見る。
確かに、華やかな画像の生徒が多い。
「こんな生活してる人が三割も…… 本当に、ため息でちゃう」
「あっ、新しい画像がアップされたんだケド」
「位置情報までついてるのね。ストーキングされないのかしら」
冴島は位置情報をみる。
R木の交差点のあたりだ。
さっきのところからタクシーを使えば、着いていてもおかしくない場所である。
「なんか、さっきからフォトスタから薦められる画像が、やけに派手になったんだケド」
「遠音と同じ位置で画像をあげるアカウントとか、同じ傾向の画像をあげるアカウントってことなんだろうね」
「なんか匂うんだケド」
「何が?」
スマフォを見つめる橋口の表情は、いつになく真剣だった。
「持ち帰って調べたいんだケド」