樹林の大地 19:哀悼の樹
「よぉご両人。やっと主役の登場だな。」
後ろから声をかけられ振り返ると、そこにはやはり銜え煙草のローチさん。
「すごいですね・・・。こんな大規模な・・・。」
「わっくわくしちゃうねー!!美味しい食べ物たくさーん!」
「あぁ。ここまで大規模なのは今までに無いな。俺も正直驚いてる。」
自然とローチさんの後に続いて歩き始める。
「俺達防衛戦参加組はある程度席が決まってるからな。そこまで移動しよう。ボルデン王の計らいだ。もっとも、先にお前さん達に伝えておくように言われたけどな。・・・まぁどうせそこらへんほっつき歩いてんだろうと思ったら予想通りだった訳だ。」
「あ、はぁ・・・。」
流石の適当具合に溜息が零れる。
いや、案外仕事が出来る大人というのはこういうものなのかもしれない。
手を抜ていい所は手を抜く的な・・・でも同じ仕事が出来るタイプなら僕はアルジスのレベンさんを見習いたいなぁ・・・。
それにしてもただ宴会場を歩いているだけで色んな所から声をかけられ、食べて行きな!って食べ物を手渡される。
そしてそのどれもこれもが途轍もなく美味しい。困ったな。
宴が始まる前にお腹いっぱいになってしまう。・・・まぁシロは言うまでも無く喜んで完食している訳だが。
僕達の足は広大な墓地の手前で止まった。
そこには既に墓穴と思しき穴が無数に用意されており、中には棺が収まっていた。
これは弔いの宴だ。・・・みんなは喜んでくれるだろうか。
「ローチよ。連れて参ったか。」
ボルデン王の呼びかけに応じ、片膝を着くローチさん。僕もそれに倣おうとした所で声がかかった。
「あー、良い良い。今宵は宴じゃ。存分に弔いの宴を楽しもうぞ。」
「はい。」
「・・・はい。」
ボルデン王はそれだけ告げると、他の様子を見に歩き出して行ってしまった。
少し違和感を感じた僕はローチさんに問う。
「スペラクエバの流儀を知らないのですが・・・弔いの宴は慣習なのでしょうか?」
「あぁ、ここまで盛大なものではないがな。死者を送り出す際。俺達が悲しんで旅立ちの足を引っ張らない様に、出来るだけ明るく見送るんだ。まぁ泣いたって構いやしない。・・・死者の国でそいつが人生振り返った時に、”楽しかった”って。――次の生に希望を与える為なんだよ。」
やはり、ここでもモルヴァの教えが人知れず根付いて居たんだ。
死者の国で魂が生まれ変わる事を前提としての慣習。それに少しだけ嬉しさを覚える。
少しして辺りが暗くなり始めた頃、各々が持ち寄ったランプを光源に幻想的な雰囲気が醸し出される。
少し遠くからひと際大きな歓声が遠くから聞こえた。
「お、来たみたいだな。」
ローチさんが名残惜しそうに煙草を大きくふかしてから消した。
続いてぞろぞろと列を成して現れた死者の方々。
まるで花道の様に人々が道を空け、皆が声を上げて労を労う。
人々からは花びらのシャワーを浴びせかけられている様だ。
「あれは・・・?」
「あぁ、ティエンド様の祝福あれって事だ。めでたい時にやるもんさ。」
めでたい・・・。僕には到底そうは思えなかった。他に方法がないとは言え、彼らには死より残酷な事をしてしまったのだ。彼らの笑顔が僕を許したとしても・・・心の傷に染みる。
僕の思考を他所に死者の方々は皆笑顔で周りに手を振っていた。
そして開けた場所に出ると、そこで全員が綺麗に整列を始め、片膝をついて首を垂れた。
目の前にはボルデン王。
「此度の戦。誠に大儀であった。皆の命を以てしてこの国の平穏は守られたのだ。悲しみ、喜び、・・・そして苦痛。皆の心にあるものは余にも計り知る事は出来ぬ。だが、我ら全国民はお主達を誇りに思う。それに異論は誰一人として無い。」
ボルデン王の言葉に全ての人の言葉が止まる。
「して。――我らが国を守りしそなたら、1万8825人全てに”英雄勲章”を授ける。」
その言葉に兵士が続々と顔を上げ、歓喜の声を漏らし始める。
そしてその言葉は周りの参加者まで伝播し、最終的には空気も揺れる様な大喝采となった。
「英雄勲章って何ですか?」
隣のローチさんに尋ねる。
「英雄勲章ってのはな、この国に多大な貢献をもたらした数少ない偉人を称えた証の事だ。前代未聞だぜ。この人数が英雄勲章を受けるというのは。全国民最大の栄誉だ。」
流石はボルデン王と言いたげな笑みを浮かべるローチさん。
「そなたらの活躍、今後広く後世にまで伝える事をここに約束しよう。」
そのボルデン王の言葉に再び静けさが戻る。
「そして、皆に紹介しておきたいものがおる。クロ、シロ、グラム、ローチ。こちらへ。」
唐突に呼ばれて気後れするけど・・・出ない訳には行かない。
ローチさんが俺も!?って自分を指差してるけど貴方もです。
歩いてボルデン王の隣まで移動する。
「此度の戦。スペラクエバ内外の者達の助力により完全な勝利を果たした。皆に紹介しよう。」
ローチさんが手招きされる。
「ローチ。皆の中にも知る者はおろう。数々の兵士をその確かな医療の腕により救った。」
ボルデン王はそこから歩き、グラムの肩に手を置く。
「隣国アルジスのフィラメント≪炎霊剣士≫のグラム。戦場全体の指揮及び戦闘において大きく貢献してくれた。」
続いてシロの肩に。
「旅人のシロ。戦闘だけでなく、兵の治療にも尽力。彼女の笑顔に身も心も救われた者も多いのではないか?」
テヘッとするシロ。イラっとする。
そして最後に僕の肩に手を置いた。
「そして冥神モルヴァ様の使途。クロ。」
この大勢の中で真っ先に正体をバラしていくボルデン王。
会場が少し騒めく。冷汗が頬を伝うのがわかる。
「彼は先の戦いで死んだ者に今一度後悔を遂げる時間をもたらし、昨日の大戦では誰一人死者を出さぬ偉業を達した。この国の救世主じゃ。」
そんな大それたものじゃ!と言い出そうとする僕を優しい目で宥めるボルデン王。
「ここに居るもの、兵士も含め全員が居なければこの国を無傷で守る事など叶わなかったであろう。儂からの礼を受け取ってくれまいか。」
そう言って深々とその場で皆に見える様に頭を下げた。
どうしていいか戸惑っているうちにボルデン王は頭を上げる。
「前置きが長くなった。これより宴を始める。皆の者、準備は良いか?」
静けさは一転。ボルデン王の声にすごい音量の返答が返ってくる。
それを確認してニコッとしたボルデン王。
「では、大戦の勝利に。この者達の活躍に。そして、命を落とした者達の弔いに。盃を掲げよ!!」
おおおおお!!!
というまるで獣の雄叫びにも近しい皆の歓喜の叫びを皮切りに宴は始まった。
ボルデン王の前に片膝をついていた兵士達もあっという間に散り散りに走り去っていく。
残された僕達にボルデン王が告げる。
「皆の衆。今宵は大いに楽しんでくれ。この国の存続に尽力された事。本当に感謝しておる。」
臆面も無く再度深く頭を下げる。
僕達の反応を確認すると、ボルデン王もその場から歩いてお酒を貰いに行ったようだ。
「さぁ俺達も存分に楽しもうぜ!!」
宴会大好きそうなグラムが叫びながら走り出した。
「じゃぁ俺も酒でも貰ってくるとするかな。」
煙草に火をつけ、ローチさんが手をヒラヒラとさせながらその場を後にする。
煙だけがその場に取り残されて行った。
「みんな・・・感謝してたね。」
「うん。僕の選択は間違ってなかったのかな。」
「それは・・・私にはわからないよ。クロがどれだけ辛い思いをして今の選択をしたのか私は分かってあげる事が出来ない。――でもこれだけの人たちが笑顔で私たちを迎えてくれてる。それで良いんじゃないかな。」
シロの言葉に肩からエルマーが顔を出す。
「まぁお前が間違ってたって言う奴は少なくともここにはいないだろうな。むしろボクにはお前の優しさに見えたぞ。」
僕の優しさ――。
どうなんだろうか。複雑な思いが胸を締め付ける。
どうにか自分の行いに折り合いが付き始めては居る。けど忘れてはならないんだ。
助ける事も助けない事もこの世界では自由だ。――その覚悟の意味を。
「ほら!そんな辛気臭い顔してないで!!お祝いの場なんだから私達もたっくさん楽しんじゃおう!!」
「そうだぞ!こんなごちそうバイキングよりもすごいぞ!!」
「バウッ!!ハッハッハッ!!」
こうして結局僕の心は皆に助けられてしまう。
それは弱さかも知れない。けど、今はその弱さに溺れていたいんだ。
「うん。行こうか!」
「そうしよー!」
シロが右手を大きく空に突き出す。
「今度はお酒飲まないでよ?」
「う、うん!気を付ける!オサケコワイ・・・。」
何で片言なの。思わず笑いが零れた。
僕の笑顔を確認してか、一つ間があってからシロは僕の腕をズイズイ引っ張っていく。
これは色んな所を連れ回されそうだ・・・。
「作られてるもの全部食べちゃうよーー!!」
やっぱり・・・胃薬のストックあったかな・・・。
僕は鞄をガサゴソ漁りながらシロに連れ去られて行った。
――――月が役目を始めてから暫く。もうそろそろ時間だ。
「皆の者。時間じゃ。」
多くは告げないボルデン王。
だが、その言葉に死者の方々は続々と墓地に集まっていった。
そしてそれを見送る為の人々も山程。
「皆の墓は既に昨晩から用意を始めている。各々、自身の棺の上に横たわっては貰えぬか。」
この時ばかりは皆黙々と兵士たちの歩みを見守る。
続々と兵士は自身の棺の上に横たわり、胸の上で手を組んだ。
「親族や友人は傍に居ても構わぬ。安らかに逝けるよう、見守ってやるが良い。」
少しずつすすり泣く声や、悼む声が増え始める。
暫くして全員が棺の上に横たわった。
「ホルツ・フリーデン。」
ボルデン王の足元が輝き、大地から柔らかな光が漏れる。
そうか、この魔術には恐怖を和らげる力もあるのか。
少しでも安らかに。その優しさの体現だ。
全ての人に事細かにボルデン王の声が聞こえる様になる。
「死者の国より我が同胞を迎えし者よ。願わくばその魂を安寧の元に。再び我らが転生の輪廻を与え給え。慈悲深き神の名の下に精霊ティエンドが不倒の道標を示さん。」
これは・・・スペラクエバに伝わる死者への手向けの言葉だろうか。
慈悲深き神。モルヴァの存在を知らなければ気付く事も無い。でも、ここでもモルヴァは死者に安寧をもたらす存在と暗喩されているのだ。
――もうじき時間だ。
柔らかな大地の光に包まれた棺の上の人々から紫色の淡い光が放たれ始める。
少しずつ、死者に戻っていく。それは意に反して幻想的な風景だった。
彼らは想いを果たせたのだろうか。それとも――。
後悔のない死など存在しない。それでも、僕はその後悔が少しでも遂げられた事を願って瞳をゆっくりと閉じた。
淡い紫色の光は次第に宙を埋め尽くし、空に泳ぐ度にその姿を消していった。
まるで蛍火の様に舞っていた光は時間を追うごとに落ち着き――そして死者は死者へと還った。
すすり泣く声、嗚咽を漏らして叫ぶ声。
そしてその全てを掻き消す様な大勢の感謝の声。
それはいつまでも止むことは無かった。
死化粧が解けた亡骸はその無惨な姿を晒しながらも一人、また一人と棺に仕舞われていく。
全員が棺で眠る頃にはすでに朝方を迎えていた。
「うむ。皆無事に眠れた様じゃな。別れを告げ終えた者は下がっておれ。」
ボルデン王が告げる。
全員が引き上げた事を確認すると、ボルデン王の足元が神々しく煌めく。
直後、全ての棺が木の根に引っ張り込まれる様にして地面へと潜り込んだ。
棺が沈み切った後、土は根に招かれるようにして均等に覆いかぶさる。
その上には用意されていた墓石が残り、同時に木の苗木が顔を出した。
スペラクエバが土葬なのは土地柄何となく分かっていた。でもあの苗木は・・・。
「あれは”哀悼の樹”だ。死後の繁栄を映す鏡とも言われている。遺された者たちが世話をして死者を忘れていない事を伝えるんだ。・・・そして樹が育つ事によって死者の国からその故人の返事が伝わる。そう信じられているのさ。」
僕の疑問を察してか、ローチさんが言葉を差し込む。
「何だか・・・。素敵ですね。」
「そうだな。そうやって死者の教えを後世にまで伝えて行くんだ。」
朝日が城壁を超え、眩しい陽が数えきれない程の墓地の樹を照らした。
空気は澄み、心地よい風が吹き抜ける。
数々の想いを抱えた苗木は、その葉を小さく揺らしていた。




