樹林の大地 17:終戦
――数刻後。徐々に騒音の数を減らしていた戦場は遂に静寂を迎え入れた。
「皆の者。大儀であった。これを以て我らがスペラクエバは守られた!!我らの勝利だ!」
ボルデン王の声が戦場全体を駆け巡る。
それと同時に湧き上がる地鳴りのような兵士たちの勝鬨。
スケルトン達もこの盛大な戦いに満足したように各々が武器を掲げ、勝利を祝福する。
「何とか・・・なりましたかね。」
二の扉を閉める。いつしか十数万体に上っていた死者の軍勢は満足げに霧散していく。
しかしまだ僕の仕事は終わっていない。
「お疲れ様!!」
目の前からシロがぴょんと城壁上に跳んでくる。相変わらずの身体能力だね。
「うん。ひとまずこれ以上の被害が出る事は無いね。あとは――。」
「わかってるよ!野戦病棟テントに行ってくるね!状況が落ち着き次第連絡に戻ってくるから!」
「ありがとう。頼んだよ。」
「まっかされた!!」
そういうとシロはシュバッと城壁上を駆け抜け、反対側に飛び降りて行った。
二の扉を閉じた事によってあぶれた冥属ソルがある分、不死の羽衣の発動は先の状況より容易だ。これは助かる。僕も体力精神共にかなり削られている様だ。
思っていたよりも体にガタが来ている。
「クロよ。お主が居なければこの国は無くなっておったかも知れぬな。」
「大げさに言うつもりも謙遜する気もありません。間に合って良かったです。」
「うむ。お主には多大な恩義が出来てしもうたな。」
「気にしないでください。僕達が勝手にやった事です。」
「そうか。ではお言葉に甘えて・・・とも行かんのじゃよ。王たるもの、皆の手前もあるでな。」
王・・・か。僕も色々と考えておかなければならないのかもしれない。
きっと僕が成そうとしている事の道程にそれは立ちはだかるのだから。
「じゃぁ少し盛大な宴くらいは招待されますね。」
「うむうむ。これだけの事を成しておいて宴に参加しないなどとは儂が許さぬよ。」
ニッコニコのボルデン王。得も言えない笑顔の威圧。グラムとは違う意味で怖いな。
・・・今回はシロが酒を飲まない事を祈ろう。
「確認してきたよ!!」
心配の元凶が後ろから声をかける。
「どうだった?」
「重傷患者はまだ沢山いたけど命に関わる様な人はもういないよ!」
その言葉を聞いて肩の荷が全て崩れ去った。
不死の羽衣を解いて、両膝から地面に崩れ落ちて両手を着く。
「大丈夫!?」
「うん・・・。ものすっごく疲れただけ。」
エルマーと零号が四つん這いの状態になっている僕の背中に乗る。
あのねぇ・・・。
「お疲れだな!!クロ!!大成功じゃないか!」
「バウバウッバウワッ!!」
二匹のモフモフのお手々で背中をバッシバッシ叩かれる。痛くも痒くもない。
「お疲れさまだよ!!クロはほんっとにすごかった!」
シロがバシッと背中を手で軽くはたく。一番痛い。
「ほっほっほ。良い仲間に恵まれておるのぅ。儂も仲間に入れてくれまいか。」
そう言ってボルデン王は僕の背中をポンポンと叩いた。
こんなに頑張ったのに皆にイジられる。悲しい。
「兄貴!!大丈夫か兄貴!!」
背中をバンバン叩かれる。
あー、さらに煩いのが来たな。勢ぞろいって訳だ。
極限まで疲労しているはずなのに、思わず笑みが零れてしまう。
「大丈夫です!もう背中バシバシ禁止!!」
ガバッと立ち上がり、猫と犬を吹き飛ばした。吹き飛ばされても直ぐに駆け寄るエルマーと零号。
目の前には笑顔の仲間達。そう。これだけでいい。
――これだけで命を懸けた意味がある。少なくとも僕はそう思う。
「さ、今日はとにかく休むのじゃ。宴は明日じゃぞ!!」
妙に張り切っているボルデン王。まぁ国の一大事をまさかの無傷で乗り越えた訳だ。
王として思う事もあるのだろう。
スペラクエバ兵は荒れた戦地もそのままに引き上げて行く。
それを見守りながらボルデン王も王城に戻っていった。
「俺は滞在中王城に居る事になってる。何か用があったら呼んでくれよ!」
そう言い残してグラムも去っていった。
「よう!英雄!!」
グラムと入れ替わるようにしてローチさんが相変わらずの銜え煙草で歩いてくる。
「英雄だなんてやめてくださいよ。」
「お前なぁ・・・。これだけの戦闘で死者数0ってそんな戦前代未聞だぞ?」
「たまたま上手く行っただけですよ。」
「たまたまでも偶然でも今まで存在しねぇよ。お前が、お前さん達が死に物狂いで動いてくれたからだろ。」
「それはローチさんもですよ。」
「俺の事はどうでも良いんだ!!今だって患者待たせてこっち来てるヤブなんだからよ。」
ふーーっと大きく煙を吹き出す。
この人自分でヤブって言った。腕は誰もが認める程の癖に。
「いやぁ。なんつーかあんまり真面目なのなれてねぇから。・・・ありがとよ。本当に。」
「こちらこそありがとうございました。」
差し出された右手に応える。
「ま、俺はまだまだやる事残ってっからテントに戻るわ。あ――こいつ借りてって良い?」
そういってシロを指差すローチさん。
「どうぞ。せいぜいこき使ってやってください。」
「助かるぜ。」
「えー!?私だってすっごく頑張ったのにー!!お腹すいたー!!つーかーれーたー!」
シロが両手足をパタパタさせながらローチさんに引きずられて行った。
ヒラヒラと右手を振ってあげた。頑張ってね。
さて・・・と。
「皆さん聞こえますか?スペラクエバ兵は撤収を始めています。話したい事があるので一度北部城門に集まってください。」
――数十分もしないうちに北部城門には死者の方々が集まった。
僕が合流するなり頭わしわし背中バシバシと軽い打撲を次々と増やした。
暫くして落ち着いた頃、僕は意を決して切り出す。
「皆さんに集まっていただいたのは他でもありません≪期限≫についてです。」
その言葉に全員が静まり返る。
僕が無意識に代償を払って発動した五の扉とは違って、今回は期限もハッキリと決まっている。
「僕の力は無限ではありません。・・・発動した時間から48時間後。つまり、明日の夜23時に皆さんは・・・本当の死者となります。」
何度も言葉に詰まりそうになりながらも辛うじて吐き出した。
死の宣告だ。僕は神じゃない。こんな事望んじゃいない。でもこれは最初から分かっていた事。
自分の中でどうにかしてケジメをつけようと試みるも混濁した想いはまとまってくれない。
「皆さんは死して尚、国の為に戦ってくれました。それなのに!その先に待っているものが死だなんて・・・僕は自分の無力さが許せない。本当に・・・本当に・・・すみません。」
言葉と共に深く頭を下げた。
握る拳に異常なほど力が籠る。奥歯が自身への怒りと悲しみで軋む。
涙で視界がぼやけようとする。泣いて逃げるな。自分への怒りが更にこみ上げる。
頭を上げて話を続ける。
「なので皆さん。せめて明日のその時まで自由に過ごしてください。大切な人と。自分たちが守った大切な何かと共に。」
震える声に涙が伝う。
「ふざけんな!!」
兵士の一人が声を上げる。
当然だ。死人を利用するだけして死人に戻す。そんなの悪魔がやる事だ。
でもこの声から逃げる事は許されない。それだけの事を僕はしてしまったんだ。
「何で泣いてんだよ!!俺達はあんたに感謝はすれど恨んだりはしてないぞ!」
「そうだ!!お前は俺達にチャンスをくれたんだ!!」
「お陰で国を守れたんだ!ありがとうよ!!」
次々と兵士たちの声が上がる。
そのどれもが感謝に満ち溢れたものだった。
「そんな・・・だって僕は――!」
「いいんだよ!!利用してくれて嬉しかったぜ!」
「明日の23時までだよな!!家族にちゃんと別れを言える!ありがとう!!」
僕の声を搔き消すように感謝の言葉が次々と投げ掛けられる。
戦いの最中にも考え続けていた。≪死者の願いを叶える≫五の扉の力。
――僕は正しい使い方が出来たのだろうか?
その問いに今、兵士たちの笑顔が答えをくれた。
「皆さん。・・・ありがとうございます。」
僕の言葉が引き金にでもなった様に兵士たちは再び僕を取り囲んでバシバシと可愛がり始める。
その後、暫くの談笑が勝利の夜にこだました。
自分への怒りと悲しみで出来た涙はいつの間にか乾ききっていた。




