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屍霊術師ーネクロムー  作者: ELL
3. 樹林の大地
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樹林の大地 15:命の灯

「これは看過できるものではないぞ。小僧。」

「それはこちらのセリフです。」


腰にある鞘に短刀をしまう。

目の前には白い服の女。豪奢な装飾が施されたローブに黒い長髪。得も言えない威圧的な雰囲気を醸している。

従者かは分からないが、目深にフードを被った老人がその横に控えめに立っている。

土台を担いでいた魔物は既に絶命しており、もはや移動する事のない玉座と化していた。


「なぜこの様な事を?」


相手が黒幕の前提で話を始める。

女は臆する事も無く口を開く。


「この様な事?選ばれし我々には下民をどうにでもする権利がある。」


その言葉に腹の底から黒いものが沸々とこみ上げる。――ここは冷静にだ。


「その様な権限は誰にもありません。何様のつもりですか?」

「私の事を知らぬ様だな。私は現シエロを統べる者ぞ。お主の軽率な言葉でその命、如何様にもしてやれる。分を弁えるのだな。」


思ったよりあっさり白状してくれたな。シエロを統べるもの・・・フィラメントか。

だが、これで間違う筈もない程ハッキリした。この騒動の元凶は天属≪フォスキア神≫を信仰の祖とする天上大陸≪シエロ≫だ。


「分を弁える?あなたと僕にどれ程の違いがあるんですか?同じ人間です。」

「――その口を閉じろ。汚らわしい下民が。」


その言葉と共に精神干渉魔術が飛んでくる。

・・・が。僕にその類は無駄だ。”視えてる”。魔術を高速で従属転化。術式の結束を解除。


「閉じません。」


その一言で状況を察した女は語調を落ち着ける。


「・・・何者だ?」


この質問に答える必要はない。まずはこちらの答えて欲しい質問に答えてもらう。


「この魔物達。いや、魔物の模造品コピーを作って何をするつもりですか?」

「ほう。正体を見破っている者が居るとはな。なるほど・・・小僧。お主がネクロムか。この世界への復活の予兆は届いていた。」


僕の正体がバレたのはやむを得ない。それよりもカマをかけた言葉には釣れてくれた。

この魔物達。やはり人為的に作成されたコピーだ。


基本的に完全な”人工生物の作成”は魔術では禁忌とされている。

倫理的な問題もあるが、世界的な秩序を保つ為である面が大きい。そんなものが世に出回ってしまえば、魔術師各々が軍隊を所有できる事になってしまう。

それに現状では術者にどれ程の影響が出るかも未知数だし、そもそもそんな複雑な魔術を完成させるまで誰にも見つからずにやり遂げるなんて不可能だ。

――国家ぐるみでも無い限り。


「えぇ、僕はネクロムです。ここであなたの謀略に終止符を討つこともできます。」

「笑えない冗談だな。そもそもこれは謀略などではない。誤った世界の有様を正す聖戦だ。」

「聖戦?許諾も無く血が流れる戦に聖も邪もない。それは総じて悪だ。聖戦とは心正しきものが起こす戦いの事です。あなたのそれはただの虐殺蹂躙に他ならない。」

「――理解出来る筈もあるまい。最も穢れたフィラメントよ。我ら選ばれし者とは相容れぬ。」


話が平行線だ。

だが必要な情報は得た。あとは如何にして退けるかだ。


「では・・・戦うしかありませんね。あなたの命を以てしてこの戦を終わらせましょう。」


短刀を引き抜き、剣先を女に突きつける。

忍び寄る沈黙。束の間の時間が遅く流れた。


「ふん。ここで本気でやり合えばお互い無事では済むまい。それが分からぬほど愚かでもなかろう。私は忙しい身でな・・・下卑たその虚勢に免じてここは退いてやろう。既に必要な情報は揃った。」


そこまで告げると隣の老人に何か声をかける。

声をかけられた老人が杖を掲げると眩い光が発せられた。


「だが努々忘れるな。世界の浄化は必ず行われる。我がセルストラの名において。」


女の声が響いた直後、唐突に眩い光が収束すると、そこに女と老人の姿は無かった。


「これは!?・・・先生と同じ魔術・・・?」


いや、呆けている場合じゃない。黒幕を退ける事には成功したけど、まだスペラクエバ兵達は戦っているんだ。急いで戻らないと。


「レビテイト。アクセラシオン。」


高速空中移動セット。

凄まじい勢いで空中に跳ね上がる。


「ウィンドラファル。」


後方に突風を放つ。その反動によりさらに加速。

早すぎて目がシパシパするけど方向さえあってれば何かにぶつかる事は無い。

とにかく急ごう。




一方、グラムが加わったスペラクエバ兵達は安定した戦いを見せていた。

疲労や傷を負った兵士が一定以上増えたらローテーションする形で見事に前線をキープしていた。

中には重傷を負った兵士も多々いた所が少し心配だが・・・。


「このまま持ちこたえろ!!俺は他の前線にも行ってくる!ボルデン王も気張ってんだ!お前らも負けるなよ!!」


兵の士気を持ち上げる様に言葉を残し、炎で構築されたライオンに跨って戦場を駆け抜けるグラム。

次から次へ上がる赤と黄色の発煙弾の処理にシロと共に忙殺されていた。

今は完全にボルデン王が全体のバランスを管理している状態だ。


ドンッ!


――唐突に城壁内部から一発の緑色の発煙弾が上がる。


「致命傷患者の発煙弾!?ウルフ団!!少しの間頼んだよ!」

「ウォー――ン!!」


ウルフ団の”任された!”という遠吠えを聞きながら森を引き返す。

ふと走り抜ける木々から声が聞こえる。


「シロよ。要所の対応はグラム王に任せて一度病棟テントに戻ってくれまいか。致命傷患者が出た様じゃ。」

「この声!ボルデンのおじいちゃん!!もう向かってるよ!」

「うむ。頼むぞい。」


元より、要救護者が出た場合のシロが戻るルートは確保されている。作戦が功を奏したのだ。

ものの数分で北部城壁を通過し、発煙弾が打ち上げられたテントに駆けこむ。


「ローチさん!!状況は!?」

「シロ!来てくれたか。だが・・・こりゃぁ良くねぇな・・・。何とか延命措置は施しているがこいつをどうやって生かしてやればいいのか医者の俺が分からねぇ。」


そうローチが言葉を詰まらせる程の状況。

野戦病棟テントは軽傷、重傷患者で溢れては居れど、致命傷患者はこの人だけだ。

そしてその患者はまるで獣に丸まるかじり取られたかの如く、左脇腹が大きく欠損していた。


「これは・・・。」


私が使える”普通の”回復魔術じゃ助けられない。

――でも前の時もクロが言ってた。迷ってる場合じゃない。


「私達のルーツが怪しまれる事になったとしても助ける――だよね!!」


決意を固めたように真剣な顔を作る。


「ローチさん!延命措置だけ続けて!!怪我の部分は私が何とかする!!」

「何とかったってもう虫の息だぞ!?延命措置も長くはもたねぇ!」

「それでも良いからやって!!」

「・・・わかった。出来るだけはやってやる!」


忙しなく動きながらも煙草に火をつけるローチ。

シロはローチと場所を交代し、傷口に両手を重ねて当てる。

一つ大きく息を吐く。


「天聖の快癒。」


直後、シロの重ねた両手の上に六角形の魔術式が構築される。

神々しくも温かい光が眩く傷口に触れていく。


「お前さん・・・そりゃぁ・・・失った肉体自体を再生させてるのか――!?」

「うん・・・。でもこの魔術難しいし時間もかかるの。私はこっちに集中するからローチさん。お願いね。」

「あぁ、任せろ!」


二人が施術を始めてから十数分。

少しずつ患者の肉体は埋まり始めてはいるものの、多量の出血にその命は繋ぎとめられる期間を超えようとしていた。

徐々に弱まっていく魔術の光。


「だ、だめ!!死んじゃったらもう治せないんだから!!――ローチさん!!」

「こっちだって精一杯やってる!これだけ保ったのだってコイツの意志と俺達の働きだ!!」


パチッパチッと切れかけの電球の様に光が役目を終えようとしている。


「死ぬな!!!」


既に心臓は動きを止め、ローチが再度動かそうと心肺蘇生を施す。


「死んじゃダメ!!絶対にダメなんだから!!」


既に消えている時間の方が長い光に必死に魔力を送り込むシロ。


「おいクロ!!早く戻って来やがれ!お前が言ったんだぞ!!誰も死なせないって!」


叫びながら心肺蘇生を続けるローチ。

電撃の魔術を施し、内部から心臓にアプローチをかける。

だが死への最善の抵抗も虚しく、シロの魔術の光は完全に途絶えた。


それでも二人は諦めなかった。

心臓を動かそうと尽力し、魔術への魔力を弱める事も無かった。

その必死の抵抗から漏れ出る音だけが虚しくテントに響く。

シロの目から溢れ出た雫が患者の鎧に跳ねた。



「四の扉――――不死しなずの羽衣。」


どこからともなくクロの声。続いて突如、動き始める患者の心臓とシロの魔術。

何が起こったかはわからない。――だけど待っていた。


「クロの声だ!」

「ああ!!治療を続けるぞ!」

「うん!!」


涙を拭う事もせず、シロは魔力を注ぎ続けた。


「遅くなってすみません。ボルデン王の力を借りて皆さんに声を届けて貰っています。一方通行の伝達なので手短に済ませますね。先程スペラクエバ兵達全員に魔術を施しました。”死ななくなる”魔術です。ですが、魔術が解けた際に”死んでいる”状態にあった場合は死にます。この魔術は長くは保ちません。都度かけ直しますが留意してください。この魔術は死者には効きません。魔術が切れない内に治療を行ってください。もう一度お伝えします――――。」


死者には効かない。

その言葉を聞いてシロとローチは安堵した。まだ完全に死んではいなかった。

自分たちの行いが患者を生きながらえさせたのだ。その確信をクロから手渡された。


「クロの説明は小難しくて良くわからないけど・・・。クロの魔術が切れる前に患者さんの落ち着く所まで治療を済ませちゃえば、その後魔術が切れても大丈夫って事だよね!!」

「そうなるな!」


シロとローチが目を合わせてニッと笑う。


「頑張っちゃうよーー!!」

「俺も出来る限りは尽くすぜ。」


ローチが吐いた大きな煙はシロの放つ光にかき消されるようにして溶けて行った。

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