樹林の大地 13:開戦
―――僕達が目的の場所に着いたのは早朝。夜明け間近の頃だった。
先の戦いから、相手の魔物はその殆どが街道を移動する予測は立っている。
軍勢は街道を挟む森の中に潜む。スペラクエバ北部から街道は放射状に道を広げており、それに伴って街道間の森は幅を広げる。
スペラクエバから十分に離れたここなら森の面積も広く兵士も潜みやすい。
そして・・・僕が睨んでいるのはこの広大な大草原だ。
北部へ延びるスペラクエバに続く三つの街道へは、この草原を通過しない事には入る事は出来ない。つまり、ここには多くの魔物が一時的に溜まる上、街道に入る際の渋滞が起こる。
――黒幕もここで少しの足止めを食らうはずだ。
僕は街道から離れた高台で状況を確認していた。
ここなら全体を十分に把握できるし、何かあればすぐに駆けつけられる。
兵士の配置も無事に終わった。
僕が合図を出すまでは、見つかってしまった際の露払い程度の戦闘で済ませる様に伝えてある。期が熟すまで、可能な限り身を隠していてもらう。
正午近くにスペラクエバ北部城壁に到着するという事は・・・そろそろ軍勢が見えてくる頃だ。
それから間もなくして地鳴りのような音が響き始める。
―――来たな。
広大な草原の更に北部から松明の明かりが見え始める。まだ辺りは薄暗い分、こちらからは相手の位置が松明で丸わかりだ。
徐々に魔物の軍隊の姿が明らかとなる。二足型のオークに近いタイプからゴブリン。数体の大型ゴーレムに近い魔物も見える。
ちらほらと先の戦いで見た狼型虎型の魔物も見える。やはり魔物の種類が多いな。
まるで”どのタイプが使えるか”の実験でもしている様だ。
まずは第一関門。
黒幕らしきものが見えるまで僕達が見つからない事だ。
兵士達には見つかった際の手順を伝えてある。僕に一報がまず入る筈。
兵士たちにはダークペイント&スチルレッシェの隠密セット。直接ぶつかったり思いっきり派手な行動をしない限り問題は無い筈だ。
だが、もう少しして陽が出てくればダークペイントは逆に目立つ。
迷彩に近いターニュペイントに変更しなければ。
離れていても死者の軍勢達に僕の魔術はピンポイントで届けられる。
僕の転化した冥属ソルで構成されているからな。広範囲の戦いになっても何とかなる。
まぁあまりに遠いと無理だけど・・・このくらいの範囲なら・・・多分大丈夫だ。
続々と北方から姿を現す魔物軍。すでに草原の半分を埋めている。
進軍速度はやはりそこまで早くはないが、人の徒歩よりは流石に早い。斥候が良い読みをしたな。これは予定通りの時刻に北部城壁に到達するだろう。
街道から離れている僕は魔物の軍隊をただ見守る。
その中に一点の曇りを探して。
―――陽がのぼり、その陽が空高くに掲げられた頃。
「そろそろ正午か・・・。先の魔物はそろそろ城壁に到達する頃だな・・・。」
シロ、グラム、そしてスペラクエバ兵達。―――頼んだよ。
眼下の広大な草原では予想通りの渋滞が起こっていた。進軍は一時的に滞り、各々が街道への道に押し込める様に流れていく。
そろそろ魔物軍の最後尾が見え始める頃。それは僕の目に映った。
魔物軍の最後尾付近。魔物に囲まれるようにして”誰か”が居る。
魔物ではない。まるでコピーの様なソルの配列だった魔物たちとは違い、明確に誰かが居る。
鞄から単眼鏡を取り出す。
うーん・・・・。これじゃちょっと分からないな・・・・周りが邪魔だ。
仕方ない。
「レビテイト。クラールハイド。」
杖の先端に次々と構築術式が現れ、霧散した。
―――上空偵察に切り替える。
相手の感知範囲外からとなると結構な高度で飛ばなければならないが・・・まぁ仕方ない。
魔物軍の上空を高速で移動する。
・・・ここら辺からなら見えるかな。再度単眼鏡を覗く。
目に映ったのは魔物が担いでいる土台に用意された椅子。その椅子に誰かが優雅に座っている。頭から足先まで真っ白な服を纏った髪の長い女性。
服には豪奢な装飾が施されており、とても戦場に居るべき人間ではない事が明らかだ。
事細かに情報を得ようと凝視していると突如、その女性の目線が僕の方を注視する。
「な――!?」
この距離で解る筈がない。もしわかるとすればそれは”とてつもない何か”である証拠。
考えている猶予は無い。ここでの判断ミスはスペラクエバの滅亡に繋がる。
即断即決。単眼鏡を鞄に放り込んで、短刀を引き抜く。
捉えきれる範囲のソルを全て従属転化。―――それは死者の軍勢付近のソルも意味する。
枯渇した水源を復帰させた時と同じだ。僕の魔術が届いている範囲。その範囲も僕の手中にある。
その全てを冥属のソルへ。莫大な冥属ソルを短刀に収束。余った左手で宙に十字を切る。
「三の扉――――大冥瀑。」
禍々しい紫黒を湛えた短刀を地面に向かって投げつける。
位置は草原で渋滞している魔物のど真ん中。
白い服の女よりも大分手前だ。
ドッ――。
投げてからややあって短刀が地面に突き刺さり、短刀を中心とした黒い円が地面に広がる。
それは瞬時に草原の魔物全ての足元を範囲取り、街道に入ろうとする魔物たちにまで届こうとしていた。
続いて黒い円は妖しく光り、一度の脈動。暗い紫色を放つ。
それを合図に黒い円の上に位置していた魔物たち全員が唐突に倒れる。
その後、まるで黒い円は呼気を吐き出すかのように白く淡い光を空に向かって多量に放出した。
「これで10万は削ったかな・・・。」
――――大冥瀑。
媒介にしたものを中心に死の黒い円を広げる。
その上に立つものは強制的に肉体と魂を分断される。
俗物的に言えば即死技だが・・・もちろん例外はある。
この技は魔術でいう所の精神干渉系に近い。自身の意思を保護する魔術でも十分に防がれてしまう。そもそもこの巨大規模でしか発動出来ないし、冥属ソルを過剰に消費する。
割と欠陥品な大技だ。
だが、先の戦いで魔物たちには保護系の魔術がかかっていない事も確認済み。
この状況ではこれ以上にない持って来いの技。
上空から急降下。短刀を回収。
地面に着地すると同時にクラールハイドが解ける。まだ僕のやるべき事は終わっていない。
大冥瀑によってもたらされた魔物の死から滲み出た莫大な冥属ソルを利用させてもらう。
「二の扉――死屍累々。」
地面を覆いつくす夥しい数の魔物の抜け殻の下から続々と異形の兵が姿を現す。
グラムと戦った時とは異なり、巨大なタイプは作らない。
剣士タイプと魔術タイプのスケルトンに限って大量に生産する。
次々と異形の兵達は量産され、草原にいた魔物軍はこの短時間で僕の率いる死者の軍勢とすり替わった。
数は3万いないくらいか。伏兵と併せて5万程度――上々だ。
「作戦開始です。」
僕が告げると同時に死者の軍勢は魔物軍の背後から攻撃を始めた。
森に潜んだ伏兵達は街道に続く草原付近の魔物軍を横から強襲し、進行ルートを確保。
その後スケルトン達と合流。敵を一気に背後から削る。
魔物軍正面には突破できない壁。後方からは迫る殲滅軍。
敵の立場であれば完全に負け戦。
だが問題は”突破できない壁”の方だ。僕は今回、ただの一人の死者も出すつもりはない。
こんな意味不明で理不尽な戦いで死ぬ人が居てはいけないんだ。
その為にもすぐにスペラクエバに戻らなければならない・・・が。
そこはグラムとシロを信じて少しだけ時間を貰う。
「これはお主の仕業か。」
女の声が僕の耳に届く。
やはり大冥瀑から生き延びていたか。――黒幕。
「えぇ。到底許せるはずもありません。この様な理不尽は。」
僕は振り返り、怒りの視線を女に向けた。




