樹林の大地 12:兵士の想い
――――唐突に意識が現実に戻る。
目に映ったのは徐々におさまっていく眩い紫光。どうやらあのやり取りは現実世界では一瞬に過ぎないモノだったらしい。
シロとエルマー、零号の温もりに安堵を覚える。
「ただいま。」
「おかえり!!」
「おう!」
「バウッ!!」
「やっぱり大丈夫だったね!クロの事だーれも忘れてなんかないよ!!」
「うん・・・・。ありがとう。皆のお陰だよ。お陰で・・・怖くなかった。」
「無事に何とかなったんだ。いつまでも素直モードじゃなくていいんだぞ。」
エルマーが意地悪く言う。思わず笑みを浮かべる。
「そうだね。はい。みんな暑苦しいからどいてー。」
体をわざとらしく揺らすとシロ達は僕を解放した。
目の前には地面から暗く光りが発せられている。――これは・・・地面からじゃない。
地面に隙間なく並べられた遺体からだ・・・。
一人、また一人と自分に何が起きたか分からずに狼狽するスペラクエバ兵が目を覚ます。
発光が一通り落ち着くと、全てのスペラクエバ兵は死の暗闇から目を覚ましていた。
五の扉発動には僕が従属転化した多量の冥属ソルを用いている。
死した体を動かせているのもそのお陰だ。
つまり――大声で話さなくても一人一人に僕の言葉は伝わる。
「皆さん。落ち着いて僕の話を聞いてください。」
一言告げると場が静まり返る。
約二万弱の兵が僕を注視する。
「僕は冥神モルヴァのフィラメント。ネクロムのクロと申します。先の戦いで残念ながら皆さんは命を落としました。」
ここで兵士達がどよめき始める。死んだ自覚があるものも無いものも。それぞれ思う事があるのは確かだろう。
「ですが、明日。先の戦いとは比較にならない程の魔物がこのスペラクエバに押し寄せて来ます。皆さんはこのスペラクエバを守る為に命を落とし、それでも尚、この国に住まう人々・・・ひいてはこの国を守りたいという確固たる意思を持っていると伺っています。」
いつの間にか再びの静寂に僕の声が響くだけになっていた。
「死して尚、この国の為に。僕と・・・この国を守ろうとする生ける人達と共に戦ってはくれませんか?もう・・・これ以上の惨劇を生まない為に。」
そこまで告げると、スペラクエバ兵は一人、また一人と右手を天に向かって突き出した。
それを追いかけるようにして響き渡る怒号。
兵士たちが自分を再度鼓舞するように叫び声をあげているのだ。
次第にその音量は勢いを増し、鼓膜を痛める程の声に変わっていった。
本物だったんだ。この人達の死して尚、この国を守りたいという気持ちは。
五の扉は死んだ人間の魂をモルヴァの元から再度死んだ肉体に結び付ける。持ち主の魂を持ち主に一時的に返すのだ。死した体は冥属のソルが補い、器へと変性させる。それによって生前とある程度同じ状態が維持できる。
時に残酷で・・・時に何よりも優しい力だ。
「皆さんの体は僕の力で、一時的に保持出来ているものです。リミットは約48時間。それが限度です。ですが――あなた達はその間不死です。死ぬことはありませんし”出来ません”。・・・それでも戦う意思に変わりはありませんか?」
僕の問いに再び静まり返る事は無かった。
「そんなのどうだっていい!」
「国を守れるんだ!いくらでも戦ってやるぜ!」
「これでまだ戦える!」
兵士たちからは僕の説明を聞いた上でもその様な言葉が飛び交っていた。
思わず僕の方に笑みが零れる。
「では・・・僕達の、スペラクエバの戦いに思う存分に力を揮ってください。指揮は僕が執ります。」
その言葉に更に兵士たちの士気が盛り上がった。
「頼むぜ!指揮官!!」
「俺達にチャンスをくれてありがとうよ!」
これが・・・五の扉の正しい発動。
死者の想い残しを叶えることが出来る猶予を与える。
―――やはり確信できる。モルヴァは悪じゃない。人が・・・好きなんだ。
「では、僕からの贈り物です。」
皆喜んではいるけど人によっては腕がブランブランだったり体に穴が開いてたりで流石にこのままだとスペラクエバ兵同士で戦いが起きても不思議じゃない見た目だ。
「四の扉―――。死化粧。」
指で宙に十字を切る。そしてその指を追いかける様にして魔術式が発光する。
発光した十字の中央から夥しい数の紫光の弾が打ち出され、蘇った一人一人に向かって飛び込んでいく。
紫光の弾は蘇った兵士にぶつかり、体をその光で包んだ。
直後、兵士たちは生前の姿へとみるみる内に再生されていく。
再生を終えた兵士は、通常の兵士と見分けがつかない程の姿だ。これで同士討ちも無いだろう。
兵士たちは自分の手足を見て感嘆の声を上げている。
――四の扉。戦う為ではなく、他者を助ける能力をモルヴァから借り受ける扉。
≪肆. 冥神より賜りしものは志を共にする生者を庇う≫
この表記だと”生者”のみに思えるけどそんな事も無い。”志を共にするのであれ生者であれ死者であれ”この力の恩恵を受ける事が出来る。
何故死神と比喩される神にこの様な力があるのか。――それはもう言うまでもないだろう。
「蘇って頂いてすぐで申し訳ありませんが、悠長に感動もしていられない状況です。魔物の到着時刻は明日の正午過ぎ。それまでに僕達は伏兵として所定の位置まで移動しなければなりません。――行けますか?」
兵士たちの真っ直ぐな視線。―――聞くまでも無いか。
後ろを振り返る。
「じゃぁシロ、エルマーと零号も。――行ってくるね。」
「うん!もう最大の難関は超えたからね!存分に暴れてくると良いよ!!城の守りは任せて!」
シロの言葉の後にエルマーが僕の肩から声をかける。
「何を言ってるんだ。ボクはクロについて行くぞ。シロの方は問題無いだろ。」
「そっか。エルマーが居れば僕も心強いよ。零号、シロの事お願いね。」
「バウワウバウッ!!!」
わっしわしと零号を撫でまわした。
再び兵士たちの方を向きなおす。
「では行きましょう。皆さんの武具は北部城壁の物資置きに用意してあります。作戦の要綱は移動中に説明します。」
僕を先頭に軍勢を引き連れて農作区を移動する。
北部城壁の物資置きに到着すると、各々が手際よく準備を始める。
夜警の兵士達の中に知り合いがいたものも多く、運良く感慨深い再会を果たせたものも居た様だ。だがそこは兵士。大勢の人数にも関わらず、準備にさほどの時間を取られる事は無かった。
北部城壁門を開けてもらう。
―――この門が破られた時。この国は終わるのだ。
その重い扉をくぐって、僕達死者の軍勢はスペラクエバを後にした。




