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屍霊術師ーネクロムー  作者: ELL
3. 樹林の大地
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樹林の大地 11:邂逅

―――開戦前夜。

僕はシロ達にお願いして一緒に街を歩いていた。

戦いの前にすべき事は全て整えた。

後は・・・僕にかかっている。


「どうしたのー?クロが一緒に行きたい所があるなんて珍しいね?」

「そうだな。詳しく説明しないあたりも怪しいな。」

「着いたらちゃんと説明するよ。」


まだ陽が役目を終えてそこまでの時間は経っていない。馬車を借りて行こう。

向かう先は北部城壁付近。これから戦火にさらされる最前線だ。

馬車に揺られている最中、シロもエルマーも特に何も聞いてこなかった。

ありがたいけど・・・きっと僕の心情を察してのものだという事も解る。それが僕の心をさらに重くしていた。

――馬車が足を止める。

居住区と農作区を区切る北門。僕達の拠点のすぐ近く。ここでいい。

お金を払って馬車を下り、北門を通り抜ける。

ここから城壁伝いに東に歩けばある筈だ。

歩みを始めながら僕は口を開いた。


「シロ。エルマー。大事な話があるんだ。」

「そんな気はしてたけど・・・。どうしたの?」

「あぁ、お前がしょぼくれてるとボクも調子が出ないぞ。」

「―――僕はこの後、”五の扉”を開こうと思う。」


僕の言葉にシロはきょとんと、エルマーは戦慄の走る表情を見せた。


「五の扉?」


シロが首を傾げながら言葉に出す。そっか。知らないのも仕方がない。僕達はあまり一緒の授業を受けたりはしなかったもんね。


「うん。・・・ネクロムの力には一の扉から八の扉まであるんだ。」

「うんうん。それは何となく知ってる。カッコ良さげで羨ましかったから!」


理由・・・。思わずふっと笑みを零す。


「その内の一から四までは僕の意思で好きなように開けたり閉めたり――つまり発動したり終えたりが出来るんだ。」

「うん。グラムの時も色々やってたやつだね。」

「そうだね。・・・けど五の扉以降は開いた際に何らかの”代償”が必要となる。いや、”代償が必要となる可能性がある”と言った方が正しいかな。」

「代償?お金とか?」


僕達の空気から察したシロは急に驚く仕草を見せる。


「・・・え!?命とか!?」

「いやいや、流石に命までは取られないと思うよ。でも僕がその昔、自分で自分を殺そうとしてた頃。五の扉発動の際に奪われたものは”僕の存在の概念”だった。」

「うーーーん。話が難しいよぉ・・・・。」


頭を抱えるシロを見てエルマーと目を合わせる。


「僕の話分かりづらいかな?」

「そんな事は無いぞ。少しでも難しい言葉が出るとシロはオーバーヒートするだけだ。」


僕達の会話を聞いたシロがジトッとした目線を僕に送る。


「分かりやすく説明して!」

「わ、わかったよ・・・。じゃぁ至極簡単に。もし五の扉を開いた時、僕の想定と違う事が起こってしまったら僕は皆の記憶から消えるかもしれない。」

「クロが・・・?私たちの記憶から消える?」

「うん。正しくは”僕という概念を認識できなくなる”が正しいんだけど。」

「今まで一緒に育ってきたことも色んな楽しい事も全部思い出せなくなっちゃうの?」

「そういう事。」


ここまでの話を終えて、僕達の足は歩みを止めた。

目的地はここだ。


臨時遺体安置所。


先の戦いで亡くなった2万人弱の遺体が眠る場所。

明日の戦いでは、戦死者を出さない為にも伏兵が必要だ。しかも、激戦真っ只中に現れてもらう必要がある。今、スペラクエバにその余裕はないし、伏兵には必ず死者が出る。

だから―――これしか選択肢が無いんだ。


自分の仮説に完全な根拠がある訳じゃない。可能性程度だ。

誰も知る筈がない可能性。アルジスで得た知見。


≪伍. 冥神は死者の願いを聞き届ける≫


この一文と”代償”という言葉だ。


そもそも代償とは自分では得られないモノを得る為に支払うもの。

若しくは何らかの過ちを犯した際の対価である言葉だ。


まず、僕は自分が利得を得る為ではなく、この国全土の人の為に五の扉を開く。

まぁこれはこじつけと言われてしまえばそれまでだが、少なくとも自身のみの為ではない。


そして、ローチさんは戦死したスペラクエバの兵は皆”国を守りたかった”と遺言を残したと言っていた。僕がこれからしようとしている事は、そんな戦死したスペラクエバ兵の”死者の願いを聞き届けようとする”行為。


このように、”代償”の意にかからなかった場合――扉を開く”代償”は必要なのか?

――これは一種の賭けだって分かってる。旅で得た知識と自分の想像を信じられるかどうかだ。

でも自信を持つことが出来ない。

だから・・・失う事が怖くて・・・シロとエルマーに縋ったんだ。

生きながらにして存在しない。その恐怖を誰よりも僕は知っているから――。


「でもさっき”想定と違う事が起きたら”って言ってたよね?」


シロの声に顔を作り直す。


「うん。可能性レベルの話だけど・・・代償を支払わないケースも存在すると僕は思ってる。」

「なーんだぁ!!じゃぁ大丈夫じゃん!」

「はぁ・・・ボクも心配して損したぞ。」

「へ??」


シロとエルマーの反応に思わず変な声が漏れる。


「今からお前はその”代償を支払わないケース”に該当する何かをやろうとしてるんだろ?」

「まぁ・・・そうだけど。」

「じゃぁ安心だね!師匠!クロの想定が外れた事なんてないもん!!」

「だな!」

「バウッ!!」


いやいや・・・零号まで・・・これまでもいくつも予想とか想定は外してると思うけど!?

―――でも・・・それだけ信頼を得ていたんだ。僕は。

少し肩の荷が下りた気がした。いや、皆が持ってくれたんだ。


でもだからこそ怖い。もしも・・・もしもまた独りになってしまったら・・・僕はどうすればいいんだろう。

心拍が恐怖で高鳴る。杖を握る手が小刻みに震えているのが自分でもわかる。

それを押し殺すように、余っていた手も杖を握る。


「クロ。・・・怖いの?」


シロの問いに焦りの表情を隠そうとした。・・・けどこれが最後になるかもしれない。

だったら―――。


「・・・そりゃぁ怖いよ。今まで皆で生きてきて・・・。それが全て無かった事になってしまう可能性があるんだから。それは・・・死ぬより遥かに怖い。」


目頭に涙が滲む。僕は本当は泣き虫なんだ。隠すのが上手くなっただけで。

そういえば最初の頃は良く臆面も無く泣いてたっけ。・・・懐かしい。


「そっか。・・・じゃぁこうしててあげる!」


シロが僕の背中から覆いかぶさるように抱き締めた。


「じゃぁボクもこうしててやろう!」

「バウバウッ!!」


エルマーは僕の左肩から頭を抱える様にして抱きついた。そして同じようにして反対側から零号に抱きつかれている。


「これでもうクロは居なくなったりしないよ!!」

「あぁ!ボク達の腕の中に居るからな!」

「バウワッ!!」


――――なんだこの状況は・・・・。

あのーいやー、そういう事じゃないんだけどなぁ・・・。

でも。ありがとう。

目頭に留まった涙はそのまま重力に逆らえずに二滴、三滴と地面に吸い込まれて行った。


すっかり震えがおさまった右手を杖から離す。

これじゃまるで怪しい謎の儀式でもやってるみたいだな。でもこの感じ。悪くない。


僕の人差し指は宙に十字を切り、十字の交差部分を中心に更に円を描いた。

指を追いかけるようにして淡い紫色の陣が発光する。


「五の扉。――――弔いの戦兵。」


宙に描かれた陣の中央に手をかざす。

辺り一帯は眩い紫光に包まれた。





――夢を見た。

泥濘のような闇を泳いだ。息も絶え絶えに必死に泳いだ。その内に大きな闇は津波となって押し寄せ、僕の体を飲み込んだ。

体が重い。自由に動かない。でも何かがかき立てる様に、闇の底へ向かって潜った。光が見える。でも届かない。闇をいくら掻いても体は進まない。それでも諦められない。

口から溢れた呼吸は闇に気泡を作り我先にと浮上する。もう息がもたない。手足は棒のように疲労を訴え、意識も朧に消える間際。

声がする。何か・・・聞こえる。


ここで――諦める訳には行かない!!


意識が覚醒すると共に呼吸は正常に戻り、僕の体に纏わりついていた泥濘の様な闇は次第に溶けて霧散していった。

どこまでも果てしなく続く様に広がる暗闇の空間。何もない。

歩みを一歩進める。波紋が一つ波立つ。

また一歩歩みを進める。また一つ波が立つ。

耳を澄ませると声が聞こえる。これは・・・ソルが道を示してくれているのか。

呼ばれるがままに歩みを進める。

暫く歩き続けると何かが遠くに見える。あれは・・・椅子?

しっかりと細部がわかる程に近づくと、それは石材の様な物で出来た真っ黒な玉座だった。

これは何だろう・・・・?

悩み始めるより先に玉座に向かって周囲の闇が凝縮されていく。

次第にそれは人の形を象り、腕と足を組んだ姿で玉座に座っていた。

開く紫の瞳。開かれる真っ赤な口。


「よお。クロ。ちっとはマシになったな。」

「あの・・・どちら様でしょうか?」

「そうかそうか。前の時はそりゃぁ覚えてねぇわな。あんな使い方しやがって。」

「という事は・・・モルヴァ!?」

「あぁそうだ。モルヴァ様だ。跪いてもいいぞ。」

「遠慮しておきます。」

「お前はそういう奴だよな。ここに来たって事は―――五の扉まで開いたか。」

「・・・うん。スペラクエバに住む人達の願いを叶えるために。」

「そうか。」


重い沈黙が流れる。

暗闇が僕の隙を搔い潜って飲み込もうとしてくる錯覚に駆られる。


「ん?何だ?まだ何か用か?こっちは忙しいんだ。用が済んだなら帰れ。」

「あれ?代償は・・・?」

「あ?今回の発動に冥約の違反は無い。支払う必要は無い。」


冥約?・・・恐らくは決まり事みたいなものだろう。

今回の僕の予想は間違っていなかったんだ・・・。

大きく息を吐き出した。


「良かった・・・。」

「だが忘れるなよ。その力。冥約に違えば代償は払ってもらう。」

「うん。でも僕は正しくある為にこの力を使うよ。それでいつか・・・冥約を破る事になっても。」

「クックック。良い心がけだ。俺はお前を見ているからな。」

「これからもお願いね。モルヴァ。」


僕の言葉に少し戸惑いの雰囲気を見せる。

モルヴァは永い事僕を見ていた。永い事一緒にいたんだ。そして――見捨てないでくれた。

神だか何だか知らないけど・・・僕からしたら家族や親友の類と同じだ。


「お前気持ち悪い奴だな。」

「その姿のモルヴァに言われたくないよ。」

「なっ!おま!!俺だってちゃんと出てくりゃぁなぁ―――!」

「忙しいんだよね。」


モルヴァの言葉を遮った僕の言葉を受けて玉座を座りなおす。


「・・・あぁそうだ。こりゃ異常だ。」

「じゃぁいつかもし、忙しくなくなったらちゃんと姿を見せてね。」

「ハッ。そんな時が来たらな。ほら、さっさと失せろ。仲間が待ってんだろ。」

「うん。またモルヴァにも会いに来るから。」


―――方法はわからないけど・・・。

また少し戸惑う様な空気を醸すモルヴァ。


「・・・・必要な時にだけ来い。こちとら暇じゃねぇんだ。」


凝縮された人型の闇が人差し指をピンっと弾いた。

直後僕は後方に向けて大きく吹き飛ばされ、一瞬で闇に覆われて行った。


「フン。――クロか。自分で選んでおいて何だが・・・優秀で変な奴だ。」


凝縮された闇の人型は独り呟いて霧散した。

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