樹林の大地 6:喪失感と決意
最前線と安全圏を区切るスペラクエバの城壁。
安全圏の中には臨時の野戦病棟が広範囲に渡って広がっていた。
そして・・・それでも助けられなかった人々の数えきれない亡骸。
それは、今は何も植えられていない畑のエリア一面に横たわっていた。
数は一万から二万程だろうか。深夜の奇襲という事もあった。でも鍛え上げられているはずの国を守る兵士たちがこんなにも痛手を受ける程、相手の魔物は強かった。若しくは何かのからくりがあった。そういう事なんだろう。
思わず言葉を失う。
野戦病棟近くに着地し、魔術を解除。死んでしまった人達はもうどうにもならない。
けど、まだ生きている人がいるのであれば僕達は力になれる。
病棟テントの皮布をくぐって中に入る。
中は地獄とも及ばない光景だった。常に医者や看護師の叫び声や怒号が飛び交い、同時に兵士たちの呻く声が低く鳴り響く。
「どっから入ったお前ら!!」
いきなりの声に思わず体がビクッと反応する。
「あ、いえ、回復魔術の心得があるので何かお手伝いできる事があればと思いまして駆けつけました。」
それを聞いて一瞬手を止める医者らしき男。
口に煙草を銜え、両手にはゴム製手袋。眼鏡にオールバックの黒髪。少し荒々しい印象を受けるが、恐らくこのテントの主治医だ。
吸い込んだ煙を上に向けて大きく吐き出した。
「そうか・・・そりゃぁありがたいな。今は猫の手も借りたい状況だ。ここは重傷者が運び込まれるからな。微々たるもんでもいい。少しでも兵士たちを楽にしてやってくれ。」
それだけ告げると今向き合っている患者の治療を再度開始する。
この世界は基本的に医療は魔術で行う。しかし、あまりに大きな傷口や命に関わる傷は魔術での治療が難しい事も多く、魔術で治せる範囲まで外科医療を施してから魔術回復を行う。
つまり、死亡する例としては回復を行う間もなく死亡するか、外科医療段階で命を落とすか。
外傷で死亡するのはこの二例に限られる。
「クロ!私は治療魔術待ちの人達を治してくる!!クロはきっとすごい魔術使えるんでしょ?」
「うん。その方が効率良さそうだね。出来るだけ誰も死なせない。僕達のルーツを怪しまれることになったとしても。」
僕の覚悟の表情を確認するなりシロは走り出した。
問題はこの野戦病棟だけではない。ここに設営されているテントの数だけ同じ状況があるのだ。
一刻の猶予も無い。
誰かの命と自分たちの秘密。天秤にかけるまでも無い。傷付き、苦しんでいる人がいるのなら助ける。となればまずは―――。
「すみません。少し見せてください。」
「おっ!おい!!この患者は今――――。」
銜え煙草の人が見ている患者だ。
「アンテルサーチ。」
傷は右胸。あの魔物の種類からして鎧ごと牙に貫かれたって所だろう。
傷は肺にまで達している。穴の直径も大きい。
このまま塞いでしまっては鎧の破片も体内に取り込むことになってしまうな。
手順は分かった。
「マグネクト。」
磁力を操る魔術。
スペラクエバの兵士の装備はこの目で見ている。
国特有の潤沢な鉱脈から採る事が出来る金属製。であれば。
左手をかざすと、僕の左手に傷口から吐き出されるようにして金属片が飛び出す。
これで全部。傷口を塞ぐ際に肺に血が溜まっては後の治療も困難になる。
「ウォーター。」
本来は水のソルを媒介に水を収束させる魔術。だが今回は患者の血を媒介に収束させる。
血を吸い上げている訳だから、もちろん収束させ続ければ失血死する。ここからは時間の勝負だ。
「ドラック・ポイント」
地のソルを用いた重力魔術。その最底ランクだ。威力はそこまででも無いがピンポイントに操作しやすい。患者の右胸傷口に空いた穴。その円形全てに均等に内側に向かう圧力をかける。
少し骨は軋むし肉は伸びるが大丈夫だろう。そもそも医療魔術じゃないから仕方ない。
だが、これは緻密な魔術操作になる。他の重要な血管や臓器を傷付けては元も子もないからな。
徐々に右胸に空いた穴は直径を狭め、掌程あった穴は指一本入るかどうかのサイズとなっていく。
気付けば銜え煙草の医師は食い入るように僕の作業を見つめている。
――ここまで来れば。傷口に手を当てる。
「コンソラトル・ヘイレン」
回復の中級魔術。純度を高め、治す箇所の指向性を付け加える。
みるみる内に胸の穴が塞がれる。
アンテルサーチは発動したまま作業を行っている。肺の穴も塞がっている事は見える。
不穏な出血も見られないし、体は正常に機能している。
―――大丈夫だ。大きく息が漏れる。
「これでこの人はもう大丈夫です。」
すぐ間近で見ていた銜え煙草の医師が問いかける。
「お前さん・・・医者だったのか?」
「いいえ。・・・ただの旅人ですよ。」
「まぁ質問がバカだったな。あんな治し方医者がやるわけねぇわ。」
ふーっと煙を吐き出す。僕はパタパタと顔の前を手で仰ぐ。
「あ、煙草苦手か。悪い悪い。それにしてもあんな短時間であの重傷患者を治されちゃ俺も医療班責任者失格だな。まぁ――んなこと言ってる場合じゃないか。患者は医者を待ってちゃくれねぇ。」
医療班責任者?という事はこの銜え煙草の人がここら一帯の野戦病棟責任者だったのか。
「俺はローチ。助かったぜ。ありがとうな。」
手を差し出される。その手を握り返す。
「僕はクロです。」
「私はシロだよ!」
「エルマーだ。」
気付けば後ろからシロたちが駆け寄ってきていた。
「あれ?患者の人達は?」
「このテントにいる人はみーんな治した!!今は眠ってる人が殆どだよ。治った途端に国を守るんだーって出て行っちゃった人たちもいたけど・・・。」
・・・早くない??
シロって回復魔術得意なのかな?まぁ・・・もう驚かないけど。
流石のローチも銜えていた煙草を落とす。
慌てて拾いなおして再び煙草を銜えた。一つ小さな溜息を吐いて話し始める。
「この国の兵士は皆自主的に国を守ろうと集まったやつらなんだ。・・・皆この国が大好きなんだよ。温かくて優しいこの国が。死んでったやつらも・・・殆どが最後までこの国を守るって遺言の様に残して逝っちまいやがる。」
少し寂しい目をするローチさん。煙を一つ大きく吐き出した。
「生憎俺の体は戦える様には出来てなかった。・・・だからよ。俺はそんな奴らを出来るだけ生きて返してやりたいんだ。俺も・・・この国が好きだからな。」
この国に来て僕達はまだそこまでの時間を過ごした訳じゃない。
でもこの短期間でも国の人々が温和で優しい事くらいすぐに解った。それが信仰の至る所なのか国民性なのかはわからないけど。
この国に住んで、この国の大切な人達を守りたい。その気持ちは大いに理解できる。
「お前さん達。全力で手伝ってくれるって事で良いんだよな?他のテントも周るから着いてきてくれ!」
小走りに走り出したローチさんの後をついていく。
その後も僕達は夜を通して傷付いた兵士たちの治療を尽くした。
シロは僕が思っていた以上の大活躍。ここまで回復魔術に長けているとは思いもしなかった。
僕達は沢山の人を助けた。
助け続けた。
――――そして朝日が昇り終えた頃。スペラクエバが勝利を手にした僕達に待っていたのは救いようも無い現実だった。
野戦病棟のテントを出て目に映ったのは朝日でより明らかになった無数の亡骸。
それは僕達の無力さを物語っていた。
出来る限りは尽くした。僕達は万能ではない。沢山の命を救った。
いくら言葉を足し引きした所で、僕達の心に残ったのは無力感。
”何もできなかった”脱力感だった。
・・・・・呆然と立ち尽くす僕の肩に軽い負荷がかかる。
「お前さん達はよくやった。」
「えぇ。出来る限りは尽くしました。・・・でもダメだった。」
「ダメじゃねぇよ。本当なら医療が間に合わずに死ぬ奴らだって山程いた筈だ。でもお前さん達のお陰でそいつらは全員助かった。」
「でも―――。」
喋ろうとした僕の口にローチさんが煙草の吸い口を挟んだ。得も言えない苦い味。
げっほげっほと咽ながら白い煙が口から逃げる。
「はっはっは。うるせぇなぁ―――。その場で出来る限りの事をやった。俺達にはそれしか出来ねぇんだよ。それにアイツらの願いだった国は守られた。まぁ・・・聞いてる話だとこの先もっとデカい戦いが起こるみたいだけどよ。それでもお前さん達は十分良くやってくれた。」
「・・・そう・・・・だと良いんですけど。」
「まぁ・・・何度体験しても慣れねぇもんだよ。・・・・俺が王城に戻ったらお前さん達を迎え入れるように提言しておく。明日にでも王城に来てくれ。もっとお前さん達が堂々と動けてれば・・・もっと救えたかも知れない。・・・・そうだろ?」
「えぇ・・・助かります。」
「じゃぁ俺は王城に戻って報告してくるわ。お前さん達も気が済んだらゆっくり休めよ。」
背中越しに右手をヒラヒラさせながらローチさんはその場を去っていった。
暫くの静寂。風が駆け抜ける音。
僕とシロはその場に立ち尽くしていた。
「僕達・・・出来る事はやったよね。」
「うん・・・。」
「戦場では血が流れる。そういうもんだ。」
「わかってる。わかってた筈・・・だったんだけど。」
「こうやって目の当たりにすると・・・私達何も出来なかったんだって思っちゃうよ。」
「お前達が何も出来てなかったらこの倍近くは死んでただろうな。」
「うん。・・・そうかも知れない。けどこの亡くなった人達にも大切な何かがあったんだよね。」
「家族とか・・・友達とかもいたかもしれない。」
「そうだな。でも国は守れた。こいつらが命を懸けてまで守ろうとしたものをボク達は守ったんだ。・・・そうやって前に進むしかないんだ。」
「うん。」
「そうだね。」
木々の囁きが少しの沈黙を埋める。
「もしもこれを意図して起こした者がいるのなら。――僕は絶対に許さない。」
「私だって絶対許せないよ。」
「あぁ、ボクだって到底許せない。」
「行こう。とりあえず僕達に必要な事は休息だ。明日には王城を尋ねよう。」
「うん。まだ終わりじゃないもんね。ゆっくり体を休めなきゃ。」
「体だけじゃないぞ。心もしっかり休めるんだ。」
「そうだね。ありがとうエルマー。」
「師匠は流石だね。」
「場数が違うからな。」
「バウバウッ!!」
「ウルフ団も居るから大丈夫だって言ってるよ!」
「零号も心配かけてごめんね。」
もっふもふと撫でる。少し表情が柔らかくなる。
―――決意を胸に。表情は穏やかに僕達は自然と歩き出した。




